›5 14, 2010
食べられる石けんfeat "casalinga"

昨年からツアーに参加いただいた方やcafepathにお越しの方のみに販売させて頂いている、標茶のcasalingaさんとのコラボ石鹸が好評いただいています。標茶の主婦の大島さんという方が、小さなお子様の子育てや家事の余裕をみて作っているものなので、たくさん仕入れて販売することはできません。それだけに素晴らしい石鹸です。今回は"ヨモギ""ヨモギミルク""白樺"の3種類です。
casalinga×shinraコラボ石鹸
新しい石鹸は
よもぎミルク
白樺
「よもぎミルクは、その名の通りよもぎにミルクを加え。保湿力がUPしてます。
白樺は白樺の樹液を採取(標茶町で)し、水の代わりに石けんに練りこみました。」
今月末に納品可能な石鹸は
よもぎ
よもぎミルク
白樺
¥700(込)〜cafepathにてお求めいただけます。
また、興味のある方は、可能な範囲でお分けいたしますので、ご連絡ください。
昨年、スタッフのもみちゃんが標茶の大島さんとのご縁から「アイヌ民族の石鹸を作ろう」という話から、このコラボが始まりました。もちろん厳密にはアイヌ民族の石鹸とは呼べません。しかし魔除けの意味があるヨモギを練り込んだり、ベカンベ(菱)の実を擦り込んだりと、文化を解釈したのではなく、祈りや思いと言った魂を解釈した商品です。
大島さんは「小さな子供の子育てをしていることもあり、全て食べられる材料のみで作りたい」といいます。「食べても大丈夫」という表現じゃなかったところに、ドキッとしたのでした。もちろん食べても美味しくないですが、それだけ体に害のあるものは一切含まれていないのです。
僕は何を隠そう化粧品好きです(笑)。女装をしているわけではないのですが、スキンケア商品にはちとうるさくて、表示成分の中の有害物質は全て把握しています。はっきり言って「毒」が入っているまやかしの化粧品が多い中、体も顔も心配なく一つの石鹸で洗えることの素晴らしさを知ってもらいたいと思います。
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›4 26, 2009
オーガニックな時間と観光圏
知床(斜里町、清里町、標津町、羅臼町)は観光庁より平成21年度新規観光圏整備実施計画の認定対象地域に選ばれました。昨年末から怒濤のような会議と事務局が精力的に資料作りをこなしてくれ、何とかこぎつけたものです。僕も自分が企画を出した5つほどのプロジェクトを担当することになると思います。
その知床観光圏の事前打合せで網走へ。5つのプロジェクトのうちの1つ、「ホーストレッキングルート(パブリック・ブライドルウェイ)の開発」です。詳細が決まりましたらまたお知らせしますが、今日お話ししたいのはそのお手伝いをお願いする高谷弘志さんです。
高谷さんとは古いおつきあいで、僕が知床に来たばかりの頃、そして彼がJTBの支店長だった頃にさかのぼります。当時まだ事業をはじめたばかりで、観光業界のことがよくわかっていない僕にいろいろと指南していただいた一人。そんな彼はその旅行業界の中にありながら、業界のオルタナティブを明確に僕に示してくれていました。つまり「発地型から着地型へ」という、今、もっとも注目されている流通革新の必然性を当時から唱えていらっしゃいたのです。
現在の旅行業界は旅行会社にとって多くのお客様がいる旅行の出発地のニーズを吸い上げ、それに合う旅行を現地と一緒に作っていくという「発地型」の旅行商品流通が主流です。「一緒に作っていく」と言うと聞こえが良いですが、結局はお客さんのニーズに合わせて現地の受け入れを変えていくことになるわけで、場合によっては地域の文化や生活を無視した商品が出来上がってしまうことが問題を引き起こしています。例えば都会の人が誰でも憧れるであろう、TVに出てきそうな漁港で捕れたての魚の入った鍋を現地の人とつつく・・・みたいな食事を期待されても、地元ではああいったシーンははっきり言ってよっぽど特別な時にしかありません。それはそれはとても特別で、縁起を担いでいるのでそうそう簡単に旅行者を受け入れることができるものではありませんし、マネごとをやると魂を売ることになります。
ここまで深刻なことではなくても、例えば旅行会社が画一的に行うアンケートは良くも悪くも地域サービスの違いを均一化し、北海道で言えば「海の無い山奥のホテルでもカニが出る」という事態を引き起こしています。これは、受け入れ側にも問題はありますが、つまり出発地の発想ではあまりにも情報の精度が低く、各地域の習俗を反映することができないという反省が、今、旅行業会を「着地型」に転換させようと言う動きに結びつけています。
高谷さんは、まだ「着地型」という言葉が無かった当時に、「旅行会社の支店の仕事は、近郊の旅行者が東京などに行く出張パックを売るのではなく、地域の情報を集める機能と、それを地域の現状にあった商品として作り上げ、それを東京などの発地にホールセルするべきではないか。」と、地域のホテルやアウトドア施設を隈無く回り、支店がパッケージした商品を発地の本店に売ろうとしていました。これは、まさに今、研究者や業界が模索している大型エージェントの着地型モデルの典型です。これをやるしか、今ある大手旅行会社は生き残れないと言われていますが、高谷さんはそれを支店のレベルで15年も前からやっていたのでした。
