›7 14, 2005
知床世界遺産決定
Posted by Tatsuya at
20:07 /
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World Heritage
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世界遺産登録を受けて。コメントです。
知床の世界遺産登録が正式に決定いたしました。僕の大好きな知床が世界中から愛される場となるということは歓迎します。
しかし、世界遺産は登録がゴールではなくこれがスタートです。IUCNからはたくさんの宿題を持たされているようです。僕たち自身が火をつけた課題もあるでしょうし、世界的な視点から見たときの日本の感覚とのズレに端を発している課題もあるでしょう。「自然保護か経済か」という古い概念では片付けられない構造的な課題もある気がします。いずれにしても、世界遺産は世界的なプレッシャーを受けながら未来永劫歩んでいく「覚悟」でもあります。行政主導で世界遺産化が推進され、その「覚悟」だけを背負わされることに、何ともいえない不満を持っています。が、もうここまで来たらやるべきことをやっていこうと思います。IUCNの評価書や勧告、今日の会議の詳細がわからないので、どのような宿題を持たされているのか詳細はわかりませんが、遺産登録決定に際しての提言です。
・プランナーの配置
世界遺産の議論が表面的になってから2年ぐらいになりますが、今だに「自然保護か経済か」といった論点が見受けられます。自然保護の立場から考えると、経済発展は望めません。一方、経済サイドから考えると、自然保護優先の活動は考えられません。どちらからの入り口から検討しても充分ではありません。しかし、行政は縦割りで、現在は自然保護の入り口からしかの議論しかなされていません。行政の縦割りを越え、「サステイナブル=持続可能性」ということを入り口とした戦略作成が必要です。現状のままでは自然保護のために地元に我慢ばかり強いる構図です。
・地域の経済や生活へのサポート
サステイナブルとはいっても、その過渡期にはさまざまな投資が必要になってきます。今回は地域からの運動というより、行政主導の世界遺産登録ということもあるので、行政からの地域へのサポートの充実が必要です。
・先住民族の参画
世界じゅうの世界遺産登録地域を見ても、先住民族が関わっていないところはありません。僕は当初からアイヌ民族など先住民族の参画の必要性を指摘してきましたが、今だに実現していません。IUCNの評価書には触れられているとのことですが、政府にはきちんとした対応を検討することを期待します。
僕が民間の立場でやっている現在の取り組みです。
ネイチャーツアー
→Shinra
戦略づくり・マーケティング
→東オホーツクシーニックバイウェイ
→RadioKisar
先住民族関連
→SIPETRU
→過去の先住民族関連の記事
そして、このBLOGが、僕の地元民としての情報発信です(笑)。
今後とも変わらずよろしくお願いします。
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›7 12, 2005
先住民族エコツーリズム〜モデルツアー
モデルツアー当日、前の晩OKIさんのライブの打ち上げで全員飲みすぎみんなが起きられるか心配したが、さすが今日は気合の入り方が違う。僕もポンペさんに頼まれた伝統的なハーブティーを煎れ、資料をコピーしてから集合場所の酋長の家に駆けつけた。
心配していた空模様もちょうど良い程度の曇り空で、絶好のモデルツアー日和。参加者は東京から6人、地元標津から2人、網走から1人、札幌から1人で定員一杯、それと同じぐらいの数の関係者と報道陣というアットホームな雰囲気。僕の方からスケジュールのご案内と注意事項などの事務連絡、そして代表である梅沢さんの挨拶、皆さんの簡単な自己紹介を終えて、早々にポンペさんにバトンタッチ。
さっそく、「今日一日の無事を祈ってお守りを作りましょう」とポンペさんが予め用意してくれていたヤナギで作ったミニチュアのイナウのようなものと、中空の茎、麻ひもを各自に渡し、かわいいネックレスを作った。ステキ。
車に分乗して先ずはチャシのあとに向かう。チャシから少し離れたところがスタート。ここから見ると海岸線にあるチャシの特徴がよくわかる。そして、振り返ると、海岸線には多くのチャシがあることも一目瞭然だ。
これから向かうチャシの上はとても狭そうに見えるが、20分ぐらいいたつもりが1時間もたってしまうような何だか時間軸がズレているような不思議な場所。戦争にも使っていたような砦のあとでもあるので、登るには少し苦労がいる。登ってまもなく黒曜石の矢じりを見つけた。あまりのGoodタイミングに「仕込んであったんじゃないの〜?」という冗談が出るほど。違うって〜!
登りはかなり急なので、前日中に西原君がザイルを張ってくれた。でも参加者からは、「登りにくいなら登りにくいでいいじゃない。ザイルとかはなくてもいいよ。」という意見と「と〜っても助かった!」という両方の意見。いずれにしても登るのにはちょっと無理がある。
登りはじめにポンペさんはそこらへんにたくさん生えているイタドリを切って、ひとりひとりに笛を作ってくれた。「クマが来ないように、みんなで吹きながら登りましょう。」切った長さによって音が違うので、ピーとかポーとか鳴らしながらがけをよじ登る集団はとっても異様で笑える。加えて、ときどきポンペさんがエゾニュウで作ったディジュリドゥで「ヴウォーッ!」とやるので、笑いが止まらない。すでにポンペワールド。
登りきるとそこには下から見上げたのでは想像もつかないぐらいの広い森が広がっている。高度にしてだいたい55mぐらい。100mは登ってきたような気分だ。ポンペさんは、これから先祖の家々に土足で入り込むわけだから、そのお詫びと道中の無事をお願いする意味でオンカムイ(祈り)をしましょうと、その所作を全員に指導する。いつも思うけど、この動作って本当に北海道の自然にぴったり。僕は、何かと個人的にもオンカムイの所作をするが、ホント涙が出るほどステキな動きだ。
チャシには竪穴式住居のあとがたくさん残っている。深いものだと2m近く掘り下げてある。その穴の真ん中には必ず石が複数置かれていて、ポンペさんは「かまどのあとだと思う」と言っていた。きちんと玄関があった場所から、5人ずつが順番に住居跡に入る。関係者は報道陣は入らなかった。周りから眺めていると5人の輪でポンペさんが何を話しているのかは全く聞こえなかった。でも、何だかそれぞれのグループごとの秘密のようで、ちょっとうらやましい。何の話をしていたの?
ツアー中盤、ポンペさんが「かつては恐らく広場にしていた…」という場所で、アイヌ民族に伝わるハーブティーでティータイム。シソ科の植物を乾燥させたものを煎じて、渋み付けにキハダの皮を少し入れただけの簡単なもの。冷たいのと暖かいのを両方用意して飲み比べてもらう。ん〜どちらも美味!
そのあとは余興のようにポンペさんの楽器演奏や(トンコリや太鼓持参…というところがお茶目)質問コーナー。とても深い話までできて楽しかった。
昼食をはさみ、午後はワークショップ。ポンペさんは、流木でトンコリを作ろうと初日に木を海岸で拾ってきた。そして、何と酋長の家の梅沢さんの奥さんもアイヌキルトを教えてくれることになった。ハワイアンキルトの人気が高いこともあり、女性から「アイヌ刺繍がやりたい」という要望をよく聞いていた。梅沢さんもずっとやりたいと思っていたとのことで、ちょうど材料が全てそろっていたところで、とても喜んでやってくれた。ポンペさんのアイデアで酋長の家の前でやっていると、案の定、見物人がたくさんやってくる。参加者はちょっと優越感。出来上がった作品は素晴らしく、特にトンコリは壊さないように空港でも持ち込み荷物にしていたが、それを手にしている姿がとてもかわいかった。ウチのツアーでもしばしばやるリースを持ち帰るときのよう。ステキなお土産。
かくして、3日間のイベントは無事に終了。同時にアンケートが集まってきているが、いろいろな課題も持ち上がってきている。これから、徐々に作り上げていくこと、そしてそれ以前に多くの先住民族と課題をシェアすること、そして祈りをささげることの全てに取り組んでいかなければならない。
ご意見お待ちしております!
