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<title>SIPETRU</title>
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<title>シレトコの先住民族はいずこへ</title>
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<summary type="text/plain">シレトコにいらっしゃったときにアイヌ民族と触れ合ったことがあるという人は、かなり...</summary>
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<![CDATA[<p>シレトコにいらっしゃったときにアイヌ民族と触れ合ったことがあるという人は、かなり少ないのではないでしょうか？「アイヌといえば阿寒」というイメージがありますが、かつてはシレトコにもいっぱいアイヌ民族やそれ以外の先住民族が住んでおりました。1667年に日高の方でシャクシャイン戦争があったときには、知床半島先端にあるシレトコ・コタンより100名の援軍が参戦したという記録が残っていることを考えれば、先端部だけで数百人、知床半島全体では千人以上が住んでいたのではないでしょうか。ところが、1858年に松浦武四郎がその場所を訪れたときには、家が3軒で6人だけになっていたそうです。残りの人たちはどこへ行ってしまったのでしょうか？</p>

<p>実は、ほとんどの先住民族は、松前藩などによって国後島やその他の場所へ強制移住させられてしまったそうです。和人が次々と知床へ"侵入"し始めると、先住民族を奴隷のように酷使し、しかも邪魔になると国後島へ追いやったそうです。コタン（村）に残されるのは老人と子ども、病人のみ。知床半島に住んでいた先住民族は、次々と姿を消していきました。</p>

<p>残念なことに、これまで知床ではそのような歴史が語られることはありませんでした。まさに「封印された歴史」です。知床は世界自然遺産に登録されて、大自然を見せるための舞台のようになってしまいましたが、その舞台を支える基礎部分にそのような歴史が「封印」されていることには誰も気付きません。そのような歴史を語っていくことも、シペルの役割かなと考えています。</p>]]>

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<title>イベントのお知らせ</title>
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<modified>2007-11-07T08:10:08Z</modified>
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<summary type="text/plain">聖地巡礼のエコツアー  アバシリの聖地を訪ねる 網走市内にもアイヌ民族の聖地・チ...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/">
<![CDATA[<p><em><font size=4>聖地巡礼のエコツアー</font><br />
<font size=5> アバシリの聖地を訪ねる</font></em><br><br />
<a href="http://www.shinra.or.jp/blg_ainu/chise.jpg"><img alt="chise.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/blg_ainu/chise-thumb.jpg" width="200" height="150" /></a>網走市内にもアイヌ民族の聖地・チャシがあります。アイヌ民族のガイドがチャシの一つをご案内したあと、今春完成したばかりの伝統的な家・チセの中でトンコリの演奏などを楽しみます。<br />
とき：　平成１９年１１月１８日（日）９：００～１３：００頃<br />
ところ：　ピラチャシコツ（呼人半島）、チセ（藻琴）<br />
集合：　網走エコーセンター入口に８：５０<br />
定員：　１５名　※予約が必要となります。電話もしくはEmailにてご予約下さい。定員になり次第締切りとなりますので、どうぞ御了承下さい。<br />
料金：　大人３，０００円　／　小人１，５００円<br />
担当ガイド：　石井ポンペ（札幌アイヌ文化交流センターアドバイザー）、早坂雅賀(まさよし)（アイヌ・アート・プロジェクト）<br />
協力：　ウタリ協会網走支部、網走市郷土博物館、網走市教育委員会<br />
■予約・問合せ先<br />
Tel : 0152-22-5522<br />
email : <a href="mailto:sipetru@shinra.or.jp">sipetru@shinra.or.jp</a><br />
</p>]]>

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<title>本当のオシンコシン</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2007/04/post_9.html" />
<modified>2007-04-25T09:10:32Z</modified>
<issued>2007-04-23T05:29:14Z</issued>
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<summary type="text/plain">知床八景の１つにも数えられる「オシンコシンの滝」。知床に観光に来る方のほぼ全員が...</summary>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/">
<![CDATA[<p>知床八景の１つにも数えられる「オシンコシンの滝」。知床に観光に来る方のほぼ全員が訪れる場所ではないでしょうか？知床五湖などと違って、ウトロに来る途中の道すがら、ほとんど歩かずに見ることができるというのが人気の理由だと思います。</p>

<p>でも、「オシンコシン」って何なのでしょう？オシンコシンの滝の説明板を読むと、「アイヌ語でエゾマツの生えるところという意味。昔はチャラセナイと言われていた。」とされています。でも、周りを探しても一向にエゾマツはありません。そこで、色々と調べてみましたら、何と、オシンコシンは場所が違っていたことが分かりました。</p>

<p><a href="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/charasenaymap.html" onclick="window.open('http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/charasenaymap.html','popup','width=829,height=614,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/charasenaymap-thumb.jpg" width="350" height="259" alt="" /></a>　<a href="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/benzainew2.html" onclick="window.open('http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/benzainew2.html','popup','width=818,height=676,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/benzainew2-thumb.jpg" width="350" height="288" alt="" /></a></p>

<p>上記の明治３０年の地図と現在の地図を見比べてみますと、現在のオシンコシン岬（旧名ヨコウシ）のウトロ寄りの沢に「オシュンクワシ」という地名が書かれており、オシンコシンの滝の場所は「チャラッセナイ」と書かれています。オシュンクワシはオシュンクウシの誤記だと思いますが、実際に行ってみるとちゃんとエゾマツが生えているんですよ。アイヌ民族はちゃんと自然を観察して、それを伝える地名を残していたんですね。</p>

<p>ちなみに、チャラッセナイとは、「水がザーザーと音をたてながら流れる（チャラッセ）・沢（ナイ）」という意味ですから、あの滝にはピッタリの地名ですね。（西原）<br />
</p>]]>

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<title>シリエトク</title>
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<modified>2007-04-11T03:54:08Z</modified>
<issued>2007-04-11T03:52:35Z</issued>
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<summary type="text/plain">知床に来たことがある人は、シレトコが「シリエトク」というアイヌ語に由来していると...</summary>
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<![CDATA[<p>知床に来たことがある人は、シレトコが「シリエトク」というアイヌ語に由来しているという話をどこかで耳にしているかもしれません。「シリエトクとは地の果てを意味するアイヌ語」というロマンチックな説明が普及しており、今年５月にウトロにオープンする予定の道の駅の名前も「シリエトク」に決定したそうです。しかし、アイヌ語をちゃんと調べてみると、意味も発音も違っています。</p>