しかし彼は「50歳まで自分が生きていたら、人生を変えると決めていたんだ!」とあっさりJTBを退社し、同時に札幌から家族を呼び寄せ網走に移住。50坪の家庭菜園や鵜骨鶏の肥育、果樹栽培などを行いながら、旅行業の経験や乗馬、カヌーと言った趣味・幅広い活動を活かし「広域的なひとづくり・まちづくり」に日々奔走しています。そんな高谷さんとは、2004年に一緒に「東オホーツクシーニックバイウェイ」を立ち上げ、観光のオルタナティブを迎え撃てるだけの地域力をつける取り組みを進めてきました。生活がベースにあることは、地域の実情を肌感覚として理解できます。まだまだですが、こうして観光庁の事業をこなしうるネットワークができているだけでも成果です。
でも、高谷さんも僕もやることが早過ぎるキライがあります(苦笑)。実は、知床でのホーストレッキングも以前からやっていて、一度「女満別空港から知床に行くまで2泊3日かかる、馬と自転車と歩きのツアー」をやったことがあるのですが、環境にもチョー優しいこの企画、誰もが大絶賛でしたが、同時に誰もが「これじゃあ、商売には向かないな。」と、もろくも一度きりの企画でした(僕にはこういうやって消えていった企画がたくさんあります(涙))。そんな湯水のように溢れ出るアイデアを、二人で話している時間はとても幸せな時間です。
打合せは早々に、高谷さんの土地の元地主さんの農家を訪問しました。網走のはずれの名も無い谷に、とてもとても手入れの行き届いたサクランボ畑が広がっていました。パラボラアンテナのような、太陽の光を効率よく浴びるカタチに美しく剪定されたサクランボの木は、その地主さんを慕って集まる多くの人によって、長い年月をかけ手入れされてきた品格のようなものが漂っていました。高谷さん自身も時々、手入れを手伝い、枝を焼き、そこで集まった人達とお茶を飲む時間を大切にしているそうです。
そんな、オーガニックな時間からパワーの源は生まれます。観光圏という事業が、ここに暮らす人のライフスタイルから滲み出るようなもてなしへと発展しますように。
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›2 03, 2009
ブログを再開しようと思います
Posted by Tatsuya at
16:28 /
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Nature
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全く更新していなかったブログを再開しようと思います。折りをみてデザインも切り替えたいと思っています。

ブログの黎明期から続けてきたこのHP。最近SNSやBLOGのネットにおける位置づけが変わってきた!それに向けて何をすべきか?なんて考えていたら考えすぎて何もできなくなってきていました。そんなことで更新もままならなかったのですが、あまり難しいことを考えないで再チャレンジ(古)します。
さて私事、今年は前厄です。そんな僕をご先祖様が気遣ってくれたのか、昨年から不思議な縁で、知床から遠くはなれた大きな神社を仕事で訪れることができたり、「お守りお守り」と騒いでいると、子供がミサンガを編んでくれたり、婆ちゃんが使っていた手数珠をもらったり、思いのほかお守りが集まってきました。そして正月、実家のそばにある高幡不動尊で厄よけをして、今年の厄に対しては完璧な武装ができた感じです。あ、健康診断忘れてた・・・。

厄年という風習はどのように生まれたのかわかりませんが、確かに体の変調とリンクしているように感じます。ここ数年、子供の指導につきあっているうちに、3000mぐらいの泳ぎ込みを週に4回プールで続けていますが、確実に疲れがとれにくくなってきています。関節の柔軟性がみるみる衰えてきて、昨年、生まれてはじめてマッサージを受けました。今ではなくてはならない存在となりました(オヤジくさ!)。
スポーツに限らず、以前の体のキレや経験で自分をコントロールしようとすると、怪我をしたり、間違いをおかしたりするのがこの厄年なのでしょう。スポーツを続けてきていたのでその変化を図らずも感じ取っていたのですが、何とも理にかなっています。人間の生体としてのリズムとリンクしている日本の習俗。ちょっと改めて関心が出てきました。

さて自分の関心がこんなだからか、気のせいか年末年始は神社や神道にまつわるテレビ番組が多かった気がします。これまた気のせいか、東京の実家に帰った時に立ち寄ったデパートには「パワーストーン」と呼ばれる石を売るショップがとても繁盛していましたが、街にはこのてのお店が増えているような気がします。僕も水晶のブレスレットを自分で作って(ビーズ細工のようで結構楽しい)、その霊験にあやかろうとしていますが未だよくわかりません。気をつけて見ていると、こんなブレスレットをしている人は意外と多いですね。確かに世の中、みんなで厄払いするしかないような雰囲気ですもんね。ネイチャーガイドという僕たちの仕事は、自然の神々の声に耳を傾け、多くの人にそんな声を届けるインタープリターと言われていますが、神様への頼み事は残念ながら請け負えないんですよね〜。こんな時代、知床という神々のお膝元にいながら、何とも歯がゆい気がします。とりあえず、早く流氷が接岸しますように!あ、思い通りにならないんだった・・・

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›5 01, 2005
小鳥と移住とお菓子とエレクトロニカ
森の中に建てた家。昨年はきっとビックリしたのだろうか、鳥がほとんど来なかった。でも、今年はすごい集まりよう。息子が作った巣箱を細いトドマツに据え付けたが、スズメやカラ科の鳥が夫婦で様子をのぞきに来るので楽しい。でも、窓にぶつかる鳥が多いので対策が必要だ…
