実は、ほとんどの先住民族は、松前藩などによって国後島やその他の場所へ強制移住させられてしまったそうです。和人が次々と知床へ"侵入"し始めると、先住民族を奴隷のように酷使し、しかも邪魔になると国後島へ追いやったそうです。コタン(村)に残されるのは老人と子ども、病人のみ。知床半島に住んでいた先住民族は、次々と姿を消していきました。
残念なことに、これまで知床ではそのような歴史が語られることはありませんでした。まさに「封印された歴史」です。知床は世界自然遺産に登録されて、大自然を見せるための舞台のようになってしまいましたが、その舞台を支える基礎部分にそのような歴史が「封印」されていることには誰も気付きません。そのような歴史を語っていくことも、シペルの役割かなと考えています。
]]>でも、「オシンコシン」って何なのでしょう?オシンコシンの滝の説明板を読むと、「アイヌ語でエゾマツの生えるところという意味。昔はチャラセナイと言われていた。」とされています。でも、周りを探しても一向にエゾマツはありません。そこで、色々と調べてみましたら、何と、オシンコシンは場所が違っていたことが分かりました。
上記の明治30年の地図と現在の地図を見比べてみますと、現在のオシンコシン岬(旧名ヨコウシ)のウトロ寄りの沢に「オシュンクワシ」という地名が書かれており、オシンコシンの滝の場所は「チャラッセナイ」と書かれています。オシュンクワシはオシュンクウシの誤記だと思いますが、実際に行ってみるとちゃんとエゾマツが生えているんですよ。アイヌ民族はちゃんと自然を観察して、それを伝える地名を残していたんですね。
ちなみに、チャラッセナイとは、「水がザーザーと音をたてながら流れる(チャラッセ)・沢(ナイ)」という意味ですから、あの滝にはピッタリの地名ですね。(西原)
まず、意味ですが、「シリ(sir)=大地」+「エトコ(etoko)=突端」であり、知床半島全体ではなく、先端のちょっとした出っ張りを指していたようです。昔、知床半島先端部には「シレトコ・コタン(村)」という集落があり、江戸時代末期には100人以上のアイヌ民族が住んでいたという記録が残っています。「地の果て」などと翻訳するのはちょっと言い過ぎかなという気がします。
それから発音ですが、アイヌ語は英語のように単語をつなげて発音するので、「sir-etoko=シレトコ」という発音になります。ですので、「シリエトク」というのは間違いです。発音形態の全く違う言語を日本語で表現するのは難しいですが、知床はシレトコのままでいいようです。
シレトコ以外にも、そのような間違いがそのまま定着してしまった例は少なくなく、知床八景の「オシンコシンの滝」も本当は「オスンクウシ(o-sunk-us-i)」というのが正しいようです。オスンクウシについての詳細はまた後日。(西原)
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これは、私たちSIPETRUにとって非常に重要な”第一歩”です。実を言うと、何人かのアイヌと日本人が、陰で大変な努力をして勝ち取った1節です。これを土台にして今年はSIPETRUの飛躍の年にしたいなと思っておりますので、何卒よろしくお願いします。
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IUCN技術評価報告書31ページ (和訳 by 西原)
5.追加情報
5.4 先住民族の関与
知床は、アイヌ民族が「シリ・エトク」(大地の行き詰まり)と呼んであがめており、この地域が伝統的な居住地として重要であったことを示している。管理計画(推薦書の214ページ)に、「その地域のアイヌ民族の文化や伝統的な知恵や技術を学び、自然環境を永続的に利用するための保護・管理法を決定する」という一文を書き加えることが重要である。したがって、例えば北海道ウタリ協会を通じて、アイヌ民族の代表が、遺産地域の利用や伝統的習慣を人々に伝えるような適切なエコツーリズムの開発をするなど、今後の遺産の管理に関わる機会をつくる必要がある。
(以下、原文)
5. ADDITIONAL INFORMATION
5.4 Involvement of Indigenous Peoples
Shiretoko was reverently called by the Ainu People as "sir.etok" (the end of mother earth) indicating the importance of this area for traditional inhabitants. It is important, as reinforced in the management plan (page 214 of the nomination document) to "study the culture of Ainu people and the traditional wisdom and skills of the local residents in order to determine the methods to preserve, manage and realize sustainable use of the natural environment". Accordingly it is considered important that representatives of the Ainu people, such as through the Hokkaido Utari (Ainu) Association, have the opportunity to be involved in the future management of the property, including in relation to the development of appropriate ecotourism activities which celebrate the traditional customs and uses of the nominated property.