<p>まず、意味ですが、「シリ(sir)＝大地」＋「エトコ(etoko)＝突端」であり、知床半島全体ではなく、先端のちょっとした出っ張りを指していたようです。昔、知床半島先端部には「シレトコ・コタン(村)」という集落があり、江戸時代末期には１００人以上のアイヌ民族が住んでいたという記録が残っています。｢地の果て」などと翻訳するのはちょっと言い過ぎかなという気がします。</p>

<p>それから発音ですが、アイヌ語は英語のように単語をつなげて発音するので、「sir-etoko＝シレトコ」という発音になります。ですので、「シリエトク」というのは間違いです。発音形態の全く違う言語を日本語で表現するのは難しいですが、知床はシレトコのままでいいようです。</p>

<p>シレトコ以外にも、そのような間違いがそのまま定着してしまった例は少なくなく、知床八景の｢オシンコシンの滝」も本当は「オスンクウシ（o-sunk-us-i）」というのが正しいようです。オスンクウシについての詳細はまた後日。(西原)</p>]]>

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<title>アオテアロア &quot;kaikoura&quot;その２</title>
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<modified>2006-11-03T14:08:27Z</modified>
<issued>2006-04-13T11:56:33Z</issued>
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<summary type="text/plain">モーリスさんは「このツアーの目的の一つはマオリ語の歌をみんなで歌うことだ。」とい...</summary>
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<email>fuji@shinra.or.jp</email>
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<![CDATA[<p>モーリスさんは「このツアーの目的の一つはマオリ語の歌をみんなで歌うことだ。」といって歌詞の書かれたシートを全員に配ってくれました。</p>]]>
<![CDATA[<p><img alt="moris10.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris10.jpg" width="314" height="209" /><br />
マオリツアーはカイコウラ周辺のマオリに縁のある場所を何ヶ所か訪れますが、その移動の途中もモーリスさんは僕たちを飽きさせません。その一つがこの歌です。はじめはちんぷんかんぷんでしたが、何度も歌っているうちに自然と口ずさめるようになり、不思議なもので帰ってきて3ヵ月以上たった今でもメロディが頭に浮かんできます。マオリ文化を何とか印象付けようというモーリスさんの工夫が感じられます。<br />
<img alt="moris11.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris11.jpg" width="314" height="209" /><br />
さてツアーの途中、モーリスさんの自宅でアフタヌーンティーをご馳走になりました。「自宅に寄る」というのは私達に特別にしてくれたわけではなく、これが通常のツアーコースとのこと。毎日、自分の家に観光客の人が訪れるのも大変だろうなあと思いますが奥様が快く迎え入れてくれました。<br />
<img alt="moris12.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris12.jpg" width="314" height="209" /></p>

<p><img alt="moris13.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris13.jpg" width="209" height="314" /><br />
この料理もツアーのレギュラーメニューかと思っていたら、ツアーに参加したことのあるうちのスタッフに聞いたところ「これはかなり豪華だ…」とのこと。恐らく特別に用意してくれたみたいですが、マオリの伝統的な料理も振舞ってもらいました。美味！<br />
<img alt="moris14.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris14.jpg" width="314" height="209" /><br />
アフタヌーンティーのあとはブッシュウォーク（森歩き）に。その移動の途中で作っているのが、先ほどの植物作る栞です。とても簡単に出来上がるし、世界に2つとない自分だけのマオリ土産…かなり印象に残っています。<br />
<img alt="moris15.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris15.jpg" width="314" height="209" /></p>

<p><img alt="moris16.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris16.jpg" width="209" height="314" /><br />
ニュージーランドは自然が豊富に残っている印象を持っている人も多いでしょうが、牧場が多く意外と良質な森が残されていません。モーリスさんはカイコウラの郊外に残る原生林に私達を連れて行ってくれました。この森は地元のマオリが土地所有権の訴訟に勝ち取ったとても意味のある場所。モーリスさんがツアーで訪れる場所は全てこのように意味があります。とてもとても深い意味。それを聞くだけでもニュージーランドがマオリの土地だったことを実感できます。<br />
<img alt="moris17.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris17.jpg" width="314" height="209" /><br />
ツアーの途中でマオリの伝統的なお茶をごちそうになりました。ちなみにアイヌ民族にもいろいろなお茶があり、最近SipetruやShinraのツアーやイベントでしばしば登場しています。<br />
<img alt="moris18.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris18.jpg" width="209" height="314" /><br />
森の中で今日1日練習した歌をみんなで歌います。モーリスさんはとても素晴らしい歌い手ですね。<br />
<img alt="moris19.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris19.jpg" width="314" height="209" /><br />
　私達の視察もいよいよ最後になりました。モーリスさんのツアーの最後に訪れた場所…それは、この写真の向こうに見える小高い丘。これもマオリのチャシ＝「パ」でした。ここは今彼らが係争中の土地なのだそうです。<br />
　ニュージーランドはワイタンギ条約というマオリと白人との間に結ばれた条約があり、マオリも白人も良い悪いは別にしてこの条約を尊重し、そしてこの条約に基づいてさまざまな議論を進めています。これは双方にとってとても建設的で、結果的にニュージーランドでは「民族ベース＝マオリがマオリとして」さまざまなビジネスや社会活動が成長しました。マオリの自然保護保全の哲学がエコツーリズムや管理体系の中に充分に組み込まれているのも、あくまでその延長線上かもしれません。当たり前のことのようで、それをきちんと積み上げてきたことは、この国の成熟ぶりを伺わせます。<br />
　ひるがえって、日本はどうでしょう？私達、Sipetruではアイヌ民族などの先住民族の自然観や世界観を、知床の世界遺産管理体系の中に意味あるかたちで組み込むべきだと主張してきました。ただ、それは全体の一部を語っているだけなのかもしれません。しかし、先住民族のベースにあるもの…それはやはり「自然」です。自然を語るときに先住民族の話が当たり前に出てくるような世の中にしたいものです。<br />
　一方で、今までの民族運動のように政治的で抽象的な活動ばかりしていては進むものも先に進まない…そんなことを感じたアオテアロアの旅でした（もちろん政治的な活動も大切です）。アオテアロアのマオリの事業家達はとてもスマートでそれでいて熱いパッションを感じる人たちばかりでした。活動は具体的でサステイナブル（持続可能）。そんな熱い思いを骨とした「先住民族ベース」の事業は必ず実を結ぶと実感しました。<br />
　ところでモーリスさんのツアー中にいただいたマオリ名。実は1から10までの数字を一人ひとりに与えていただけでした（笑）。でも、マオリに伝わる10の哲学を刷った紙を最後に渡され、あなたの番号の意味を中心に、マオリの哲学をいつも心に刻んでください…という心憎い演出だったのです。ちなみに僕の意味は「正義」。はい、心に刻みます。<br />
<img alt="moris20.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris20.jpg" width="314" height="209" /></p>]]>
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<title>アオテアロア &quot;kaikoura&quot;</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2006/04/post_5.html" />
<modified>2006-11-03T14:08:27Z</modified>
<issued>2006-04-13T08:53:46Z</issued>
<id>tag:www.shinra.or.jp,2006:/blg_sipetru/5.2055</id>
<created>2006-04-13T08:53:46Z</created>
<summary type="text/plain">　アオテアロアの次なる目的地は、南島を南下しカイコウラという古い港町。「カイコウ...</summary>
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<name>Tatsuya</name>