冬の間、カラや小さなキツツキの仲間は違う種の鳥同志で「混群」という群れを作る。今の時期はまだ混群での行動と、さえずりをする繁殖期独特の行動とが半々ぐらい。大きな混群がやってくると2〜3匹が軽く窓にぶつかる。餌を探しながらの小刻みな移動のときは、それほど強い衝撃ではないので、ぶつかっても近くの枝まで慌てて飛んでいき、「なになに!?今何があったの???」としきりにきょろきょろするだけだ。でも、さえずりをするような暖かい日は、ガラスに映る自分の姿をライバルのオスだと思い猛突進するので間違いなく死んでしまう。先日も目の前でヒガラがガラスに激突した。ちょっと我が家の存在に鳥が慣れてきたようだ。
今日はとりあえず良くぶつかってくる大窓の前に、子供の木馬や大きなぬいぐるみを置いた(笑)。明らかに寄ってこなくなったが、これにもすぐに慣れてしまうだろう。小鳥の嫌う猛禽類の形をしたシールもあるが、いずれにしてもすぐに慣れるだろう。何かいい方法はないかなあ。
もはや伝説となってきた北海道のカントリーライフマガジン『East Side』の伊藤さんから、僕の文章が載った見本誌が送られてくる。今回の特集は「移住する普通の人々」。もはや、「移住者」という感覚をなくしていた僕だったが、いろいろと考えさせられた。みんな、一生懸命移住したんだなあ…。僕も大変だったし、今思えばかなり思いつめていたところがあったが、最終的にはかなり楽観的でおバカな決断で「移住」した。でもね、前にも書いたけど、本当に「移住」という感覚にはどうしても違和感がある。だから、正直言って『East Side』に書かれていたような「移住者」の話はどれもまったく他人事だった。でも、これはあくまで僕の感覚。苦労の感じ方は人それぞれだ。
見本誌と一緒に、標茶の「ポロニ」のクッキーやケーキをいただく。シンプルだけど、この素材ではこの味以外はありえない!という、しっかりした味がベースにある。こういう基本に忠実なお菓子を作ってくれるお店がもっと増えたらなあ。
…あ、風が吹いてきた…外に出してある子供たちの自転車を片付けないと…。
スピーカーから聞こえてくる細野晴臣のエレクトロニカ、かっこいいなあ。知床の暮らしにむちゃくちゃマッチするのはなぜだろう?
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›4 30, 2005
先住民族ツーリズム
先日、梅沢さんを代表に、中標津の戸田さん、標津の小川さんの各ウタリ支部長と結城さん、石井ポンペさん、小野有五先生と僕とで先住民族ツーリズムの研究会を立ち上げた。(→共同通信)
とても微妙な関係の上に成り立つアイヌ民族の人の間で、こうした新しいことをやるのはとても大変なことだ。
立ち上げの前にはそれはそれはいろいろな人と話をした。多くの人が望むカタチを作ることは、必ずしも既存の組織の枠の中でやることではないときもある。特にアイヌ民族の事情はこのことが顕著だ。いろいろな政治や利害に巻き込まれたり、それによって誤解されたり…。これからも、いろいろとあるだろうけど、対応しうる体制が築けた。何より、梅沢さんや周辺支部長の意志が固いことが、お手伝いする僕たちにも心強いことだ。
こういう話を進める中で、「知床にはアイヌはいない。よそから連れてきてツアーをやることは反対だ。」という意見を、ある人からウチの担当スタッフが言われたそうだ。「知床にアイヌはいない」ということはもちろん正しくない。実際に少ないことは少ないが、少なくなってしまった理由、敢えてアイヌを口にしない事情、知床を離れた方々が何を思っているか…そういったもろもろの事情は知っておいたほうが良い。地元でガイドまでできるアイヌ民族の人はいないので、若い方がお手伝いをすることは当然だ。梅沢さんたちもそれを望んでいるし、地元のアイヌ民族の中から「俺たちがアイヌとしてツアーをやるんだ」というムーブメントがおきればそれは僕たちの本望だ。だいたい、アイヌ民族は引っ越しちゃいけないとでも言うのかい?(笑)
もちろん、アイヌ文化とひとくくりにはできず、その土地土地の様式はあるので、ツアーと平行してそこらへんの基礎調査も進めている。すでにさまざまな調査結果が上がってきていて、いずれしかるべき機会に、しかるべき発表や提言を行いたいと思っている。それにしても、こういう感覚の人がいるんだなあとガッカリする。
7月1日に先住民族ツーリズムを考えるシンポジウムを企画中。翌日7月2日は斜里でOKIさんのライブの受け入れをする。その数日前にはライトダウンイベントを知床グランドホテルとコラボレーション。スローとかオーガニックとかエコとか、人と自然とのつながりの上に立つライフスタイルのオルタナティブを考える、そんな夏至前後の予定です。
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›3 08, 2005
(エコ)アンリミテッド
自称カリスマ・エコDJ
やまだひさし初の単行本は
ツアー本?グルメ本?
「やまだひさしの日本縦断(エコ)アンリミテッド」
2005年3月10日(木)発売
四六判変型 定価1,890円
ソニー・マガジンズ
あの、やまだひさしが日本全国選り抜きのエコ・スポット11ヶ所へ出かけ、飲み、食い、そして人々と語りながら環境に思いを馳せてゆく。
もともとアウトドアが苦手のやまちゃんがカラダを張って登山、スノー・トレッキング、カヌー、農作業などに挑戦!そうした「エンターテイメント」や「食」を通して身近な視点から環境について考えた一冊。
最終章の沖縄ではGLAYのTAKUROとのダイビング&エコ対談を収録。森のこと、川のこと、海のこと、そして人々のくらしのこと。やまだひさしの暖かい、時に熱い思いがいっぱい詰まっています。
あなたもきっと出かけてみたくなるはず!
