2007年11月15日
シレトコの先住民族はいずこへ
シレトコにいらっしゃったときにアイヌ民族と触れ合ったことがあるという人は、かなり少ないのではないでしょうか?「アイヌといえば阿寒」というイメージがありますが、かつてはシレトコにもいっぱいアイヌ民族やそれ以外の先住民族が住んでおりました。1667年に日高の方でシャクシャイン戦争があったときには、知床半島先端にあるシレトコ・コタンより100名の援軍が参戦したという記録が残っていることを考えれば、先端部だけで数百人、知床半島全体では千人以上が住んでいたのではないでしょうか。ところが、1858年に松浦武四郎がその場所を訪れたときには、家が3軒で6人だけになっていたそうです。残りの人たちはどこへ行ってしまったのでしょうか?
実は、ほとんどの先住民族は、松前藩などによって国後島やその他の場所へ強制移住させられてしまったそうです。和人が次々と知床へ"侵入"し始めると、先住民族を奴隷のように酷使し、しかも邪魔になると国後島へ追いやったそうです。コタン(村)に残されるのは老人と子ども、病人のみ。知床半島に住んでいた先住民族は、次々と姿を消していきました。
残念なことに、これまで知床ではそのような歴史が語られることはありませんでした。まさに「封印された歴史」です。知床は世界自然遺産に登録されて、大自然を見せるための舞台のようになってしまいましたが、その舞台を支える基礎部分にそのような歴史が「封印」されていることには誰も気付きません。そのような歴史を語っていくことも、シペルの役割かなと考えています。
投稿者 shinra : 13:05
2007年11月07日
イベントのお知らせ
聖地巡礼のエコツアー
アバシリの聖地を訪ねる
網走市内にもアイヌ民族の聖地・チャシがあります。アイヌ民族のガイドがチャシの一つをご案内したあと、今春完成したばかりの伝統的な家・チセの中でトンコリの演奏などを楽しみます。
とき: 平成19年11月18日(日)9:00~13:00頃
ところ: ピラチャシコツ(呼人半島)、チセ(藻琴)
集合: 網走エコーセンター入口に8:50
定員: 15名 ※予約が必要となります。電話もしくはEmailにてご予約下さい。定員になり次第締切りとなりますので、どうぞ御了承下さい。
料金: 大人3,000円 / 小人1,500円
担当ガイド: 石井ポンペ(札幌アイヌ文化交流センターアドバイザー)、早坂雅賀(まさよし)(アイヌ・アート・プロジェクト)
協力: ウタリ協会網走支部、網走市郷土博物館、網走市教育委員会
■予約・問合せ先
Tel : 0152-22-5522
email : sipetru@shinra.or.jp
投稿者 shinra : 17:08
2007年04月23日
本当のオシンコシン
知床八景の1つにも数えられる「オシンコシンの滝」。知床に観光に来る方のほぼ全員が訪れる場所ではないでしょうか?知床五湖などと違って、ウトロに来る途中の道すがら、ほとんど歩かずに見ることができるというのが人気の理由だと思います。
でも、「オシンコシン」って何なのでしょう?オシンコシンの滝の説明板を読むと、「アイヌ語でエゾマツの生えるところという意味。昔はチャラセナイと言われていた。」とされています。でも、周りを探しても一向にエゾマツはありません。そこで、色々と調べてみましたら、何と、オシンコシンは場所が違っていたことが分かりました。
上記の明治30年の地図と現在の地図を見比べてみますと、現在のオシンコシン岬(旧名ヨコウシ)のウトロ寄りの沢に「オシュンクワシ」という地名が書かれており、オシンコシンの滝の場所は「チャラッセナイ」と書かれています。オシュンクワシはオシュンクウシの誤記だと思いますが、実際に行ってみるとちゃんとエゾマツが生えているんですよ。アイヌ民族はちゃんと自然を観察して、それを伝える地名を残していたんですね。
ちなみに、チャラッセナイとは、「水がザーザーと音をたてながら流れる(チャラッセ)・沢(ナイ)」という意味ですから、あの滝にはピッタリの地名ですね。(西原)
投稿者 shinra : 14:29