›10 06, 2011
Stay hungry、Stay foolish.
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14:29 /
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気がつくと世の中はApple製品が溢れている。ここまで誰もが使い始めると「違うものが欲しい」と思う。はじめの頃は、そんな人が好んだのがAppleだったのかもしれない。しかし、今ではApple以外の選択肢は考えられないと言っても良いほど、彼のデザインと精神が社会の底流を築いている。今では当たり前に使うマウス、音楽がインターネットでデータとして流通する仕組み、画面上であたかも机の上の用にいくつものソフトが重なるウィンドウという考え方、スマートフォン・・・これらは、すべて彼が作り出したものだった。精神自体を流通させていたのだ。
まだワープロが出たての頃、父はAppleを買ってきた。若かりし頃sanyoの工業デザイナーでもあった父は、学校に持っていくコンパスや三角定規一つ一つをプロ用のものを僕に持たせていた。「小学生が使うようなコンパスでは、同じ円はかけるかもしれないけど、違うんだ。」としきりに話していた。僕も母も「な〜に言ってんだか。」と取り合わなかった。工業デザインは使い込むことや飽きがこないことが先ず最低条件で、なおかつそこから生み出されるものが世の中で役に立つという連鎖を作り出す"平和製造装置"みたいなものだ。素晴らしいマルを書いてもらいたいという思いで作ったようなメーカーのコンパスで、渾身の「マル」を描くということを教えたかったのかもしれない。そんな思いを全く汲まなかった僕は、父がずっとAppleを買い替え続けていたよこでWindowsばかり使っていた。普通に仕事で使うためにはソフトの数や情報量、そして特に知床のような都市から離れているところでは圧倒的にWindowsに分があった。「オヤジ、Appleなんてむしろシロウトの道具だよ。」とけなしていた父は昨年逝った。改めてAppleの話をしておけば良かったと思う。
僕はここ数年でAppleに切り替えた。今、Appleを使っていられるのは、インターネットのスピードが上がったからだと思う。必要なアップグレードやデータはネットから仕入れれば済む時代になり、彼がやろうとしていたことも再び輝き出した。思えば、そのインターネットの発展も彼のようなヒッピー、平和主義者の努力によるところが大きい。Appleがこれだけ世の中を席巻している今は、Love&Peaceの祈りに満ちた時代と言っても良いのかもしれない。
ノートパソコンを開いたときの満足感、デスクトップのデザイン、インターフェイス指向は「よし!素晴らしい「マル」をかいてみるか!」と思わせてくれる。彼のデザインを再び手にすることはなくなるのだろう。しかし、彼の精神の継承はAppleの社員だけではなく、優れた工業デザインから生み出されるアウトプットに命を吹き込む僕たちにも課せられているのかもしれない。スティーブジョブスさん、どうぞ安らかにお眠りくださいませ。頑張ってみます。
Stay hungry、Stay foolish.
合掌
›4 10, 2011
田野畑村に来ています
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15:24 /
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目にした光景、聞いた話を咀嚼し説明するには相当に頭の中を整理しなければなりません。
田野畑の風景の象徴のような松の木が無数になぎ倒され、村にはマツの良い香りが漂っています。そして、鎮魂の空気も。

›12 07, 2010
おしょうがつのこと
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20:34 /
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ー引用開始ー
・もちをたべる。
・かきをたべる。(貝)
・あいさつ「あけましておめでとうございます。こ年もおねがいします。」
・みんなでかんぱい。
・おせちりょうりをたべる。
・おとしだまをもらう。
・ウノをやる。
・たこやきをつくる。
・すきやきをたべる。
・しんせきのみんなであそぶ。
ー引用終了ー
以上、1年生の息子の正月箇条書き。
›10 04, 2010
今やれること
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16:49 /
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ホントにホントにいろいろなことがありすぎて凄い毎日を送っています。「凄い毎日」というのがぴったりで、恐らく今までの人生の中で最高に情報処理をしている今日この頃です。

先月、実は母が倒れました。くも膜下出血ということで早朝に父から電話が入ったのです。くも膜下出血は「即死」をイメージしますし、予後も悪い印象がありビックリしましたが、手術をしてあっという間に退院。驚くほど普通に生活をすることができています。医者からも「運が良かった」と言われるほどで、何とか落ち着きを取り戻すことができました。ご心配をおかけした皆様、大丈夫です、ありがとうございました。
そんなドタバタで「中止」の文字が頭をよぎった、OKIさんのライブも無事に終えることができました。cafe pathでは、おつきあいのあるいろいろな方々のライブイベントなどを行ってきましたが、峰浜の地霊にOKIさんの音を聴かせたい・・・という思いがずっとありました。OKIさんは今はとてもビッグネームになっていて気軽に呼べるような方ではありません。「タイミングがあったらいつかウチで演ってくださいね〜」という程度でご挨拶したことを覚えてくださっていて、OKIさんの方から電話をかけてきてくれました。もちろん、僕は即OKだったのですが、OKIさんは藤崎さんのところだったらじっくりソロで演りたいとのことで、北海道ツアー中唯一のソロライブとなりました。
前日の阿寒でのライブも見に行かせてもらったのですが、OKIさんは確実に突き抜けています。こうした身近な距離感でライブを楽しめるのは、もう最後だったんじゃないかとさえ感じます。アイヌ文化を伝えていくステージは、権利宣言やOKIさんの大きな力と相まって、一段上がりました。それを身近で肌で感じられる環境にいた人にとっては、ある種の感慨と興奮を覚え、そして同時にさまざまなコミュニティ内のさざ波を見るにつけ、偉そうな言い方ですがアイヌ民族は「これから」という感じがあります。多くの若きリーダーたち、しっかり!!やれることは応援します。
観光は僕が経験した中でもっとも厳しい状況が続いています。この不況の中で、国内旅行は全くの低迷。shinraのようなガイド業と言う観光の川下にいるものにとっては、この状態は相当に深刻です。しかし、一方で中国や香港、台湾からのお客様は堅調。「言語が勝負」のガイド業ですので、台湾からのワーキングホリデーのスタッフを採用して、この冬からは本格的に中国人向けネイチャーツアーが稼働します。昨今の、国家間の言い争いも現場では全く関係ありません。ワーホリの余ちゃんも言っていますが、「いろいろあるかもしれないけど、日本が大好き!」なお客様ばかりなのです。マスコミは何を煽っているのか、何を心配しているのか、政府レベルの画策があるのかないのか知りませんが、知床の素晴らしい自然を楽しみにきてくださっているお客様の気持ちに水を差さないでもらいたいものです。そんな国際情勢にいたずらに翻弄されていますが(現場は関係ありませんが(笑))、領事館などとスタッフ採用に当たってのやり取りを勉強させてもらっています。
薪の調達も遅れましたが、ようやくめどがついています。「薪を作る時間が無くなったら生活を見直す」と思っていましたが、何だか忙しい事情につられて、勝手に生活というのは変わっていくものなのだなあと他人事のように実感。つまり、逆を言えばスタンダードをきちんと置いておけば、どんな状況になりつつも大切なものは変わらないということ。「これだけは!」というものはいつまでたっても冒されない。これは、面白いものです(笑)。「生活スタイル」なんていうけど、実は違う。それは往々にして朝起きて何をして、子供と話をして・・・といった、単なる日々の手順を言っているだけのことに気がつきました。つまらないことを自分の中でどれだけ儀礼化していることか!それを崩すのは大変だけど、何が大変かというと単なるしみ込んだ思い込みや、無意識の反復を意識し捨てること。近所の猫が毎日我が家の玄関先でボーッとしているように、機械的に動いている自分に気がつくのはイヤなものです。そしてそれを変えることは苦痛です。でも変えてしまえば、どうってことないなあということにも気がつきました。
母や父は両方とも脳を患ってしまいました。早かれ遅かれ彼らの老後にどう寄り添っていくのか決める日がやってきます。幸か不幸か今回の入院ではそういう状況には至りませんでした。しかし、最近はあまり深刻に思わなくなってきました。「どーなっても、大したことない!今の生活儀礼から想像できないだけだ!」と。今やれることは、今やれることを、今やること(笑)。なかなかに渋い心境に至りつつあります。
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›4 18, 2010
40年査定
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いつもこの時期はそわそわと、眉間にしわを寄せて忙しく動いていて、心身ともにクタクタになっている気がします。総会シーズン、歓送迎会シーズン、決算シーズン・・・と、ただでさえ慌ただしいのに、今年は息子2人が中学校と小学校への入学があり(あ、その前に卒業もありました)、謝恩会やら準備やら式典やらで怒濤の日々を過ごしました。今日までに、大きな総会が終わり、ちょっと一息つけるかと思うと、新年度の動きが続きます。
今年は「どんだけ役を背負わせるんだ〜!!」というほど、いろいろな役が舞い込んできています。ありがたいことです。あまりにも重なり過ぎなので生まれて初めて「断る」ことをするようになりました。「やる思考」に慣れているせいもあり、「断る」ことには思いのほかパワーを使うことも知りました。我ながら「オレ、少し大人になるのかも」と思っています。
「やる思考」はまさに若者思考です。経験や知識もないくせに「僕やります!」と引き受けて、多くの失敗を重ねながら学習をしていくことは若者の特権です。僕の数多い座右の銘(笑)のひとつに、こんな言葉があります。
『ビジネスの世界は全て二種類のコインで支払われる。
すなわち、現金と経験だ。
まず経験を取る事。現金は後でついてくる。
(ハロルド・S・ジェニーン/AT&T元会長)』
失敗や壁を乗り越えようとする経験から学ぶことは数多く、確かにそれはノウハウとして後で"売り物"になります。「現金は後でついてくる」というのは確かにあたっているかもしれません。
この言葉は今でも僕のビジネス上の行動指針なのですが、プライベートではそうはいきません。いつまでたってもお金にならないこともたくさんあります。損得勘定で取りあえず納得できる世界ではありません。もう一つ、似ていますが全然違う、僕の数多い座右の銘の一つに『若い頃の苦労は買ってでもしろ』という言葉があります。しかし「いつまで"買ってでもする苦労"をしていれば良いのだろう、いつになったら若者じゃなくなるのだろう」と内心、思っていたのでした。
それが、さすがに厄年=役年です。何で、こんなにいっぺんにやってくるんだろう・・・という話に対して「できません」と言わざるを得ない状況が向こうから勝手にやってきました。おお〜これは、「お前も、そろそろ買ってまで苦労はしなくてよい」というお知らせだ〜と一人で感慨に耽っています。
改めて「大人」ということを考えます。そういえば思春期に「大人って何だろう」と悩んでから、こうやって改めて大人を考えたことはありませんでした。否、社会人になるときに少し考えました。でも、あのときは「学生から社会人」という明確な大人の階段がありましたので、それほど意識して考えなくても良かったのかもしれません。社会とコミットすることと、自分なりのやりかたをつかんだ時期でした。しかし、今はまたちょっと違っています。うまく言えませんが、自分の経験や徳、業、といったすべてを総動員して、言ってみれば神様から最初の査定を受けるような感覚です(笑)。40年査定。きっとこんな査定が死ぬまでに、いろいろなカタチで次々とやってくるのだろうなあ。
仕事と生活をできるだけ一つの軸で捉えていこうと生きてきましたが、その境目はさらにぼやけてきています。仕事を通して社会とコミットをすることと、金にもならないけど地域活動と割り切ってやってきたこととが、何だかグニャ〜とクロスオーバーしてきています。この変化は、うまく表現できないのですが、僕の中では大きな変化。さまざまな思考回路を切り替え中です。
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›4 13, 2010
竹富島のデイゴを救おう
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10:04 /
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斜里町の姉妹町、沖縄の竹富町から切実なお願いが届いています。「せめてウタキのデイゴだけでも」・・・現地の方々の心中お察し申し上げます。
竹富島のデイゴを救おう
実行委員会
http://www.save-deigo.sakura.ne.jp/index.html
以下、HPより引用
2009年10月、石垣市在住の十鳥博氏が友人と竹富島の世持御嶽(ユムチウタギ)を訪れ、そこに立っていたデイゴの巨木を仰ぎ見ながら、八重山地方のデイゴの木がデイゴヒメコバチの被害に遭い次々枯れている現状を話しました。
友人は「せめて世持御嶽のデイゴの木だけでも救う道を考えたらどうか」と感想を述べて帰って行きました。
十鳥氏は世持御嶽のデイゴのことが胸に残り、竹富島出身で盟友の亀井保信氏に、「世持御嶽」のデイゴは神が宿る木でもあり、座して枯れるのを待つのは忍びない、なんとか救済の道はないものかと話しました。
亀井氏もその話しに大賛成。
亀井氏から話を聞いた島関係者の前向きで積極的な姿勢もあり、たちまち世持御嶽はもちろん島内すべてのデイゴを被害から救おうという話がまとまりました。
ここに竹富島のデイゴを救おう!実行委員会を設立し活動を開始するにいたったところです。
›3 26, 2010
4月から津軽海峡を越えます
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15:57 /
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我が藤崎財閥が立ち上げた(ウソ)
フジドリームエアラインズ-FDAが、北海道にも飛んでくることになりました(ホント)。実はいとこがパイロットで操縦しているのがちょっとした自慢でもあるのですが(これホント)、どうぞごひいきに!
ー以下メールから引用ー
「4月から津軽海峡を越えます」
新しい職場のFDAも4月から一日一往復千歳を飛ばすことになりました。地元の人もやれ本場のジンギスカンを食べたい、旭山動物園に行ってみたいと北海道に興味津々です。(もっとも私は35分しかいられませんが(泣)
懸案の運賃もみんなで知恵を出し合って静岡ー千歳で2万円を切ることができました。 他社の割引と違って空席があれば前日でも安く購入することができます。
詳しくはHPで・・・
http://www.fujidreamairlines.com/
›1 06, 2010
役年
Posted by shinra at
15:29 /
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みなさま、新年あけましておめでとうございます。今年は本厄の僕です。厄なんて気にしないタイプですが、気にしてみると楽しいこともあります。厄の考え方や、厄除・厄払いにまつわることがらは言ってみれば霊感商法みたいなものですが、クリスマスと一緒で楽しんだもの勝ちです。楽しんでいこうと思います。

近頃いろいろな役への就任要請の話が舞い込んでくるので、スタッフからは「藤崎さん、きっと『厄』は『役』なんですよ。」と言われています。気になって調べてみると、確かに『役』が『厄』の元々の意味だとする説もあるのですね。ネガティブではない「役年」という言い方はとても気に入りました。年齢を重ねてきた様々な知識や経験、人脈やノウハウをアウトプットしていくきっかけにできればと思います。
今年はcafeが本格稼働します。ガイド事業もさまざまな変化をさせていこうと思っています。近くのスキー場のスノーパークやバリアフリー旅行センターなど、プロデュースしたいくつもの事業も動き始めます。プライベートでも長男が中学に入り、末っ子が小学校に上がりと、何もかもが大変そうです。でも僕はこれまでも何かをやるときには同時に他のいくつものことをやってきました。これは僕のクセの類いなのですが、一つのことを突き詰めていこうと思ったり、何かがどうしようもなく忙しいときに限って、必ず正反対の事柄にも同時に忙しく取りかかります。不思議なのですが、はじめのうち、それらが遠く離れていたところで平行線に進むのですが、何かの拍子で絡みあい、塩基配列のようにグルグルと一人歩きしていきます。それは、僕のイメージする「成功」。今まで意識していなかった、プラスとマイナス、白と黒、どちらも欠けてはならないことを、こうやって教えてくれたのも陰陽道が発祥の「厄年」の考えです。厄年は悪いことばかりではなさそうです。「益」もあるし「躍」もありそうです。
というわけで、「大仏が見た〜い!」「金閣寺見た〜い!」「10円玉に書いてあるお家に行きた〜い!」と無茶を言うチビたちをつれて、ETC割引で京都奈良にミーハー弾丸旅行に行ってきました。図らずも京都に行くことになり、厄年と言えば陰陽師の祖、清明神社を訪れることもできました。かわいい桃の厄除のお守りと、ユーモラスな式神さんのケータイストラップをゲットすることができました。無邪気なリクエストも何がどう関係してくるか想像つかないものです。子供たちが自然なうちに僕の厄を払ってくれているのかもしれません。ありがたいなあ。
役年を楽しんでいきます。


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›11 12, 2009
空耳
Posted by Tatsuya at
11:43 /
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むっちゃ風邪引いてん!むっちゃ風邪ひいてん!
http://www.youtube.com/watch?v=-0jCWkM15ag
いやあ、もう、笑い転げたので教えずにはいられず・・・
›10 25, 2009
薪から見る自然とか、社会とか
Posted by Tatsuya at
21:08 /
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今年は春先の大風で倒れた我が家の森の木だけで薪が足りた。今年の風は本当に強かった。森の中を点検して回っていると、つくづく知床は風に堪えている森だなあと思う。

それから、雷。今年の夏は、落雷による電話の不通という災害に見舞われた知床だが、我が家の森でもどうやら雷で折れたらしい木があった。これは始めて。最初は気にせずその倒木を処理していたが、どうにも不自然な折れ方をしていて、断面を見てみると丸焦げではないが黒く煤けた感じになっていたのだ。そう言えばあのすごい雷の日は近所に住むうちのスタッフから「藤崎さん家に雷が落ちた!」とあわてて電話をもらったっけ。僕は外出していたので知らないのだが、家内が「すごいのが落ちて、家の電球が飛んだ」と言っていた。