そしてちょっとだけ環境のことを考えてしまうかも?
しかも単行本では初の、全編に森林育成に寄与する間伐材紙(間伐材パルプ10%古紙再生紙90%)を使用しています。
<主な内容>
知床流氷ウォーク、伊賀モクモクファーム、四万十川カヌーくだり、屋久島トレッキング、水俣エコタウン、白神山地の銘酒、唐桑の牡蠣養殖、練馬の野菜など
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›10 20, 2004
イナウ
結城さんたちと、札幌のあるアイヌのグループと一緒にルシャに行ってきた。
結城さんとは、知床での先住民族文化を知るエコツアーをやろうと言うことで話をしている。ある日、彼が突然「あるグループとルシャに行くことになったから、ガイドを頼むよ。」と電話がかかってきた。
「ガイドっつったって車さえあれば一本道だよ。それより、だいたいなんでルシャなの?」
「え、もしかしてなんかやばい?」
「ルシャってすっごく良いところだけど、妙に政治的でオレは嫌なんだよ。」
「やっぱりなあ…。」
結城さんは、闘うアイヌなので、そういった微妙なネタにはとても敏感だ。一緒に来ることになった「あるグループ」はいろいろと政治的に巧みな人たちらしい。何か企みがあるのかもしれないし、全く純粋な思いだけで来るのかもしれない。
「やる前から探っていたって始まらない。ま、行くだけ行ってみようよ。」と、いつもの互いの軽いノリで出かけていった。
春のような柔らかな南風の吹くルシャの河口はとても穏やかだった。孵化場跡で若いヒグマがサケを追い回している。
知床半島は、「手付かずの自然」なんていうが、開拓の歴史のはるか以前から先住民族は森の中や海岸線で狩猟採集の生活を営んでいた。ルシャをはじめ、知床半島の「原始林」と思われているここかしこに、住居跡や聖地が点在しているのだ。今回は、ルシャ、レッパンベツ、ポンベツの遺跡を確認すること、先祖供養や久しくおこなっていないカムイノミ(自然の神々への祈り)を知床の大地で執り行うことが主な目的だ。
僕はネイチャーガイドサービスを続けていて、ひとつだけ心残りだったことがあった。それは、この大地への挨拶をアイヌプリ(アイヌ民族の様式)でやっておきたいということだった。ついでに個人的にルーツを感じるこの大地の地霊に、一言挨拶がしたかった。我流ではやれても、古くから伝わるアイヌ民族の様式でやったことはない。神社やお寺のやり方よりも、アイヌ民族の様式はこの北海道の大地に一番マッチした儀礼なのだから、思いを伝えたいならアイヌ式がもっとも適しているのだ。
今日は、まずレッパンベツの河口でオンカムイ(先祖供養)を行った。そしてルシャではきちんとしたヌサ(祭壇)をこしらえ、本格的なカムイノミを行った。神々の領域ということで、儀式の最中はヌサの向こう側は立ち入り禁止なのだが、今日は若いヒグマが川の中に飛び込み、オジロワシが多くのカラスを引き連れて飛んでいた。「今日は本当にヌサの向こうが神々の場所になったね〜」と誰かがボソッと言った。アイヌ語の祝詞が静かに響き、清らかで、それでいて深いディープな時間がゆっくりと流れる。当初の心配は全く晴れて、政治も欲望も全く関係のない、とてもスピリチュアルな儀式だった。
こうした儀式で重要な道具に、イナウと呼ばれるヤナギの木で作った御幣がある。ヤナギの木の皮を薄く削ると、くるくるとらせん状に剥がされ、それを一周やるとちょうど神社のお払いで使う御幣と同じようなものが出来上がる。(御幣のルーツはこのイナウだと言われている)。それは、自然の神々や先祖と人間の間を取り持つ仲介役を果たしているそうで、これがあることによって僕たちの意思も神々に伝わるし、逆に悪いパワーまでもらわないで済むという安全装置の役割もあるという。
結城さんがポツっと言った。「僕とか藤崎さんって、イナウみたいな存在かもね。人と自然、都会とイナカ、アイヌと和人…そんな間を取り持つ役割を担って、この世に生まれてきたのかもしれない。」僕はその言葉を聞いて涙が出そうになった。
ルシャを離れ、最後にポンベツという場所に寄る。夕暮れせまるその小さな川で、結城さんが2本のイナウを添えてささやかなオンカムイをした。住居跡に立つと、昼ごろから吹いていた冷たい風が全く当たらない。一瞬そこで遊ぶ息子たちの声が響いてくる。目の前の海岸では打ち上げられた鯨を、わいわいとさばく大人たちの姿がフラッシュバックする。自然の中だけで生きていくリアリティを、今日ほど感じられる日はなかった。住居跡の脇にあった岩に添えた、あの2本のイナウを通して、はるか祖先とつながったのかもしれない。
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›6 11, 2004
購入のスタンダード
Posted by Tatsuya at
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新築してから放ったらかしにしていたドアの塗装をした。ベランダの工事と、知床の大風にもびくともしないよう“ひうち”という梁の補強を入れてもらうために大工さんにきてもらっているのだが、作業を見ているとちょっぴりDIY心が沸いてきて、つなぎに着替えペンキ塗りをした。
我が家の外壁は木の貼りつけとモルタル。その全ての塗装をOSMO COLORというオーガニックな塗料を使用している。室内のワックスや、もちろんこのドアにもオスモを使った。
我が家はさまざまな購入に、いつの間にかある程度のスタンダードが出来上がっている。オーガニック認証(有機JAS)をとっているもの、法律“改悪前”の表示指定成分ができるだけ入っていないこと、環境ホルモンとなるようなものが含まれていないこと、リサイクルがしやすいこと(表示がわかりやすいもの)、デザインが良いもの、だ。そんな基準じゃまだまだダメだ!という方もいそうだが、我が家はこんなもんだ。これ以上はストイックに感じてしまう。
こういった購入のスタンダードを持っていると、世に氾濫する商品やマーケティングを見る眼ががらりと変わる。それは逆に、素晴らしい商品も世の中にたくさんあることも同時に気付かせてくれる。このことは、とても気持ちと暮らしをゆたかにしてくれるものだ。今日もオスモカラーを塗りながらしみじみと幸せを感じた。商品を選べる時代、消費者の力は、エコやオーガニックの方向に向けられるべきだと思う。