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›7 07, 2005
先住民族エコツーリズム〜“魔”
小野先生を中標津空港で迎え、シンポジウムの会場である知床グランドホテルに到着すると、大学の軽音楽部のような大音響が駐車場に響いていた。そういえば、結城さんたちの車にアンプがいくつも積まれていたけど、今日使うやつだったのか〜
リハの会場ではすでに結城さんたちはハイテンション。打ち合わせに打ち合わせを重ねたワリに、当日やることが何なのだかさっぱり把握できていない。どうやら、シンポジウムのときにライブやポエトリーリーディングをやりたいとのことだった。小野先生もすっかりノリノリで、もうすでに操縦不可能な状態に。そのままの勢いで記者発表を終え、シンポジウムへと突入した。
結城さんは数日前に、
「あとから決まったんだけどさ〜2日の日に函館でカムイノミに呼ばれちゃってさ〜1日のシンポジウムは最後までいられないんだよ〜」とまたまたドタキャンすれすれ。カムイノミは一度やったら死ぬまでやめられないのだそうだ。
「もちろんそれも大切だけど、シレトコも大切だから、夜行で帰るよ。どこかまで送ってくれない?」
夜中じゅうドライブをして、その日の夜にまた夜行で帰るなんて…タフというか何というか…。結城さんはいろいろなカムイに引っ張りだこなので、いつも何かをやるときはこんな感じだ。美幌の夜行バスに結城さんを乗せるまで気が抜けない。恐いな〜こういうスケジュール。事故が起きないように…。
不思議な話しだけど、こういった魂のこもったイベントをやるときは、いつも直前に小さな事故が起きたり、あとからいくつものスケジュールが詰め込まれたり…と神様が何かといたずらをする。そういう状況になると「イベントやめようかな…。」と弱気に思うのだが、結城さんがアメリカインディアンのリーダーから聞いた話によると、こういったスピリチュアルな取り組みに対して神様はそれに関わる人たちの腹を確認するためにこういったいたずらをするのだそうだ。それでやめてしまうならそれまでのこと。今回も直前に梅沢さんや結城さんがお釜を掘られたり、いろいろなことがあった。「でも、それでもやるぞ!」という気迫がSIPETRUの面々にみなぎっていた。それぐらいのパワーがないと余計な魔をはねつけることはできないのかもしれない。
会場には60人以上のお客さんが来てくれた。結城さんたちのパフォーマンス、小野先生のポエトリーリーディング、ポンペさんの歌、トークセッション…どれもアットホームだけど、熱い思いがあふれ出ていた。「バンド形式でのパフォーマンスが一番やっていて楽しい。」と早坂さんが言っていたが、楽しんでやっていることが一番パワフルだ。
結城さんは何度も「歴史的な一歩」ということを言っていた。今までこういったことをやりたくてもやれなかった、アイヌコミュニティの事情を聞けば聞くほど、確かに画期的な出来事かもしれない。この「画期的感」を共有する人にとっては興奮のイベント初日だ。
イベントのタイムキープが素晴らしく、結城さんは余裕を持って美幌から夜行バスに乗ることができた。でも、踊りのときに脱いだ靴が会場に残っていた(笑)。「裸足で函館に行ったんじゃないの?」とみんなで笑っていると、OKIさんたちが到着。そのまま翌日のコンサートの前夜祭に突入。明日のライブは僕が考えているほど集客が伸びずちょっと心配…。つづく…
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›7 05, 2005
先住民族エコツーリズム〜彩雲
ちょっと盛りだくさんで頭がパンク状態。楽しい3日間でした〜
→共同通信(その1)
→共同通信(その2)
→毎日新聞
一気に書くにはちょいとパワーがいるので何回かに分けて書きます。
7月1日、
早朝に結城さんたちアイヌアートプロジェクトが到着。到着したことで先ず西原君と喜びを分かち合う。というのも以前、一緒にバンクーバーに行くはずが、前の晩にパスポートを無くしドタキャンされる事態を経験していて(笑)、「結城さんが来た時点で、今回のイベントは60%成功だね〜」なんて話していたのだ。案の定、直前までさまざまな変更や調整が相次ぎ、受け入れ側はすでにパンク。僕を含め、結城さん小野先生と全員がアバウトなこの集団は、エコツーリズムや先住民族云々よりも基本的なマネジメントが一番の課題だ(涙)。そんな中で西原君がよくがんばってくれた。
梅沢さんの酋長の家に駆けつけると、AAPの面々とポンペさんはホッケの焼き魚をおいしそうに食べていた。「おいおい!初日の朝食なんて予約してないよ〜。」梅沢さんも「食うなら食うと電話しろよ〜」と、2人で軽〜くキレる(笑)。ま、これもAAPの良いところなんだけど…。
その日は西原から、Shinraのツアーに参加することを薦められていたらしいが、大切な3日間を無事に終えるために、知床の先祖に軽く挨拶をしておきたい…と結城さんが言いだした。そこで、みんなで今回のモデルツアーでも使うチャシに簡単なお祈りをしにいこうということになった。
何かをやるときに先輩方に挨拶をするのはとても大切なことだ。アイヌ民族やマタギは山に入るとき、山で野営をするとき、獲物をとるとき、とったとき、山を去るとき…に毎回お祈りをする。狩猟採集を営む民族に共通した儀礼だ。
結城さんは言った。
「チャシはさ、生活していた場所でもあるけど、自分たちの猟場・漁場を荒らされないために、他部族との戦争のための砦でもあったじゃない。こうやって、札幌のアイヌが知床のチャシにやってくるということはその当時だったら戦争を意味していたよ。それに、和人に土地を奪われていく過程では、チャシは確実に悲壮な戦場だったはずでしょ。そこに、和人とアイヌが一緒に来るんだから…。お祈りしてさ、『こうやって、違う土地のアイヌと和人がこのチャシに入りますが、争うために来たのではありません。これから何をやっていけばよいのか共に考えるアイヌでありシサム(隣人)です。どうか僕たちのやることを信じて、心静かにお見守りください。』ってさ、先祖に伝えないと、この土地の神々がビックリしちゃうでしょ。」
コンビニでお祈りに使うお酒などもろもろを買い込みチャシに向かう。今まで見たこともないようなきれいな彩雲が浮かんでいた。見ているうちに色がどんどん濃くなり横に広がっていった。誰もがカムイを疑わなかったけど、ポンペさんは「あ〜2、3日後には雨だな〜」なんて意外とクールだ。
不思議とそのあとの記憶がない…
何だかはっきり覚えていないのだ。でも、僕もトノト(お神酒)をいただいたことは覚えている。和人がお祈りの中に入ることはまずない。そういう意味では、このお祈りは正式ではないのかな〜とうっすらと考えていた。
そんなブチ切れた状態で怒涛のような3日間が始まった…。つづく。
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›6 30, 2005
世界遺産と先住民族とスピリット
明日7月1日から3日まで、世界遺産記念3日間連続イベント「世界遺産と先住民族とスピリット」を開催します。みなさま奮ってご参加ください!