息子が断面をチェックしに登ってくれました

断面周辺は焦げたような痕。これ雷の痕?
自然災害で倒れる木のほとんどはトドマツ。きっと他の木よりも高く延びるので風や雷の影響を受けやすいのだろう。だから今年の薪は松ばかり。ちなみにここ数年は、エゾシカが樹皮喰いをして立ち枯れたニレばかりだった。薪からも自然の様子が分かるのだ。
松は燃えると一気に熱くなりすぎストーブを痛める上に、ヤニが多いので煙突にすすがたまる。薪としてはB級品といわれているが、僕はみんなが言うほど嫌いではない。それこそ、松ばかり薪にしているカナダのストーブだからか、それほど痛んでいる様子もないし、広葉樹の薪と混ぜて使えば燃焼時間の短さも気にならない。それよりも、今年は風で倒れた松だとか、去年はシカにやられたニレだとか、はたまた増改築で倒すことになる○○さん家の庭に何10年も立っていたカエデだとか、その年その年のその木を燃やすことになった背景をもいっしょに炎にするあたりが楽しい。何だか護摩を焚いているようなのだ。
薪ストーブは炎を司る。現代で火をコントロールできる一般人がどれほどいるだろうかと思う。火を使うようになってから人は文明を育んできたと言うが、その文明の根源でもある火のコントロールのノウハウの部分は見えなくなっている。コンロやエンジンもある今、そんなこと考える必要もないと言えばないのかもしれないが、川が増水し管理者も利用者もなす術もなく災害が起きてしまうのは、問題の根っこはこうしたところ〜火を扱うとか、水脈を考えるとかのあたりまえのことから、私たちの暮らしが離れてしまっているからではないだろうかと思う。
まあ、そんな大げさなことを考えて薪ストーブにしているわけではないけど、オーガニックの野菜を食べるようにしていることや、界面活性剤の入っている洗剤を使わないことなど、生活のスタンダードの一部であることには違いない。そして、それは、はっきり言って自分の子供達のためにやっている。さまざまな事業を通して社会の問題にコミットはしているが、所詮僕一人が何かをやっても農業全てがオーガニックになるわけではない。それよりも、親のスタンダードを見て育ってもらい、大人になったときに次のスタンダードを自分で考え実践してもらいたいと思う。
子供の心のどこに何が落ちるのかは全く予想つかない。
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›10 09, 2009
どの自分で生きるのか
Posted by Tatsuya at
21:35 /
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人にはいろいろな行動パターンがあると思う。
言われなくてもヤル人。言われてヤルのが嫌いな人。言われないとやらない人。言われてもやらない人。言われたことと違うことをやろうとする人。言われたことを勝手に解釈をして違うことをやる人、逆に言われた以上のことをやれちゃう人。
自分でゼロからやるのが好きな人。ゼロからやりたいけど踏み出せない人。ゼロからヤル気はあるけど、ノウハウがなくて立ち止まってしまう人。ゼロからやるのは危ないと評論する人。誰かがゼロから始めたものがカタチになってから、その気になる人。
新しいことが好きな人。古いことが好きな人。新しいことが嫌いな人。古いことが嫌いな人。
数え上げたらキリがないが、これらの人それぞれの特性には、はっきり言って関心がわかない。それよりも「それを本人が意識しているかしていないか」・・・偉そうなことを言うようだが、このたった一つの行動パターンを、僕は人と接する時に関心を持って見ている。
自分や他人の、性格や行動特性はあきらめた方がよい。治そうと思って頑張ると絶対に病気になってしまう。極端に言えば、こうした特性自体がビョーキみたいなものだから、そのビョーキをどれだけ自覚して、うまく付き合っていくかが大切だと思う。
最近でこそ「発達障害」とか「学習障害」なんていうのが認識されてきたが、それをより細分化していくと、上記のようなそれぞれの行動特性や性格に行き着くような気がする。前にも書いたが、僕はモノを数える機能に欠陥があると自覚している。飴を10個とか数えるのが苦手。いやいや、普段の生活には全く支障がないが、統計を取ったら明らかにミスが多いはずだ。
逆に、使いようによっては社会や経済に役立つ人それぞれの欠陥もある。社長をやる人はみなそうだと思うが、リスクを好む傾向にあるはずだ。リスクで燃えるタイプじゃないと社長なんて務まらない。それを若者に啓発したところで、誰もが社長になれるはずもない。やっぱり頑張りすぎて病気になってしまうだろう。
社会は、そんないろんな特性の集合体だからうまくいっている。
しかし、とかく世の中は「全くアイツは、○○ができない!イライラする!」「何でこんなこともできないんだ」と怒っている人が多い。僕はとっくに「A君は○○はできない」「B君は□□になるとパニクる」と割り切ってしまっているので、腹が立たない。自分がやれることでも他の人にはできないことばかりだ。もちろん逆もしかり。腹を立てるだけ時間とカロリーの無駄だ。それよりも、それぞれの特性を意識させてあげることに努めている。その方が楽だ。そして、自分から前のめりで関わってくる人としか仕事はしない。逆に言えば、せっかちで前のめりな特性の人、リスクをとりにくる特性の人じゃないと、自分の特性も活かされないと思っている。
様々な場面で、様々な仕事やコミュニケーションがある。リーダーがリスクをとったあとは、少しずつ実務に落とし込んでいく特性の人が活躍する。自分の特性を意識して、どの自分で生きていくことを決めたのか、肝っ玉のすわっているヤツがプロ中のプロだ。
そして、それが見えてくるのは、具体的に何かをやっているとき。会議ではない。
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›6 17, 2009
にってれん
Posted by Tatsuya at
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先日、こんなニュースを目にした。手酌には少々うるさい僕である。
リンク切れご容赦↓
長野県職員の宴会「お酌禁止令」 副知事が音頭、大歓迎
僕はお酒は大好きなのだが、体質的にそれほど強いわけではない。これは結構厄介なものだ。周りはおいしそうに飲んでいる僕に当然お酌をしてくれる。これは嬉しい。でも、その気持ちは充分に受け取りつつも、飲めないのである。これは辛い。
そんな僕に気兼ねのない宴席を演出してくれるようになったのが、日本手酌連盟(略して「にってれん」)である。にってれんは全国組織であり(ウソ)、誰もが会長だ。僕は友人からにってれんを紹介されたのだが、彼女も自分のことを会長だと言っていた。ちなみに、僕も会長を名乗っている。
にってれんは宴席で角の立たないように楽しく手酌の良さを普及することを目的としている。冒頭のニュースにあるような、結局は上からのパワハラのような「お酌禁止」というようなことは決していわず、実に大人の対応で、気がついたらその場が手酌の場になっていた、というのが理想の姿である。
そういう意味では、にってれんの会長は、どちらかというと、宴会部長タイプではないとなかなかに務まらない、宴会エリートといっても過言ではないのである(ウソ)。
にってれんでは、最初のお酌は喜んで頂戴し、こちらからも積極的にお酌に回る。その際に、「実は私、にってれんの会長をやっておりまして・・・」と切り出す。その際「私も自分のペースで飲みたかったんですよ!」という相手からの反応があればしめたもの。そういった反応がなくても「にってれんって?」という話題づくりに役立つこと間違いなしで、知らず知らずのうちに、手酌が宴席での一つの話題になることもしばしばだ。この点は一人酒を追求する団体、日本手酌協会(にってきょう)とは違う(ウソウソ)。
一方でにってれんは、空いているグラスに気を配ることも怠らない。その人は、もしかしたらにってれんの活動に反感を持っているのかもしれない。その場合は、きちんとお酌をする。「あれ、チミは手酌をしろというのではないのかね?ん?」と、嫌味を言われても、「いえ、みんながおいしいお酒を飲むのが目的ですから。」とあくまで大人に、かつ正論で切り返すのが理想だ。また、事前に地域性をリサーチすることもお忘れなく。ちなみに東北では通用しなかった、というか、気にもとめずたっぷりとお酌いただいた(ま、それはそれで幸せなのだが)。
にってれんの活動に興味を持った方は、自分でかってに「にってれん会長」を名乗って、日本中に手酌の輪を広げてください。まだないのですが「え!?貴方もにってれん!?僕もですよ〜!」となる日と夢見ています。
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›5 04, 2009
ロックの魂
Posted by Tatsuya at
12:25 /
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キヨシローが亡くなった。ちょっとショックがでかい。キヨシローは僕の実家の近所の高校からバンド活動をしていたということで、地元ではちょっとした誇りだった。
僕の実家の日野市はなかなかにロックな町だ。当時にしては珍しく革新市制が続いていたり、学校の先生も左翼みたいなのが多く、管理型の学校運営が始まったばかりの中、生徒会と革新系の先生がタッグを組んで、体制と闘うみたいな熱い(暑苦しい)シーンを僕は体験してきている。そんな中でいつも文化祭の実行委員長だった僕には、キヨシローの曲にはこんな思い出を持っている。
中学校でもフツーにロックだった我が校では、文化祭で先輩がRCサクセションをかっこ良くバンドで演奏していた。中学生の文化祭でバンドというのも珍しいだろうが、とにかく僕たちは体育館で騒ぎまくっていたところ、紙テープ代わりにトイレットペーパーが投げ込まれ(笑)、「それ見たことか!」と目を光らせていた管理型教師が「ロック禁止」みたいなことを言いはじめたのだ(笑)。もう、その対応自体がおかしくっておかしくって「大人ってかわいそうだなあ〜」と、いつも白衣を着ている気の弱そうなその教師を気の毒に見ていた記憶がある。日野の若者はそんな風に多様な社会のありようを目にしていったのだ。
キヨシローの行っていた高校は伝統的に生徒が自立した感じだった気がする。僕は若干頭が足りなくてキヨシローの後輩にはなれなかったけど、日野市は全体的にどこかああいう感じのキヨシローそのものみたいな風土だ。ご本人には失礼かと思うが、郷土の先輩として間接的に僕の人格を育ててくれた人であり、何とも喪失感が大きい。
ロックな魂は今もっとも必要だ。特に僕らの世代から若い子達に。権力(というよりも何となく巨大なもの)に抗う心と、変化し続ける意志。今、変化に長けている人は多いが、「長いものになんか巻かれねえぞ!」という強い意志と、何とかしようとする元気をもった若い大人を見ることが少ない。キヨシローの生き方を参考に、ロックの魂に再び灯をともしてもらいたい。そう、派遣村に集まるだけではなく、その先に何をやるかのパワーをだ。
ロックスピリットと言えば、今やメジャーとなったパンクバンドGREEN DAYのこんな歌詞が大好きだ。
"I want to be the minority. I don't need your authority. Down with the moral majority. 'Cause I want to be the minority."
彼らの言う「マイノリティ」というのはとても逆説的だ。どっちが真理なのか・・・。眺める方角さえ切り替えれば見えてくる。Love&Peace
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›2 26, 2009
80’S
Posted by Tatsuya at
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友人が貸してくれた「80'sヒット」みたいなCDをiPodに落として車で聴く。80'sは僕の世代のまさに青春のサウンドなのだが、こうしたオムニバスを買う気にまではなれなかった。時々聴くから懐メロはいいんだよな〜なんて言いいながらも、やっぱり良い曲は良いですね。オレもジジイになったな。
80年代は僕は東京の実家でモンモンとした中学生〜高校生だった。当時は、横田基地から放送されている「FEN」という米軍の放送局でビルボードのトップ40を毎週欠かさず聴いていた。当時はイギリスのポピュラーが全盛の頃。シンセサイザーの音色の使いこなしもこなれてきて、打ち込みも普通に使われるようになっていた。また、MTVを始めとしてプロモーションビデオが定着した頃でもあり、すなわち音楽業界における今ではあたりまえとなっている売り方のベースが作られた時代でもあった。だから泥臭いロックというよりも、ソフィスティケイトでスマートなちょっとプログレっぽい音楽が時代に合っていた気がする。当時の雰囲気に合っていたわけで、やっぱり今聴いてもあまりにも今の自分の気分には合わない。しかし、流れてくる楽曲楽曲でいろいろなシーンがよみがえってきた。
いつもそのシーンにあったものは、自転車。僕の青春時代は自転車に乗っている時間がとても長かった。どこに行くにも自転車。バイクに乗る友人が増える中、大好きな自転車にまたがって暇さえあれば小旅行に出かけていた。その時にはいつも前日の夜中に録音した「American Top 40」を聴いていた。そうFENでは確か夜中の1時ぐらいから5時ぐらいまでと、翌日の昼13時から17時まで、同じ放送をなぜか2度オンエアしていたのである。いつもツーリングに出かける夜はFENをエアチェックして、それを朝ウォークマンに入れて出かけていた。
何せ毎週のようにツーリングに出かけていたし、毎回40曲を聴いていたので、今当時の音楽を聴くと、甲州街道の旧道「笹子峠」や凍てつく青梅街道がはっきりとフラッシュバックしてくる。当時、我が家は父が事業を畳む関係でゴタゴタしており、ただでさえ小難しい思春期の僕に構っていられなかったのであろう。そもそも中学生ということもあり「きちんと育児をされていた」記憶が無い。しかし、自転車を通して実に多くの大人とつきあわせてもらえるようになり、いつしか同級生の友人の数よりも、自転車を通して知り合った大人の数の方が多くなっていた。今日は懐メロを聴きながら、そんな人達の一人一人の顔が思い出されて、彼らが未完成の僕を大人として扱ってくれ、そして大人に仕上げてくれたことのありがたさをつくづく感じたのだった。みんな今どうしているんだろうなあ。
満たされた気分になって今を捉える。
たくさんのシンセサイザーを繰って僕たちを驚かせたハワードジョーンズ・・・
今の音楽よりも明らかに一つ一つのリフの個性やそれに使う楽器の吟味が深い当時の音づくり・・・
これらの、他人がやっていないことをやってやろうとするロックな魂・・・
そして、同世代よりも年上の方が話が合う自分。
結構、自分の中にエッセンスとしてしっかり植え付けられているじゃん、とちょっと満足。
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›2 20, 2009
低気圧の目
Posted by Tatsuya at
23:57 /
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北海道は信じられないような勢力の低気圧のせいでマヒ状態。でも今、知床はちょうど低気圧の中心〜"目"の中にいるようで、風がピタッと止まっています。
知床はものすごい風の吹く場所です。大風と聞くと、皆さんは台風の風を想像されるかもしれませんが、はっきりいって台風なんて目じゃない・・・というような風なのです。僕の暮らしているウトロは目の前はオホーツク海、すぐ背後に1000mを超える知床連山、そして山の向こうは根室海峡を挟んで太平洋が広がっています。それぞれの海上にある空気がどっと気圧の低い方に移動するのですから、何というか風の密度が違うのです。波乗りでいえば厚い(水量の多い)パワーのある波のような力強さがあります。
この風は人間の無力さを思い知らせてくれるので、叩きのめされている感じがある意味では心地よいのですが、やはり大風が吹くたびに大きな災害を引き起こす厄介者でもあります。先週吹いたときはウトロの中でも屋根やドアが飛んだり、車の窓ガラスが割れたりと多くの被害をもたらしました。特に、低気圧が発達しながら通過する時に吹く南寄りの風は強烈です。子供が通う小学校に風速計がついているのですが、風速40mまでしか測れない計器がしばしば振り切れているほど。僕たちはこの南寄りの風が吹く時にはビクビクと様子を見守る以外にできることがなくなるのです。
今回はそれほどひどく南風が吹くこともなく低気圧の目に入ってくれたようです。ひとまずほっと一息です。しかし、このあと”目”を抜けた後の北風は、とにかく吹雪が困ります。それでも、屋根を飛ばす南風に比べれば、除雪をすれば済む北風の方が少しは気が楽です。
たっぷり薪を家に運び込んで、これからの吹雪に備えます。数時間後には北風が吹きはじめそうです。
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›2 05, 2009
ADSL
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23:46 /
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昨日今日と、とてもクリーンな波で波乗り。さすがに寒いぞ。
午後は、オーロラファンタジーの開幕式で、息子が流氷太鼓を叩くのを見学。夜は自治会の役員会。
実は来月、ウトロにADSLがやってきます。今さらADSL?という声が聞こえてきますが、そうです、我が家ではISDNでネットをつないでいるのです。道東地方には「北ネット」さんという、北見の小さなベンチャーが展開した広域の無線ブロードバンドが進出していて、ウチも会社では導入したのですが、今イチ保守の面での不安があり全面的に頼るまでには至っていませんでした。そんな中、NTTに催促すると「200人の署名が集まれば開通させる・・・」という何とも高飛車な回答。嫌みのように何度も電話をしてやりましたが、何回答えさせても同じ答え。ったく、200人の収入がないとやってけない、と理由は民間企業らしいことをいいながら、対応が国営企業の体質そのままなぞんざいなところがNTTのダメなところです。インフラ屋のくせに目先の採算を優先しすぎです。その点、北海道電力は森の中に我が家を建てる時に「敷地内の電柱一本は負担してください。そこまでの電線は何kmだろうと、北電の負担で引きます!僕たちは北海道中どこにでも電気を引きます!」と男気のある返事でした。何でも電力会社はどこでもそうらしく、インフラ屋さんの正しい姿だよな〜と思いました。
話がそれましたが、来月にADSLなのです。観光協会が音頭をとって署名を集めたのです。運動をしなければ引いてくれない、というのもおかしなはなしです。多くの方が指摘しているNTT再国営化には僕も賛成です。国際的な情報流通に乗り遅れることを、国力として何とも思わないお上の感度の低さには呆れます。
ウトロの中には「売れ残っているモデムの処分で、NTTはイナカに売りつけようと言う魂胆だろう!」という人もいます。確かに、もうADSLモデムは品薄で手に入りにくいのが現状。またしばらくすると「光」ということになるでしょうから、リースと購入はどちらにするべきか迷うところです。
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›2 03, 2009
ブログを再開しようと思います
Posted by Tatsuya at
16:28 /
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全く更新していなかったブログを再開しようと思います。折りをみてデザインも切り替えたいと思っています。

ブログの黎明期から続けてきたこのHP。最近SNSやBLOGのネットにおける位置づけが変わってきた!それに向けて何をすべきか?なんて考えていたら考えすぎて何もできなくなってきていました。そんなことで更新もままならなかったのですが、あまり難しいことを考えないで再チャレンジ(古)します。
さて私事、今年は前厄です。そんな僕をご先祖様が気遣ってくれたのか、昨年から不思議な縁で、知床から遠くはなれた大きな神社を仕事で訪れることができたり、「お守りお守り」と騒いでいると、子供がミサンガを編んでくれたり、婆ちゃんが使っていた手数珠をもらったり、思いのほかお守りが集まってきました。そして正月、実家のそばにある高幡不動尊で厄よけをして、今年の厄に対しては完璧な武装ができた感じです。あ、健康診断忘れてた・・・。

厄年という風習はどのように生まれたのかわかりませんが、確かに体の変調とリンクしているように感じます。ここ数年、子供の指導につきあっているうちに、3000mぐらいの泳ぎ込みを週に4回プールで続けていますが、確実に疲れがとれにくくなってきています。関節の柔軟性がみるみる衰えてきて、昨年、生まれてはじめてマッサージを受けました。今ではなくてはならない存在となりました(オヤジくさ!)。
スポーツに限らず、以前の体のキレや経験で自分をコントロールしようとすると、怪我をしたり、間違いをおかしたりするのがこの厄年なのでしょう。スポーツを続けてきていたのでその変化を図らずも感じ取っていたのですが、何とも理にかなっています。人間の生体としてのリズムとリンクしている日本の習俗。ちょっと改めて関心が出てきました。

さて自分の関心がこんなだからか、気のせいか年末年始は神社や神道にまつわるテレビ番組が多かった気がします。これまた気のせいか、東京の実家に帰った時に立ち寄ったデパートには「パワーストーン」と呼ばれる石を売るショップがとても繁盛していましたが、街にはこのてのお店が増えているような気がします。僕も水晶のブレスレットを自分で作って(ビーズ細工のようで結構楽しい)、その霊験にあやかろうとしていますが未だよくわかりません。気をつけて見ていると、こんなブレスレットをしている人は意外と多いですね。確かに世の中、みんなで厄払いするしかないような雰囲気ですもんね。ネイチャーガイドという僕たちの仕事は、自然の神々の声に耳を傾け、多くの人にそんな声を届けるインタープリターと言われていますが、神様への頼み事は残念ながら請け負えないんですよね〜。こんな時代、知床という神々のお膝元にいながら、何とも歯がゆい気がします。とりあえず、早く流氷が接岸しますように!あ、思い通りにならないんだった・・・

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›2 09, 2007
北海道新聞の一面で・・・
Posted by Tatsuya at
11:07 /
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極寒オホーツクサーフィンが紹介されました。ナッシーかっこいい。
今年は流氷の勢力が弱く、2月だというのにきれいな波が割れています。流氷観光にとっては痛いのですが、サーファーとしては嬉しい冬です。
→北海道新聞(掲載期限があると思います)
›1 05, 2007
爽やか
Posted by Tatsuya at
21:59 /
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みなさま、今年もよろしくお願いします。
お正月は、いつも実家で過ごしています。が、今年の実家の様子は随分と変わりました。まず、両親は30年間暮らした団地から、これまたたいして建築年数の変わらない団地へと引っ越しをしました。しかも、生活圏が大して変わらない、車で10分ほどの場所に…なのです。でも、それが両親に心なしかすっきりした表情をもたらしていました。我が両親ながら「爽やか」の一言が似合う転身ぶりなのです。
実は数年前から、オヤジの調子が良くないことが気になっていました。検査に行けと言っても行かない本人、「大丈夫なんじゃないの?」と呑気なオカン。それでも昨年末は放置しておくと大変なことになりそうな予感がして、「何だったらオレが北海道から出てきて、手を引いてでも医者に連れて行くか?」と言うと、しぶしぶ精密検査を受けに行きました。それでも、その中で僕が最も肝心だと思っている検査については「予約がいっぱいだから半月後に。」なんていう、これまた呑気な医者の指示を鵜呑みにして帰ってきました。
「も〜う、よその医者に明日にでも行って来なよ!」
「そうは言っても、医者が半月後でいいって言っているんだから…」
「そんなこと言っている間に、ぶっ倒れるかもしれないよ!」
「まあ、大丈夫なんじゃないの?」
「も〜う、全く呑気だな〜」
なんていうやりとりを暮れ前にしました。案の定、検査を受けてみるとかなり大変な状態で、「こんな状態で普通に生活しているのが不思議だ。これは神様がくれた命だ。」なんてその医者は言ったそうです。全く医者も患者も無茶苦茶です。
そんなわけで幸か不幸か、父は薬とリハビリのような治療をこれから続けていくことになりそうですが、老後に向けての道筋が見えただけでも何だかホッとします。本人も薬の具合が合うのか、以前から心の症状も緩和されたようで、結婚の挨拶にやってきた従兄弟たちと、久しぶりに心穏やかな正月を過ごしました。