<email>fuji@shinra.or.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/">
<![CDATA[<p>　アオテアロアの次なる目的地は、南島を南下しカイコウラという古い港町。「カイコウラ」はマオリ語で「クレイフィッシュ（イセエビの一種）を食べる」といった意味だそうで、その名の通り海産物豊かで、マオリたちにとっても大切な土地でした。</p>]]>
<![CDATA[<p>　カイコウラの先住民族エコツアーで最も有名なのは、何といっても「<a href="http://www.whalewatch.co.nz/">ホエールウォッチング</a>」です。多くの観光客の人は知らないと思いますが、カイコウラの代名詞ともなっている<a href="http://www.whalewatch.co.nz/">Whale Watch Kaikoura</a>社はマオリの資本です。ナイタフという恐らくニュージーランドで最も力のある部族が、この有名な会社を作り、いまや世界で最もシステマティックにホエールウォッチングを行っているといわれています。<br />
　昔からの狩猟のノウハウが活かされているのでしょうか、興味津々だったのですが残念ながら私達が訪れた日はひどい天気でツアーは中止になりました。<br />
<img alt="moris1.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris1.jpg" width="314" height="209" /><br />
　カイコウラのアレンジをお任せしたのは、以前このホエールウォッチングの会社に勤めていて、今は独立して小さな先住民族ツアー会社を立ち上げたモーリスさん。なんと歓迎の意味もこめて私達を"マラエ"というとても神聖な場所に連れて行ってくれました。<br />
<img alt="moris2.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris2.jpg" width="314" height="209" /><br />
　マラエにはそうそう入れるものではありません。観光地化されたマラエはいくつかあるようですが、このマラエはまさにここカイコウラのマオリにとって最も大切な場所のひとつです。マラエとは言ってみればマオリの集会所のような場所ですが、単なる集会所ではありません。定期的に集まり、歌やダンスなど彼らの伝統を引き継ぐ場所であると同時に、神との交信の場所でもあります。この場所で自分達の命や全ての業を地球の自然の神々に伺いをたて、確認し、時には謝ることもあるかもしれません…そんな風に謙虚な姿勢につねに戻る場所…うまく説明できませんが、そんな神聖な場所がこのマラエなのです。<br />
<img alt="moris3.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris3.jpg" width="314" height="209" /><br />
　私たちはマラエに招いてもらえるなんて全く想像もしていなかったのでとても嬉しかったのと同時に、きちんと自分も祈りをささげなければ…とちょっぴり緊張。内部は撮影禁止なので写真はお見せできませんが、荘厳な空気が張り詰めた中で、厳かに、楽しく、清々しい時間が過ぎていきました。私達のために子供からおじいちゃんおばあちゃんまでが集まってくれて、自分の息子ぐらいの子供が迫力満点のハカ（戦闘のときなどに踊る勇ましい踊り）を踊って見せてくれた。彼らは、僕たちがカイコウラの地に来て、この地のスピリットに謙虚な気持ちで視察をしていくと、神様に私達を紹介してくれました。（気を引き締めて視察をしなければ…）。こういった、訪れた先への謙虚な気持ちは、エコツーリズムを考える上でとても大切な要素だと思います。先住民族はそういった様式を伝統的に言い伝えられているので、私達も学ぶべき点が多いなあ…と実感した瞬間でした。<br />
<img alt="moris4.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris4.jpg" width="314" height="209" /><br />
　午後はモーリスさんの「<a href="http://www.maoritours.co.nz/">マオリツアー</a>」に。モーリスさんはホエールウォッチングで多くのお客さんに触れ、マオリ文化を紹介していたところ、是非自分でもやってみたいと思うようになり、家族経営の小さなツアー会社を始めました。<br />
<img alt="moris5.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris5.jpg" width="314" height="209" /><br />
　モーリスの姪のジャスミンさんはキュートだけれどもとてもしっかりしたガイディングをしてくれました。彼女のような若いマオリがマオリとして仕事をする機会はなかなかないようですが、彼女はこの仕事にとても誇りを持っているといっていました。ガイド業者的には気になってしまうのですが「マオリという誇りだけでは、トップシーズンなんかは疲れるでしょう？」と聞くと「確かに大変だけれどもとても楽しい！」と笑顔でいっていました。そうなんです！民族だとかなんだとかいう前に、サービス業が好きかどうかが仕事のやりがい、ひいては事業全体を左右します。閑散期はマーケティングや営業活動に出かけるなど、我がShinraと同じようなビジネスモデル。しかも信頼ある家族経営。先日訪れたワカツアーズといい、マオリのツアーはとてもスマートな経営をしています。<br />
<img alt="moris6.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris6.jpg" width="314" height="209" /><br />
　さて、先ず訪れた場所…。知床を訪れた方、この場所の雰囲気、何か感じませんか？そうです、北海道でいうと「チャシ」…。マオリのとても大切な砦の跡＝「パ」なのです。私たちは昨年、先住民族エコツアーを試行しましたが、図らずも同じチャシが舞台でした。チャシは戦場でもあり、何百年と続いた住居跡であり、祈りの場でもあり、先住民族の文化を伝えるには、ある意味最適な場所です。楽しかった歴史、辛かった歴史の全てが凝縮された場所なのです。Sipetruのモニターツアーでも祈りをしてからチャシに登りましたが、モーリスさんのツアーでもマラエと同じように、女性が先ず進み美しい祝詞で招き入れてもらうというマオリ伝統の手順を踏む。とても神聖な気持ちで「パ」に進みツアーのスタートです。<br />
<img alt="moris7.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris7.jpg" width="314" height="209" /><br />
最初は、自己紹介から。この日はウタリ協会の札幌支部の視察団の方が合流。一人ずつ自己紹介すると、モーリスさんから一人ひとりにマオリ名を与えられる。「意味は何ですか？」と聞くと「ツアーが終わるまでに、きっとわかるはずだ…。」と内緒にされる。何だか神聖な名前をいただいたようでワクワク…。<br />
<img alt="moris8.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris8.jpg" width="314" height="209" /><br />
マオリが籠などのさまざまな道具作りに使う植物。ランの一種だそうであとで実際にこの植物を使ってちょっとしたものを作りました。<br />
<img alt="moris9.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/moris9.jpg" width="314" height="209" /><br />
これは何と乾いた昆布の中に食べ物が入っています。マオリの伝統的な食品保存法だそうで、ここら辺で取れる昆布は濡れたうちにうまく裂くと袋状になり、そのまま完走させるとこのような状態に。モーリスさんは「世界で始めての真空パック技術だ」と冗談を言っていました。（つづく）</p>]]>
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<title>アイヌ音楽とトークの夕べ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2006/03/post_4.html" />
<modified>2006-11-03T14:08:27Z</modified>
<issued>2006-03-19T13:19:18Z</issued>
<id>tag:www.shinra.or.jp,2006:/blg_sipetru/5.2041</id>
<created>2006-03-19T13:19:18Z</created>
<summary type="text/plain"> アオテアロアの報告をちょっとお休みして、知床でのロビーイベントのご報告です。 ...</summary>
<author>
<name>Tatsuya</name>