→北海道新聞さんが取り上げてくれました
7月1日(金)
シンポジウム「シレトコのレラ(風)を聴く〜先住民族のエコツーリズム」
〜アイヌ民族自らてがける先住民族エコツーリズムをご紹介します
■場所:知床グランドホテル 大会議室「オホーツク」
■日時:2005年7月1日 20:00〜21:30
■ゲスト:
小野 有五(北海道大学教授)
石井ポンペ(社団法人北海道ウタリ協会札幌支部札幌ウポポ保存会副会長)
結城幸司(アイヌアートプロジェクト代表)
■内容:
・トンコリ・ムックリ演奏 (石井ポンペ)
・アイヌ民族の伝統的カヌー復元プロジェクト
〜ハワイでの取り組みのスライドショー
(アイヌアートプロジェクト結城氏)
・知床での先住民族ツーリズムの可能性トークセッション
(小野有五・結城氏)
■主催:NPO SHINRA・シレトコ先住民族エコツーリズム研究会(SIPETRU)
■協賛:日本経団連自然保護基金 東オホーツクシーニックバイウェイ連携会議
■後援:北海道開発局網走開発建設部
7月2日(土)
OKI TONKORI TOUR DUB AINU BAND
オキ/ニューアルバム“トンコリ”リリースツアー2005
〜樺太アイヌの伝統的な楽器「トンコリ」の第一人者でアイヌ民族の
OKIによるコンサート
■場所:斜里公民館 ゆめホール知床
■日時:2005年7月2日(土) 会場18:30 開演19:00
■料金:大人 前売り¥2,000/当日¥2,500
小中高生 前売り¥1,000/当日¥1,500
■主催:sastro
■企画制作:sastro, ChikarStudio
■共催:Radio Kisar, Tam Tam Lonloke
7月3日(日)
聖地巡礼〜アイヌ民族と歩くモニターツアー
〜先住民族の遺跡「チャシ」を中心にアイヌ民族のガイドと一緒に森歩き
■場所:シレトコの森 (集合場所:ウトロ温泉・酋長の家)
■日時:2005年7月3日(日) 9:00〜15:00
■料金:大 人 ¥2,000(モニター価格※)
子 供 ¥1,000(モニター価格※)
※先着10名様
※ご参加された皆様にはアンケート等にお答えいただきます
■主催:SIPETRU NPO SHINRA
■協賛:日本経団連自然保護基金
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›6 24, 2005
シレトコ先住民族エコツーリズム研究会
プレスリリース
世界自然遺産知床〜先住民族がエコツーリズムを開始します
記者説明会を開催します
日時:7月1日 17:00〜 場所:知床グランドホテル
SIPETRU/シレトコ先住民族エコツーリズム研究会は7月1日、世界自然遺産としての登録が目前となっている知床・斜里町で、アイヌ民族によるエコツーリズムの可能性を探るシンポジウムを開催します。アイヌ民族の伝統的な歌や踊りの紹介をはじめ、ハワイでの先住民族によるエコツーリズムへの取り組みなどをスライドを交え紹介するとともに、北海道大学院の小野有五教授とアイヌアートプロジェクト代表の結城幸司氏によるトークセッションも行います。
知床半島はIUCNの勧告を受け世界自然遺産に登録される見通しですが、IUCNの評価書の中には管理体制へのアイヌ民族の関与の必要性についても触れられています。SIPETRUでは5月、他のアイヌ民族のグループと共に環境省やIUCNなどに対して、知床世界遺産管理におけるアイヌ民族の関与の重要性を訴える意見書を提出しており、IUCNの評価書はそれらの意見書を反映したかたちとなりました。さらにSIPETRUの調査によると知床には「チャシ」と呼ばれる先住民族の遺跡が多数現存しており、樺太アイヌや北海道アイヌといったいくつかの民族が、それらを聖地のように語り継いでいることも明らかとなってきております。そんな中SIPETRUでは多くのアイヌ民族のグループと協力し合いながら、現代を生きる先住民族文化を、エコツーリズムを通して広く情報発信していきたいと考えています。 この取り組みは去る6月23日、環境省知床エコツーリズム推進協議会においても発表され、知床でのエコツーリズム推進にあたり先住民族の自然観や知恵を参考にしていくことが確認されております。
なお、翌2日はアイヌ民族で樺太アイヌの伝統的な楽器「トンコリ」の第一人者OKIによるライブコンサートが同じくゆめホール知床で開催されます。また、3日には札幌のアイヌ民族によるモデルエコツアーも実施され、世界遺産地域での先住民族の活動の機運を高めます。詳細は下記事務局までお問い合わせください。
1.取り組みに関するお問い合わせ(事務局)
SIPETRU/シレトコ先住民族エコツーリズム研究会
Shiretoko Indigenous People Eco Tourism Research Union
(“シペル”=アイヌ語で「大きい・川・道」)
北海道斜里郡斜里町ウトロ東284 NPO SHINRA内
SIPETRU事務局 藤崎・西原
TEL:01522−2−5522
FAX:01522−2−5524
http://www.shinra.or.jp/sipetru(7月1日公開予定)
sipetru@shinra.or.jp
2.世界遺産記念3日間連続イベント
「世界遺産と先住民族とスピリット」のご紹介
7月1日(金)
シンポジウム「シレトコのレラ(風)を聴く〜先住民族のエコツーリズム」
〜アイヌ民族自らてがける先住民族エコツーリズムをご紹介します
■場所:知床グランドホテル 大会議室「オホーツク」
■日時:2005年7月1日 20:00〜21:30
■ゲスト:
小野 有五(北海道大学教授)
石井ポンペ(社団法人北海道ウタリ協会札幌支部札幌ウポポ保存会副会長)
結城幸司(アイヌアートプロジェクト代表)
■内容:
・トンコリ・ムックリ演奏 (石井ポンペ)
・アイヌ民族の伝統的カヌー復元プロジェクト
〜ハワイでの取り組みのスライドショー
(アイヌアートプロジェクト結城氏)
・知床での先住民族ツーリズムの可能性トークセッション
(小野有五・結城氏)
■主催:NPO SHINRA・シレトコ先住民族エコツーリズム研究会(SIPETRU)
■協賛:日本経団連自然保護基金 東オホーツクシーニックバイウェイ連携会議
■後援:北海道開発局網走開発建設部
7月2日(土)
OKI TONKORI TOUR DUB AINU BAND
オキ/ニューアルバム“トンコリ”リリースツアー2005
〜樺太アイヌの伝統的な楽器「トンコリ」の第一人者でアイヌ民族の
OKIによるコンサート
■場所:斜里公民館 ゆめホール知床
■日時:2005年7月2日(土) 会場18:30 開演19:00
■料金:大人 前売り¥2,000/当日¥2,500
小中高生 前売り¥1,000/当日¥1,500
■主催:sastro
■企画制作:sastro, ChikarStudio
■共催:Radio Kisar, Tam Tam Lonloke
7月3日(日)
聖地巡礼〜アイヌ民族と歩くモニターツアー
〜先住民族の遺跡「チャシ」を中心にアイヌ民族のガイドと一緒に森歩き
■場所:シレトコの森 (集合場所:ウトロ温泉・酋長の家)
■日時:2005年7月3日(日) 9:00〜15:00
■料金:大 人 ¥2,000(モニター価格※)
子 供 ¥1,000(モニター価格※)
※先着10名様
※ご参加された皆様にはアンケート等にお答えいただきます
■主催:SIPETRU NPO SHINRA
■協賛:日本経団連自然保護基金
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›6 23, 2005