そんなこんなのドタバタの間に、両親は引っ越しを決心したのです。べらぼうに家賃の高い前の家を早く引き払うべきだということは、随分と前から親族みんなが言っていたことなのですが、年を取ってから引っ越しをする大変さを考えると、なかなか踏ん切りがつかずズルズルと年月が過ぎていました。それを両親が決心できたのは、オカンが祖父の介護を終えたことと、オヤジの症状が目に見えて悪かったこと、そしてオヤジが突如1年間のスクーリングをし、念願の学芸員の資格を取得したことで、どこかスッキリしたのだと思います。
京都の芸大で漆を専攻していたオヤジは、かねてから18世紀の日本画の研究をしたいと思っていたそうです。そこで、わざわざ学芸員の資格を取得し、職員とは行かずとも美術館での"学芸員としてのボランティア"を老後の楽しみにしたいそうです。本人のやりたいことと、社会がその人に求めていることとでは大きな隔たりがあるのでしょうが、少なくとも本人のやりたいことについては一応の道筋がついたように思えます。人はスッキリとすると、次へのステップが軽やかになるものですが、長年決心がつかなかった引っ越しということを、両親はいともあっけなく昨年整理を付けました。僕はその行動力に清々しささえ感じました。

例年挨拶に行っている叔父から、年頭にあたり1年のテーマとなるような言葉をいただきました。数年前から自然発生的に始まったこの恒例。今年の言葉はははからずも「爽やか」でした。やはり、身近な人の生や死や老いは、血のつながりのある親類に共時性をもたらすようです。そんなことを再確認できる「盆暮れ正月」はつくづく大切なものだ…と思います。
「爽やか」
旧年じゅう動き回りさまざまな整理がついた今、両親を見習って爽やかに振る舞いたいと思います。年頭に当たり、ご挨拶でした。
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›10 03, 2006
子供の秋休みにいろいろなところに行く
Posted by Tatsuya at
11:37 /
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阿寒グランドホテル鶴雅で今年の春に改装オープンした「レラ館」に行く。アイヌ民族のチセ(家)をイメージした館だ。

›7 28, 2006
音楽あれこれ
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00:04 /
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サーフィンを始めるようになってからか、彼を聴いてからサーフィンを意識するようになったのかは覚えていないほど、ホントに海のリズムと雰囲気にぴったりのアーチストがJack Johnson
だ。
サーフィンをしたあとや、出張中でぴりぴりした自分の雰囲気を和らげるときとか、ドライブでちょっとスピードを出しすぎているときなど、メローな彼の音を聞くと身体の中にあの海のリズムが戻ってくるのだ。ホントに彼の音楽は素敵。
僕は今まで「この人が宗教を開いたら必ず入信する!」というほど好きなアーチストが1人だけいた。Pat Metheny
というジャズギタリストがそうだが、もうすっかりJack Johnson
も2人目の教祖だ。
僕は依存症と言っても良いぐらい音楽が大好きだ。ん〜正確に言うと、音の世界が好き…と言った方が良いかもしれない。その中でも、何というかDNAに刻まれた何かの記憶にビ〜ンと共鳴し、そしてその情報を「未来へつなぎなさい!」と言われているかのような音が特に好きなのだ。以前、田口ランディさんの紹介で笹川さんという札幌のピアニストに出会った。彼は彼が奏でたい音を演奏するだけではなく、何と依頼を受け人ればその人その人に出会ったときのインスピレーションで演奏をし、その人意外は聴いても意味がない!とまで言い切るオーダーメイドのCDを作ってくれる。彼も「音には未来へのメッセージが込められている気がする」と言っていて、それを言霊ならぬ音の霊(たましい)「音霊=おとだま」と呼んでいた。そのときは「ふ〜ん、面白いことを言う人だな〜」ぐらいにしかその話を聞いていなかったが、そもそも、人間はなぜ音楽を聴くのだろう?なぜ音楽が好きなのだろう?と考えたときに、誰もが心地よい音にはやはり何かの意味があるのかな〜なんて考えてしまう。
他にもそんな未来へのメッセージが込められた系(なんだそりゃ)のおすすめの音は、ハワイのスラック・キー・ギター
という独特の清らかな音色、そして我らが(勝手に…)OKI
さんのトンコリだ。
そういえば、昨年の今頃OKIのライブを主催したんだよな〜。(何だかものすごく昔のことのような気がする。)今年もライブやりたいね〜と、スタッフと盛り上がっている。今年はDJさんを呼んで、どこかの小さな空き家を借りて夜通しやりたいなあ…と思う今日この頃。
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›6 14, 2006
途中系
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17:31 /
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あなたは途中系ですか?
途中系とは、何事も完成の直前でなぜだかやめてしまうタイプの人のこと(勝手に名付けました)。例えばプラモデルを作っていて、あとシールを貼れば完成だ!というところで飽きてしまう、あるいは、添付する資料を完璧に完成させ相手方に送るメールの文章も書き終えたのに、送信ボタンではなく何故か「保存ボタン」を押してしまう、事務局からの手紙を書き、封筒につめ、宛名シールと切手は貼ったのにポストに入れるだけの行動に移せない…。何となく心当たりのあるあなた…、あなたは間違いなく「途中系」です。
決して中途半端なのではない。やり遂げたものはかなりのクオリティなのだ。完璧なのだ。そして、納期を守らない訳でもない。今日終了できるものなのに、なぜだか明日にまわしてしまう…という程度。
僕は本当に昔から「途中系」だ。これはどうにもならない。そして、意外とこういう人が多いことに最近気がついた。「わかるわかる!」という人が僕の周りに何人かいる。ある人は「俺は完璧主義なんだ。また後でもう一度見直したいのかもしれない。」といったり、またある人は「クリエイティブな人は関心ごとが次々と移るんだ。」なんて、もっともらしい自己分析をするが、まあ最後までやろうぜ…というだけのこと(苦笑)。
え?仕事完成させろって?。あ、わかりました。仕事に戻ります。
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›6 05, 2006
波と火と時間
Posted by Tatsuya at
23:09 /
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先週末、ちょっとした冬型の気圧配置になり、何と6月と言うのに知床連山には新雪が降り、海にも冬と同じようなウネリを残してくれた。
オホーツク海側は冬型の気圧配置(いわゆる"西高東低"というやつですね)になると、北よりの風が吹き、その風が知床連山に当たり冷たい雨を降らす。真冬なら吹雪になっていただろう。日中でも3℃なんていう日がしばらく続き、雲が晴れるとだいぶ雪融けが進んでいた山に、真っ白な新雪が積もっていた。山腹の萌える新緑とのコントラストが素晴らしかった。
北よりの風は、オホーツク海に波を立たせる。発達しながら北北東へ移動していく低気圧は、特に千島列島あたりからサーフィンにぴったりの遠方ウネリを運んできてくれる。長雨でグランドコンディションが悪く、運動会が1日ずれた日に素晴らしい波が立っていた。地元の仲間4人で日没まで波乗り。キレイなウネリだった~。
運動会の日は素晴らしい晴天。日焼け止めクリームを塗って、1日中子供達の応援。よく頑張っているな~。走っている自分の子供の姿を見ているだけで涙が出てくる。そして、頑張っている子供をとてもよくねぎらってくれる先生達。僕たちが子供の頃と違って、今の大人は本当によく子供を褒めてくれると思う。「君達の頑張りに100点満点をあげます!」という校長先生の言葉に、思わずお辞儀をしてしまった(笑)。子供が褒められていると、自分が褒められているような気がするのは僕だけだろうか。
運動会後はお約束のBBQ。同級生の子供達のほとんどが我が家の庭に集まる。ちょっと寒かったので焚き火をすると子供達の表情が変わる。僕は火遊びが大好きな少年だったので(危)、できるだけ子供には火をいじらせてあげたいと思っている。どうやったらきれいな火になるか、火の神様との遊び方(要は歌と踊りだ(笑))、後始末etc…。運動会からとことん遊んだ子供達は、倒れこむように寝ていった。
そして翌日は日帰りで札幌。観光業のトップでありながら、北海道観光を憂いている人に会う。お互いずっと意識していたのだが、タイミングが合わずに会えないでいた。そういう時は「時間を作る」。「作った時間」は必ずそれ以上のものを返してくれる。ということで、濃ゆ~いここ数日でした。
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›6 02, 2006
複雑とシンプル
Posted by Tatsuya at
21:31 /
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僕のBLOGを楽しみにしてくださっている方、更新がすっかり滞っていてどうもスミマセン。
最近、BLOGへのエントリーを書くたびに消し書くたびに消し…を繰り返していた。「これは書くな」あるいは「あれを書け」という声が多く、正直楽しくなくなっていたのだ。はじめから書く気が失せる。僕のBLOGを読んでくださることは大変ありがたい限りだが、それほどの影響力を持つと思えない僕のBLOGの文章に、公開の都度さながら検閲のようにチェックを入れられると、まあ、どうでも良くなってきてしまう。
「BLOG的な情報発信」みたいなものが最近は多くなってきたように思う。うまくはいえないが、何というか、全人格的に自分をさらけ出し、そこには主張や提言もありつつ、「まあ、お前程度のヤツの意見は、この程度で聞いておくよ…」ということが、情報の受けて側、送り手側の双方で了解されているような情報発信…とでも言おうか…。この手の手法というかジャンル(?)は今までにはなかったので、こういったやり取りは、しばらくは仕方がないのかな~と思う。
このことを、難しい言葉で言うと「正統的周辺参加論」という(…と、僕の恩師が教えてくれた)のだそうだ。トホホなところや思考の過程をも顧客と共有するという手法。僕はBLOGというよりこういうスタイルで経営をしているので、BLOGだけ取りざたされても説明はつかない。
僕にとって「書く」ことは思考そのものであり、書かなくなることはいろいろなことを深く考えなくなることと同じだ。そんな状態は今までの僕にはなかったが、ここ最近はかえってあんまり考えない方が良かったりすることの方が多く、そのままの状態で放置しておくことも悪くはなかった。何より、僕が考えすぎなくてもスタッフ達が適確に仕事をこなしていってくれる。みんな良い仕事しているな~と妙に感心する機会にもなった。
全人格をさらけ出して生きていくこと…いろいろと厄介なことはありつつも、結果的にとてもシンプルだ。最近、何に対して自分は闘っているんだろう?とよく考える。全ては"Live Simply"のためだと気が付いた。シンプルに生きることは闘うことだ。知床が世界遺産になり、色々なことが政治的に動くことに嫌気がさし逃げ出したい反面「政治の論理を持ち込むなよ…」と意見するのは、住民としてのシンプルなライフスタイルを守る闘いを続けたいから。ただそれだけだ。
自然の森羅万象、多様性、複雑系…みたいなのを考えることと、シンプルに生きることはどこか同義だ。言葉では正反対のことが、どこかが同じなような気がしないだろうか。複雑とシンプル…ん~今年の(遅ればせながら)テーマかもしれない。
<お知らせ>
どういう具合か携帯から写真を送るMoblogの調子が悪く、唯一、気軽に更新できた部分までストップしています。そのうち、気が向いたときに修正しますので、楽しんでください。
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›4 16, 2006
ハムスター
Posted by Tatsuya at
23:48 /
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とうとう、来てしまった…。我が家に、ハムちゃんが。