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›3 03, 2004
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›2 21, 2004
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›1 31, 2004
ジビエ
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札幌に出かけたついでに、CSPTの東村さんたちとお食事。宮の森の『ラ・サンテ』シカ肉のパイ包み焼き・・・おいしかった。
(PHOTO:高橋毅さん。HP『ようこそさっぽろ』より借用)
›12 26, 2003
自然保護保全運動の世代交代と人材不足
先日、エコロジーオンラインの代表上岡さんに会った。環境NPO系で彼ほどセンスがありスマートな人に会ったことがない。同世代の彼は栃木県の佐野市で暮らし、時折東京に出てきて打ち合わせをこなすという、僕と近いライフスタイルにまず共感を覚え、さらに同世代でありながらひょうひょうと多くの難題に取り組んでいる姿に刺激を受けた。
以前「究極の自然観と対処療法」という僕のBlog で、自然保護保全運動の世代交代と人材不足ということを書いたが、最近特にこのことを感じる。書き始めると愚痴になりそうなので控えるが、世代間のディスカッションはいつの時代にも存在する。とことん議論を戦わせていくことが「交代」への一番の近道だ。それにしてもそのストレスのどれほど多い事か…。
上岡さんのエコロジーオンラインはYahoo!のクールサイトマークが付くほどの素晴らしい情報量とデザインで、参加されている方の顔ぶれも実に多彩だ。活動には幅と奥行きがあり、自然環境という森羅万象のさまざまな関係性から成り立つ問題に立ち向かうには、完璧と思えるほどのネットワークを築いている。同世代なのに「すごいな〜」と感心してしまう。
彼はメーリングリストで世界中の人とコミュニケートしている。メーリングリストだけでなくきちんと会って話をすることも大切にしている。また、行政の縦割り、それにぶら下がる民間の縦割りを、縦横無尽に飛び回っている。そんな"オンオフのバランス感"…それが僕たちの世代の特徴であり強みのような気がする。
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›10 21, 2003
鍵取り
6歳になる息子の同級生のオジイちゃんが、網走の港でせりを取り仕切る「鍵取り」という仕事を引退するそうだ。
家族ぐるみでお付き合いしているその子のママから、「もうジイちゃんが定年で、せりの風景も見られなくなるヨ。一緒にどお?」と誘ってもらい、網走の漁港へでかけた。
港へ行けばどこでも威勢の良いせりが見られると思っている人が多いが、市場が併設されている港というのは、実はそれほど多くないのだ。実際、ウトロの港にせりの市場は無い。水揚げは見ることができるのだが、テレビで見るようなせり人と仲買人のやり取りは、知り合いがいない限りめったに見ることは無い。
ちょっとどきどきしながら待っていると、遠くから「花〜♪(孫の名前)」と遠くから呼ぶでれでれの、おじいちゃんがやってきた。「おお来てたのか〜♪これ、俺の孫だ。将来は宝塚だ!(旦那が関西出身なのでいつもこう言って紹介するらしい)」と、馴染みの仲買人に紹介して歩いている。「ジイちゃん今からやるからな。もう見ることできねえんだぞ。」とチビに声をかけると、「おう、孫たちに注目されて、やりづれえんじゃねえのか!」と冷やかされながら、仲買人の人込みを抜けて黒板の前の一段高いところに登った。
ゴンっ!ともっていた棒を床に叩きつけ、「ハイッ!」と腹に響くような声でせりをはじめると、その場の空気がぴんと張り詰めた。何でもたった5分で2,000万円ぐらいの取引があるのだそうで、やはりみんな真剣勝負だ。とてもさっきまでの、親バカなジイちゃんと同一人物とは思えない。それでも、せりはあっという間に終わり、また「花〜♪」とでれでれで孫のところにもどってきた。「ジイちゃん、今日はメンメ食べたい!」「おう、ジイちゃんがおいし〜い魚料理作ってやるからな♪」とせりをやる前の、ただの孫とジイちゃんに戻っていた。
手にもっている棒は、先にフックのような鍵がついていて、つえのように彼の体にとても馴染んだ様子だった。しげしげと眺めていると、「私は、『鍵取り』といって、せりをしきる唯一の人間だ。この鍵は誰でも持てるというわけではない。1日で1億ぐらいの取引を何10年もずっと続けてきた。でも私は引退だ。」とだけいって、孫の肩を抱き寄せながら歩いていった。「自分が1億で買ってるわけじゃないんだけどね。」とそのママは肩をすくめて笑った。
それにしてもビジネスの世界で、この人間味…。
漁のないときは、仲買人に泣いてもらって何とか買ってもらったり、逆に大漁の時は値崩れしないように気を配ったりと、よほどの人格者でなければ務まらない仕事だろう。でも、この“人の心”がこの場にある限り、ここで捕られた鮭たちの魂も浮かばれるだろう。この人間味が末端の消費者まで届けばなあと考える。
せりの時の迫力には「長老」という言葉が頭に浮かんだ。やはりビジネスにおいてもコミュニティにおいても、こうやって人間味を吹きこむ「長老」の復活が必要なんじゃないかと、真剣に考える今日この頃。
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›9 13, 2003
エコツーリズムの課題
今年の春に講師に招かれた青森県鰺ヶ沢町でのレポートの公開です(Word/38k)。現地の方々が案内するエコツアーに参加し久々にお客様の立場でツアーを見ていると、エコツーリズムのさまざまな課題が垣間見られました。なお、Creative Commonsよろしくね。
›11 15, 2001
オレ達はムカついている…
Posted by Tatsuya at
23:52 /
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映画『ファイトクラブ』より
(日本の端っこで、しかもシーズンオフにしか映画をチェックできないので、話題が古いことは御容赦。感動は1年遅れてやってくる!)