<email>fuji@shinra.or.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/">
<![CDATA[<p><img alt="2006_03_19_1.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2006_03_19_1.jpg" width="314" height="209" /><br />
アオテアロアの報告をちょっとお休みして、知床でのロビーイベントのご報告です。<br />
今日、知床グランドホテルでちょっとしたイベントを開催しました。<br />
旭川在住の杉村フサおばあちゃん（写真右）をお呼びしての唄と踊りの夕べ。<br />
杉村さんはとても有名なフチ（アイヌ語でおばあちゃん）で、<br />
Sipetruの代表もしてくれているウトロの<a href="http://www8.ocn.ne.jp/~siretoko/head.htm">民宿「酋長の家」</a>の<br />
梅沢さんの奥さん（写真左）の親戚にもあたるとのことで、<br />
これほどの偉大なフチの歌声を聴けるという幸運に恵まれました。<br />
<img alt="2006_03_19_2.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2006_03_19_2.jpg" width="314" height="209" /><br />
イベントには2月からShinraでガイドをしている二風谷の若きアイヌ－ムカルも<br />
「クーリムセ（弓の舞い）」などで参加。<br />
旭川と日高のアイヌのコラボレーションというとても贅沢なイベントになりました。</p>]]>

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<title>アオテアロア～WAKA2</title>
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<modified>2006-11-03T14:08:27Z</modified>
<issued>2006-03-10T15:43:05Z</issued>
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<summary type="text/plain">　さて、2日間ツアーの宿泊ももちろん（？）船の上。 　先住民族ツアーというあまり...</summary>
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<name>Tatsuya</name>