ヤバイ、かわいすぎる…。
僕はそもそも動物を飼うのは反対だった…。
やんちゃ盛りの子供が3人もいるだけでも、
充分に「生き物を育てる」だいご味は味わっているからだ。
しかし、子供達はホームセンターで見る度に
「ハムスター飼いた~い」とせがんでくるのであった。
「ダメダメ!カブトムシだって、金魚だって、メダカだって、
結局パパが面倒みてるじゃないか!
お前達を面倒みるだけで、パパは精一杯なんだ!」と断り続けた。
なのに先日、家内と結託して強引に買ってきたのである。
でも…
かっ…カワイイ♪
父親の威厳を見せて、
「買ってきた以上パパは反対しないぞ!
我が家に来た生き物はみんな仲間だ!
みんなしっかり面倒みなさい!」
な~んて子供達に指示をしたが、
こうやって子供達が寝静まったあと、
ニヤニヤと楽しむのが日課だ。
(あ、あっ!
…本当に、滑車回ってる…!!カ…カワイイッ…!!)
※( )内は今のハムちゃんの状況です
キットになったカゴは
梯子のようなもので中が3階構造になっているのだが、
下にだけ敷いたおがくずを、
昨晩のうちに3階に運んでいたり、
2回の小さな部屋にせっせと餌を運んであったり…
やることが何から何までかわいすぎる。
(ホントに、ほっぺに餌を詰めてるよ!キャ~)
さっきも、ストロボをたいて写真を撮ったら、
あわてて、トイレの部屋に逃げ込んじゃった…。
その行動がたまらない。
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›3 31, 2006
おいおい…
Posted by Tatsuya at
23:14 /
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<ウィニー>住基ネット情報流出 北海道斜里町職員PCから(毎日新聞)
今日、役場から手紙が1通。
「あなたの個人情報が流出しました。」と。
おいおい…
あ、水道料金はちゃんと払ってますヨ。税金も。僕の名誉のためにあらかじめ言っておきますが(笑)。
「あなたの個人情報は下記の通りですので、ご承知いただきますようお願い申し上げます。」
○流出したあなたの個人情報
・会議等参加名簿
って、おいおいっ!ご承知おきくださいじゃないってば!
「情報流出に伴う不正使用等も考えられますので、充分ご注意くださいますようお願いします。」
って、どうやって注意するのさ~
トホホな全文を書き写したいけど、そんな気力すらわかない。
おまけに斜里町のHPでもお詫び文の中に「幸い不正利用はされていない模様でして…」みたいなことが書かれています(涙)。幸いじゃないって…。
「報道で住基ネットから流出したような印象を与えていますが、そのような事実はありませんし、そのような可能性もありません。」
もう、言葉もない…
スミマセ~ン、問題がどこにあるかわかってますかー?
斜里町への愛と、 斜里町民であることが恥ずかしいので言いますが、このお詫び文、書き直した方がいいっすよ。僕の個人情報が流出したことなんて、それ自体は僕にとっては小さなこと…。それよりも、事の重大さに、斜里町役場がまだ気づいていない様子に、ただただ呆れるばかり。
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›3 10, 2006
梅に囲まれて岩登り
Posted by Tatsuya at
14:37 /
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昨年起業した友人のコバちゃんがサポートしての初の取り組み。
→読売新聞
›3 09, 2006
何も考えたくないときに見る映画
Posted by Tatsuya at
23:23 /
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この映画、面白すぎ…
『チャーリーとチョコレート工場
』
『マーズ・アタック!
』以来のヒットだね~なんて家内と話していたら、やっぱり同じティム・バートン監督。
僕の好きなナンセンス&クリエイティブ系映画…。共同経営者の岩山はもっとも嫌うジャンルだそうです(笑)。
›2 18, 2006
ムチャクチャなオリンピック
Posted by Tatsuya at
22:31 /
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泥酔状態で書いた前回のエントリーは文章がムチャクチャだ。
スノーボードクロスもムチャクチャだ。ありゃあない。4人で滑るのはむしろ予選にしたら?と思ってしまう。人がコケた横を通り過ぎて「やった~!」とゴールする選手も、「今だ行っちゃえ~!」という解説者も「おいおい…」とツッコミたくなる。オリンピックにしちゃあ、かなり笑えるルールじゃありませんか??
スケルトンもウチの小学生と幼稚園児は爆笑していた。「これがオリンピックー!?」と、必死にスタートしたり、気をつけの姿勢で滑っていく選手を指差して、ゲラゲラ笑っている。僕はかなりカッコいいと思っていたが、子供達にはかなりマヌケににうつるらしい。明日、彼らはソリでスケルトンのまねをするにちがいない。
ハーフパイプを見ていると、自分もできそうな気がして人から借りているスノーボードでウトロのスキー場に行く。恐々滑っている横を小学2年生の息子達がスイスイと通り過ぎていく。挙句の果てに某食堂の5歳のチビに「ガンバレー!」と声援を受ける。自分じゃあかなりいけてると思っていたのに…。
カーリングはかなり面白い。イタリアではカーリングの視聴率が20%近くになっているという。カミさんは全くやってみたいとは思わないそうだ。ウッソ~。僕は今最高にやりたいのはカーリングだ。今度Kisarで常呂に取材をかねてカーリングをやりに行こうと話している。
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›2 14, 2006
泣いたよ…ね?
Posted by Tatsuya at
00:03 /
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オリンピック、開会式。号泣。
僕は仕事先の岩手県のホテルで開会式を見た。僕は何を隠そうスポーツ依存に近いほど、心と体のバランスをスポーツで保ってきた。(それもままならない最近のスケジュールはちょっとキツイ…)スポーツ信奉者といっても過言ではない。だから、オリンピックはちょっとフツーじゃいられない。世界の頂点の人たちが、さらに頂点を競い合うなんて…。大会によって世界一になったりするときもあれば、2位になったりするときもある。僕らからしたら、1位も2位も同じぐらいすごいっしょ!と言うことなのだが、そんなギリギリのところで競い合っているのだ。競う必要あるの??
そんな人たちが笑顔で行進しているよ…「君達、みんな金メダルだ!!」とテレビの前でスタンディングオベーション。号泣。
オノヨーコ…!戦争を推進する人たちにとっては反社会的とみなされる曲なのだそうで、9.11直後はイマジンは放送禁止になったそうだ。それが、堂々と、しかもオノヨーコの手により紹介されている。ク~ッ!この開会式のプロデューサー、根性座ってるぜ!やっぱりヨーロッパって反アメリカ的だよな~。
ピーターガブリエル…!ピーターガブリエルだよ!?考えられる??開会式とかで、この手の曲を歌うのは無難なところでスティービーワンダー、ちょっと尖がっていても、ビリージョエルとかウィリーネルソンどまり。よりによってピーターガブリエル!いや~あり得ない。得意の重苦しい曲調をやっちゃうもんなあ、オリンピックの開会式で…。マジかよ!!またまた号泣。
パバロッティ…!ぎょえ~!!!もうダメだ~。あなたは、テレビで見ちゃうような人ではないです。僕はどう反応すればよいかわからないです。号泣。
すでに寝不足な毎日。大手メディアには日本の有名選手や華のある競技ばかりではなく、もっと多面的にオリンピックを取り上げて欲しい…と思う今日この頃。
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›1 30, 2006
世界遺産な日常
Posted by Tatsuya at
23:50 /
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最近のオレ…。
子供と約束していたワカサギ釣りに行く。毎年の恒例行事だが、小学生の息子も忙しくなかなか僕とタイミングが合わない。彼の4時間授業の日の午後を使って、強行催行。時間も遅いので釣果は悪い。香港からの観光客に取り囲まれ釣りをする。「北に暮らすジャパニーズは毎日こうやって夜ご飯を調達するのだ!」と説明し、釣れるたびにやんややんやの喝采を浴びる釣りはかなりおかしかった。一番下のチビは「一緒に写真撮って!」と大人気。こういうシチュエーション、嫌いな人は嫌いだろうな。
ゴジュウカラが自宅のガラスにぶつかる。音からしてぶつかり方が軽かったので、すぐさま助けにいく。人間も同じだが、ケガそのものよりもその後の低体温症で命を落とすことが多い。すぐに雪の中から救い上げ、ストーブの前で暖めてやる。ボーっとしていた顔がしばらくするとパチパチとまばたきを始め、そのうち逃げようともぞもぞし始める。僕はそこらへんで仕事に出かけたが、元気になり娘の手で再び野外に放してあげたところ、近くの木に止まってしばらく「チッチ、チッチ」とお礼を言っていたそうだ。お礼だか何だか本当のところはわからないが、子供にとっては大興奮の体験だったらしい。しばらく2歳の息子と口をそろえて、ケガをしたゴジュウカラの話で持ちきりだった。
長男のスキーブーツが、昨年買ったのにもう小さいという。サイズを測ってみたらすでにパツンパツンの状態。2年生で24cmのアトミックの4バックルを買う。すげ~な、足デカイし、スキー上手すぎだよ。ついでに、親のスキーセットも買う。今、主流のカービングスキー。今までの苦労が何だったの?というぐらい滑りやすい。子供と滑るときはずっとテレマークスキーだったが、これだけ楽しめるなら断然カービングだ。
雑誌「ニュートン」に寄稿したものが出来上り、編集の森さんが見本誌を送ってきてくれた。知床をこれほどまでにまとめている資料を僕は知らない。素晴らしい特集だ。さっそく僕は個人で10冊ほどを購入し、会社でも買いあされ!と指示を出す。ただ先住民族の暮らしの“想像図”はちょっとひどい(苦笑)。パドルの使い方が違うし、何より服装がちょっとポリネシアンチック。まあ、でも、知床と聞いて先住民族の話が出てくるようになっただけでも素晴らしいな…と思う。「流氷ウォーク」の商標の乱用はいい加減にしてもらいたいと思う。使用する側にも採用する側にもそこらへんの意識と配慮がなさすぎる。日本の商標権はほとんど機能していないな。
マイカー規制だとか日本の国立公園でありがちな自然保護手法ばかりが取りざたされる今日この頃、もっと戦略的・広域的に取り組む必要性をひしひしと感じる。知床(ウトロ)まで、お客さまに車で来させるだけ来させておいて「この先は規制です…」って言うのもCS的じゃないよな~。知床はお客様をWelcomeなのかそれとも自然保護のために来て欲しくないのか、この際はっきりさせた方が良い。基本的にはWelcomeでしょ。違うのかなあ。Welcomeな前提なら、マイカー規制あるいはモビリティは女満別空港から、もしくは千歳空港からのドライブ実態を把握した上で検討すべきだ。っていうか、その実態はわれわれ民間はほとんど把握しているので、流通をどれだけ積極的に活用する手法を使うか…ということだけなのだが。いくつかの委員会でここらへんの検討は進めているが、まあ、どうなることやら。
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›1 24, 2006
世代間のねじれ
Posted by Tatsuya at
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僕の人生の3大ニュースは「ベルリンの壁崩壊」「阪神淡路大震災」「オウム」だったが、今回のライブドアの一連の動きがこのあと加わるような気がする。オヤジと権力に完全にやられた…そんな印象だ。
法律は守らなければならない。もちろん、それを前提の上で話すが、彼は法の不備を指摘し続けてきたし、その「法の不備」がオヤジたちの既得権を守るために存在するものもたくさんあった。彼はそこをつねについていたから痛快だった。
そして彼はかつて言った。「株の世界は、一生懸命勉強しないと、ずる賢いヤツにやられる。」と。ずる賢いオヤジに対しての嫌悪感にはとても共感を覚える。でも彼がやったことは、結局そのオヤジ達と同じことだった。それは全く持ってイケナイこと。でも、彼と同じようなことをやっているオヤジに、「お前も逮捕されるぜ。」と身をもって示した。
メディアの伝え方は相変わらずとても単純化しすぎていて、力やそれと結びついているオヤジ世代への若い世代の持っている嫌悪感と、若い成功者が結局その権力と何かしらかの関係性を持っていることに対しての嫉妬、そしてその間でねじれる「次世代を担う若者」の心情を全く正確には捉えていない。立派な青年実業家のいかんともしがたい正面からのコメントこそが「今」を捕らえる答えなはずなのに、「それみたものか!」とオヤジばかりが登場している。いったいこのオジサンは自分のしてきたことを棚に上げて何をしゃべっているのか?見ているだけでムカムカしてくる。
僕は、これはとても歴史的な瞬間だと思っている。「ラクしてもうけちゃいけないんだ!」とかいう、新橋のサラリーマンのコメントに代表するビジネス観に、このまま日本の世論を押し込めてしまうのか?Tシャツを着て、ヘラヘラしているビジュアルだけを見て「苦労が足りない、けしからん!」と今の若者の働き方を一蹴してしまう世論が蔓延したら日本はダメになると思う。絶対にそれはダメだ。植木等の『スーダラ節』のような、サラリーマン平等意識が席巻しそうな勢いに、大きな危惧を抱いている。
僕は株には興味がない。僕のオヤジは自分の会社を何度も潰して、家族に悲しい思いをさせているとんでもないヤツだが、僕がビジネスを始めるというときに彼が言っていた言葉で唯一頭に残っている言葉がある。「実業だけをやれ。」オヤジは何度も会社を潰しているので、全く反面教師なのだが、このことだけは今でも呪文のように唱え続けている。ジツギョウ、ジツギョウ、ジツギョウ…。
でも、株式市場という日本のかなりを占めるお金の流れは知っておかなければない。ここを知らずに社会を語ることはできない。前にも書いたが、郵政の民営化はホリエモンがやってきたような投資的なことに、国から独立した「ユーセイ」という会社がその資金(=貯金)をつぎ込める仕組みだ。でも、ホリエモンの言う「バカな国民」はそのからくりがわかっていない。わかるわけがない!政府もメディアも意図的に発表しないのだから。そのおかげで多くの人が自民党に投票した。新たに出てきた政治家にはみんな投資家の匂いがぷんぷん。多くの人が利口になって、株式市場が本当に正常に世に開かれたものになってしまったら、そういう人たちにメリットがない。だから、郵政の民営化なんていう、郵貯資金の投資ということをやろうとしているにもかかわらず、地方の郵便局の話に終始させたり、核心の問題から確信犯的に逃げていた状況に僕は腹を立てていた。
完全に世論がねじれているのだ。それは「改革」と郵政民営化なんかをごっちゃにしたり、「自民党をぶっつぶす!」みたいな聞こえのいいコピーを一緒くたにしていた誰かさんの責任だ。若者に理解を示しているような顔をして、結果的に投資家以外には興味を持っていないかのような誰かさんの責任だ。そのねじれをもって「大いに議論すればいいじゃないか!」といういつもの論法に逃がしちゃいけない。ここは闘いどころかな…と思っている。ここは、ここ数年でとても大切なターニングポイントだ…。
「ベルリンの壁」では、小学生の頃から勉強してきたことが全く否定された。「阪神淡路大震災」ではどんな人智を尽くした営みも、自然の前では太刀打ちできないことを改めて感じた。「オウム」はさらに、同じ人間同士の根本的な信頼関係が根元から揺らいだ。そして今回は僕たちの世代が歩む中での時代的な決断だ。ベトナム戦争は間違っていたか、自衛隊派遣は正しかったか?それに近い、僕らの世代が今後背負うべき歴史的瞬間のような気がする。パラダイムは必ず変化する。その時間の真っ只中に生きていることに、一方では何ともいえない幸福感を感じる。それが人というものだから。
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›12 31, 2005
今年もお世話になりました。
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実家で恒例のそば打ちをやって、あとは年賀状を刷るだけ。今年は怒涛のように時間が通り過ぎていった1年でしたが、そんな今の状況を象徴するように昨日こんな夢を見ました。
僕はどこかのTV番組の取材を受けていて、ディレクターさんらしき人が勝手に作ってきたフリップを指して「これを説明してください」という。書いてあるのは図鑑に書いてあるようなつまらない動植物の説明ばかり。
「僕はこんな内容にはほとんど関心がありません。僕が伝えたい知床はこういうことではないので、今回の出演はお断りします。」と、ロケ現場で押し問答していると、目の前を自転車に乗った一人のおじいさんが悠然と通り過ぎていく。しばし、ディレクターとのやり取をりやめ、ぼんやりと彼が通り過ぎるのを眺めている夢です。
そのじいちゃんは、ボロボロのつなぎでボロボロの自転車に乗り、ゆっくりとゆっくりとペダルをこいでいました。その荷台には30本ぐらいの釣竿が無造作にくくりつけられていて、竿をたたみもせず横向きや縦向きにテキトーに差しているので、横を通り過ぎる車が迷惑そうによけたり、竿が電柱に引っかかりビシビシ漏電して火花が散っている…。そんな光景を眺めているのです。
ヒグマの危険がどうだとか、エゾシカが増えすぎてどうだとか、いろいろと考えたり議論したりしているのですが、そんな人間達の苦労をよそに当の本人達は相変わらず悠然と目の前で餌を食んでいるだけ…。そういう場面に出くわすと、僕は悲しいやら情けないやら愉快やらで笑いが止まらなくなりますが、何だかそんな気分に似ているシチュエーションの夢でした。
世界遺産という得体の知れないものを受け、知床は、もはや政治の持ちものになってしまったような印象を受けます。地元は何の準備もできていないまま、生身の暮らしを世界にさらけ出しています。さんざん指摘した地域とのコンセンサスの不在(官民の対等なテーブルがない)と準備不足の多くの部分を、結局僕たち民間がクレームを受け、可能な範囲で対応しています。観光客が増え対応に追われることを、マスコミや行政は「嬉しい悲鳴」なんてチャカしますが、そんなに生ぬるいものではありません。増えることなんて始めからわかっているのに、「増えて困った。」と騒ぐ研究者やお役人を見ていると「自作自演」という言葉が思い浮かびます。環境省が本気でエコツーリズムディスティネーションにしようとしているなら、マスからエコへの移行期にはそれ相応のサポートをしなければならないと、僕は以前から提言しています。それがないなら余計な口出しはするべきではないですし、妙な枠だけをはめるようならば、民間サイドは民間としての立場を貫かなければなりません。しかしながら、民間の立場を貫く民間が少ないことが気がかりです。
な~んて書きながら、目の前を釣竿をつんだ自転車を、おじいちゃんがゆっくりと、ゆっくりと、ペダルを漕いで通り過ぎていきます。おじいちゃんがどこに行くのか想像もつきませんし、ものすごい数の竿を整理してもう一度積みなおしたところで、多分いくつかの段差を越えただけで元通りのぐちゃぐちゃな状態に戻りそうです。竿はいろいろな長さでいろいろなところを向き、飛び出したり、引っ込んだり、引きずられたり、折れていたり、いろいろです。2~3本落っことしていったところで、おじいさんは意に介しません。が、どの竿も使い込んでいて愛おしいもののようです。一見、手をつけられそうにありませんが、何かもう少し良い方法はありそうです。しかし、勝手な押し付けで、おじいちゃんに別の運搬方法をすすめるべきでもないとも感じています。
そのおじいちゃんの自転車を、停まらせる必要はないような気もします。停めたところでそのおじいちゃんが理解できるように、しかも誰もが喜ぶ最適な方法の竿の運搬方法を提案し納得してもらい、尚且つ、よろめきながらも、どうバランスをとっているかわからなかったようなおじいちゃんのスローなペダリングにあわせ、もう一度スタートさせてあげる…こんなことはきっと不可能でしょう。その、おじいちゃんのやり方を変えさせるようなことを強いることはすべきではありません。それよりも、そのおじいちゃんが暮らしていきやすいように、環境を設計しなおしてあげることの方が、結果的に全ての人に暮らしやすい町になるような気がします。それは「自然保護」や「エコ」の分野においても例外ではないと考えます。ここまでは、誰もが共通の意識に立っているのですが、知床で決定的に足りないのは官と民の対等な関係です。市民活動をしていない人には、これはピンと来ません。ピンと来ないばかりか、操られている人がどれだけ多いことか…。市民活動をしてこなかった人は、自分が操られていることにさえも気がつきません。世界遺産は「自然保護」という美しいテーマのために、その美しさの中で大事な議論も、そして人々のアイデンティティも、埋もれ消え去っています。僕はこのことにとても危機感を持っています。そして、そうやって議論を避ける確信犯の存在に、本当に腹が立ちます。
「イナカ」と「世界」、「エコ」と「経済」、自然保護保全の「思想」と「手法」、これらは相反するようで議論を深める重要な軸だと思っています。ここから逃げない、逃がさないことをこれからも続けていかなければな~と漠然と考えています。でも、正直、今年は少々疲れてしまいました。世界遺産だなんていう、よくわからない巨人相手ではどうにもなりません。政治的だし…。それでも、このような状況だからこそできた強いつながりも生まれました。これは本当にかけがえのないつながりになりそうな気がしています。
明日は、娘の七五三の着物を、僕の祖母の着物から仕立て直してくれた叔母の家に、シャンパンと厚岸から直送した牡蠣をもって挨拶に行きます。毎年恒例の新年会です。改めて娘に着物を着せてお披露目。母や叔母たちの着物や茶道に対しての造詣の深さにはいつも感心します。伝統や日本人としての美意識というものを改めて身につけなければ…と思う今日この頃です。
みなさま、今年も1年お世話になりました。みなさまにとって素晴らしい新年でありますように、お祈り申し上げます。
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›11 21, 2005
断髪とシュタイナーと動く城
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週末、スタッフの西原の結婚式出席のため千歳に飛ぶ。西原は、お色直しのとき、自慢のロン毛を断髪して登場し会場を沸かせる。おかげで挨拶も砕けて話すことができ、助かる。人前に出るのは平気だが、結婚式の挨拶だけはいつも緊張する。
翌日、朝一の便で女満別に帰り、その足で友人が主催する「シュタイナー教育」の講演会を聞きに北見に。まだよく理解していないが興味の尽きない「シュタイナー」。もう少しいろいろと情報を集めよう。まだ、よくわからない。
今日「ハウルの動く城」のビデオが届く。はじめて見たのだが、す…凄すぎる。チビを膝に抱え見始めたが、すぐに寝入ってしまったチビを横に、宮崎の表現世界に溶けまくる。内容よりもメタファーが面白すぎ。
›10 22, 2005
中小企業と波乗りと
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昨日、帯広で開かれた「中小企業家同友会」の北海道大会で知床のことを講演。