8世紀後半に活躍したエミシの首領ですが、征夷大将軍の坂上田村麻呂の軍勢に敗れて802年に処刑されました。日本人が「エミシ」、「蝦夷」と呼んで討伐してきた異民族こそアイヌ民族の先祖だと認識しているアイヌも多く、アイヌのグループが毎年アテルイのイチャルパ(先祖供養)を行なっています。
さらに、2002年には演劇「アテルイ」が公演されたり、翌年にはアニメ映画「アテルイ」が製作されたり、ちょっとしたブームになっています。そのアニメ映画がDVDで発売されているようです。
→ http://www.cinema-tohoku.co.jp/aterui.html
もちろん、この映画の中ではアテルイたちはなぜか日本語を流暢に話し、「異民族」として描かれていないのが残念ですが、本来はアテルイたちはアイヌ語を話し、生活習慣や文化なども全く異なっていたはずです。
このように、アテルイが注目を浴びるようになってきたことはとても素晴らしいことですが、これを一時的なブームで終わらせずに、日本やアイヌ民族の歴史や文化を見直すきっかけになって欲しいと思います。「民族紛争」と言うと、遠い国で起こっていることのように思いますが、日本でもずーっと民族紛争が続いているということを知って、民族共生の精神を学んで欲しいと思います。
]]>→Japan Times(AFP)
(掲載期限があると思います)
イオマンテとは、ヒグマの魂を神の世界に送り返す儀式であり、アイヌ民族の中心となる精神文化の一つです。イオマンテは、オホーツク文化で痕跡が見つかっていますが、それに続くトビニタイ文化ではこれまで見つかっておらず、どのようにしてアイヌ文化に引き継がれたのかが謎とされていました。それが、今回、トビニタイ文化の遺跡でイオマンテの痕跡が見つかったことで、オホーツク文化からアイヌ文化にイオマンテが継承されたということが証明されたわけです。
この調査結果は私たちに何を語りかけているのでしょうか?ここシレトコに脈々と続いていた先住民族は自然そのものを神様として崇拝し、私たちに原始の自然をそのまま残してくれました。私たちは、その先住民族文化を「野蛮だ」とか「原始的だ」として禁止してしまいました。シレトコに日本人が入り込んだのはたかが100年程前の話です。その前に何世紀もわたって続いていた先住民族文化をリスペクトし、語り継いでいく必要があるのではないでしょうか?
]]>世界中どこの民族にもありますが、アイヌ民族にも創造神話が残っています。地方によって多少内容が異なるようですが、阿寒の山本多助エカシ(長老)が残した創造神話を紹介します。
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まだ地上に何一つない頃に、天上界の偉い神々が集まって、平和なアイヌモシリを創る会議をしました。モシリ・カラ・カムイ(大地・創る・神)という男神とイカッ・カラ・カムイ(?)という女神が大地創造のために下されました。この2人の神様は、レェプ・カムイ(犬神)とコタン・コロ・カムイ(フクロウ神)の助けを借りながらアイヌモシリを創っていきました。下界には悪魔が住み着いていたので、フクロウの神が夜の見張り役になりました。
モシリ・カラ・カムイは山や平野や川を作り、イカッ・カラ・カムイは木や美しい草花を植えました。次に、2人は粘土を使ってクマやウサギなどの動物達を創っていきました。最後に、モシリ・カラ・カムイはイカッ・カラ・カムイに似せて女を作り、イカッカラカムイはモシリカラカムイに似せて男を作りました。
アイヌモシリの創造が終わると、高い山の上の広い平原(シノッ・ミンタラ)に天上界の神々が訪れて、美しくでき上がったアイヌモシリを喜び合いました。アイヌ(人間)は、初め洞窟に住んでいましたが、やがて、シノッ・ミンタラに出て来るようになり、神々と交流するようになりました。
人間は神々に踊りや歌やことばを教わり、神の生活をまねて、地上に家を建て、火や道具を使って住むようになりました。
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アイヌ民族にとって、自然界の全ては神々によって創られた神聖なものです。だから、大切にして当然なんですよ。神々の創造したこのアイヌモシリが、美しくあってほしいですね。
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