「素晴らしい体力と知力に恵まれた君たち・・・
伸びるべき可能性が潰されている。
職業といえばガソリンスタンドかレストラン、しがないサラリーマン・・・
宣伝文句に煽られて、
要りもしない車や服を買わされている。
歴史のはざ間で生きる目標がない。
世界大戦もなく、大恐慌もない。
おれたちの戦争は魂の戦い。
毎日の生活が大恐慌だ。
テレビは言う、
“君も明日は億万長者かスーパースター”
大嘘だ。
その現実を知って、
おれたちはムカついている。」
・・・
世の中の人たちはどれぐらい、日々ムカついているのだろうか?
僕は毎日毎日ムカついてムカついて仕方がない。頑固オヤジのように、新聞を読んでは悪態をつき、ニュースを見てはTVに向かって罵っている。
映画ファイトクラブでは、ムカついたクラブの面々は、様々な社会的行動を起こしていく。その行動はあまりにもバカげていて映画の中でのひとつの爆笑シーンだが、バカなりにも、何もやらないよりはマシじゃないか・・・というメッセージが込められている。
現在、僕達が必要としている行動はファイトクラブのように必ずしも理屈にかなったことではないのかもしれない。
例えば遺伝子組換え食品をはじめ、理屈ではなく生理的に「それはちょっと・・・」というものに、僕は理屈で言い返す気すら起きない。
データなんて揃えるまでもないことだ。気持ち悪いものは気持ち悪い。
満員電車だって窮屈なものは窮屈だ。
「嫌なことは嫌だとはっきり言いなさい」と子供の頃から教わってきたが、ブラピの言う“魂の戦い”はこのことかもしれない。そしてそれは、もしかしたらムチャクチャカッコ悪い、トホホな戦いなのかもしれない。それゆえ、きっと根源的なのだ。
映画でも、最後のシーンで、資本主義の象徴のようなビルの爆破テロ(と呼べるほどの志がないところが爆笑)の様子を、主人公がパンツ一丁のボロボロ姿で、退廃的な女と手をつなぎながら、何とも情けない後姿でボーっと眺めている。
そうだ。人間はとりたててカッコイイ生き物というわけではない。やはり命がけでこの地球上に生きている。僕はカッコ悪くても自分の魂に忠実に生きていこうと思う。そして、ムカつくことをクールに解消していくことを生涯の仕事にしよう。
›11 20, 2000
クール宅急便
Posted by Tatsuya at
23:49 /
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昨日、従兄弟からメールが届いた。先日、送ったサケへのお礼のメールだ。
この季節、サケやマスの遡上が終わりに近くなるにつれ、地元の漁師たちの1年の仕事も終わりに近づく。これからの季節は魚もとれなくなるし、何より海が時化て沖に出られるような状況ではなくなる。彼らには、出稼ぎや地元でのアルバイト、あるいは失業保険での生活といった現実が目前に迫っていながら、「切り上げ」のこの時期はお世話になっている人達に美味しい魚を振舞うのだ。もちろん普段から、魚をいただくことはあるのだが、その「気持ち」がとても嬉しい晩秋の風物詩だ。
漁師たちは「実家の両親にも一番美味い“ところ”(=ちょうどよい時期の魚)を贈ってやれ」と、惜しげもなく何匹もわけてくれる。どれも銀ピカのメジカばかりだ。サケは成長が進むと、体表の銀色がくすみ、鼻が伸びてくる。鼻先から目までが近い「メジカ」は、まだ若く油がのっているのでとても美味しいのだ。誰に贈るか顔を思い浮かべながら、1尾づつ箱詰めをしていく。漁師の「気持ち」をそのまま僕達の「気持ち」としてパッキングしていく。このように季節の贈り物というのは、昔から自然のサイクル、命がけで生きている人間や動物の魂、それをつなぐ言葉や「熨斗(のし)」などの装飾が必然的に結びついていたのだろう。昔からの伝統には「気持ち」の鮮度も保つ機能もあったのではないだろうか。
さて、今回サケを贈った従兄弟は僕の父親方の長女の次男だが、僕とは確か10才ぐらい年が離れている従兄弟とは言ってもオジサンみたいな人だ。実は特別親しくしていたというわけではないのだが、何故か今年は贈ってあげたくなった。幸い喜んでもらえたようで、メールにはサケを開くのに悪戦苦闘した様子が、大きなサケに対する興奮とともに綴られていた。そして、後半には
>おかげで、様々な迷いも少し消え、
>大阪にマンションを買う気になりました。今日、契約の
>合意をしました。どうも優柔不断で、今迄買えなかった俺。
とあった。
実は彼は去年事故で亡くした(僕は自殺だと思っている)兄のあとを引き継いで、ボケのひどい彼の母親=僕の叔母の世話をしている。彼の喜び様を実家の母に電話で話したところ、孤軍奮闘している彼は最近、精神的にかなり疲れているらしいことを知った。僕はそういった話を一切聞かずに彼に送ることを決めたのだが、言葉ではうまく言い表すことの出来ないある確信を持っていた。「絶対に何かの役に立つだろう」と。結果として少し元気な気持ちが分けられたのなら、本当によかったと思う。家族の血というのはこういうときに発揮されるのだ。僕にサケを分けてくれた漁師も、彼のおかげでマンションの購入を決心した人がいるなんて思いもしないだろう。でも、宅急便でも「思い」を伝えることができるということは、人間の経済システムも捨てたものじゃない。