<email>fuji@shinra.or.jp</email>
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<![CDATA[<p>　さて、2日間ツアーの宿泊ももちろん（？）船の上。<br />
<img alt="waka14.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka14.jpg" width="314" height="209" /><br />
　先住民族ツアーというあまりにディープなおもてなしと、こうしたサービスとのバランスが実に巧妙なWaka Toursだ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　この船上アコモデーション、お世辞にも快適とはいえない。しかし、今回の視察で使ったニュージーランドの安宿たちは、どれをとっても不思議と印象に残っている。部屋にいることが決して快適ではないので、みんながラウンジに出てくる。結果として、自然発生的に国際交流が生まれる。そして、その演出はアオテアロアの大自然。こんなに贅沢な酒のつまみがあるだろうか？<br />
<img alt="waka16.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka16.jpg" width="314" height="209" /><br />
　NZのサービスは「自然を借りている…」という意識を非常に強く感じる。全体的にゆったりとしていてチープ。身の回りがどんどんこそげ落ちていくから、自然のありがたみと魅力をしみじみと体感することができる。そしてそのことは日中、マオリの世界観や自然観に触れているからこそ一層より深く感じられる。<br />
　この船には色々なツアーに参加してきた人たちが合流する。シーカヤックをしてきた人、トレッキングをしてきた人、海水浴だけの人…みんなさまざまだ。けど、Waka Toursに参加した僕たちがもっともディープな体験をしてきただろう…と勝手に優越感を感じる。<br />
<img alt="waka17.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka17.jpg" width="314" height="209" /><br />
こういう場での語り合いは、とても有意義で中身が濃い。小野先生と結城さん、2人は何を話していたのかな？<br />
<img alt="waka18.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka18.jpg" width="314" height="209" /><br />
　さて、ツアー2日目は船をシーカヤックに乗り換えさらに奥地へ。ポンペさんはシーカヤック初体験でしたが、やはりエカシ（長老）が船の先に座っているというのは、どこか厳かな感じがします。ポンペさんとパートナーを組んだのは、今年からWaka Toursが雇ったという白人ガイドのピック。彼が言うにはポンペさんははじめてにしてはとてもパワフルでスムースなパドリングをするとしきりに褒めていた。もちろんリップサービスも半分かもしれないが、傍から見ていても余計な力が入らないきれいなパドリングだった。ピックはいつもニヤニヤと笑う。ポンペさんが舟歌を歌うのを聞きながら、ピックは後ろでニヤニヤとパドルをしていた。<br />
<img alt="waka19.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka19.jpg" width="314" height="209" /><br />
　後で聞いたが、家族経営のWaka Toursが外部の人を雇ったのはピックがはじめてだそうだ。先住民族ツアーを標榜する中、白人がガイドをしているのも違和感があるかもしれないが、ピックは完全にマオリスピリットを醸し出す男だった。サーファーであり、アウトリガーカヌーの大会にも参加する屈強なウォーターマン。Waka Toursが彼を雇う意味も何となくわかる気がした。<br />
<img alt="waka20.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka20.jpg" width="314" height="209" /><br />
　シーカヤックでいくつかの入り江や岩礁を交わすなかで、さまざまな動物に出会うことができる。昼食場所ではオットセイがすぐそばで体を休めている。何でも、ちょうどこの時期が繁殖時期とのことで、ハーレムを形成する中で弱いオスはこのように群れから離れていることがあるという。実際このオスはかなり衰弱していた。<br />
<img alt="waka21.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka21.jpg" width="314" height="209" /><br />
　ツアー後、Waka Toursのオフィスでヒアリングをさせてもらう。かなりセルフビルドなオフィスでしかもセンスが良かった。そういえば奥さんの乗っている車は水色のクラッシックカー。この人たちかなりデザインにこだわると見ました。<br />
　グレンの息子達は彼らの伝統的な狩猟の一つである、ピッグ（野豚）ハンティングの写真を誇らしげに僕たちに見せてくれた。結城さんは小学生ぐらいの少年に日本の50円玉をプレゼントする。「穴の開いたお金は珍しいんだ」とさすが国際派の結城さん。少年もちょうど世界のコインを集めているらしく大喜びしていた。最後にポンペさんがムックリでカヌーの無事の航海へのお礼をこめて演奏。息子達が兄弟を次々と呼んできてかなり真剣に聴き入っている様子が印象的だった。先住民族文化に対しての感度とリスペクトが日本とはかなり違う気がした。<br />
<img alt="waka22.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka22.jpg" width="314" height="209" /><br />
　夜はグレン夫妻とRyuさんを囲んでお食事をしながらいろいろな話を聞く。　マオリは、先住民族と白人という対立軸と同時に、マオリ同士であっても部族間の抗争がかなり根深く影響を及ぼしているという。Waka Toursは地元の小さな部族であるが、もっと強大な力をもつマオリの部族もエイベルタスマン周辺でツアー会社を営んでいる。恐らく、表には出さないがかなりの苦労がありそうだ。そういう点で、こだわりを持たずにアオテアロアではじめて本格的なワカ（カヌー）のツアーをはじめたグレンたちはとても腹の座った人たちだ。<br />
<img alt="waka24.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka24.jpg" width="314" height="209" /><br />
　マーケティングの担当は奥さんのタニヤ。よくあるパターンだが、かなり肝っ玉母さんという感じで、グレンはどちらかというとおっとりした感じ。しかし、先住民族といえども彼女のような専門性があったからこそ成功させられるビジネスモデルといえよう。<br />
　グレンは言った。「伝統的な船を作るといっても、それでお客様を乗せるとなると、多くの法律をクリアしなければならない。それはマオリとかいう以前に、船の安全性、免許等々、クリアしなければならないことがたくさんあるんだ。そりゃあ本当は木の匂いがするようにコーティングも自然の素材でやりたかったよ。けどレギュレーションをクリアするには科学的な薬品を塗りこむ必要がある。とても悔しい思いをしたけど、これは僕たちマオリのノウハウの一つでもある。僕はNZじゅうでこういったカヌーツアーが増えたらいいなと思っているよ。そのときには、僕たちのノウハウを使ってもらいたいと思っている。」<br />
　文化とビジネスが融合している…やはりマオリは先住民族エコツーリズムの先駆だ。<br />
<img alt="waka23.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka23.jpg" width="314" height="209" /><br />
Waka Toursで飼われていたワンちゃん。まだ若くやんちゃ盛りでとてもかわいいが、彼もピッグハントに連れて行ってもらえるそうだ。</p>]]>
</content>
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<title>アオテアロア～WAKA</title>
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<summary type="text/plain">　マオリ語で「カヌー」を意味する&quot;ＷＡＫＡ&quot;はアイヌ語では「水」の意味。ポリネシ...</summary>
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<name>Tatsuya</name>

<email>fuji@shinra.or.jp</email>
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<![CDATA[<p>　マオリ語で「カヌー」を意味する"ＷＡＫＡ"はアイヌ語では「水」の意味。ポリネシアからミクロネシア、そしてアイヌを含む北方民族の間には不思議と関連性を考えたくなる言葉がたくさんあります。そんなワクワクを胸に、ザックと分かれたあとは、南島の北の端―エイベルタスマン国立公園に行き、今最もホットだと噂の「<a href="http://www.wakatours.co.nz/">Waka Tours</a>」に参加しました。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p><img alt="waka4.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka4.jpg" width="314" height="209" />　<br />
 世界中の先住民族にとって、アイデンティティ復活のきっかけを作るのは、何故かいつもカヌーです。カヌーを使っての環境教育プログラムやワークショップとして長い歴史をもつことではハワイのホクレア号が有名ですが、そのカヌー作りのお師匠さんみたいな人の一人は、ここアオテアロア（ニュージーランド）にいらっしゃいます。カヌー作りにおいては歴史のあるアオテアロアで、はじめて本格的な先住民族カヌープログラムを立ち上げたのがワカツアーズ。といっても完全な家族経営。しかし、この小さな会社がマオリ全体に及ぼしている影響ははかり知れません。<br />
<img alt="waka11.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka11.jpg" width="314" height="209" /><br />
　彼らのOFFICE（かなりセルフビルドで完成しきっていない感じが親近感を覚えました。我が家のよう。）で手続きを終えると、背の高いトラクターのようなバスに乗って海へ向かいます。エイベルタスマン国立公園は入り組んだ海岸線が続くところで、しかも干満の差が大きいところで5mもあるのだそうです。この日もいつもエントリーしている場所が干潟のように潮が引いていたので、別の場所にエントリー場所を移動。その際、トラクターごと水のあるところまで乗り込んでしまうんです。これはいくつかあるシーカヤック会社も同様にしていて、この光景を見ているだけでも面白かったです。<br />
<img alt="waka12.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka12.jpg" width="314" height="209" /></p>