雷と雨
ウタリ協会斜里支部長の梅沢さんが静かに発言し始めたとき、突然、雷が鳴り土砂降りの雨が降り始めた。アイヌ民族の間で雷は「カムイフム=神の音」、シャーマンに聞いた話によると、このように議論のときに鳴るのは「そ〜れ、お前たち、しっかり議論しろ!」という神様の号令だそうだ。雨も神様が歓迎している証拠らしい。梅沢さんの口調はいつも力強く惚れ惚れとするのだが、今日は一段とかっこよかったな〜
→読売新聞の記事
僕たちは4月にシレトコ先住民族エコツーリズム研究会というものを立ち上げた。小さなアイヌのグループでもできないし、大きすぎる団体でもできないことを、地元のアイヌの有志が中心にできるように作った新しい枠組みがこの研究会だ。今日は環境省の知床エコツーリズム推進協議会の会議の場で、ウタリ協会の地元代表として参加している斜里支部長の梅沢さんと羅臼支部長の大木さんから、趣旨説明と知床のエコツーリズム推進に当たってのアイヌ文化の重要性を発表していただく日だったので、そのために資料を作ったり、環境省や座長に事前に調整をして臨んだ。
会議の終盤、梅沢さんにマイクが渡り、静かに話し始めると同時に雷が鳴りはじめ、大粒の雨が降り始めた。西原君と「ああ、カムイが来てくれているね〜」と話し、梅沢さんの発言に聞き入る。カムイの反応で僕たちも一安心。そして、まったりとした会議の中でとても神聖でしまった瞬間だった。外の雨の音を聞きながら涙が出てきた。
会議の後、僕は別件で多くの人を相手に一人で話をしていた。「お前が上級官庁に意見をしたせいで、みんなが迷惑をこうむる…」と。全て真意を説明し納得してもらうが、とても情けない気持ちでいっぱいだ。そんな気持ちで家でビールを飲んでいると、梅沢さんから電話が来た。
「あんな大勢のなかで、アイヌのことについて正々堂々と話せたのは、藤崎君のおかげだよ。ま、昔からよく言うじゃないか『出る杭は打たれる』って。藤崎君もさ、これからもいろいろあると思うけど(笑)、でもさあ、気にせずやろうよ!うん、やりましょうよ!!」久々に腹のすわったかっこいい大人を見たような気がした。
雷と雨の話しも梅沢さんにした。梅沢さんもビックリしたといっていた。「いやあ、カムイが来たって、年寄りのアイヌなら言ったよね!」 何だか凹んだ気持ちが、とっても豊かに満たされた気がした。
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›6 12, 2005
OKI TONKORI TALKING
OKIさんのインタビューの配信を始めました。
→Radio Kisar"OKI TONKORI TALKING"
›6 11, 2005
トンコリ
昨日のニュースは嬉しくて嬉しくてみんなに連絡しまくった。ただ、北海道の先住民族を「アイヌ民族」とひとくくりにするのも実は配慮が足りない。アイヌ民族は小さなコミュニティに分かれていたので、本当を言うとコミュニティの数だけ文化があると言わなければならない。
そんな中で、樺太アイヌと呼ばれている民族があるが、その樺太アイヌの伝統的な楽器「トンコリ」を有名にしたのがOKIさんだ。RadioKisarでもかなりお世話になっていて、今回、ニューアルバムの発売を記念しての全国ツアーも敢行している。7月2日にはRadioKisarの主催で知床でコンサートを予定しているが、それに先駆けてRadioKisarでスペシャルプログラムを作る。
トンコリのこと、アイヌ音楽のこと、そして知床世界遺産とアイヌ民族との関わりのことなどについて、今日スタッフがインタビューを取りに大阪に行っているはず。ON AIRなどのスケジュールはRadio Kisar Staff Blogで。
›6 10, 2005
IUCN評価書
Posted by Tatsuya at
17:49 /
Category:
World Heritage
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願いが通りましたよ!
→読売新聞
評価書は非公開なのだそうで、どこへ聞いても手に入れることができない。記者さんが言うには記事の通りとのこと。ほとんど、僕らの出した意見書そのままだ。梅沢さんとも「やったねえ!」と喜びを分かち合う。記者さんいわく「IUCNは黒船」(笑)。この国で民族に関わる課題をこれほど正面から取り上げた提言はない。いやあ、Good Newsでしたヨ。ちょっと興奮。
→シレトコ先住民族エコツーリズム研究会
→先住民族関係の過去の記事
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›5 31, 2005
知床世界遺産確定〜コメント
シーニックバイウェイのセッションに参加するため札幌に出張。二日酔い気味でモントレーで朝食を終えエレベータに乗ったところで、北海道新聞の記者から電話。「IUCNが『知床を世界遺産登録すべき』という報告書を提出すると、大臣から記者発表がありました。」とのこと。
「ほげ?」
ボケボケな頭ではまったく状況が理解できず、記者さんに丁寧に状況を説明してもらってようやくコメントする。すげ〜…世界遺産になっちゃうんだ…。以下、知床の世界遺産化確定に当たってのコメントです。
知床の自然に心底惚れこんで東京から移住までした私にとっては、世界的な遺産といわれて「当然」と思うのがまず本音です。そして、この知床のすばらしさが世界に届くきっかけができたことは喜ばしいことと思っています。が、いくつか申し上げたいことが、個人的にはとても深刻なこととして残っています。
私はNPO SHINRAの代表として、そしてウトロの自治会が中心となって組織した「ウトロ地域自然保護と利用に関する協議会」の事務局長として世界遺産登録に向けてのさまざまな意思決定プロセスに参画してきました。そこで一貫して提言してきたことは、地域や小さな活動団体が自発的に知床の世界遺産管理に取り組める枠組みをしっかりと作ること、加えて先住民族であるアイヌ民族が意味あるかたちで主体的に管理に参画できるようにすることの2点でした。
NPO SHINRAは96年から藤崎が個人的に始めていたネイチャーガイドサービスを発展的に継続させるために98年に設立しました。当時は誰でも歩ける森を、お金を払ってガイドをつけるなどということはまだまだ一般的ではなく、自然地域として大切な役割を担うネイチャーガイドサービスを定着させること自体をミッションとして、旅行会社などと商品開発や監修を手がけてきました。時流もありガイドサービスは今や知床ではなくてはならないものとして定着し、知床をめぐるいわゆる"定番ツアー"には必ずといって良いほどウトロのネイチャーガイドが同行するまでになりました。このネイチャーガイドは今では国立公園内の集中利用の緩和や、滞在型観光促進、自然界の危険からお客様を回避させる役割の担い手として改めて注目されています。特に危険回避については昨年、新聞などでも取りざたされましたが、ネイチャーガイドが引率するお客様と、添乗員が引率するだけのお客様とのヒグマ遭遇時の反応や対応は明らかに違っています。昨年はたまたまShinraのスタッフがそれを実証をする形になりました。集中利用の分散については、私は北海道開発局との協働で広域の観光戦略作りを「東オホーツクシーニックバイウェイ」として、エリアを取りまとめる連携会議を設立しとり組んでいます。→過去のシーニックバイウェイに関する記事