メス鹿のグループがゆっくりと森の際を移動していくのが家の窓から見える。きれいに生え変わった冬毛は雪のレフ板からの反射光を受け美しいつやを見せている。
素晴らしい自然を眺めているときと、遠くの縁者を思うときの気持ち、世界の紛争の解決を願うとき…なぜか僕の心の状態はどこか似ているような気がする。こんな、平穏な心を全世界で共有できたらと思う。
›11 07, 2000
死、祈り、環境教育
Posted by Tatsuya at
23:54 /
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しばらく前、ウトロの海岸にクジラが打ち上げられたことがあった。クジラが座礁していることは知床では珍しいことでもなんでもなく、そのクジラをヒグマをはじめ野生動物達がきれいに平らげる、といった光景はよくあることだ。このクジラは死んで間もないものなのだろう、触るとまだ温かく、目をとじている様子を見ているとただ寝ているだけのようだった。
僕がそのクジラの話を聞いたのは、カミさんと子供たちが幼児サークルから帰ってくる途中、友達から「もう肉もらった?早くしないとなくなっちゃうよ。」と声をかけられたのを聞いてからだった。実際、現場に行ってみるとすでに半身はきれいに切り取られており、ブルドーザーでひっくり返しているところだった。僕達は大きなビニール袋と、アウトドアナイフを持って波打際でびしょびしょになりながら20cm四方ほどの皮を頂戴し、隣で手際良くさばいていた元漁師のオジサンに1kgほどの肉のかたまりを切り取ってもらった。肉はまだ温かいが、昔ならそのまま海水につけておいて冷やしたのだそうだ。
イルカのような可愛らしいツチクジラの目はどこまでも安らかに見え、体の表面にはその人生を物語るようないくつもの傷が刻まれている。波打際では息子たちがやはり親と一緒に来ていた近所の子供たちとキャッキャと遊んでいる。
僕達は確実にそのクジラの死に向き合っていた。目をそむけることもなく、いたずらに面白がることもなく、そこに集まっている人たちはみな無言で作業をしている。秋のやわらかな日差しの中、とても静かな時間が流れている。何10年か昔にはあたりまえだった光景なのだろう。どこか厳かな気がしていたのも僕だけではなかっただろう。
クジラの皮は子供の頃、よくおでんに入っていたのを食べた思い出がある。僕達は隣に住んでいる漁師から「美味しい」塩をたっぷりもらい、その中にクジラの皮を入れた。2ヶ月ぐらいしっかり塩をしておいておかなければならないのだそうだ。正月が楽しみだなあ。そして肉のほうはその日の夜に少しだけ食べることにした。そのものの味を味わいたかったので、塩コショウと若干の醤油でステーキにした。
3歳の息子はあんなにかわいい顔をしていたクジラを食べてしまうということが少し腑に落ちなかったらしいが、その美味しさの前にすでに言葉を失って黙々と食べている。僕は息子と、かわいかったクジラの目やその無残な姿、切り刻んでいる大人達の嬉しそうな表情と粛々とした作業風景、その日の雰囲気みたいなものを語りながら、感慨深く食事をした。自分で言うのも何だが、それは僕達なりの祈りだ。
昔はウサギやニワトリをどんな家でも飼っていて、子供たちが大事に育て大きくなったら殺して食べた。とっても仲良しだったペットが、ある日、食卓に並ぶことに子供たちはショックを受けながらも、その美味しさにそのことを自然と受け入れた。
酪農関係の大学に通っていたNPO SHINRAの岩山は、かつて精肉場に送られるという牛をトラックに押し込むことを手伝ったことがあるそうだ。その牛はいつも聞き分けの良い牛なのに、その日はいくら引っぱってもびくとも動かないのだそうだ。こちらも後ろめたい気持ちがあるのでついつい力がゆるんでしまう。でも実習で働いている彼が、足手間どいになるわけにはいかず、精肉場の人と泣きながら蹴っ飛ばしたりしていたそうだ。すると牛は、突然あきらめたように自分からそのトラックに乗りこんだ。その様子に驚いていると、牧場のはるか遠くにいた他の牛30頭ぐらいがいっせいに柵のそばまで走ってきて、一斉にその連れられていく牛に向かってモーモーと鳴き始めたそうである。岩山はその鳴き声が殺されていく牛に向かっているのか、自分達人間を責めているのだかわからなかったそうである。
僕達人間はとても多くの矛盾を抱えながら生きている。その矛盾に正面から向き合うことはとても大切なことだと思う。人間も自然の営みの中に暮らし、「自然」が無ければ人間は生きていけない。当たり前のことかもしれないけれど、でも、どれだけの人がこのことを実感して生活しているだろうか?