<p><img alt="waka5.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka5.jpg" width="314" height="209" /><br />
　漕ぎ出す前にはレクチャーと先住民族らしく祈り。ここが、普通のエコツアーとは違うところですね。でも改めて自然に対して謙虚な気持ちになれ、またメンバーとの連帯感も生まれてワクワクしてきます。自己紹介が終わるとマオリの挨拶であるホンギ（鼻と鼻とをつける）。自分もホンギをして回っていたので写真を撮れていませんが、ホンギをするときはともに深く深呼吸をし、大地の「気」みたいなものを共有する意味がある（僕のヒアリング力が確かなら（笑））のだそうです。マオリの人とも、UKやアラスカからの旅行者も混在のメンバー全員と、エイベルタスマンの気を共有していざ出発！<br />
<img alt="waka7.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka7.jpg" width="314" height="209" /><br />
　これだけの人数が乗ると、息を合わせなければスムースに船は進みません。以前アウトリガーカヌーのレースに出たことがありましたが、全員の息がぴったり合ったときのスピードは驚くほどです。このWAKAでは息を合わせるために"TOKI-HI,TOKI=HI（トーキヒ、トーキヒ）"の掛け声にあわせてこぎます。気の合う人も、気の合わない人も、人種も民族も関係なくどこかに向かって漕ぎ続けます。ケンカしようが何だろうが、とにかく漕がなければどこにも到達しない…。とても哲学的だと思いませんか？そして、地球でも私達の暮らしそのもののような気がしました。そんなことを感じられるのが、こういった航海カヌーの素晴らしいところですね。それにしても小野先生、ビデオばかり撮ってないで漕がないと！（という僕もデジカメを撮っているワケですが…）<br />
<img alt="waka6.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka6.jpg" width="314" height="209" /><br />
　ワカツアーズの代表はグレン。マオリの男性は皆カッコいい。こんな人たちが選手なんだもの、NZのラグビーが強いわけがよくわかります。<br />
　後日、食事をしたときに彼は泣きながら言っていました。「かつては、マオリマオリとバカにされていた。それがどうだい、今じゃ他の観光客も敬意を持ってこのカヌーを見に来てくれる。今は「すごい！マオリだ！」といってくれるんだ。本当にこのツアーをはじめてよかったと思っているよ。」そのときの彼の涙は僕にはとても印象的でした。きっといろいろなことを経験して、見た目によらずものすごい優しいまなざしと口調を生み出しているようでした。僕もこんな男になりたい…と本気で思うのでした。<br />
<img alt="waka8.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka8.jpg" width="314" height="209" /><br />
　ワカツアーズは我々ガイド会社の目から見ても、素晴らしいホスピタリティでした。2時間ほど漕いで（全く時間を忘れていました）到着した美しい砂浜でエコランチ。奥さんのターニャさんが実に豪華なランチを手際よく用意してくれます。これがまた美味！<br />
<img alt="waka13.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka13.jpg" width="314" height="209" /><br />
　もちろん準備の間もグレンは僕たちを楽しませてくれます。WAKAを漕ぐホイ（パドル）はかつて戦いに使っていた槍を元にデザインされています。きっと、このホイでも戦ったのでしょう。ランチを用意している間、そのホイを使ってのウォークライのような戦闘の踊りを教わりました。<br />
<img alt="waka9.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka9.jpg" width="314" height="209" /><br />
　ちなみにこの写真の一番手前はこの国立公園でシーカヤックプロガイドとして活躍する日本出身の<a href="http://ryuslogbook.livedoor.biz/archives/50315234.html">Ryuさん</a>。実は藤崎のBLOG仲間でして、「エイベルに行くから飲もうね～」なんていっていたのが、何と初日にあったザックの友人が彼の親会社のボスで、そのボスも来るから同行してくれとRyuさんに声がかかったというのだ。本当に世の中は狭すぎです。人のつながりというのは大切にしたいですね。それにしても、この格好でこの踊りをしていると、戦時中の日本兵のようです。ちなみにこの帽子は、厳しい日差しから体を守るためにエイベルのプロシーカヤックガイドの間で多く使用されている優れもの。僕も息子の分もあわせて2つも買ってかえっちゃいました。<br />
　<img alt="waka10.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/waka10.jpg" width="314" height="209" /><br />
　ツアー中にカヌーの各部に施された装飾の意味を説明してくれました。このWAKAを作るのには、多くのエルダー（長老）たちが関わっているそうです。全ての彫刻に意味があり、その説明を聞いているだけで何か絵巻物を読んでいるよう。そういえば初日に立ち寄った博物館「テパパ」や後日行くことになる神聖な集会所「マラエ」でもこういった壮大なアートがあったっけ。<br />
　今回、視察に一緒に行ったアイヌアートプロジェクトの結城さんとかねてから語り合っていることもこういったこと。すなわち、何事をやるにしても「魂」をこめたいよね…ということです。僕たちはアイヌの伝統的なカヌーを復活させるプロジェクトを手がけていますが、その船にもしっかりと魂を込めたいものです。<br />
　さてさて、このワカツアーはまだまだ続く2日間ツアー。続きはまた…Kia ora！</p>]]>
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<title>アオテアロア</title>
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<modified>2006-11-03T14:08:28Z</modified>
<issued>2006-01-25T14:25:18Z</issued>
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<summary type="text/plain">　SIPETRUでは日本経団連自然保護基金のサポートを受けて、去る1月6日から1...</summary>
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<name>Tatsuya</name>

<email>fuji@shinra.or.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/">
<![CDATA[<p>　SIPETRUでは日本経団連自然保護基金のサポートを受けて、去る1月6日から13日の日程で、先住民族エコツーリズムの先進地アオテアロア（ニュージーランド）に視察に行ってきました。事務局の藤崎が数回に分けてご報告します。</p>]]>
<![CDATA[<p><img alt="zack1.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/zack1.jpg" width="448" height="299" /><br />
　今回のメンバーは、北海道大学大学院教授の小野有五先生、アイヌアートプロジェクトの結城さん、そして石井ポンペさんという、昨年のモデルツアーでもおなじみのメンバー。正月明けの成田空港に集合しエアニュージーランドでオークランドを目指しました。<br />
　まずニュージーランド航空のシートデザインに結城さんが反応。「この渦巻き、マオリの文様だよ。」考えてみたら、ANZのロゴもマオリデザインだ。<br />
　ニュージーランドは日本の2/3ぐらいの国土面積に北海道と同じぐらいの400万人の人口が暮らす国。そして、その15％がニュージーランドの先住民族＝マオリで占められていて、いろいろな歴史を経て、今では白人とマオリが対等に自立した社会を築いている。もちろん現在でもさまざまな問題があるのだが、かつてマオリが統治するイギリスと結んだ「ワイタンギ条約」というものをベースにその後の権利交渉などが続けられている。世界的にみても、先住民族の位置がこれほどまでにしっかりと、しかも双方がある一定の範囲で納得している状況は珍しいという。そうした、光と影、それから何といおうか「マオリベースドな」ビジネスとしてのエコツーリズムを研究しよう…という視察だ。それぞれの民族がそれぞれの違いを尊重し尊敬しあっている雰囲気が、ANZのシートデザインから感じられた。そういえば、空港などの看板は必ず英語とマオリ語の2枚が用意されていたし、エントランスは美しい彫刻で飾られていた。千歳空港もこれぐらいでちょうど良いと思う。<br />
<img alt="entry.JPG" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/entry.JPG" width="448" height="336" /></p>