1,500人ともいう会場は圧巻。僕は小さなころから「会社」というと、トヨタとかソニーとかしかイメージが無かったが、日本の会社の9割は「中小企業」だ。「中小企業」という言い方もどうかな~と思うが、とても楽しい出会いがあった。やっぱり民間のパワーは圧倒的だ。
懇親会のあと、桑島社長と帯広で評判の「屋台村」に足を運ぶ。何でも、同友会の全道大会、ロータリークラブの全道大会が重なったとのことで、新しもの好きの活きのいい企業家が集まり、どこの店もいっぱい。かろうじて席をつめてもらい1件の屋台で泡盛を飲む。料理の味はともかくとして、こういう"仕掛け"が楽しい。ここを屋台村にした、坂本さんとも以前お会いしたことがあるが、難しいことを考えず、とにかくやってみよう、それでぶつかる壁は一つづつ越えよう…という感じの方で、とてもかっこよかった印象がある。
翌日、知床まで戻ると、海にはきれいなうねりが…。同じくウトロに住んでいて、前からずっと教えてもらいたいと思っていたO氏も乗りに行くというので、一緒に行くことに。行くと、このあいだまで子供だと思っていた近所の子が、いつの間にか立派なお兄ちゃんになっていて、やはり今年からはじめたというロングボードを抱えて準備をしていた。
おかげさまで、アウトサイドの大きなセットに乗ることができて感激!でも、全くダメダメ。ゲッティングアウトできずにかなり苦労した。もう自分がイヤになるほど…。背中はパンパン、かなり波に飲みこまれたので、そのときに岩にぶつかったのかボードが傷だらけ。それにしてもO氏のライディングとコーチングは素晴らしい!感謝感謝。キレイな波だったなあ…。
明日は、子供の学芸会&打ち上げBBQ。
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›10 20, 2005
世界選手権
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22:30 /
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最近久しぶりに連絡を取り合った中学時代の友人からメール。彼はマニアックなスポーツ番組をBS NHKなどに供給する番組制作会社に勤めている。僕が自転車競技をやっていたことを伝えると、僕が競技の道に引きずり込んだ(と、勝手に思っている&自慢)、アトランタのオリンピック代表の飯島誠をずっと追っているとのことで意気投合。世界戦も撮りに行ったとのことで、オンエアの予定を連絡してきてくれた。って、明日なんですけど…。何だか最近自転車乗りが増えてきた僕の周辺なので、お知らせしま~す。
■ 「2005世界自転車選手権」 NHK BS1
10月21日(金)
20:10-21:00(パート1) 男子エリート・タイムトライアル、女子エリート・ロード
21:10-22:00(パート2) 男子エリート・ロード
ちなみに飯島が走ったのはパート2です。映っていないとのことですが(涙)
飯島は、今は「スミタ・ラバネロ・パールイズミ」という実業団とクラブチームのあいのこみたいな小さなチームで走っている。もっと財力のある実業団に入ってもよさそうなものだが、ラバネロの監督への恩義を感じ、頑なにラバネロで走り続けている男だ。
彼を初めて練習に誘った日のことをよく覚えている。ショップの常連数人と作ったそのレーシングチームでは、ショップでロードレーサーを組んだ人を片っ端から勧誘しレースなどに参戦していた。いつものノリで飯島を誘ったが、彼は初めから別格だった。僕達はバリバリに練習していて、レーサーシューズを履き、かなりストイックに走り回っていた。なので、どんなに体力があるヤツでも、峠で簡単にぶっちぎることができたのだが、スポーツ刈りで、運動靴とジャージでついてきていた飯島はいつまでも離れなかった。僕は高校に入ったばかりのころで、そのときは本気でヨーロッパへの自転車留学を考えていた。が、飯島と出会って「身の程」というものを知った。天才と努力家の違いとでも言えばよいだろうか、僕には到底太刀打ちできない限界を知った。ヨーロッパへの情熱はとたんに冷めた。よくそこで、頑張れば何とかなる!なんていう人がいるが、そういう人は「天才」をこの目で見たことがない人か、あるいはよほどの天才か勘違いヤローだ。まあ、飯島はそれぐらいすごいヤツだった。
彼とはよく走っていたが、すぐに僕達では練習相手にならなくなり、外へ出て行った。インターハイでも好成績を収め、スポーツ推薦で中央大学で走っていた。社会人になってから、何度か峠で練習中の彼と会ったが、実業団の彼とは話にならなかった。走りが違いすぎる。僕がロードでキリキリのところを、ファットタイヤのMTBでらくらくとついてきていた。でも彼はいつも先輩を立ててくれるので、「いや~藤崎さん相変わらず登り強いですね~」なんておだててくれた。く~!かわいいやつだ!
シドニーだかの調整で外国に遠征に行っていたときに怪我をしたことを風の便りに聞いた。本当にかわいそうだった。ロードの選手は当時後から活きのいいやつらが育ってきていたので、ああ、オリンピック行けなかったな~なんて思っていた。が、アトランタに出ます!と確かツールド北海道でウトロに来たときに教えてくれた。ポイントレースというマイナーなトラックレースだ。TVでは全く放映されない、マニアックな種目だったが、開会式だかにたまたま映った彼の姿を見て嬉しくて涙が出た。だから「彼を自転車競技に誘った」というのが、僕の自慢。僕なんかいなくても充分強かったんだけど(笑)
そんな、飯島が世界選手権を完走したそうです。日本では自転車の世界選手権は全く話題にも上がりませんが、オリンピックよりも歴史の古いこの自転車レースは、ヨーロッパではサッカーのワールドカップぐらいの騒ぎです。優勝者が1年間着ることができる「アルカンシェル」というジャージは、ツールドフランスやオリンピック中でも選手は誇らしげに着用し、とても目立つ王者の証。それを中野浩一が10年間も着続けたことはすごすぎなのに、全く話題に上らない日本の報道に腹を立てて、学級新聞を勝手に作った覚えがあります。それぐらい、すごい世界選手権…。飯島は映らないそうですが、レース展開がものすごく面白かったとのこと(友人談)。状況によって敵も味方も共に風と戦ったりするという自転車独特の世界に加えて、特に世界戦はプロチームで普段はチームメイトの選手同士が国単位で敵として参加したりもするので、駆け引きが微妙になる面白さがあります。そんなことを頭に入れながら、BS見られる人は是非!
支離滅裂ですが、自転車のことになるとフツーではいられなくなる僕でした。
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›10 18, 2005
海・山
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朝一の会議の後、少しだけ波乗り、その後マイタケ採りで山に入る。タイガーエスペリの死を聞いてから、僕はロングボードに乗り、山に入るときも何だか神聖な気持ちがする。
タイガーはハワイのレジェンドサーファーであり、ハワイ先住民族の誇りを取り戻す大きなきっかけとなった、ホクレア号の初代クルーで、世界中の先住民族にカヌー復活を説いて歩いていた。
アイヌの結城さんとカヌー復活プロジェクトのことを語り合っているとき、田口ランディさんの紹介で、タイガーと渋谷で合ったのはもう5年も前のことだ。その1年後、全く別のつながりで彼と再会することになったとき、「君とずっと会いたかったたんだ。」と、大きな体で僕を抱きしめてくれた。何で、2回しか会っていないのに、「ずっと会いたかった…」なんて言ってくれるんだろう?そして、「タツヤのために作ってきた」と、伝統的な鼻笛をプレゼントしてもらった。何で???
聞くところによると、タイガーは良い意味で"誰にでも優しく"、精力的にいろいろな人に会って、僕にしてくれたように、「愛をふりまいて」(月並みだけど)くれていたという。何で???
タイガーは「僕の今の仕事は、ホクレアを世界に広めることだから。」と笑って言っていた。ホクレアのスピリットを世界に広めるために彼は歩き回っていたのだ。彼が歩く姿そのものがスピリットだった。
そのとき僕は、サーフィンを知らなかったから、共通の言葉で話せなかったような気がする。タイガーが亡くなって、このことを心底悔やんだ。もっと前から、波に親しみ、彼と同じ言葉で話がしたかった。そして生前にもっと話をしておきたかった。タイガー亡き後、暇を見つけては海に入り、彼が語りたかったことのカケラでも見つけようと、自分なりに真剣に海に向き合っている。さてさて、波乗りのことは、うまくなって自慢できるようになるまで、もう2度と書くまい(笑)。シロウトがいろいろと語るべきではないから。
波乗り後、松本さんとマイタケ採りに。松本さんはすでに1時間ほど、これまたキノコ名人の瀬戸さんと廻ってきたそうだ。松本さんが戻ってきている瀬戸さんの家で待ち合わせ。お茶と漬物をご馳走になって、いつもの山に出かける。それにしても瀬戸さん家の漬物はいつもながら美味!
松本さんは家の都合で1週間ほど山に入れなかった。その間、良い感じの雨も降っていたので、成長したけどすでにトロトロに融けてしまったマイタケをいくつか見つけた。やっぱり1週間に1回は見回らないとダメだ。それでも、良い状態のを何とか一つずつ見つけ、あとは美味しそうなシイタケを採って早々に下山。今日は2人ともちょっと疲れていた。松本さんも看病がひびいている感じで、ちょっと心配。
再び瀬戸さんの家に行きビールをご馳走に…加えて、美味しそうなダイコンとカボチャ、そして見たこともないようなデカいキャベツをいただく。もう第一線の農業からは引退されているのだろうけど、規模の大きな家庭菜園を楽しんでいるような暮らしに、かなり憧れる。でも、長年の農業の技術に裏打ちされた収穫…という感じをひしひしと感じるので、いつもかなり打ちのめされる。この域には絶対に到達することはできない。かっこいいなあ。
暖かだったこともあり、里の紅葉はこれから。今日も標高200mぐらいで、まだハウチワカエデの緑から赤への美しい紅葉のグラデーションが見られた。今年はドングリも全くといってよいほど結実していない。ブドウも見ない。クマ達にとっては大変な年だ。
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›10 03, 2005
熱ですよ
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20:37 /
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先日生放送に出演したNHKラジオ深夜便という番組は「ジジババのオールナイトニッポン(お客様談)」だそうで、さすがにものすごい反響。収録が終わり、NHKが用意してくれたTAXIに乗ると、ドライバーさんから「おっ、今しゃべっていた人ですね!」と言われ感激する。それにしてもキツイ収録だった。
札幌のスタジオに向かうという朝、先日から39度を超える熱にうなされていた娘が熱性痙攣を起こしプチパニック。2歳ぐらいに一度起こしているとは言え、やはりビックリしてしまう。昼まで娘の病院に付き合い、夕方から飛行機に乗り札幌のスタジオに向かう。移動途中から悪寒。深夜の収録なので、ホテルの温泉で温まるが、震えが止まらない。「やべー」と思いつつも穴を開けるわけにはいかないので、もって来た服を全部着込んで、ポカリをたっぷり買い込んでスタジオ入り。熱があるときはスポーツ飲料です。
ボーっとしているので、きっちりとした受け答えができたのか自信がなかったが、楽しいですよ~!とみんなに持ち上げられ何とか2時間を乗り越える。
翌日は、ホテルに頼んでチェックアウトを12時まで延長してもらう。たっぷり寝られたものの、まだボーっとしている。熱を測ると気持ちで負けるので(笑)、そのまま千歳空港へ。ホゲーと飛行機を待ち、飛行機に乗り女満別に降りそのまま何とか家に帰りたいところだが、AFP通信さんの取材を帰路途中の小清水で待ち合わせ受ける。SIPETRUの取材ということで結城さんとポンペさんも駆けつけてくれ、網走で10時の夜行バスまで時間があるので食事をしようといっていただいたが、丁重に謝り帰らせてもらう。
その晩はゆっくり休みたいところだが、翌朝、町の親子マラソンで病み上がりの娘と一緒に1.2kmを走る。持久力のあるウチのこのワリには、さすがに40度近くの熱を出した直後では持ち前の伸びがなかった。それでも幼児クラスで7~8位。とても2日前に痙攣を起こした子とは思えない。僕の体調は戻っているのかいないのかもわからないまま、マラソン後そのまま約束していたブドウ狩りに北見へ。その後、息子の友達の誕生パーティに参加し、端野町の温泉に入り家に帰ったのは12:00。
そして、今日。まだ微熱がある。もう体調が良いのだか悪いのだかわからないまま、締め切りに迫られた(というか自分で締め切りを決めざるをえない(涙))パンフのチェック。agちゃんの素晴らしいデザインセンスに、いつもながら大満足。夕方、タバコの煙まみれの会議を終え事務所に戻る。
「一番下のチビが熱を出し始めた」とカミサンからケータイにメール。トホホ…。まだうつっていない一番上のお兄ちゃんもいるし、しばらく気が抜けそうにない。
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›9 27, 2005
ダニちゃん
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20:44 /
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今度はダニちゃんにやられましたよ。
まあ、しばしばダニには刺されているのだが、今回は刺す場所がね~…大切なところの先っちょですよ(号泣)!そりゃないだろ~!!
気がついたときにはたっぷり血をすって7~8mmぐらいに膨らんでいた。無理に引き抜くとアゴが体内に残り他の感染を引き起こすのと、ライム病という病原を持つので、その菌を撒き散らすことになる。がっつり噛まれて、はずれないときにはそのままにしておき、パンパンに膨らみ、自然とポロリと落ちるのを待つのだ。
山でヤブ漕ぎをすると、必ずといっていいほどダニが服にくっついている。最近はマイタケ採りに出かけることが多いので気をつけているのだが、パッと見では見えないような、体調0.2mmぐらいのヤツもいる。しかも、虫除けスプレーなんて一切効かない。だから、刺されるのはある意味仕方が無い。でも特にこの小さなヤツは厄介で、まぶたの裏に入ってしまったり、去年なんかは友人の子供が耳の中を刺され、その上、卵まで産んでいた…なんてこともあるので、気をつけなければならない。
どういうわけか、刺されやすい人と、そうでない人がいる。うちのスタッフの畑谷君はヤブ漕ぎの一切無い、フツーの遊歩道のフツーのガイドを1時間しただけでもよくダニに刺されている。毎年、ひどくダニに刺されるので、最近では刺されるたびに、ライム病の予防薬を処方してもらうそうだ。僕は不思議とあまり刺されないだけに、今回のダニは精神的なダメージが大きい。場所も場所だし。
そのダニも、何度目かのトイレの際にぽろっと落ちた。先日のアニサキスといい、今年は何だか寄生虫づいているな~。あ、女性の方、不愉快でしたらスミマセンでした。カミサンも「ノーコメントだ」と言っています。
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›9 18, 2005
心を亡くす
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00:16 /
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「忙しい」という字は、りっしん辺に「亡」で「心を亡くす」という意味だそうだ。だから「忙しい」と口にするのはとても恥ずかしいことなので、普段は口にしない。亡くなりそうになる心を取り戻すのが秋だ。秋は、もう少しのんびりした季節だったはず。これも世界遺産効果か…
時間の無い中での事業なので、田野畑村の業務をこなすため3泊。新しいパンフ用の写真撮影で、ARITOと朝の3:00から動き回る。その足で東京に行き同じく田野畑プロジェクトを一緒にやることになったJTBFの大隅さんと打ち合わせ。久しぶりに小林英俊さんとも会う。
東京からの帰りの飛行機は機材故障で離陸直後に再び羽田に緊急着陸。「修理が完了した」とのことで、同じ機材で飛ぶ。生きた心地がしなかった。
翌日、札幌で講演の依頼。TOYOタイヤさんの販売店研修の一コマのようで、いろいろな話題を提供。明治の同じ学部の大先輩がいて、しばし明治談義。
久しぶりにゆっくり知床にいる時間が取れたが、薪割りとここ2日間はマイタケ狩りで大忙し。1日が妙に長い。
来週は、二風谷のシャーマン~アシリ・レラさんを呼んでカムイノミをする。ひっそりと身内で…と思っていたのが、西原君たちががんばってくれて、いつの間にやら大掛かりな楽しそうなイベントも前後に行われることに。大勢の人が助けてくれ感謝感謝!
今日は松本さんと山に行きマイタケが大漁!祝杯を挙げているまもなく、谷川俊太郎さんのポエトリーリーディングがあるというので、斜里に出かける。ステキなイベントだった。
あ~薪も引き取りに行かなきゃならないし、それ以前に今年の薪を完成させなきゃならない…。秋ってこんなに忙しかったっけ?
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›8 21, 2005
「移住者」と「原住民」
先日の家族での出演の番組のビデオが送られてきた。知床ではテレビ東京系列が写らないのでスーパーテレビジョンの藤井さんありがとうございました!助かりました。!
このテレビでは、沖縄と北海道のそれぞれ3組の「移住」者のライフスタイルを紹介する番組で、それぞれ魅力的な方々が紹介されていた。みんな、一生懸命生活されていて子供達も楽しそう。大いに刺激を受けた。
一方で、やはり「移住」という言葉には個人的にはとても違和感がある。また、それぞれのご家族を、地域において"受け身な存在"として扱っていた点が気になった。例えば、「近所の人が遊びに来て"くれた"」みたいなナレーションのし方。実際には遊びに"来た"に過ぎない。「移住者」は常に何かをしてもらう存在というステレオタイプ。そんな人間関係なんて長続きしない。
「近所」のよしこさんがインタビューを受けたとき「え~藤崎家が『移住者』だったら、アタシ達は『原住民』!?そりゃあ変だよ~」と笑っていた。でもほとんどの人はこういう感覚を持っているんだな~と正直ビックリ。
実は僕達はコメントの中で「移住じゃなくて住みたいところへの『引越し』」と言いなおした。その部分は放映されなかったが、実は僕達が、この番組のテーマに対して最も伝えたいのがこれだった。イナカから東京に引っ越す人がいるように、東京からイナカに移っただけ。でも、この番組はずっとカギカッコつきの「移住」像を追っていたので、我が家はちょっとミスマッチだったような気がする。
僕は「よそ者の風」みたいなことは意識はしても、場所と人を一緒くたにとらえた「移住者」-「原住民」という構図で物事をとらえたことはない。人と人とのお付き合い。それが全て。そんなことはわざわざTVで話すようなことではない。
人は太古から移動を続け、それぞれが住みたいところに住んでいる。土地所有の概念がない頃は勝手に住居を定め、土地所有や国家の概念ができてからは、戦争の末に居住場所を決めてきた。それだけだ。しかし、人と人の関係に違いがあるとすれば、伝統や文化そして個性の相違だ。それを認め合うことと学びあうことがカギカッコつきの移住者の唯一の心得かもしれない。
まあ、バラエティ番組ではこんな話は重過ぎだ。オレって、ちょっと小難しいな…。最近そんな自分がイヤだ。
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›8 19, 2005
アニちゃん
Posted by Tatsuya at
22:45 /
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やられましたよ、アニサキス。
はじめは、虫だとはまったく考えていなかった。「最近ストレス多いからな~。胃潰瘍になっちゃったかな~。」と医者に行き、できれば一生ゴメンこうむりたかった胃カメラをさっそく飲む。「緊急入院なんていったらどうしよう…」と、仕事のことや家族のことを考える。
意外と苦労せず飲めた胃カメラのモニターを眺めていると、
「あ!いましたよ!アニちゃん!も~う藤崎さん、刺身食べてないって言ったじゃないですか~」
「モゴモゴモゴモゴ…(その日は食べなかったんですけど、前の日に食べたかも)」
「今からとりますね~」
僕の胃の中にいたアニサキスは2cmぐらいのもので、胃と食道のつなぎ目のところに2匹が喰らいついている様子がモニターでよく見える。胃カメラの同じ管に小さなピンセットのようなものを通して、いとも簡単につまんで摘出してくれる。その間、数秒。ついでに、胃の中の様子もチェックしてもらって検査&手術(なんだそうです)終了。
噂には聞いていたが、アニサキスにやられると気が遠くなるほど痛い。ほとんど何も手につかず、「く」の字に曲がって横になっているしかない。こんな体験は2度とゴメンだ。
でも…でもネ正直、痛さっつってもこの程度か…と妙に覚悟が決まった。おいしいものを食べた代償として、耐えられるか耐えられないかと聞かれたら、僕は断然耐えられる(苦労していらっしゃる方、失礼!)。
もちろん北海道で「刺身」というと魚種と時期を選ぶ。アニちゃんにやられない知恵もたくさんある。でもでも、どんなに気をつけていても、アニちゃんはどんな魚にもいるのだ。生食が普通にされるソイやカレイでやられた人も多く聞く。秋になったらイカも食べられるけど、お前は唐草模様か!と言いたくなるほど、たくさんのアニちゃんをつけているイカもいる。こりゃあ、運だよ。漁師だってよくあたっているしさ…。僕はくじけない!
朝食抜きでの検査でおなかはペコペコ。さっそく寿司屋にチョッコー(笑)。アニちゃんでは有名だが大好きなシメサバも食べる。まったく懲りていないのであった。(あ、仕事で3日間ぐらい空白にしてしまった方々には深くお詫び申し上げます。)
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›8 07, 2005
暑い暑い知床でのここ数日
いろいろなことが一気に押し寄せすぎ。
小野先生や結城さんに誘われて二風谷の先住民族フォーラムに出席。結城さんがかねてから紹介したいといっていた、ニュージーランドの先住民族=マオリの若きリーダー、アイザックと会う。ん~確かにいい男!NEOSの荒井さんも来ていて、なんでも留学先でアイザックと同級生だったとか。
小野先生からも二風谷の多くの人を紹介してもらう。みんな、ウチの西原がお世話になった人たちばかりで、「お蔭さまで」と「ヤツによろしく伝えておきます」を繰り返す。西原はとても温かく二風谷に受け入れられているなあ…感心感心。
以前から、田口ランディさんを通して間接的に存じ上げていたアシリレラさんとも会う。二風谷から車で20分ぐらいはなれた場所で、伝説的なイベント「1万年祭」の準備をしていた。たまたま焚き火をしていたので、その煙で場所がわかる。のろしだ(笑)。何でも会場に産業廃棄物が不法投棄されていて、彼女はそれを一つづつ手で拾っていた。僕も手伝いながら話をした。噂どおり肝っ玉かあちゃん。決してシャーマンには見えない。「ああ、あんたもアイヌだね。」とあっさり断言されるとちょっと嬉しい。夜はレラさんの別荘に妹さんの裕子さん、豊岡さんと一緒に泊めさせてもらう。