幸いうちの子供たちは、魚は誰かが命をかけて捕まえてきてくれていることを知っているし、何となく生きていた余韻も感じることができる。チビの大好物のイクラはサケの死によって彼のものになることも知っている。生きていくということは文字通り「命がけ」なのである。
しかし、都市部に生活する子供たち、否、親たちにでさえこの実感は全く無いだろう。子供による凄惨な事件が続いているのも、何となく理解できるような気がする。
僕達は自然の営みを何の飾り立てもせず感じてもらうことを仕事としている。誰もが僕達のツアーで1日森の中で過ごしたら、自然の大きなサイクルを感じずに入られないだろう。でも、僕達が今悩んでいることは、その自然との繋がりを都市の中でいかに感じつづけながら、生活し続けるかということである。僕はその答えのひとつに「祈り」があると思っている。
もちろんこれは変な新興宗教でもなんでもなく、日本で大昔から伝わってきた土着の祭りや習慣をもう一度見直すということだ。土着の祭りは季節の節目などに護国豊穣を願うものだった。それは自然との繋がりを見つめなおす儀式であったと思うし、きっと地域にとっても楽しいイベントであったはずだ。僕はいつか時間ができたら、いろいろな土地の祭りを掘り起こす作業をしていきたいと思う。それは地域の人々の血から沸き起こってくるような、魂のこもった共同作業だろう。「環境教育」という言葉はあまり好きではないが、地域の祭りは楽しくもディープな「環境教育」なのではないだろうか。
›6 12, 2000
オーガニック
Posted by Tatsuya at
23:59 /
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ネイチャーガイドという仕事をやっていると不思議と関心が向く事柄が2つある。福祉問題と食の問題だ。何故なんだろう。今日は食について考えた。
有機認証制度なるものが施行になった。
もちろん法が施行したばかりなので、実際に有機JASマークのついた野菜が売られるのは、まだ先のことらしい。(ウケウリ)
我が家にも毎週オーガニック野菜が届けられるが、僕がオーガニックにして良かったと思うことは、農薬云々ではない。体の中の季節感を取り戻したということ、それこそがオーガニックにした一番の収穫だ。
その季節感というものを考えているといつも思い出すのは、学生時代アルバイト先にいた中国人と一緒に行った中国での体験だ。
彼は彼が学生時代通っていた北京清華大学で気功を教えている教授に僕達を会わせてくれた。中国では「気功」が大学のカリキュラムの中にある(少なくとも彼の通っていた体育系の学科には)。僕達が行ったのは12月のそれは寒い北京だったが、「みんな気功をやっているので健康」なんだそうで、かなり偉そうな教授のオジサン達がキャンパス内の氷の張るプールを楽しそうに泳いでいた。どうやらそこで泳ぐのは日課のようになっている雰囲気だ。北京語で「元気元気!」とかなんとかいいながら、ガッツポーズを見せながらも体には鳥肌が立っていたのは結構笑えたが、「冬の『気』を体の中にいれているので大丈夫」なのだそうだ。
ところで、気功の先生は「気功というのはその季節季節の自然界の『気』を体内にとりこむことだ。」と例の太極拳みたいなエクササイズをしてくれた。『気』ってなんですか?と質問したが、答えをよく覚えていない。でも、感覚として体の中に今でも残っている。少なくとも「『気』で敵を倒す」とか「おっ!『気』が出てる出てる!」っていうノリのものではない。僕はどちらかというと気功のエクササイズは「祈り」に近い印象を受けた。
また、先生はこんなことも言っていた「自然界の動植物はみなその季節季節の『気』をたっぷり取り込んでいる。だから季節季節の食べ物を食べなさい。」と。
正直その当時は「季節の食べ物」と言われてもピンと来なかった。はっきり言ってどれがどの季節の食べ物なのか、僕にはさっぱりわからなかったのだ。それをはっきりさせてくれたのが、オーガニックでの生活だ。
僕が入っているオーガニックのグループでは、商品のパンフレットと同時に今の畑の様子や、旬の食べ物の料理法など、「食」に関するちょっとした読み物も送られてくる。ちなみに最近の流行りは「梅」。梅干の漬け方から、梅のある生活みたいなものを提案してくれている。提案というか、何十年か昔に、あたりまえのようにあった風景を紹介しているだけなのかもしれない。そう、梅とあわせて梅の「季節」を売っているのだ。こうなると「季節」を感じさせない食べ物をわざわざ食べる理由が見つからなくなってくるのである。そんなものを食べても、食の楽しみが半減だ。
オーガニックへの取り組みというものは言ってみれば、「どうってことないこと」だ。かつての日本人の食卓を取り戻すことに過ぎない。野菜と一緒に送られてきたニュースにこんなことが書いてあった。「有機農業が本来目指すのは、私達があらゆる繋がりの中で生きていくことを深く感謝し、人々や生き物、自然をできるだけ損なわずに、ゆったりとしたおおらかな心と社会に向かうこと。」
上段から構えて「自然保護」って言う人は僕は嫌いだ。ごく当たり前のことを地道に語りつづけてきたオーガニックの推進者達を僕らも見習いたい。