<p>　今回の視察のアレンジは小野先生とマオリの若きリーダーアイザック・ビシャラ氏（ザック）が行ってくれた。<img alt="zack2.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/zack2.jpg" width="448" height="299" /><br />
オークランドに着いたあと、すぐにウェリントンに乗り継ぎ、ザックに会いに行った。オークランドでは入国審査でポンペさんが持ってきたトンコリが検疫で引っかかってしまった。「これは伝統的な楽器でこの方は日本の先住民族の方で、NZの先住民族と交流をしにはるばるやってきたのだ！」と相当粘ってみたものの、ポンペさんが意匠を凝らし、木の皮をそのまま残していたのと、トンコリの中に入っている「魂」とも呼ばれるクルミの実、そしてクマの毛皮が移入種などの持込に当たるのでどうしても認められないと、恐らくマオリの（笑）検査官が恐縮しきっていた。消毒に1週間は要するというので、仕方なく空港預かりにしてもらい、後日ザックに引き取ってもらうことで話をつける。こういうこと一つとっても大変だ。<br />
<img alt="mussel.JPG" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/mussel.JPG" width="448" height="336" /><br />
　ウェリントンは首都とはいえ小さな町だ。ザックお奨めのお店で名物のマッスル（ムラサキ貝）とフィッシュアンドチップス、そして飛行機の中から飲みまくっているNZワインですっかり気持ちよくなる。食事を取りながら、ザックにマオリのいろいろな事情を聞く。（それにしてもNZはワインが美味しい！）<br />
　マオリもさまざまな差別を受け続けてきたが、今は多くのビジネスが生まれている。ザックもマオリに根ざした青少年教育に携わっている。ワイタンギ条約からなお残る問題について、一つ一つ訴訟を通して解決や国からの補償を勝ち取ってきたプロセスは、日本のアイヌの現状とは大きく違っている。しかし、参考になる点も多く示唆をいただく。ザックはマオリの今を伝える博物館「<a href="http://www.tepapa.govt.nz/Tepapa/">テパパ</a>」に僕たちを案内してくれた後、自宅にまで招待してくれた。<br />
<img alt="zack3.jpg" src="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/zack3.jpg" width="448" height="299" /><br />
お酒と美味しいご飯と音楽…これはいつも民族や国籍の違いを全く取り除いてくれる。ザックのギター、ポンペさんのムックリ、これから夏に向かう南半球のいつまでも暗くならない夜を思う存分楽しんだ。（続く）</p>

<p>　</p>]]>
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<title>IUCN技術評価報告書</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2006/01/iucn.html" />
<modified>2006-11-03T14:08:28Z</modified>
<issued>2006-01-15T02:44:01Z</issued>
<id>tag:www.shinra.or.jp,2006:/blg_sipetru/5.1968</id>
<created>2006-01-15T02:44:01Z</created>
<summary type="text/plain">シレトコが世界自然遺産に登録されて、はや半年が経ちました。「遺産登録」のお祭り騒...</summary>
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<name>shinra</name>
<url>http://www.shinra.or.jp/</url>
<email>info@shinra.or.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/">
<![CDATA[<p>シレトコが世界自然遺産に登録されて、はや半年が経ちました。「遺産登録」のお祭り騒ぎの時には、ほとんどマスコミから注目もされませんでしたが、ＩＵＣＮからは「世界自然遺産の管理に先住民族が関わる必要がありますよ」と課題を突き付けられております。「ＩＵＣＮ技術評価報告書」の中から、その部分を翻訳してみました。</p>

<p>これは、私たちＳＩＰＥＴＲＵにとって非常に重要な”第一歩”です。実を言うと、何人かのアイヌと日本人が、陰で大変な努力をして勝ち取った1節です。これを土台にして今年はＳＩＰＥＴＲＵの飛躍の年にしたいなと思っておりますので、何卒よろしくお願いします。</p>

<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～<br />
ＩＵＣＮ技術評価報告書31ページ　（和訳　by 西原）</p>

<p>５．追加情報<br />
５．４	先住民族の関与<br />
知床は、アイヌ民族が「シリ・エトク」（大地の行き詰まり）と呼んであがめており、この地域が伝統的な居住地として重要であったことを示している。管理計画（推薦書の214ページ）に、「その地域のアイヌ民族の文化や伝統的な知恵や技術を学び、自然環境を永続的に利用するための保護･管理法を決定する」という一文を書き加えることが重要である。したがって、例えば北海道ウタリ協会を通じて、アイヌ民族の代表が、遺産地域の利用や伝統的習慣を人々に伝えるような適切なエコツーリズムの開発をするなど、今後の遺産の管理に関わる機会をつくる必要がある。</p>

<p>（以下、原文）<br />
5. ADDITIONAL INFORMATION<br />
5.4 Involvement of Indigenous Peoples</p>

<p>Shiretoko was reverently called by the Ainu People as "sir.etok" (the end of mother earth) indicating the importance of this area　for traditional inhabitants.  It is important, as reinforced in the management plan (page 214　of the nomination document) to "study the culture of Ainu people and the traditional wisdom and skills of the local residents in order to determine the methods to preserve, manage and realize sustainable use of the natural environment".  Accordingly it is considered important that representatives of the Ainu people, such as through the Hokkaido Utari (Ainu) Association, have the opportunity to be involved in the future management of the property, including in relation to the development of appropriate　ecotourism activities which celebrate the traditional customs and uses　of the nominated property.<br />
</p>]]>

</content>
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<title>アテルイ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2005/12/post_3.html" />
<modified>2006-11-03T14:08:37Z</modified>
<issued>2005-12-03T07:39:28Z</issued>
<id>tag:www.shinra.or.jp,2005:/blg_sipetru/5.1908</id>
<created>2005-12-03T07:39:28Z</created>
<summary type="text/plain">最近、チラッと耳にするのではないでしょうか？アニメ映画やニュースなどでも見かける...</summary>
<author>
<name>shinra</name>
<url>http://www.shinra.or.jp/</url>
<email>info@shinra.or.jp</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/">
<![CDATA[<p>最近、チラッと耳にするのではないでしょうか？アニメ映画やニュースなどでも見かけるようになってきました。アテルイはアイヌ語の人名です。アイヌ語では「弓を強く引く者」という意味にも取れるそうですが、正しい解釈は不明です。</p>