翌日は分科会があり、貝沢耕一さんの沙流川と二風谷ダム・平取ダムの話がとてもわかりやすかった。千歳空港に行くときに毎回このダムの上を通るのだが、いつも濁って流木だらけなのが気になっていた。土壌の質と伐採が原因のようだ。レンタカーで千歳まで帰るが、沙流川も鵜川もちょっと土砂がひどい。この上流の伐採はちょっとひどすぎるんじゃないのかな~と容易に想像がつく。
息子が水泳少年団の強化練習とのことで、昨日今日とかなりの泳ぎこみをしたそうだ。その打ち上げもかねて、コーチたちが焼肉パーティを企画してくれた。女満別からの帰りその会場で家族と合流。
家に帰ると、そういえば今晩、我が家がTVに出ている日だった。テレビ東京系なので知床では見られないのだが、よくある「イナカ暮らし」的な番組。ウチはいわゆるステレオタイプな「イナカ暮らし」をしているつもりはないし、だいたいスローライフでもない。おまけに部屋の掃除もしなきゃならないので(笑)、さんざんお断りしたのだが、熱心なディレクターの方がこちらまで出向いてお願いされ、渋々受けた。1日密着していただけあって、20分ぐらい出ていたそうだ。「見たよ~」というものすごい反響の電話。久しぶりに声を聞く人ばかりでおかげで元気をもらいました。みんな連絡ありがと~。
訃報。僕がウトロでとてもとてもお世話になった方がさっき亡くなった。ウトロでもかなりビッグな人なので、この時期のお葬式ということもあり、ちょっと大変だ。僕も明日からはお手伝い。開拓2世。いろいろなことを聞きたいと思っていたときだけに、残念…。
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›7 26, 2005
MRI
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先日、30分ぐらい目が見えにくくなるという症状に襲われる。網走の眼科に行き、眼底検査。まったく問題なし。医者から「あと考えられる原因は3つ。てんかん、偏頭痛、そして脳梗塞です。」ゲ~!「若くして脳梗塞」という話もよく聞くので、脳外科に検査に行く。幸いこちらも問題なし…。偏頭痛だろうとのことだった。心配してくださった方、ありがとうございました。ダイジョウブです。お騒がせしました。
サラリーマン時代にも一度あったのだが、これ以上ない!というぐらい疲れている日だった。少し気をつけよっと。
ところで、生まれて初めて自分の脳みそと血管の写真を見せてもらった。自分でいうのもなんだが、とても神聖で美しくて何だかいとおしい写真だった。「あ~いつもお世話になっています…。」という感じ。血管の立体写真はホントにすごい!あまりにすごいので記念にいただくことにした。
それにしても、MRIの検査は閉所恐怖症の人にはちとキツイ。僕は微妙にパニック。ガンガンガンガン!という大きな音も聞こえるのだが、何かメロディーにしてくれるとか、目の前に迫る器械もスケルトンにしてもらうとか、もう少し楽しみながら検査を受けられるようにならないものかなあ。技師の方は、「いや、これでもだいぶ良くなったんですよ~」とのこと。確かに、開放的なスペースで、音楽をかけてくれたり気を使ってくれてる。医学の進歩とともにホスピタリティも進んでいる。
身の回りで闘病している人が多い。健康について改めて考える。
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›6 25, 2005
このBLOGについて
Posted by Tatsuya at
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何度か書いていますが、改めてこのBlogについてご説明します。
このBlogは2001年ShinraのHP上に気まぐれに更新していた日記を、途中からBlogに切り替えて今に至っています。かれこれ4年になるわけですが、その間さまざまな方々から、さまざまな反応を頂いております。大変ありがたいことなのですが、正直、ここで書いていることはとても個人的な主観にもとづいたものです。
コメントやトラックバックをいつでも受け付けられるようにしていますが、機械的ないわゆるスパムに対しては対策を施しています。いただくコメントについては匿名を否定しませんが、僕が発言するものに関しては全てクレジットしています。
クリエイティブコモンズの方針にのっとった著作権が発生します。
文字サイズ等、ユーザビリティを優先しブラウザーの自由が利くスタイルシートを使用しています。
アーカイブやコメントは加筆、修正、削除などを行うことがあります。
雑多な価値観の寄せ集めから見えてくる曼荼羅(まんだら)のようなものが、地域ラフコンセンサスの俯瞰図だと思っています。僕の文章は曼荼羅を構成する砂の一粒、そしてその曼荼羅を俯瞰するのが、このBlogの読者像なのかなあなんて勝手に考えています。
今後もどうぞよろしくお願いします。
今日のクレーム
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ある人から、「BLOGに書いてあることが『事実』と違うから訂正しろ!」と一方的な電話。っていうか、あなたにケータイ番号教えた記憶ないんですけど。つくづく失礼だ。
イラクを走る救急車をさして「けが人を搬送していた」と発表する人がいて、かたや「医者に成りすましたテロリストだ」とロケット砲を撃ちこむ人がいる。「事実」なんてそもそもあいまいだ。その「事実」を確認しに来た記者さんに対して、「ああ、それは事実と違いますよ。」と、僕たちのことをいっていただくのは結構。それはそちらの勝手。だけど、発信している僕たちに対して「事実と違う!」と書き直しを迫る言い方は、とても一方的だ。それが権力の側にあったりすると、かなりヤバイことだと思う。権力の都合の良いように「事実」が増産され続けていることを意味するのだから…。
さらにこの人からは、そのエントリー以外についても「勝手なことを書くな!」と怒鳴り込まれた。僕には、「俺たちに都合の悪いことは書くな!」と言われているように聞こえた。どっちが勝手なんだか…。
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›5 23, 2005
杏里とリー・リトナー
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ああ〜こりゃあビックリした〜!
→サンケイスポーツ
杏里は生まれて初めてコンサートというものに行ったアーチストで、個人的には今でも理想のお姉さま♪そして、リー・リトナーは大好きなんてもんじゃないぐらい聞きまくったギタリスト。ライブも来日するたびに行きまくったヨ。その2人が結婚!?ぎょえ〜!どう反応すりゃいいんだかわからないよ〜。ゴクミとアレジ以来の仰天だあ。
›5 09, 2005
バードセーバー
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バードセーバーを貼り付ける。居間の窓を無数の猛禽類が囲んでいる様子はちょっと恐いかも…。
小鳥たちは、窓ガラスに映る景色を本当の景色だと思って突進してきてしまう。特に朝や夕方など、光の差し込み方によってぶつかりやすくなる時間帯があるようだ。加えて、メスを追っかけまわしたりしているときなどは、ガラスに映る自分の姿を敵と思うのか、ラブコールを送る彼女だと思うのか猛烈に突進する。ガラスにぶつかった衝撃で即死してしまったり、気を失ってうずくまっている間に体温を奪われたり、他の捕食者に命を奪われたりと、鳥にとっては良いことはない。そういったことを避けるために、「ここには窓ガラスがありますよ」と鳥に教え、激突を避ける手段の一つが「バードセーバー」だ。
通常、小鳥の嫌がる猛禽類をシルエットにしたり、今にも襲い掛かろうとするフクロウの写真やイラストをシールにしているのが一般的なものだ。何か良いのがないか物色していたが、ピンとくるものがなく結局ハヤブサをイメージして自作。市販のは黒が多いけれど、外から見ると家の中は暗いので、ぜんぜん目立たない。白い画用紙のまま貼り付けてみると、何だかハヤブサというよりカモメのよう。オレってデッサンもなってないんだなあ…。子供たちが作ったバードセーバーは、ドードーのように間抜けなシルエットでカワイイ(微笑)。
北海道の住宅は断熱効果を高めるために二重ガラスになっている。だからよりいっそうきれいに鏡のようになってしまうのかもしれない。公共の施設なんかは、ガラスにわざと傾斜をつけるなどして、写りこみを避けたりしている。一般の住宅でもそんなことができればよいが、相当お金がかかってしまう。これで、ちょっと様子を見てみよう。これでもだめなら、別の手を打たなければ…。
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›5 01, 2005
小鳥と移住とお菓子とエレクトロニカ
森の中に建てた家。昨年はきっとビックリしたのだろうか、鳥がほとんど来なかった。でも、今年はすごい集まりよう。息子が作った巣箱を細いトドマツに据え付けたが、スズメやカラ科の鳥が夫婦で様子をのぞきに来るので楽しい。でも、窓にぶつかる鳥が多いので対策が必要だ…
冬の間、カラや小さなキツツキの仲間は違う種の鳥同志で「混群」という群れを作る。今の時期はまだ混群での行動と、さえずりをする繁殖期独特の行動とが半々ぐらい。大きな混群がやってくると2〜3匹が軽く窓にぶつかる。餌を探しながらの小刻みな移動のときは、それほど強い衝撃ではないので、ぶつかっても近くの枝まで慌てて飛んでいき、「なになに!?今何があったの???」としきりにきょろきょろするだけだ。でも、さえずりをするような暖かい日は、ガラスに映る自分の姿をライバルのオスだと思い猛突進するので間違いなく死んでしまう。先日も目の前でヒガラがガラスに激突した。ちょっと我が家の存在に鳥が慣れてきたようだ。
今日はとりあえず良くぶつかってくる大窓の前に、子供の木馬や大きなぬいぐるみを置いた(笑)。明らかに寄ってこなくなったが、これにもすぐに慣れてしまうだろう。小鳥の嫌う猛禽類の形をしたシールもあるが、いずれにしてもすぐに慣れるだろう。何かいい方法はないかなあ。
もはや伝説となってきた北海道のカントリーライフマガジン『East Side』の伊藤さんから、僕の文章が載った見本誌が送られてくる。今回の特集は「移住する普通の人々」。もはや、「移住者」という感覚をなくしていた僕だったが、いろいろと考えさせられた。みんな、一生懸命移住したんだなあ…。僕も大変だったし、今思えばかなり思いつめていたところがあったが、最終的にはかなり楽観的でおバカな決断で「移住」した。でもね、前にも書いたけど、本当に「移住」という感覚にはどうしても違和感がある。だから、正直言って『East Side』に書かれていたような「移住者」の話はどれもまったく他人事だった。でも、これはあくまで僕の感覚。苦労の感じ方は人それぞれだ。
見本誌と一緒に、標茶の「ポロニ」のクッキーやケーキをいただく。シンプルだけど、この素材ではこの味以外はありえない!という、しっかりした味がベースにある。こういう基本に忠実なお菓子を作ってくれるお店がもっと増えたらなあ。
…あ、風が吹いてきた…外に出してある子供たちの自転車を片付けないと…。
スピーカーから聞こえてくる細野晴臣のエレクトロニカ、かっこいいなあ。知床の暮らしにむちゃくちゃマッチするのはなぜだろう?
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›4 10, 2005
ナイスな商品
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子供だって、飲まなきゃやってらんねえよ!というアナタ!
→こどもびいる
›4 07, 2005
年度締めと新年度と新学期と
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17:13 /
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ほとんど覚書
-Radio Kisar Sampler 2005 Springの完成。
「オホーツクの音さがし」で審査員のCWニコルさんとOKIさんが選んだ優秀作品8曲にOKIさんのアルバムから特別に1曲をフューチャーしたコンピレーション。素敵な音楽、かっこいいジャケットデザイン…鋭意、発送作業中。
-Sustainable Tourism in Protected Areas
翻訳が終わり、邦題『自然保護とサステイナブル・ツーリズム』が4月20日に平凡社から発売される。助成金をつぎ込んでの出版なので儲けはないが、IUCNの素晴らしいガイドラインが一般の書店ルートに乗る意義は高い。6月にJESとの共催で出版記念イベントの開催を計画中。
-シーニックバイウェイ東オホーツクのエントリー無事完了
あのハイテンション&早口&せっかちなチームの議論をしっかりと計画書にまとめてくれたDEC北見サテライトにRESPECT!
-経団連のサポートが今年も決まる
自然と先住民族というテーマに経済界が関心を示したことは画期的。…だと思う。
-サーバー移行
Shinraのサーバーをそろそろ移行。
-新入社員入社
って言うほど、きちっとしていないが…だいだい、いまどき「新入社員」っていう言葉もヘンだし。
-昨日、娘の歯が抜ける
-息子、新しい先生に大満足
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›2 21, 2005
小論文自動採点システム
Posted by Tatsuya at
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池田先生のホームページで「日本語小論文評価採点システム」というのが紹介されていた。
http://coca.rd.dnc.ac.jp/jess/index.html
しっかし、面白いなあ。
自分で設問を作って自分で回答する。面白いそうなので、このBLOGでのエコライフイベントについての書き込みを使って評価してみた。ちなみに設問は、
「昨今『エコ』と言う言葉が氾濫しているが、どのような問題点があると思われるか。実例を上げ答えよ。」
果たして結果はいかに??
—結果—
修辞 4.5 ( 5 )
漢字の使用がやや少ないように見受けられます。
長くて難しい語がやや少ないように見受けられます。
論理 2.0 ( 2 )
内容 2.2 ( 3 )
分量過少による減点 0
最終得点 8.7 ( 10 )
ウ〜ム
この得点、どう考えたらよいのだろう???
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›2 20, 2005
天気痛
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16:29 /
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朝、ひどい偏頭痛で目が覚める。目の奥が鈍く痛い。
今日は大きな低気圧が北海道を通過し、ちょうど朝方急激に気圧が下がっていった。そんな時、体の中の圧力と外気圧とのズレで生じるのだろうか、僕の場合、偏頭痛が起きるのだ。小さなころからのことで慣れっこだが、人によっては歯が痛くなったり、お年寄りなんかは神経痛がひどくなったりと、意外と天気の変化と体調がリンクしている人は多いようだ。
こういった症状を「天気痛」というらしい。またしても交感神経と副交感神経の誤作動とか。ん〜奥が深いゾ、交感神経…。交感神経が誤作動すると筋肉付近の血管は収縮するらしく、耳を流れる血液の音を聞きながら「血栓があったら即アウトなんだろうなあ…」と血液サラサラの重要性を実感。
それにしても「天気痛」とはマヌケな名前だ。本人は深刻なんだから、もう少しまじめな名前をつけてもらいたい。
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›1 23, 2005
今日の誤解
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23:14 /
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カミさんに、BLOGの表現ヘンだよと指摘される。ん??「今のカミさん」という書き方は確かにおかしいか!“今の”が余計だ。僕もカミさんも初婚ですからぁっっ!残念ぇぇんっ!
…どうでも良いことですが(笑)。
›1 17, 2005
1.17
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NPO
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僕の人生に影響を与えたニュースを挙げろと言われたら、ベルリンの壁の崩壊、阪神淡路大震災、そしてオウム事件と答える。中でも震災についてはいろいろなきっかけとなった。今、NPO系で活躍している人々の行動の発端の多くが、阪神淡路大震災だといっても過言ではない。1月17日…この日がきっかけになったという人とどれだけ出会ったことか。
僕はその日、会社の後輩を連れて北海道に出張に行くことになっていた。早朝の飛行機で羽田から発つ予定だったが、荷物が多いので田町のオフィスから浜松町までタクシーに乗っているときに、いつも持ち歩いていた携帯ラジオから第一報を聞いた。朝焼けのきれいなキリリと寒い朝だった。
地震なんて慣れっこだったから、少しばかり大きな揺れだったのだろうぐらいにしか考えていなかったが、羽田空港の待合コーナーに映し出されたニュース画像を見て、ただ事ではない状況に愕然とした。
一緒にいた後輩は大阪の出身で、出張の間じゅう、毎日心配そうにテレビのモニターに食い入っていた。僕はその出張では全ての意思決定をできる立場にいたが、彼に「すぐ帰れ」と言わなかったことを今でも後悔している。仕事をこなすことが至上命令だと信じて疑わなかったから…。幸い彼の実家は難を逃れたが、会社に戻ると神戸出身の直属の上司が、年老いたおばあさんを残して肉親のほとんどを地震で亡くしていた。
後輩に「帰れ」と言えなかった後ろめたさと身近な上司の不幸に触れ、僕は何かしらかの貢献をしたいと思った。しかし会社の中にいて、まだ入社2年目の僕が仕事を投げ打ってボランティアに出かけられるような雰囲気ではない。とてもそんなことは言い出せない。悶々と日々を過ごしている中でオウムの事件が発生した。僕はたまたま休みをとっており、カミさんもたまたま出勤時間が1時間遅かったので事件に巻き込まれることはなかった。しかし、組織に縛られて、内なる衝動に駆られての社会的にも意味あるであろう活動にさえ、身軽に飛び込んでいけない自分に大きな疑問を感じた。そして、それを躊躇しているとわけのわからないまま死んでしまうなんていう現実を突きつけられ、僕は会社を辞める決心をした。とにかく身軽になりたかった。
現在いろいろな活動をされている方で、僕と全く同じ動機の人に何度も出会った。一方で組織の中にとどまり闘い続けている人にも大勢出会った。10年前の1.17は表面的にも潜在的にも日本の社会的活動の大きな転機となった日だ。事実、NPO法も神戸でのさまざまな市民活動から生まれた。1.17で亡くなった方々の魂が確実に若き日本のNPO界の活動家の中には息づいている。
1.17は、今なお被災した人々の心に深い後遺症を残しているという。さまざまな情報に埋もれ、例えば健常と障碍の狭間で社会的な保障の狭間にいる人、複合的な経営難に苦しんでいる人、強引な都市計画に悩む地域住民の姿が多い。そういった社会的に問題になりにくい、きめ細かなサポートを必要としているコミュニティが現実としてある。
10年前ペーペーだった僕たちの世代…。今では、独立しそれなりの経済を回している人もいるだろう。会社に残り、それなりの権限を持った管理職へと育っている人も多い。"人として"の行動に重点を置くシステムチェンジの好機だと思う。10年目の1.17に寄せて。
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›1 08, 2005
このBlogについて
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01:06 /
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このBlogを読んでくださっているみなさま。新年ですね、今年もよろしくお願いします。七草は食べましたか?さて、時々お知らせしていますが、年頭にあたりこのBlogについて改めてご説明します。
このBlogは2001年ShinraのHP上に気まぐれに更新していた日記を、途中からBlogに切り替えて今に至っています。かれこれ4年になるわけですが、その間さまざまな方々から、さまざまな反応を頂いております。大変ありがたいことなのですが、正直、ここで書いていることはとても個人的な主観にもとづいたものです。
コメントやトラックバックをいつでも受け付けられるようにしていますが、機械的ないわゆるスパムに対しては対策を施しています。いただくコメントについては匿名を否定しませんが、僕が発言するものに関しては全てクレジットしています。
クリエイティブコモンズの方針にのっとった著作権が発生します。
文字サイズ等、ユーザビリティを優先しブラウザーの自由が利くスタイルシートを使用しています。
アーカイブやコメントは加筆、修正、削除などを行うことがあります。
また、最近ご指摘が多いのは「知床がまとまっていないかのように書くのはやめろ。」というものです。僕は正直「まとまり」という意味をよく理解していないかもしれません。が、誤解を恐れず言うとすれば、ウトロはコミュニティとしては、とてもまとまりのある地域だと思います。そういったコミュニティとしての"まとまり感"みたいな点は、むしろたくさん書いてきているつもりです。
しかし、いろいろな課題に対しては立場によって実に多様な考え方があると認識しています。「Aについては賛成だけど、Bについては反対。だから現時点でAを賛成するわけにはいかない。」「本音は反対だけど、何かいえる雰囲気じゃないしね〜」というように、賛成と反対の間には数えきれないほどの「賛成」や「反対」のカタチがあります。僕やShinraは常に「生活〜ライフスタイル系」の価値観をベースに置いてきましたが、二者択一を生活に迫るのはムリがあると思っています。それよりも、雑多な価値観の寄せ集めから見えてくる曼荼羅(まんだら)のようなものが、ラフコンセンサスの俯瞰図だと思っています。僕の文章は曼荼羅を構成する砂の一粒、そしてその曼荼羅を俯瞰するのが、このBlogの読者像なのかなあなんて勝手に考えています。
最近、「世界遺産、どうなるんですか?」とよく質問されるようになりました。ある担当者が言うには「あとは外交と政治の世界。」なのだそうです。そんな状態だからこそ、僕たちは自分の言葉で話し続けることが大切だと思っています。そんな考えでやっているBlogです。今後ともよろしくお願いします。
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›12 31, 2004
空間と時間と新しい価値
Posted by Tatsuya at
02:42 /
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2004年も残すところあと1日です。年末に締めくくったり、年始に1年のテーマを決めるような柄ではないのですが、年を重ねるごとにどうも"節目"とか"けじめ"ということが気になるようになってきました(笑)。