同時にレンジャーよりもフィールドにいる時間の長いガイドたちは、時には行政の行っている自然保護管理に注文をつけることも重要になってきます。その一環として昨年度、IUCNのガイドラインである"Sustainable Tourism in Protected Areas"の日本語訳・出版を手がけ、邦題『自然保護とサステイナブルツーリズム』として、今年の4月より平凡社から店頭販売されています。管理サイドが観光を自然保護上必要不可欠なものとしてとらえる一方、観光にとっても自然保護が重要だという点を抑え、実践的なガイドラインを示しています。私たち民間は管理サイドとは連携しながらも、適度な距離を保つ独立した個人・組織でい続けることが必要です。このガイドラインでも示されている通り、環境省などの管理サイドには、ガイドのみならず地域の民間活動団体との対等な会話と世界遺産管理への市民の自発的な参加を奨励する仕組みを構築していただきたいと思っています。
次に、北海道からの世界遺産であるにもかかわらずアイヌ民族が管理体制に参画していないことはとても残念です。世界中の自然遺産地域では、先住民族の関わりを丁寧に検討していますが、知床ではそういった検討は一切なされませんでした。僕も管理計画策定の段で、先住民族の項目の必要性を訴えましたが、管理計画にはいわば「過去のこと」としてしか触れられていません。アイヌ民族のあいだに今なお残る自然の中での知恵には、知床の世界遺産管理にとって有益な情報がびっしり詰まっています。今後、彼らの知恵を取り入れる努力をしたいものです。管理計画策定に当たっては、当時の担当者はとても頑張ってくれましたが、より北海道の事情を知っている行政機関等による後押しと具体的な提案を期待したいところでした。アイヌ民族のコミュニティからの提言が時機を逸してしまっていたことも否めませんが、それにはそれ相応の事情があります。そういった事情を深く理解する人による、先住民族/アイヌ民族の世界遺産管理参画への道を、他の利害関係者のためではなくアイヌ民族自身のアイデンティティ確立につなげるために切り開きたいと思っています。
NPO SHINRAでは地元のアイヌを中心とした「シレトコ先住民族ツーリズム研究会」の設立のお手伝いをし、先日、環境省とIUCNに添付のようなレターを提出しています。(→添付)エコツーリズムを入り口として知床のような自然保護地域における先住民族や地域文化の役割提言のお手伝いをしていきます。
→過去の世界遺産関連の記事
→過去の先住民族関連の記事
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›4 30, 2005
先住民族ツーリズム
先日、梅沢さんを代表に、中標津の戸田さん、標津の小川さんの各ウタリ支部長と結城さん、石井ポンペさん、小野有五先生と僕とで先住民族ツーリズムの研究会を立ち上げた。(→共同通信)
とても微妙な関係の上に成り立つアイヌ民族の人の間で、こうした新しいことをやるのはとても大変なことだ。
立ち上げの前にはそれはそれはいろいろな人と話をした。多くの人が望むカタチを作ることは、必ずしも既存の組織の枠の中でやることではないときもある。特にアイヌ民族の事情はこのことが顕著だ。いろいろな政治や利害に巻き込まれたり、それによって誤解されたり…。これからも、いろいろとあるだろうけど、対応しうる体制が築けた。何より、梅沢さんや周辺支部長の意志が固いことが、お手伝いする僕たちにも心強いことだ。
こういう話を進める中で、「知床にはアイヌはいない。よそから連れてきてツアーをやることは反対だ。」という意見を、ある人からウチの担当スタッフが言われたそうだ。「知床にアイヌはいない」ということはもちろん正しくない。実際に少ないことは少ないが、少なくなってしまった理由、敢えてアイヌを口にしない事情、知床を離れた方々が何を思っているか…そういったもろもろの事情は知っておいたほうが良い。地元でガイドまでできるアイヌ民族の人はいないので、若い方がお手伝いをすることは当然だ。梅沢さんたちもそれを望んでいるし、地元のアイヌ民族の中から「俺たちがアイヌとしてツアーをやるんだ」というムーブメントがおきればそれは僕たちの本望だ。だいたい、アイヌ民族は引っ越しちゃいけないとでも言うのかい?(笑)
もちろん、アイヌ文化とひとくくりにはできず、その土地土地の様式はあるので、ツアーと平行してそこらへんの基礎調査も進めている。すでにさまざまな調査結果が上がってきていて、いずれしかるべき機会に、しかるべき発表や提言を行いたいと思っている。それにしても、こういう感覚の人がいるんだなあとガッカリする。
7月1日に先住民族ツーリズムを考えるシンポジウムを企画中。翌日7月2日は斜里でOKIさんのライブの受け入れをする。その数日前にはライトダウンイベントを知床グランドホテルとコラボレーション。スローとかオーガニックとかエコとか、人と自然とのつながりの上に立つライフスタイルのオルタナティブを考える、そんな夏至前後の予定です。
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›3 24, 2005
人と自然と世界遺産
3月22日、アイヌアートプロジェクトの結城さんと、石井ポンペさんとでミーティング。その後、小野先生の講演も一緒に聴いた。
シンポジウムは人と自然とのつながりがテーマだが、その先に先住民族の自然保護地域管理というものを軽〜く見据えた、小野先生らしいアレンジが素晴らしかった。先住民族が中心テーマではなかったのだが、講演後のパーティの直前、突然ポンペさんが「パフォーマンスをするから、ちょっと司会に話し通しておいてよ。」と、どこにしまっていたのかドラムとムックリを準備し始める。結城さんも驚きながら「オレは、何にも持ってきてないよ〜」と半ば呆れて笑っている。
小野先生に話をつないでもらい会の半ばでポンペさんたちが紹介された。ポンペさんはドンドンと太鼓をたたきながらステージに上がり、全く打ち合わせも何もないのに堂々と、しかもユーモアたっぷりに先住民族として海外からのお客さんに歓迎の挨拶をする。さすが、国連でもパフォーマンスをしてきた人だ。
ポンペさんはムックリの名手でもある。アイヌの世界では女性の楽器であるムックリを自在に操り、観客をすっかり魅了していた。パフォーマンスを終えるとポンペさんの周りには人の輪ができていた。「これだけでクロスカルチャーだね。」小野先生の研究室を卒業し、4月からShinraにスタッフとして加わる西原君とそのシチュエーションを楽しんだ。
斜里からの帰り道、車の中でポンペさんはこんなことを言っていた。「オレの話なんて誰も聞いてくれなかった。本当に何10年と活動を続けてきたが、いきなり話をしても誰も聞いてくれない。でも、あるエカシ(長老)が面白おかしく和人の悪口を歌にして歌っていると、多くの日本人が大喜びでそれを聴いていたんだ。オレはこれだと思ったよ。歌は人と人とをつなげる。今日だって、歌う前はオレの周りには誰も来なかったけど、歌ったあとはよばれなくても人がオレの周りに集まってきた。そこではじめて『話』ができるんだ。」。そして、かつてエカシが歌っていたという曲を歌ってくれた。
土地を奪われ、鮭を奪われ、文化を奪われ、名前を奪われ…なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
僕たちは4月から地元のアイヌが中心となった取り組みをお手伝いする。僕たちに課せられた課題は『話』のきっかけ作りだ。
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›3 08, 2005
今日のIUCN
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‐いいぞDavid!