<p>8世紀後半に活躍したエミシの首領ですが、征夷大将軍の坂上田村麻呂の軍勢に敗れて802年に処刑されました。日本人が「エミシ」、「蝦夷｣と呼んで討伐してきた異民族こそアイヌ民族の先祖だと認識しているアイヌも多く、アイヌのグループが毎年アテルイのイチャルパ（先祖供養）を行なっています。</p>

<p>さらに、2002年には演劇「アテルイ｣が公演されたり、翌年にはアニメ映画「アテルイ｣が製作されたり、ちょっとしたブームになっています。そのアニメ映画がDVDで発売されているようです。<br />
→　<a href="http://www.cinema-tohoku.co.jp/aterui.html">http://www.cinema-tohoku.co.jp/aterui.html</a><br />
もちろん、この映画の中ではアテルイたちはなぜか日本語を流暢に話し、｢異民族」として描かれていないのが残念ですが、本来はアテルイたちはアイヌ語を話し、生活習慣や文化なども全く異なっていたはずです。</p>

<p>このように、アテルイが注目を浴びるようになってきたことはとても素晴らしいことですが、これを一時的なブームで終わらせずに、日本やアイヌ民族の歴史や文化を見直すきっかけになって欲しいと思います。｢民族紛争｣と言うと、遠い国で起こっていることのように思いますが、日本でもずーっと民族紛争が続いているということを知って、民族共生の精神を学んで欲しいと思います。</p>]]>

</content>
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<title>Japan Times</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2005/11/japan_times.html" />
<modified>2006-11-03T14:08:26Z</modified>
<issued>2005-11-16T04:17:16Z</issued>
<id>tag:www.shinra.or.jp,2005:/blg_sipetru/5.1886</id>
<created>2005-11-16T04:17:16Z</created>
<summary type="text/plain">　AFP通信の長谷川さんが取材してくださった、SIPETRUの記事がジャパンタイ...</summary>
<author>
<name>Tatsuya</name>

<email>fuji@shinra.or.jp</email>
</author>
<dc:subject>ブログ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinra.or.jp/blg_sipetru/">
<![CDATA[<p>　AFP通信の長谷川さんが取材してくださった、SIPETRUの記事がジャパンタイムスに載りました。</p>

<p>→<a href="http://news.yahoo.com/s/afp/20051107/lf_afp/afplifestylejapan_051107150807">Japan Times（AFP）</a><br />
（掲載期限があると思います）</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>発掘</title>
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<modified>2006-11-03T14:08:38Z</modified>
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<![CDATA[<p>今、ウトロ市街の再開発に伴って、あちこちで遺跡の発掘作業が行われています。ウトロの街外れにあるチャシコツ岬の下にある遺跡では、先日、重大な発見があったというニュースが流れました。熊送り（イオマンテ：i-omante）の痕跡が見つかったというのです。（2005.9.27北海道新聞、朝日新聞）</p>

<p>イオマンテとは、ヒグマの魂を神の世界に送り返す儀式であり、アイヌ民族の中心となる精神文化の一つです。イオマンテは、オホーツク文化で痕跡が見つかっていますが、それに続くトビニタイ文化ではこれまで見つかっておらず、どのようにしてアイヌ文化に引き継がれたのかが謎とされていました。それが、今回、トビニタイ文化の遺跡でイオマンテの痕跡が見つかったことで、オホーツク文化からアイヌ文化にイオマンテが継承されたということが証明されたわけです。</p>

<p>この調査結果は私たちに何を語りかけているのでしょうか？ここシレトコに脈々と続いていた先住民族は自然そのものを神様として崇拝し、私たちに原始の自然をそのまま残してくれました。私たちは、その先住民族文化を「野蛮だ」とか「原始的だ」として禁止してしまいました。シレトコに日本人が入り込んだのはたかが100年程前の話です。その前に何世紀もわたって続いていた先住民族文化をリスペクトし、語り継いでいく必要があるのではないでしょうか？</p>]]>

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<title>アイヌモシリ ainu mosir</title>
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<modified>2006-11-03T14:08:39Z</modified>
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<summary type="text/plain">アイヌ民族は北海道を「アイヌモシリ（人間の大地）」と呼んでいました。「神の世界」...</summary>
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<![CDATA[<p>アイヌ民族は北海道を「アイヌモシリ（人間の大地）」と呼んでいました。「神の世界」を意味する「カムイモシリ」に対しての「アイヌモシリ」であり、北海道に限らず人間の住む全ての大地を示していると思います。</p>

<p>世界中どこの民族にもありますが、アイヌ民族にも創造神話が残っています。地方によって多少内容が異なるようですが、阿寒の山本多助エカシ（長老）が残した創造神話を紹介します。</p>

<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>

<p>まだ地上に何一つない頃に、天上界の偉い神々が集まって、平和なアイヌモシリを創る会議をしました。モシリ･カラ･カムイ（大地･創る･神）という男神とイカッ･カラ･カムイ（？）という女神が大地創造のために下されました。この2人の神様は、レェプ･カムイ（犬神）とコタン･コロ･カムイ（フクロウ神）の助けを借りながらアイヌモシリを創っていきました。下界には悪魔が住み着いていたので、フクロウの神が夜の見張り役になりました。</p>

<p>モシリ･カラ･カムイは山や平野や川を作り、イカッ･カラ･カムイは木や美しい草花を植えました。次に、2人は粘土を使ってクマやウサギなどの動物達を創っていきました。最後に、モシリ･カラ･カムイはイカッ･カラ･カムイに似せて女を作り、イカッカラカムイはモシリカラカムイに似せて男を作りました。</p>

<p>アイヌモシリの創造が終わると、高い山の上の広い平原（シノッ･ミンタラ）に天上界の神々が訪れて、美しくでき上がったアイヌモシリを喜び合いました。アイヌ（人間）は、初め洞窟に住んでいましたが、やがて、シノッ･ミンタラに出て来るようになり、神々と交流するようになりました。</p>

<p>人間は神々に踊りや歌やことばを教わり、神の生活をまねて、地上に家を建て、火や道具を使って住むようになりました。</p>

<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>

<p>アイヌ民族にとって、自然界の全ては神々によって創られた神聖なものです。だから、大切にして当然なんですよ。神々の創造したこのアイヌモシリが、美しくあってほしいですね。</p>]]>

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