2004年は本当にいろいろとあった年でした。義父の事故に始まり、友人のお父さんの死、共同経営者の結婚、息子の入学、イラクでの人質、ガイド協議会の設立、IUCNのヒアリング、世界中でのテロで犠牲となる名も知らない子供たち、RadioKisarの立ち上げ、ヒグマ騒ぎでスケープゴートにされるウチのガイドたち、シーニックバイウェイの東オホーツク会議の立ち上げ、水害、地震、いくつものプロジェクトのスタートアップ、そして津波…。直接今の自分に関係してくる事柄から、間接的に関係する事柄、さらには直接は関係ないけれども、何というか生命の根幹を揺さぶられるような出来事に終われるような1年でした。
そんな中、2004年の初頭に「もう少し自分自身のことを大切にしよう」というようなことをここでも書いたと思うのですが、仕事も含め社会的なことと生活というものがどうすればもっと近づけられるのか?ということをずっと考え続けていました。そこで、僕なりにたどり着いたキーワードが"空間"と"時間"です。
かつて、男は山や海へ行き狩猟をし、女は家の周辺で採集や簡単な農耕をしていたとき、糧となる動物が暮らす森などの"空間"は全ての人々共有の財産でした。罠を仕掛け、獲物を待つ"時間"はそれに見合った栄養のための貴重な投資でした。生活というものを軸としたとき、空間と時間は見事に融解します。その存在が曖昧になります。しかし、例えば狩猟自体を軸としたとき、子育てだけを軸としたとき…などなど活動を個別に分類すると空間と時間が妙にきわだってきます。
現代は空間と時間をはっきりと意識しなければならない環境です(当たり前ですね)。経済学を知っている方ならお気づきと思いますが、"空間"と"時間"を飛び越えられる魔法の手段に、今のところは"お金"があります。しかし生活は"空間"と"時間"を共有しますが、残念ながらお金はそれらを消費する一方です。消費することなく経済を生み出す…一見矛盾するように思える命題に取り組むところにNPOの存在意義があります。ということで…、
お金以外の価値−"オルタナティブバリュー"が来年のテーマです。
このことはずっと追求してきていることですが、改めて"空間"と"時間"をつなぐものを自分なりに捉えなおしてみたいと思います。Shinraでは世界遺産化をひかえ「エコツーリズム」という場やもっと広域な場で、そして新たに立ち上げたRadioKisarでは文化的アプローチでこの"オルタナティブバリュー"を探ることができるような気がしています。「お金じゃないよね」と口では言えるけど、心から言えるバリューをスタイルとして提案すること…そんなことを僕の来年のテーマにしたいなあなんて思っています。
最後になりますが、このBlogを読んでくださっている皆様、本当にありがとうございました。そして、こんな僕ですが来年もどうぞよろしくお願いします。全てのみなさまの良いお年をお祈り申し上げます。
-Love & Peace!
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›12 17, 2004
親子3連弾
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23:33 /
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今度の日曜日は、チビたちのピアノの発表会だ。僕も、息子と娘と連弾をすることになっていて、今日はリハーサルで会場となる知床第一ホテルにでかけていった。
僕は幼稚園から中学に入るまでピアノを習っていて、高校から大学ではサザンやドリカム、クラプトンからカシオペアまでありとあらゆるジャンルのコピーバンドでキーボードを担当していた。
グランドピアノに触るのは本当に久しぶり。やっぱり音がいい。リハーサルは日頃の練習の甲斐あって、子供たちもとても上手に引くことができた。あと2日で曲への感情移入までできれば…と欲張っているのだが、習いたての小学1年生と5歳にはちょっと無理かな〜。僕は伴奏なので、メロディーラインがしっかりと聴こえるように弾かなければならず、一人感情移入してあまりでしゃばることは許されない。ん〜もうちょっと抑揚が付けられれば、もっと気持ちよく弾けるのにな〜!まあ、がまんがまん…。
最近、ウクレレも買った。あまりに安いものは音も軽く、フレットもいい加減なので、そこそこ良いものを買う。フォークソングぐらいなら、コード表を見れば弾けるようになった。先日、我が家でボンさんのギターとセッションして歌ったのはとても気持ちよかった。
仕事で実家に帰ったときに幼なじみの坪井と、高校時代の友人が開いたバーで飲んだ。坪井とは一緒にバンドをやっていた時期もあった。RadioKisarのことを話すと、「フジサキ、ぜんぜん変わらねえなあ。音楽が好きで自然が好きで洋子ちゃん(カミサンだ)が好きで…。」今年の年頭に坪井に言われたこの3つが2004年の行動軸だった。そして、その3つの締めくくりが明後日のピアノの発表会のような気がする。大好きな音楽を家族とそして大好きな知床で演奏できるなんて、こんな幸せなことはない。20年ぶりの発表会。ワクワクどきどき。
お近くの方、12月19日13:00〜 知床第一ホテル1Fラウンジです。山中さんの教室と綾野さんの教室の合同発表会で〜す。
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カラダのこと
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00:19 /
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リラックスすると、おなかが痛くなる。
腹痛は小さなころからずっと付き合ってきているので、いわば慣れっこになっている。逆に、この腹痛は何かをひと段落つけてほっと一息ついているときが多い。だから、次のステージに進む際の通過儀礼みたいなもので、どちらかというとポジティブな痛みだ。痛みに耐えながら、何をそんなに根詰めてやったのかを思い出す。運動会のかけっこのスタート前におなかが痛くなってしまう子もいるけど、幸い僕は緊張のあとに症状が出るので、がんばった自分をあとで思い返すのだ。いろいろな作業を全て終えて、最後はトイレでのた打ち回りながら、がんばった自分のことで感慨にふける(笑)。ほとんどヘンタイだ。
これはいわゆる「過敏性大腸症候群」というやつだそうで、神経質な人がなりやすく、ストレスや緊張が続くことによって交感神経が緊張し、そのバランスをとろうと副交感神経というものがかえって誤作動を起こす自律神経の失調の一つだそうだ(→発掘!あるある大事典/#348)。誰かが、「腸のこむら返り」といっていた。そりゃあ痛いよな。
今日も子供達を寝かしつけたあと激しい腹痛に襲われた。「オホーツクの音さがし」の立ち上げで走り回っていて、昨日その発表を済ませたところだった。それ以外にもびっちりのスケジュールで16日は体を休めながら自宅で仕事をしようと思っていた。リラックスしたからなあ、今日1日。
腹痛が去ったあとは、決まって独特の良いにおいがしてくる。なにかとても幸せなにおい…。体臭かと思ったが、どちらかというと鼻の奥の粘膜に分泌物が出ているような感じ。このにおいは、知床に着てから気がつくようになったが、いろいろなページを探してもこの「臭い」に触れている記事はない。でも、とても幸せなにおいだ。
しかも、腹痛が去ったあとの体は、ポカポカと心地よい感覚に包まれる。そんな感覚と臭いを楽しみながら、脱水症状ぎみの体においしい緑茶を注ぎこむ時間が好きだ。いや、ホント、ヘンタイかもしれない。
※この、においの正体がわかる方いらっしゃいませんか?もし何か情報がありましたら教えてください!
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›11 14, 2004
出張と空間のしわと巡り会わせと
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ここ数日、出張続きの毎日…。
10日は経団連での報告会。そのあと下北沢で開かれていたOKIのライブを途中から聴く。OKIはアイヌ民族に伝わる弦楽器「トンコリ」の奏者、そして、あの砂澤ビッキの子息。アイヌ民族の活動の行き先を明確にイメージさせてくれた活動家の血を引くOKIの音は、確実に北海道の森の向こう側に目が据えられていた。
その夜は実家に戻らず、久しぶりにAVNのコバちゃんの家に泊まる。だいぶ病状も悪化していて、さらに目が見えにくくなっている様子。良くも悪くも障碍者としての彼の居場所も少しずつ見えてきていて、生活・ビジネス共に健常者と障碍者の境目で心が揺れ動いているようだ。
11日は手塚治虫さんの娘−るみ子さんの番組、ABC放送「ガラスの地球を救え」に出演(関西ローカル。1月ごろのON AIRだそうだ)。とても素敵な方だった。
12日は札幌で北海道アウトドア協会の理事会&臨時総会。札幌への飛行機で毛利網走支庁長に会う。彼は早くからKisarの動きに理解を示してくれていた。偶然前後の座席。
18日にはまた東京に出かける。
最近、不思議な巡り合わせと音楽づいた日々だ。
18日は田口ランディさんプロデュースのbolot bairyshevのライブに足を運ぶ。そういえば10日には偶然に羽田空港でランディさんにばったり会った。
来年から先住民族のプロジェクトを担当するエキスパートがShinraに入社する。彼も自転車競技をやっていて共通の知り合いがいた。しかも先日はその彼と同じ北大の自転車競技部に所属する人とも知り合いになる。ちなみにその新人の恩師の教授-小野有五先生ははオノヨーコの従兄弟だ。
何だか最近、空間にしわが寄ったような感じだ。「縁」というものを改めて考える。
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›11 04, 2004
宇宙の命脈/bolot bairyshev
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以前、田口ランディさんの『聖地巡礼』の取材で、当時は出版社の担当者だった丹ちゃんから、イベントのお知らせがありました。お近くの方は是非!
大地を揺るがせ、大気を充たす アルタイの喉歌[カイ]
宇宙の命脈
ボロット・バイルシェフ in JAPAN 2004
東京公演 2004年11月18日(木)19日(金)
於 トッパンホール
開場18:30 開演19:00
田口さんと巻上公一さんのプロデュースです。
http://www.makigami.com/bolot/
›10 20, 2004
イナウ
結城さんたちと、札幌のあるアイヌのグループと一緒にルシャに行ってきた。
結城さんとは、知床での先住民族文化を知るエコツアーをやろうと言うことで話をしている。ある日、彼が突然「あるグループとルシャに行くことになったから、ガイドを頼むよ。」と電話がかかってきた。
「ガイドっつったって車さえあれば一本道だよ。それより、だいたいなんでルシャなの?」
「え、もしかしてなんかやばい?」
「ルシャってすっごく良いところだけど、妙に政治的でオレは嫌なんだよ。」
「やっぱりなあ…。」
結城さんは、闘うアイヌなので、そういった微妙なネタにはとても敏感だ。一緒に来ることになった「あるグループ」はいろいろと政治的に巧みな人たちらしい。何か企みがあるのかもしれないし、全く純粋な思いだけで来るのかもしれない。
「やる前から探っていたって始まらない。ま、行くだけ行ってみようよ。」と、いつもの互いの軽いノリで出かけていった。
春のような柔らかな南風の吹くルシャの河口はとても穏やかだった。孵化場跡で若いヒグマがサケを追い回している。
知床半島は、「手付かずの自然」なんていうが、開拓の歴史のはるか以前から先住民族は森の中や海岸線で狩猟採集の生活を営んでいた。ルシャをはじめ、知床半島の「原始林」と思われているここかしこに、住居跡や聖地が点在しているのだ。今回は、ルシャ、レッパンベツ、ポンベツの遺跡を確認すること、先祖供養や久しくおこなっていないカムイノミ(自然の神々への祈り)を知床の大地で執り行うことが主な目的だ。
僕はネイチャーガイドサービスを続けていて、ひとつだけ心残りだったことがあった。それは、この大地への挨拶をアイヌプリ(アイヌ民族の様式)でやっておきたいということだった。ついでに個人的にルーツを感じるこの大地の地霊に、一言挨拶がしたかった。我流ではやれても、古くから伝わるアイヌ民族の様式でやったことはない。神社やお寺のやり方よりも、アイヌ民族の様式はこの北海道の大地に一番マッチした儀礼なのだから、思いを伝えたいならアイヌ式がもっとも適しているのだ。
今日は、まずレッパンベツの河口でオンカムイ(先祖供養)を行った。そしてルシャではきちんとしたヌサ(祭壇)をこしらえ、本格的なカムイノミを行った。神々の領域ということで、儀式の最中はヌサの向こう側は立ち入り禁止なのだが、今日は若いヒグマが川の中に飛び込み、オジロワシが多くのカラスを引き連れて飛んでいた。「今日は本当にヌサの向こうが神々の場所になったね〜」と誰かがボソッと言った。アイヌ語の祝詞が静かに響き、清らかで、それでいて深いディープな時間がゆっくりと流れる。当初の心配は全く晴れて、政治も欲望も全く関係のない、とてもスピリチュアルな儀式だった。
こうした儀式で重要な道具に、イナウと呼ばれるヤナギの木で作った御幣がある。ヤナギの木の皮を薄く削ると、くるくるとらせん状に剥がされ、それを一周やるとちょうど神社のお払いで使う御幣と同じようなものが出来上がる。(御幣のルーツはこのイナウだと言われている)。それは、自然の神々や先祖と人間の間を取り持つ仲介役を果たしているそうで、これがあることによって僕たちの意思も神々に伝わるし、逆に悪いパワーまでもらわないで済むという安全装置の役割もあるという。
結城さんがポツっと言った。「僕とか藤崎さんって、イナウみたいな存在かもね。人と自然、都会とイナカ、アイヌと和人…そんな間を取り持つ役割を担って、この世に生まれてきたのかもしれない。」僕はその言葉を聞いて涙が出そうになった。
ルシャを離れ、最後にポンベツという場所に寄る。夕暮れせまるその小さな川で、結城さんが2本のイナウを添えてささやかなオンカムイをした。住居跡に立つと、昼ごろから吹いていた冷たい風が全く当たらない。一瞬そこで遊ぶ息子たちの声が響いてくる。目の前の海岸では打ち上げられた鯨を、わいわいとさばく大人たちの姿がフラッシュバックする。自然の中だけで生きていくリアリティを、今日ほど感じられる日はなかった。住居跡の脇にあった岩に添えた、あの2本のイナウを通して、はるか祖先とつながったのかもしれない。
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›9 13, 2004
苦手なもの〜っ
Posted by Tatsuya at
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僕の苦手なもの…。それは「数字」。
いや、算数や数学は人並みにはできるほうだとは思う。が、単純に何かを「数える」ことが苦手なのだ。ミスが多い。多分、ちょっとした学習障害じゃないかと思うほど、この、「数える」という回路にどうやら欠陥があるようだ。
このことに気がついたのは、以前勤めていた会社の新入社員研修で、自社の工場のラインに1ヶ月配属されたときだ。僕が任された作業は、ボルトを12個、ネジを45個だとか、仕様書どおりに部品を集めて集積所に運ぶだけという単純な作業。その、1ヶ月間、他の同僚たちに比べて僕のミスの多いこと多いこと…。もう、ダントツ。作業をバカにしているというものではない。新入社員だったから、それなりにまじめに一生懸命やっていた。だいたい、いろいろなことをそつなくこなせる方だと思っていたのだが、そのときは自分の不完全さに愕然としたものだった。今でも、数字がたくさん載っている資料を見るとめまいがする。1年生の息子の計算ドリルを開いたら、数字の行列にもうほとんどパニック。う〜ん…。でも、数字の中でも得意なこともあるのだ。規則性を探したり、予測したり…、そういう部分はむしろちょっと自信がある。不思議なものだ。
自分の不得意分野を知っておくというのは、なんだかんだ発展的だ。不得意な分野を意識することによって、それをカバーする新たな回路が自分自身の中に生まれる。そんな気がしているだけかもしれないけど、その感じを僕はとても気に入っている。長所と短所、陽と陰、全てワンセット。自分の短所や陰の部分を見つめるのはちょっとしんどいけど、そのワンセットを自覚している人としか、正直、大人の付き合いはできない。支え合うとはそういうことだ。
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›7 21, 2004
このBlogについて
Posted by Tatsuya at
16:33 /
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このBlogを見てくださっている方が意外とたくさんいて嬉しい限りです。地元からもいろいろとご指摘をいただいたりすることがあるので、改めてこのBlogの方針をご説明しておきます。
このBlogは藤崎達也の個人的な日記みたいなものです。全ての文責は藤崎個人に帰します。
コメント・トラックバックをいつでも受け付けられるようにしていますが、機械的ないわゆるスパムに対しては対策を施しています。いただくコメントについては匿名を否定しませんが、僕が発言するものに関しては全てクレジットしています。
クリエイティブコモンズの方針にのっとった著作権が発生します。
文字サイズ等、ユーザビリティを優先しブラウザーの自由が利くスタイルシートを使用しています。
アーカイブやコメントは加筆、修正、削除などを行うことがあります。
僕は以前も書いているとおり、マスメディアでの報道を100%鵜呑みにする人間ではありません。また、うわさ話や人づての話しにも興味がありません。
ですから僕のことについて、メディアで書かれていることや、うわさ話や人づての話しで評価されたくないですから自分の考えをWEB上で述べています。
こんな思いでやっています。今後ともよろしくお付き合いの程お願い申し上げます。
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›6 06, 2004
ウルシとイカナゴ(?)
Posted by Tatsuya at
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昨日は子供の運動会で、カメラを持って走り回っていた。親子競争やPTA種目でも張り切りすぎて、今日はちょっとだけ筋肉痛。ちょっと一休みということで、1日ゆっくりすることにした。
午前中はチビのウルシかぶれがひどいので、家の周りのツタウルシを刈る。僕もアレルギー体質なのだが不思議とウルシは何ともない。そうはいっても、いかにもウルシオールが飛散していそうなつやつやとした葉っぱを間近で刈っていると、何だか体中が痒くなってくるような気がする。
そう言えば、僕の山の先生は、「ウルシにまけるというが、やれるもんならやってみろ!と、気持ちで勝っていれば絶対にかぶれないよ。」と言っていた。でも、生来へなちょこな僕は膨大なウルシを前に完全に負けていたと思う。でも露をたくさん浴びたにもかかわらずやっぱり何ともなかった。アレルギーというのはほんとうに面白いものだ。
午後はチビ達と潮のひいたチャシコツの海岸で遊ぶ。上の子はヤドカリをまんなかの子は角が削れ宝石のようになったガラスを両手一杯に集めて遊んでいた。ふと潮溜まりを覗いてみると、10cmぐらいの細い魚がいっぱい。家から持ってきたバケツに追い込んでみると、黄色いイカナゴのような魚がたくさん取れた。たまたま漁師の森くんが奥さんのレイちゃんと遊びに来ていて、「たぶんキビナゴだかイカナゴだかだと思う…。」と自信なさげ。それにしても美味しそうなので、数匹を持ちかえりてんぷらにして食べたら美味しいこと!検索してみるとキビナゴやイカナゴとはヒレの形が違うようだが、魚図鑑は興奮したチビが布団に一緒に持って入ってしまったようだ。今日は調べることができなかったが、ありゃウマイ!今度また捕りにいこう。
そう言えばチャシコツには他にもマサモトさん家族も遊びに来ていた。満月直後、大きな干満が提供してくれた楽しい遊び場所だ。
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›5 29, 2004
こんなオトナになりたい
Posted by Tatsuya at
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午前中、となりまちの清里町でシーニックバイウェイの協議会立上げの打ち合せ。午後はその足で、環境省の東北海道地区事務所で経団連補助事業の相談。
シーニックバイウェイのうち合わせは、NHKのパネラーなどを一緒にやった女満別の山本さんの素晴らしいしきりで、懸案だった広域の協議会の立上げの道筋が見えてきた。山本さんは人の心のつかみ方が抜群だなあ…感心してしまう。山本さんは、女満別出身でカメラをライフワークとされている。きっと町職員じゃなかったらカメラマンになっているだろう程、女満別周辺の写真(例えばヒマワリ畑)といえば実は山本さんの写真だ。
午後は釧路まで足をのばし、環境省東北海道地区自然保護事務所で経団連事業の打合せをする。以前、ここにも書いた知床ラジオへの自然保護的な行政情報の提供や運営にあたっての情報交換。やはり所長の渡辺さんも人の心をつかむ天才だ。渡辺さんは雲仙普賢岳の復興を環境省サイドから行ったり、佐渡のトキ保護センターを立ち上げたりと環境省でも有名な人だ。ある記者が言うには、「あの人じゃないと釧路湿原の自然再生や、世界遺産はできないよ。」というほどの敏腕。
すごいなあ、みんな。 素敵な二人に会って、それだけで心満たされた1日だった。
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›5 26, 2004
スパム対策
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22:16 /
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メールでも迷惑をしている人も多いと思うが、このホームページでもスパムコメントの対策を施した。「バイアグラ」とか「フリーポルノ」とか(笑)もういい加減にしてくれヨ、と思うほどの迷惑コメントに実は辟易していた。
たいして書きこみのあるコメント欄ではないので、日々の削除作業のことを考えたらはずしてしまおうか…とも思っていたが、やっぱりオープンなことにBlogの意義があるので、いろいろなサイトを探して何とか意味ありそうな対策を施した。
そりゃあ、僕も男だからポルノサイトも嫌いじゃないけど(苦笑)、社会全体においてせっかく有益なインターネットというツールが、エログロだけによって侵されつづけている状況にとても危惧を感じる。Winnyの開発者が逮捕されたことも、僕たちがインターネットの可能性を自ら狭め、自ら当局の管理を引き出している結果のようなものだ。
以下、Hotwiredでの白田秀彰さんの記事から抜粋。
「政治的匿名発言に使うことのできる聖剣を、違法な情報交換という錆で覆ってしまわないために、私たちの手元から磨き続ける必要がある。私たちは、好奇心過剰で、利己的かつ利他的な生き物だ。エロ・グロ情報や、ワレズものを共有することは楽しいことかもしれない。でも、それらが、私たちの自由を支えている究極的な根幹を汚しつづけていることを、エンター・キーを押す瞬間に思い出してほしいのだ」
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›5 09, 2004
ゴミゴミ大作戦と花見
Posted by Tatsuya at