‐科学委員会のその後
›2 18, 2005
IUCNの素朴な疑問
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京都議定書が発効された16日、知床ではちょっとしたざわめきが起きた。IUCNから環境省へ世界遺産登録に向けての再度の注文がついたのだ。前回も指摘された海洋保護地域の設定についてだ。
環境省プレスリリースhttp://www.env.go.jp/press/press.php3?serial=5715
知床世界遺産候補地地域連絡会議で作る「管理計画」でも、そういえば漁業資源の管理について特に深い議論はしなかったように思える。「漁民の生活がかかっている。今までも自然とともに漁業を続けてきた。これからも続ける。自分たちできちんと完結しており、新たな規制は必要ない。世界遺産によって新たな規制が加わることは反対だ。」ラウスの漁組の発言はとても明快で、誰も異論を挟まなかった。僕の周りは漁師ばかりだから、今でも僕は全く同じ意見だ。
そもそも、海域を設定した経緯をよく知らないのだが、「屋久島にも、白神にもありませんから、日本では初めてなんです。」と聞いて、「ほお、そりゃ画期的なんだなあ。」ぐらいにしかとらえていなかった。漁業についてはとにかく大きな利害が絡むことなので水面下での協議が続いていたらしく、地域連絡会議のような包括的な場で海域のことが深く議題に上がることはなかった。9月の1回目のIUCNからの指摘においても、関係者の根回しを経た結果を知らされるだけだった。
今回の海域の設定に関する議論では、僕も含めプレジャーボートや釣り船など、どちらかというとレジャーに対する規制ばかりに目が向いていたような気がする。しかし、IUCNの疑問は素朴だ。「海は広いのに、こんなに狭い海洋保護地区の設定で良いの?」「漁業と資源保護は本当に両立しているの?」…確かに、それって僕も知りたい。
でも、ある意味これによってようやく深い議論が始まるような気がする。羅臼町の脇紀美夫町長は読売新聞でのコメントで「もはや羅臼町のローカルな話ではないと思う。海洋国家・日本のあり方が問われる大事な問題となった」と語った。知床の世界遺産が、日本人のライフスタイルをも含めた本当に世界に冠たるにふさわしい議論に突入したのだ。環境省をはじめ関係行政機関には、単なる利害調整だけに終わらせない姿勢を期待したい。
と、正論を言い続けていても結局は政治的にコトが進んでしまう知床…。「世界遺産」は理想なのか現実なのか?知床はその両方だ。だから、以下はとても現実的な提言。個人的には、「補償をしてまでの世界遺産なんて、どーよ!」と思いつつも、もし行政サイドが短期間に決着をつけるつもりなら…ということを視野に入れた提言です。
(主語は「国」)
-知床の漁業がサスティナブルだということをしっかり説得しきること。それができず規制をかけることに踏み切るなら補償をすること。
-前回の回答のように時間をかけてこれから調査をするなら、そのスキームをはっきりさせること。IUCNの懸念のようにサスティナブルではない可能性があるならその歯止め策を提示すること。その歯止め策に経済上の損失が少しでもあるなら補償をすること。
-ロシアも含めたさらに広域な海洋保護区の設置が必要なら、北方領土問題なども含めた新しいラウンドに仕切りなおすこと。
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›10 20, 2004
イナウ
結城さんたちと、札幌のあるアイヌのグループと一緒にルシャに行ってきた。
結城さんとは、知床での先住民族文化を知るエコツアーをやろうと言うことで話をしている。ある日、彼が突然「あるグループとルシャに行くことになったから、ガイドを頼むよ。」と電話がかかってきた。
「ガイドっつったって車さえあれば一本道だよ。それより、だいたいなんでルシャなの?」
「え、もしかしてなんかやばい?」
「ルシャってすっごく良いところだけど、妙に政治的でオレは嫌なんだよ。」
「やっぱりなあ…。」
結城さんは、闘うアイヌなので、そういった微妙なネタにはとても敏感だ。一緒に来ることになった「あるグループ」はいろいろと政治的に巧みな人たちらしい。何か企みがあるのかもしれないし、全く純粋な思いだけで来るのかもしれない。
「やる前から探っていたって始まらない。ま、行くだけ行ってみようよ。」と、いつもの互いの軽いノリで出かけていった。
春のような柔らかな南風の吹くルシャの河口はとても穏やかだった。孵化場跡で若いヒグマがサケを追い回している。
知床半島は、「手付かずの自然」なんていうが、開拓の歴史のはるか以前から先住民族は森の中や海岸線で狩猟採集の生活を営んでいた。ルシャをはじめ、知床半島の「原始林」と思われているここかしこに、住居跡や聖地が点在しているのだ。今回は、ルシャ、レッパンベツ、ポンベツの遺跡を確認すること、先祖供養や久しくおこなっていないカムイノミ(自然の神々への祈り)を知床の大地で執り行うことが主な目的だ。
僕はネイチャーガイドサービスを続けていて、ひとつだけ心残りだったことがあった。それは、この大地への挨拶をアイヌプリ(アイヌ民族の様式)でやっておきたいということだった。ついでに個人的にルーツを感じるこの大地の地霊に、一言挨拶がしたかった。我流ではやれても、古くから伝わるアイヌ民族の様式でやったことはない。神社やお寺のやり方よりも、アイヌ民族の様式はこの北海道の大地に一番マッチした儀礼なのだから、思いを伝えたいならアイヌ式がもっとも適しているのだ。
今日は、まずレッパンベツの河口でオンカムイ(先祖供養)を行った。そしてルシャではきちんとしたヌサ(祭壇)をこしらえ、本格的なカムイノミを行った。神々の領域ということで、儀式の最中はヌサの向こう側は立ち入り禁止なのだが、今日は若いヒグマが川の中に飛び込み、オジロワシが多くのカラスを引き連れて飛んでいた。「今日は本当にヌサの向こうが神々の場所になったね〜」と誰かがボソッと言った。アイヌ語の祝詞が静かに響き、清らかで、それでいて深いディープな時間がゆっくりと流れる。当初の心配は全く晴れて、政治も欲望も全く関係のない、とてもスピリチュアルな儀式だった。
こうした儀式で重要な道具に、イナウと呼ばれるヤナギの木で作った御幣がある。ヤナギの木の皮を薄く削ると、くるくるとらせん状に剥がされ、それを一周やるとちょうど神社のお払いで使う御幣と同じようなものが出来上がる。(御幣のルーツはこのイナウだと言われている)。それは、自然の神々や先祖と人間の間を取り持つ仲介役を果たしているそうで、これがあることによって僕たちの意思も神々に伝わるし、逆に悪いパワーまでもらわないで済むという安全装置の役割もあるという。
結城さんがポツっと言った。「僕とか藤崎さんって、イナウみたいな存在かもね。人と自然、都会とイナカ、アイヌと和人…そんな間を取り持つ役割を担って、この世に生まれてきたのかもしれない。」僕はその言葉を聞いて涙が出そうになった。
ルシャを離れ、最後にポンベツという場所に寄る。夕暮れせまるその小さな川で、結城さんが2本のイナウを添えてささやかなオンカムイをした。住居跡に立つと、昼ごろから吹いていた冷たい風が全く当たらない。一瞬そこで遊ぶ息子たちの声が響いてくる。目の前の海岸では打ち上げられた鯨を、わいわいとさばく大人たちの姿がフラッシュバックする。自然の中だけで生きていくリアリティを、今日ほど感じられる日はなかった。住居跡の脇にあった岩に添えた、あの2本のイナウを通して、はるか祖先とつながったのかもしれない。
→関連記事
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›10 07, 2004
アイヌ民族と世界遺産
北大の小野有五先生から、札幌アイヌ文化協会のアシリチェップノミのパンフレットが送られてきた。小野先生のインタビュー記事と、何とアイヌアートプロジェクトの結城さんのインタビュー記事も特集として大きく取り上げられていた。北海道の世界遺産推薦だというのに、あまりにアイヌ文化を無視しすぎていないか、という批判を込めた特集だ。とても良い記事なので、手に入る方は是非。
僕は世界遺産の管理計画作りにもメンバーとして関わったが、アイヌ民族の記述の少なさを会議の中で指摘し続けた。てっきりメンバーにはウタリ協会などが参加するのかと思っていたが入っておらず、地域住民のメンバーとしてかなりしつこく会議の場や非公式の場でアイヌ民族の文化にしっかり光を当てるよう指摘し続けてきた。
僕としては、アイヌ民族として1章設け、アイヌ民族が主体的に管理に関われることと、それが無理であればそれこそアシリチェップノミのような、自然との共生を考える良き伝統儀式が、意味ある形で継続できるよう記述をするべきだと発言した。しかし、別項目が設けられることはなく、言い訳のような記述が少しだけ増えたに過ぎなかった。(→以前書いた記事)
しかし、これは担当者だけを責めるわけにはいかない。長年のアイヌ民族に関する偏った教育に原因があるといわざるを得ない。多くの人はアイヌ民族を「過去の話」と思っている。が、違う。だって、現実には僕には大勢のアイヌ民族の友達がいる。でも、過去のものと思っている人にいくらアイヌ民族の主体的なかかわりを説明しても、その必要性が感じられるはずもないのが当然だ。それを説明しきれなかったのは、全く、僕の力足らずだ。
ただ、同時に「市民活動」の概念が全く抜けていたので、こちらもかなり強く指摘し、こちらのほうは項目が付け加えられ、大きく取り上げられることとなった。アイヌ民族も僕達も「住民」「市民」という立場であれば、管理の枠組みに関わる道筋にはある程度の主体性が担保された。しかし、いわゆる「和人」とアイヌ民族との間に、正常で対等な社会的関係がない限り、この枠組みはアイヌ民族にとってはあまり意味をなさない。これを「つなぎ」として将来的な取り組みを考えるしかないだろう。
アイヌ民族がこの世界遺産に関わる意義は、人と自然との精神的な関係性を示してくれるところにある。狩猟採集の生活を送り、自然を痛めつけることなく古くから共存してきたアイヌ民族と自然との関わりは、今の自然環境問題の全てを凝縮して僕達に示してくれる。自然への畏敬や畏怖をどのように生活様式などにフィードバックしてきたのか?資源を枯渇させない採集方法とは?そもそも有限の地球上の資源の中での、人間の適正な人口とは?そうしたコミュニティの運営とは?といった、自然を考える上での社会学的な縮図は、全てアイヌ民族の歴史の中にある。
アシリチェップノミのリーフレットで、結城さんは次のようにコメントしていた。(『特集 アイヌ民族と世界遺産』 構成・文/高井えり子さん)
—略—
「…それに比べて北海道は、ずっと長いこと、アイヌ民族抜きで観光をしてきました。文化もそうです。今エコツアーが流行っているけれど、エコを受け入れてなぜアイヌ文化を受け入れないのか。アイヌの先人たちはみんなエコの本流なのに、もっと足元を見てほしいと思います。
—略—
…僕を知床に招待してくれた人も「北海道でガイドをする以上は、自分もしっかりアイヌの文化・歴史は学んでおきたい」と、考える和人のエコツアーガイドでした。その人が、山で山菜を取って食べたときに、そのあまりの美味しさに、これは神様からの大切な頂き物だという感謝の気持ちが自然にわいてきて、気が付けば思わず両手を前にかざすアイヌプリの所作をしていたそうです。その話を聞いて僕は、それってアイヌそのものではないか、自然の中で暮らしていると誰でもだんだんアイヌに似てくるのかなあと思いました。
だから、北海道の自然を考えるときでも、僕は共通する考えを持った人なら、アイヌでも和人でも、いっしょに協力していきたいんです。その上で、言うべきことは言い、主張すべき点はしっかり主張して、僕達の祖先が古来からずっとこの地に生き、培ってきた自然観や文化などを、きちんと伝えていくことが大事なんじゃないでしょうか。そして、アイヌのカルチャーを(アイヌらしい精神や様式で※)産業にして自立し、意味のある文化体系を作り、それを次の世代につなげていきたいですね。それが、今を生きるアイヌ民族として、僕達の世代のやるべきことなんじゃないかと考えています。」
※藤崎加筆
→結城さんやウタリ協会斜里支部長の梅沢さんと企画中のエコツアー
ウトロ聖地巡礼・・・
先住民族ゆかりの岩をめぐるウトロ周辺散策ツアー 企画書抜粋
環境省のモデルツアーにエントリー中。(誰がどういう基準で「モデル」として決めるのだか全く不透明なので、どうなるかはわかりませんが…)
今までの関連記事
「SQUARE」誌寄稿
田口ランディの聖地巡礼
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›9 23, 2004
タラとダムとシカと観光
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明日、世界遺産の地域連絡会議が開催される。7月に視察に来たシェパード審査官の指摘を受けてのものだ。今日から両親や叔父叔母が来るというのに…ま、こりゃしょうがないか。
今回の会議はいろいろな意味で盛り上がるだろうなあ。欠席のつもりでいたけれど、この議題をみたらちょっとはずせない。それでも渋っていたら、ウトロ自治会長や家族にも「行かなきゃだめっしょ!」とお尻を叩かれ、しばし親孝行をあきらめる。何でこういうことって、こういうときに限ってスケジュールされるのかなあ。ガイド協議会だって同じ日だし…。夜は出ないからね!
・スケソウダラ漁について
・砂防ダムの存在
・観光客増加への対応
・エゾシカの増加による環境破壊ついて
が世界遺産に当たっての課題とのこと。
スケソウダラについては冷静な現状がわからないので何とも言えないが、食料政策にも関わることであり水産行政関係の出方を見たい。砂防ダムについては現実に防災や漁場の保全の意味もあるだろうから100%否定されるものではないと思う。先ずはサケやその他の魚が行き来できるような対策を考えるということしか考えられない。意味のない砂防ダムなら(誰がどういう基準で判断するのか?という問題もあるが)撤去も視野にいれてもいいかもしれないが、これにもお金(税金)がかかる。お金をかけて作って、お金をかけて壊して…、いずれにしても責任を明確にしないと、納税者としては納得がいかない。
観光とエゾシカの増加の問題については、ウトロ地域は過去に明確な提言書や意見書を提出している。改めてそのスタンスを示すまで。
つくづく「世界遺産」って、何のための冠なんだかわからなくなってくる。
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›7 25, 2004
IUCN地元ヒアリング
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IUCNの世界遺産審査官David Sheppardによる地元ヒアリングが開かれた。僕は「ウトロ地域自然保護と利用に関する協議会」の事務局長の立場で参加。Davidからは次の4つの質問を受ける。
1.世界遺産に登録されることをどう思うか
2.さまざまな管理計画の策定プロセスについてどう感じたか
3.世界遺産は最も厳しい保護を課すことを目的としてる。それを許容できるのか
4.これからの管理体制に対しての意見
世界遺産に登録されるかどうかの重要なヒアリングでもあるので、みな責任の重さを感じ慎重な回答。僕も今までの議論を踏まえ、次のように発言した。「手放しで大歓迎!」ムードの中、また僕だけが小言をいうような立場だった。
1.「世界遺産に登録されることをどう思うか」
世界遺産というブランドを別にしても、地域の人々は知床の自然の素晴らしさが世界に紹介されることを「当然だ」と思うほど、誇りを持ち愛しています。
2.「さまざまな管理計画の策定プロセスについてどう感じたか」
環境省の「世界遺産候補地管理計画」については非常にオープンな議論であり、さらにパブリックコメントについてもかなりの意見が反映されているという印象を持っています。この策定プロセスについては高く評価しています。一方で、これに付随するさまざまな計画において、行政と住民とのパートナーシップはまだまだ模索している段階です。ただ、担当者は非常に熱心に対応してくれていますので、いずれ良きパートナーシップが築かれることと信じております。
3.「世界遺産は最も厳しい保護を課すことを目的としてる。それを許容できるのか」
それは、これからの策定プロセスがオープンで、行政と民間とが対等なパートナーシップを築けるかどうかにかかっていると思います。また、自然保護に熱心な住民もいる一方で、「自分たちの暮らしを静かにしておいてほしい。」と思っている人が大勢いることも事実です。現在でも、報道などで保護と利用が対立するものとして取り上げられ、それに巻きこまれる地域住民の姿があります。このような状況はDavidの指摘を危ういものにしかねません。そう言った意味で、4番目の質問に答えるかたちで、将来に向けての管理体制における提案を行います。
4.これからの管理に対しての意見
次の3点を提案します。
(1)意思決定のさらなる透明化と行政と民間との対等なパートナーシップの構築
この点においては、さまざまな施策においてまだまだ充分とはいえません。行政サイドだけで決められる、あるいは申し訳のように民間団体の長を参加させ、承認を強いるような意思決定のプロセスを見なおす必要があると思います。
(2)遺産管理への地域住民の主体的な参加
現実的には全ての住民が意思決定プロセスに関っていくことは困難なので、管理体制の一部に地域住民が意味あるかたちで関れるような工夫が必要です。そうすることによって、知床の自然に対するさらなる誇りを地域の人が共有するきっかけを作ると思います。
(3)マーケティングプランナー、ブランディングプランナーの必要性