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今日は、ウトロの住人総出でゴミ拾いをする「ゴミゴミ大作戦」の日だった。そして、毎年ゴミ拾いのあとに「花見」と称してバーベキューをする班が多い。僕の所属する2班も好例のお花見。ウチの班は漁師が多いので、めちゃくちゃご馳走が並ぶ。これだけ班の人全員が集まる機会もあまりないので、とても楽しいイベントだ。今日も、気持ちの良い日差しの中、楽しいひとときを過ごすことができた。
ウチの班には学校の教職員住宅もあるので、新入りの先生達のはじめての顔見せの場でもある。いろいろなところに赴任してきた先生達でも、さすがに、ここほど新鮮な魚介類を食べることなんてないらしく、ウニやホタテむきを嬉々としてやっていた。ウニの中身の構造なんて、見たことないもんな。僕が持ってきた魚貝でもないのに、なんだか誇らしい気持ちになる。「どうだ、ウトロってすごいところだろ!」と。
ウチのチビ達は、本当に美味しいウニやホタテ、カニを知っているので、東京のスーパーで売っているような刺身には、露骨にダメだしをする。贅沢すぎる舌の持ち主達だ。でも、それも親としてとても誇らしい。
イナカからしか育まれないものってあると思うのだが、都会育ちだった僕にはそれをとてもかけがえのないものとして感じる。そして、今、都会ではこうした小さなコミュニティの機能を取り戻そうと試行錯誤している。こうした、全員参加みたいなイベントのありかたもその一つだ。でも、一方でウトロはどんどん都会化しているような気がする。理屈抜きでコミュニティが集う機会は大切にしていきたい。それは、僕の個人的な問題かもしれないが…。
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Happy Wedding!
Posted by Tatsuya at
00:55 /
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ネイチャーガイド仲間の、結婚お祝い会に出席。結婚はいい!。結婚していくカップルを見るのは、最近の楽しみの一つだ。テレビのドラマでも結婚のシーンが出てくると涙が出てしまうぐらい、結婚というのは良いものだ。
›5 04, 2004
最近、ビールを飲まない
Posted by Tatsuya at
22:29 /
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何故だかここ数日、妙に健康的な毎日だ。以前は、ちょっと過食症か?と思うほど、ストレスを食にぶつけていたのだが、最近は人並みかそれ以下に減った。あんなに大好きなビールも飲みたくない。別に意識しているわけではないし、ダイエットをしているわけでもない。自分でも不思議だ。
それと同時に、おいしいミネラルウォーターをからだが探し求めている。これも不思議。だからといっていわゆる“健康の水”を作る浄水機みたいなのにはちょっと手を出す気になれない。発泡系のおいしくて安い(日常的にがぶがぶ飲める)、ミネラルウォーターをご存知の方、是非情報をください。
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›4 14, 2004
イラク〜World Citizen
Posted by Tatsuya at
12:39 /
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先日、イラクの人質のエントリーを書いたら、このサイトのアクセスキーワード上位が「イラク」「人質」で占められた。記事を書いた責任で、僕のリソースを情報まで…。インディビジュアルメディアを中心に…
もし、自分のまちで戦争になったら、妻や子供が乱暴されないように、殺されないように、僕だって手に武器を取って必死になって闘うだろう。イラクで抵抗を続けている人たちは「テロリスト」ではない、僕らと同じ一般庶民。そんなことを感じられるサイトを物色中。World Citizenに思いを馳せて。
■RIVERBEND BLOG "Baghdad Burning"(邦訳)
http://www.geocities.jp/riverbendblog/バグダッド在住の複数の女性によるブログ
■益岡賢さんのページ
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/僕の信頼する市民メディア"JCA-NET"サーバーからの現地レポートです
■北海道NPOサポートセンター
http://www.infosnow.ne.jp/%7Enpo/mainindex.htm
北海道のNPO・NGOのサポートセンター。
当然、今井さんや高遠さんとも深く長いお付き合いでしょう。
Shinraもお世話になっています。
■WORLD PEACE NOW
http://www.worldpeacenow.jp/
ご存知、ピースウォーク事務局などをやっているNGO
Shinraで流氷ピースウォークをやったときにおせわになりました。
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›4 04, 2004
主賓席
Posted by Tatsuya at
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ともにShinraを立ち上げた岩山(ナオ)が今日結婚式を挙げた。Shinra総出で代官山のMadame Tokiでのレストランウェディングに参加してきた。ナオはしきりに「俺らしくないでしょ?」と言っていたが、とてもナオらしい結婚式&披露パーティーで、終始とてもよい雰囲気だった。(もっとも、ナオはずっと知床にいたので、ほとんどすべての段取りをしてくれたのはお嫁さんの優子さんと彼女のお姉さんなのだが…。)
そして、一応立場上、僕はナオの上司にあたるので、何とナオたちの隣の来賓席に座らされ挨拶も主賓扱いだった。久しぶりに緊張…。僕は緊張すると終わったあと必ずおなかが痛くなってしまうのだが、ナオに家庭を築いてもらいたいという結婚では先輩の僕としての長年の願いが実を結んだのと、今日の重責から解き放たれた安堵感とで、家に帰ってきてからのた打ち回るほどおなかが痛かった。でも、この腹痛は個人的には何かにけじめをつけて次に進むときの、僕にとっての通過儀式のようなものだ(笑)。だから、痛みの治まった今は何か世界が変わったような清々しい気持ちでいっぱいだ。これからのナオとの接し方は、ワンステージ違った次元になる。楽しみだなあ。
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›3 30, 2004
ページの模様替え
Posted by Tatsuya at
00:29 /
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あっちこっち表示がぐちゃぐちゃになっていたので、直すついでに模様替え(Powered by HINAGATA)。いつもながら、オープンソース文化って素晴らしいなあ。何でみんなこんなに親切なの?Linuxの例もあるけど、こういった良き風潮がもっと実社会やビジネスに反映されてくると良いのになあ。
Blogで流行っているバナーの写真もつけてみた。本当はもう少し幅があるのだが、偶然にもこの幅にトリミング。「オリジナルよりこの方が良いかも…」というカミさんの意見で、そのままに。
›3 27, 2004
Deep Love
Posted by Tatsuya at
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yoshiさんという方の『Deep Love』という本がベストセラーになっているそうだ。彼は援助交際などを題材に、携帯向けの小説を書きつづけていたところ、自分達の境遇と重ね合わせた女子高生達の間に口コミで広がり、その人気を見た出版社が小説化したそうだ。内容はともかく、そういうメッセージの広がりかたと、ビジネスへの結びつきかたがカッコよすぎる。憧れる身の立て方だ。
›3 03, 2004
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›2 25, 2004
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›2 15, 2004
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›2 11, 2004
「高次脳機能障害」って?
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ウチは林に囲まれているのでよくアカゲラがやってくる。脳しんとうもおこさず、延々とくちばしでコツコツやりながら餌を探している。脳しんとうといえば(不謹慎<笑>)、義父の症状は思ったよりもよくなっている。…が、深刻な脳の機能障害が残りそうだ。
義父は医者も意外に思うほどの回復を見せ、今では自分でトイレに出かけるまでになっている。1ヶ月あまり寝たきりだったこともあり、足腰の筋肉がすっかり衰えているが、幸い四肢の機能やそれを司る脳幹に傷がないジジは、これに関してはリハビリで難なく乗り越えることができそうだ。ただ、どんどん改善されているとはいうものの、失語がひどくコミュニケーションが難しいそうだ。
ジジは、言語を司る部分を挫傷していて、医者からも失語が残るだろうと言われていた。「北海道」と言おうと思っても「北九州」と発音してしまったり、何かを考えているといつの間にか海外の都市のことが気になり始めたり、とにかくむちゃくちゃだ。毎日看病にいっているカミさんが言うには、一つの単語にこだわっていると話はどんどんズレていってしまうので、英会話をするときのようにわからない単語が出てきても気にせず、全体の流れから言おうとしていることを推測するというコミュニケーションが続いているそうだ。その他、ジュースを飲ませて「ニガい」というので水に取り替えたところ、何も入っていないただの水を飲んでも「ニガい」といったり、まったくちんぷんかんぷんの記憶を問いかけられて、こちらがわからないというと怒り出したり…とにかく「壊れた」という言葉がぴったりの状態。ヒトの脳はつくづく不思議なものだ。
この1ヶ月、おかげで脳のことについてはずいぶんと詳しくなった。そして、交通事故などでこうした「高次脳機能障害」で悩む人が多いことも知った。“医療・福祉の空白地帯”とも呼ばれる分野…。これからの苦労が思いやられる。
→脳外傷による高次脳機能障害とは
■脳外傷友の会「コロポックル」
http://www.f3.dion.ne.jp/~koropo/
■おかやま脳外傷友の会・モモ
http://www010.upp.so-net.ne.jp/tbi-momo/
■脳外傷友の会『ぷらむ』
http://www.jde.jp/plum/
■脳外傷友の会「みずほ」
http://www.hat.hi-ho.ne.jp/nagoya-mizuho/
検索で目に付いたものだけアップしています。
「脳外傷」
「高次脳機能障害」で検索するとたくさんヒットします。
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写真のお仕事募集中
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僕のお友達のAritoは、NASAの内定を蹴ってフリーのカメラマンをやっているというクレイジーで素敵なヤツだ。http://www.arito.com/
アメリカで暮らしていた“帰国児”らしく、独特の世界がとてもかっこいい。お仕事随時募集中とのこと…ごひいきの程(笑)。お友達の宣伝まで。
›1 16, 2004
ジジの入院
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家内の父が事故で入院した。頭蓋底(ずがいてい)骨折による脳挫傷で意識不明のまま救急救命室で眠っている。
僕たちの年末年始の帰郷ももう終わるという1月11日、ジジの生きがいでもあるシルバー人材センターでの仕事の帰り道に自転車で転倒した。自転車で転倒したぐらいでそんな大事にはなってないだろうとはじめは軽い気持ちでいたが、家内たちが面会からかえってきてからは事情が一変していた。2週間が山場だという。
僕も面会に行った。人工呼吸器やさまざまな機器がつながれ呼びかけにも応じないその人は、本当に子供達が大好きなジジなのだろうか?ジジを前にしたとき最初に感じたのは不思議とそんな感覚だった。姿形は明らかにジジで、しかもモニターを見ると心臓は規則正しく脈動し、胸も呼吸に応じて上下している。紛れもなくこの人はジジなのだがどうしても実感がわかない。これはジジではない…と思うから、早く元気になってもらいたいと祈る。
「命」について改めて考える。
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›1 05, 2004
新年です
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僕のBlogを読んでくださっている皆様、新年明けましておめでとうございます。2003年は知床にとってさまざまな問題や課題がようやく表面化した年だったような気がします。そんな中で僕はさまざまな席で、何だかパンドラの箱を開いて周り、タブーを敢えて口にするような、個人的にはとてもタフな1年でした。今年もこの状況は続くでしょうが、こういった奔流の中で、もう少し自分を大切にしていきたいなぁ・・・親戚や友人が入れ替わり立ち代りやってくる実家で、ビール漬けになりながらそんなことを考えた年末年始でした。
このBlogは僕が考えていることを、ごくごく個人的につづるものです。世界遺産なんて大きなものに関わろうが、この個人的なスタンスは変わりません。これからもお暇なときにご覧いただければ幸いです。先ずは、年頭にあたりご挨拶まで。
›12 29, 2003
余計なことには関わらない?
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NPO SHINRAでは毎年、年末年始を大親孝行週間に指定している。タダでさえ親元から離れて暮らす人間ばかりだし、きっとロクに電話もせず親御さんもさぞかし心配しているだろうと、半ば強制的に年末年始は実家に帰らしているのだ。そこで、せっかく東京に集まっているのだから、こちらで飲もう!ということになり、先日知床のネイチャーガイドが八王子で待ち合わせをした。
ウチのスタッフたちは東京で生まれ育った人間ばかりだから、人ごみにはもともと慣れている。でも、すぐに東京の異常さに改めて気づかされた。チラシ配りで声をかけてくる人を当然のように無視し、街角に救急車が来ても気にもならない。肩が触れ合うほどに密着している隣の席の人と一言も声を交わさない。僕たちも東京に帰ればすぐにそうするが、好むと好まざると関わってくる人を拒否するなんて、そういえばウトロでは考えられないことだ。「余計なことには関わりたくない…。」というのは東京で暮らしていたときから体に染み付いていた感覚だ。これはここで生きていくための護身術なのだ。
余計なこと…
最近のサイコな殺人、地球環境のこと、イラクのこと、イランのこと、アフガンのこと、野放しの経済政策、食の安全保障…もし今、僕が東京に住んでいたならこういったことは全部余計なことだったような気がする。今思えば社会との接点を逃げているとしか言いようがない。
大人になるということは社会的な事柄に積極的に関係を持っていくことだと信じている。だから僕は今、社会に積極的にコミットする。僕の関心ごとに、僕のできる範囲で、自分なりにヤル。それができるようになっただけでも東京を離れた甲斐があったなあ…と改めて感じる。東京には今でも社会との接点があるようでない人がいっぱいなんだろうなあ。
さんざん探して見つけた飲み屋はとても良いところだった。うちのスタッフたちも、お店の人たちの心遣いや言葉遣いを研究していた。遊びながらもそういう視点をもってくれているウチのスタッフたちを誇らしく思う。彼らは個人としてどのように社会にコミットしていくのだろう。どこにいても恥ずかしくない人間に育てあげたいと思う。
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›12 15, 2003
聖なる時間
Posted by Tatsuya at
22:25 /
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Sipetru
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忙殺気味のスケジュールの中、友達の石川直樹くんと素敵な時間を過ごした。愛知県扶桑町の文化ホールの運営を担当している友人からの依頼で、石川くんのスライドショーをたまたま僕がコーディネートしたのだ。昨日、その公演に立ち会ってきた。久しぶりに僕にとってかけがえのない「聖なる時間」だった。
石川くんは、学芸大の大学院に通う26歳の青年だが、TVでも有名な登山家野口建の「最年少7大陸最高峰制覇」の記録を破った男だ。それだけではなく、あのナイノア・トンプソンが師事したという、マウ・ピアイルグからポリネシアの先住民族に伝わる、スターナビゲーションという航海術を学んだ日本で唯一の人だ。その他にも、"Pole To Pole"という北極から南極までの人力での旅をしたりと、もの凄い経歴を持っているにも関らず、それを感じさせないひょうひょうとした生きざまが、またカッコイイのだ。
扶桑の友人からのリクエストで、是非パフォーマンスとコラボレーションを見たいとのことだった。そこで、彼は大学院の友人の鶴町典子さんというダンサーを連れてきた。彼も初めての体験だという。鶴町さんは先端芸術表現をライフワークとされているアーチストで、耳の聞こえない南村千里さんという振り付け師に師事し、普段のおっとりした様子からは想像もできないほど感動的で情熱的な先鋭パフォーマンスを見せてくれる。
自然の奥深い世界はもはやアートでしか表現のしようがない。深遠な自然を知り、それを伝えようと考える者は誰もがアートの手法を手に入れようとする。そんなことをあっさりやってのける若い人たちを僕は素直に「凄いなあ」と感心して見てしまう。僕は表現していく手法として事業と文章という手段しかないが、それをアートまで高めることが永遠のテーマだ。
さて、ステージでは不気味に浮かび上がる月の写真がスクリーンが映し出されると、石川くんの写真のイメージに作ったオリジナルの音楽と、鶴町さんのダンスのコラボが始まる。僕は最初から号泣。ダンスが終わった後、石川くんは1時間30分以上ものスライドショーをしたが、もしかしたらダンスとのコラボレーションの15分間が、もっとも雄弁に彼の世界を表現していたかもしれない。とても感動的なステージで、是非、知床でも実現させようと話している。(その時は、改めて告知します。)
余韻に浸る間もなく、夜のうちに新幹線で東京の実家に帰り、翌朝の始発に乗って女満別空港まで帰ってきた。その足で、羅臼まで車を走らせ、世界遺産の会議…。そんな多忙な中でも、聖なる時間に流れる、心静かな自分の内面を大切にしたいと思う。そして、そのきっかけを作ってくれるのは、僕にとってはあいも変わらず「自然」だ。
そう、今日はモノレールから見た朝日と宵月の美しさに、僕は救われた。
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›11 25, 2003
引越し
Posted by Tatsuya at
21:36 /
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私事、先日新居に引越しをした。べらぼうに忙しいスケジュールが続く中(何でこんなに忙しいんだっ!)、「今日しかない!」と思いつきでの引越し…shinraスタッフや近所の漁師のおかげで大物は1日で終了。感謝!
まだ、ガスはついていないし、TVもついていないし、きばって導入した薪ストーブもまだ使いこなせていない、電話がつながるのも今週末、メールチェックも旧邸まで来てやる始末で、不便極まりない。でも、OFF LINE状態の生活の時間の流れかたののんびりさに、改めてビックリ。走りすぎてるな、最近のオレ…。そんなことを再認識させられるここ数日です。
ということで、更新の頻度がまだしばらく落ちます。読んでくださっている方、何卒ご容赦下さい。
›10 30, 2003
僕は好きな季節だが…
Posted by Tatsuya at
12:28 /
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北海道に暮らすときに多くの北海道出身者に言われたことは、「冬を越せるかどうかが鍵だ。」ということだ。当時は、寒さや雪かきの大変さのことを指していると思っていたのだが、実際にはそういった環境的なことではない。心の衛生管理の問題を指しているのだ。
北海道の人たちに「一番嫌いな季節は」と聞くと、冬に向かっていく今ごろをあげる人が多い(ちなみに僕は今の時期が一番好きだ)。確かに、緯度の高い北海道は冬至に向かって極端に日照時間が短くなり、天候も安定せず分厚い雪雲が低く垂れ込む日が続く。誰もが鬱々とし、実際道内での自殺が増えるのもこの時期なのだ。僕の周りにも、もともとうつ気味の人がいるが、この時期になると心なしか症状が悪化しているように思える。でも、こういった自殺とは性格の違う自殺もこの世にはあるのだ。
先日、自殺のGDP損失という記事を読んだ。僕はてっきり自殺はGDPに貢献しているのだと思った。なぜなら、経営者の「自殺保険」みたいなものがほとんど一般的になり、実際僕の叔父も数年前経営のため(だと思う)に自ら命を絶ったから…。メディアでは「経営難を苦に…」なんて決まり文句がつくが、本当のところは経営の整理のための最終手段なのだ。
なんという時代になってしまったのだ…
叔父の訃報を耳にしたとき、なんとも情け無い気分になったのを覚えている。
それでも、自殺によってどこかの金融流通は良くなるのかもしれないが、やはり経済上の損失であることが明らかになってむしろ少しだけほっとした。
自殺に限らず心の医療バックアップ体制の充実、それと金融流通の構造が引き起こす経営者の自殺の問題。どちらのセーフガードも、政府や行政がもっとも真剣に取り組むべき課題のような気がする。
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›9 16, 2003
阪神タイガース(!)
Posted by Tatsuya at
00:30 /
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北海道人の中で、巨人以外の球団を応援するということは選択肢の中に含まれていない。「今日はどっち勝ってる?」というのは、「巨人の調子はどうだ?」という質問とイコールだ。そんな中で、何を隠そう僕は阪神ファン。今年生まれたチビにつけた名前も実は「タイガ」だ。
とは言っても、阪神をイメージして「タイガ」と名付けたわけではない(森のタイガのイメージで名付けました)。それでも、野球をおぼえてからずっと好きな球団であることには変わりはない。いわゆる熱烈な阪神ファンではないが、前回の優勝は僕が高校生だったときだったから、さすがに今回の優勝は感無量だ。
そして、星野仙一は実は僕の大学の先輩なのだ。けさ、新聞の新書欄に彼の新書の題名が載っていたが、『迷ったら時は前に出ろ』という「前へ!」の精神は、母校明治のラグビー部から流れる明大生の男意気なのだ。そんな哲学をそのまま体現し、憧れの先輩が大好きな阪神のユニフォームを着て優勝したことに、とても感慨を覚える。
「前へ」
今一度、その哲学を心に刻み付ける。
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