知床には自然保護の専門家、諸産業の従事者はいますが、「保護と利用」をつなぐプランナーが不在です。新たにこれらのプランナーをおくことによって「このままいけば、保護ばかりで食っていけなくなるのでは…。」というような不安を払拭することができると同時に、サスティナブルな経済発展を実現させることができると思います。
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›7 21, 2004
IUCN(2)
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00:04 /
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IUCNの世界遺産審査官レセプション会場ではいろいろな人に会うことができ、とても有意義だった。久しぶりに北大の小野有五先生にも会えて、いろいろな話をすることができた。
小野先生とは一緒にパネルをやったり、エコツーリズム協会の関係でお世話になっているが、ツーリズムやアイヌ文化に対してのアプローチがとても似ていて、いつか一緒に仕事をすることになるのでは…なんて思っていた。今回のウタリ協会の働きかけの関係で少し具体的に何かをカタチにしたいねと話をして、明日改めて打ち合わせる。結城さんも共通の友達だし、若いアイヌとコラボしたいなあ。
北海道庁の毛利支庁長とも久しぶりに会った。もともと、何かの講演で僕が話したラジオの話しに、一番最初に興味を示してくれたのが毛利さんだった。そんなこともあり、28日のWEB放送立ち上げについてはとても喜んでくれた。音探しのキャンペーンについても相談に乗ってくれそうだ。
最近、僕が妙にバッシングにあっていることを、みんな気にかけてくれていた。メディアや風評に流されない信頼関係を持っていることを改めて誇りに思う。感謝感謝。
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›7 20, 2004
IUCN
Posted by Tatsuya at
13:19 /
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今日から世界遺産の審査をするIUCNのデビッド・シェパードが知床入りする。スケジュールは環境省の方からいただいているのだが、IUCNの職員ぐらいになるとセキュリティの問題もあるようだ。どこまで公開していいのかわからないので詳細な場所がわかるようなコメントは差し控える。
僕は今夜のレセプションと後日のヒアリングに呼ばれている。IUCNとはガイドラインの本の翻訳の関係で、今年は彼の部下と頻繁に連絡を取り合っているので、周囲の陳情モードとは違い仕事先とはじめてオフラインで会う程度の感覚だ。
デビッドがやってくることで、何だかソワソワ、ピリピリしている人たちがいる。世界遺産なんて関係ないところで、知床五湖の利用に関して意見書を提出したところ、ピリピリといろいろなところから連絡がきた。「まとまれ」と…。僕は多様な意見を出しているだけで、そのことを「まとまっていない」なんて思っていない。マスコミに流れたら妙にまとまっている方がウソくさいというものだ。
僕はデビッドとは「ウトロ地域自然保護と利用に関する協議会」の事務局長の立場で会う。この協議会は地域の人たちが立場に縛られず緩やかな連携で自由な協議をしてきた、自治会の外部組織だ。ウトロのような小さなコミュニティでは、一人がいくつもの役職を兼務しているがゆえに、錯綜した立場にがんじがらめに縛られ、結局何の発言もできない状態で行政などの会議で流されることが多い。事をスムースに運ぶためにはそれでもよい場合もあるが、自然環境というテーマは実に多様な側面からの考察を加えなければならない。漁組の構成員として話すことと、その人が漁師を志そう!と思った幼少時の磯遊びの原体験とでは、ときとして矛盾した発言をしなければならなくなるかもしれない。でも、その矛盾こそがかけがえのないものであり、議論の本質だと思っている。
加えて、実はこれが自然をテーマに話し合うときに最も厄介な壁となるのが「思想」だ。自然の捉えかた関りかたは人それぞれで、どれもお互いを否定できるものではない。
「まとまれない」ことをネガティブに考える人は多い。でも、誰に聞いても知床の自然は美しいと言い、大切にしていきたいと答える…。それだけで充分まとまっているじゃないか。「まとまれ」「まとまれ」という人は、何かの思惑があって、その「まとまり」を使って何かを通そうとする人だ。
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›7 16, 2004
アイヌスピリット
Posted by Tatsuya at
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世界遺産知床でアイヌ民族の文化復活についての声明がウタリ協会から出された。→北海道新聞。
最高!知床関連で久しぶりにすっきりとよい話が出てきたような気がする。もう僕は全面的に支持する。
アイヌの若きリーダー結城さんは電話で「まあ、いろいろと計算高い人もいるから心配あるんだけど、提言自体はいいよね。」と、"闘うアイヌ"の結城さんも評価していた。それにしても、たとえウタリが相手であっても権力や古い組織と闘う結城さんの姿って、ホントかなり僕とだぶるんだよな〜。だからつきあっていられるのかも知れないけど…。
文字通り世界遺産の知床に魂を吹き込むのはアイヌ民族のスピリットだ。Radio Kisar(Kisarはアイヌ語で「耳」の意)でもアイヌ音楽をフューチャーした"オホーツクサウンド"をつくり自然のスピリットを伝える、音探しのプロジェクトをはじめるところだ。
そんな矢先、訃報。アイヌの歌姫おばあちゃん安東ウメ子さんが逝去した。こういうすごい人は、こうやって僕のようなちっぽけなヤツにも、自らの死をもって何かのメッセージを置いていってくれる。安東さんが伝えようとしたスピリットとは何だろう?彼女が"オホーツクサウンド"を伝えるとしたらどんな音だろう?とても深いところで考える。
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›6 04, 2004
Radio Kisar
"Kisar"というインターネット放送局を来月に立ち上げます。多くの方のご意見を伺いたいと思います。(→読売新聞に取り上げられました)
例えば、ハワイと言えばハワイアン音楽。移住者達が作り上げた音楽ですが、先住民族のAloha Spiritにあふれたハワイの大地と風にマッチした音楽です。
知床を含む環オホーツクは、先住民族たちが海洋資源と深い森に根ざした歴史的に独特のエコ文化を築き上げてきた地域です。オホーツクの自然のスピリットとともにあるサウンドを作ったとしたらどんなだろう?音楽が好きな僕はいつもそんなことを考えていました。
また、Aloha Spirtがハワイのホスピタリティの隅々まで行き渡っているように、知床周辺にも、Aloha Spiritならぬ“知床スピリット”が根付いたら、オホーツクの観光スタイルももう少しマシなものになるのではないか。ハワイがあれだけ俗化しても魂を失わないように、自然をこのまま消費しつづけるような観光プロモーションに一石を投じたいと思います。
「Kisar(キサラ)」はアイヌ語で「耳」という意味だそうです。ラジオと関係の深い「耳」という本来の意味と同時に、自然のスピリットからのメッセージに心の「耳」を傾けることを大切にしてきた先住民族たちの世界観・自然観に改めてRespectするとともに、これからのエコライフ時代に向けて自然からのメッセージに今一度謙虚に「耳」を傾け、音楽など僕たちのセンスでそのメッセージをリスナーの「耳」にお届けしたい、という願いを込めた放送局名でもあります。
今後、さまざまなアーチストからの協力を得ながら、そんな「オホーツクの音」を探すコンテストを開催したいと思っています。ハワイアンのようにオホーツク独自の音楽が生まれることを夢見ております。我こそはオホーツクサウンドと思っていらっしゃる方、またはこんな音がオホーツクにはあってるんじゃないの?とお心当たりのある方は、是非とも情報をお寄せ下さい。
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›3 03, 2004
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›2 17, 2004
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›2 16, 2004
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›2 15, 2004
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