›5 14, 2010

食べられる石けんfeat "casalinga"

Posted by shinra at 14:44 / Category: CAFE PATH , Eco-Eco , Nature , Organic , Slow Life / 0 Comments

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 昨年からツアーに参加いただいた方やcafepathにお越しの方のみに販売させて頂いている、標茶のcasalingaさんとのコラボ石鹸が好評いただいています。標茶の主婦の大島さんという方が、小さなお子様の子育てや家事の余裕をみて作っているものなので、たくさん仕入れて販売することはできません。それだけに素晴らしい石鹸です。今回は"ヨモギ""ヨモギミルク""白樺"の3種類です。

casalinga×shinraコラボ石鹸

新しい石鹸は
 よもぎミルク
 白樺
「よもぎミルクは、その名の通りよもぎにミルクを加え。保湿力がUPしてます。
白樺は白樺の樹液を採取(標茶町で)し、水の代わりに石けんに練りこみました。」

今月末に納品可能な石鹸は
よもぎ
よもぎミルク
白樺
¥700(込)〜cafepathにてお求めいただけます。

また、興味のある方は、可能な範囲でお分けいたしますので、ご連絡ください。

›4 26, 2009

オーガニックな時間と観光圏

Posted by Tatsuya at 21:30 / Category: Community , Organic , Scenic Byway , Slow Life / 0 Comments

 知床(斜里町、清里町、標津町、羅臼町)は観光庁より平成21年度新規観光圏整備実施計画の認定対象地域に選ばれました。昨年末から怒濤のような会議と事務局が精力的に資料作りをこなしてくれ、何とかこぎつけたものです。僕も自分が企画を出した5つほどのプロジェクトを担当することになると思います。

›2 03, 2009

ブログを再開しようと思います

Posted by Tatsuya at 16:28 / Category: Nature , Organic , Personal , Slow Life / 1 Comments

 全く更新していなかったブログを再開しようと思います。折りをみてデザインも切り替えたいと思っています。
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›5 01, 2005

小鳥と移住とお菓子とエレクトロニカ

Posted by Tatsuya at 22:40 / Category: Community , Eco-Eco , Organic , Personal , Slow Life / 0 Comments / 0 TrackBack

 森の中に建てた家。昨年はきっとビックリしたのだろうか、鳥がほとんど来なかった。でも、今年はすごい集まりよう。息子が作った巣箱を細いトドマツに据え付けたが、スズメやカラ科の鳥が夫婦で様子をのぞきに来るので楽しい。でも、窓にぶつかる鳥が多いので対策が必要だ…

›4 30, 2005

先住民族ツーリズム

 先日、梅沢さんを代表に、中標津の戸田さん、標津の小川さんの各ウタリ支部長と結城さん、石井ポンペさん、小野有五先生と僕とで先住民族ツーリズムの研究会を立ち上げた。(→共同通信
 とても微妙な関係の上に成り立つアイヌ民族の人の間で、こうした新しいことをやるのはとても大変なことだ。

›3 08, 2005

(エコ)アンリミテッド

Posted by Tatsuya at 22:30 / Category: Community , Eco-Eco , Education , Organic , Radio Kisar , Slow Life / 1 Comments / 1 TrackBack

自称カリスマ・エコDJ
やまだひさし初の単行本は
ツアー本?グルメ本?

やまだひさしの日本縦断(エコ)アンリミテッド

2005年3月10日(木)発売
四六判変型 定価1,890円
ソニー・マガジンズ

›10 20, 2004

イナウ

 結城さんたちと、札幌のあるアイヌのグループと一緒にルシャに行ってきた。

›6 11, 2004

購入のスタンダード

Posted by Tatsuya at 01:41 / Category: Organic / 0 Comments / 0 TrackBack

 新築してから放ったらかしにしていたドアの塗装をした。ベランダの工事と、知床の大風にもびくともしないよう“ひうち”という梁の補強を入れてもらうために大工さんにきてもらっているのだが、作業を見ているとちょっぴりDIY心が沸いてきて、つなぎに着替えペンキ塗りをした。

›3 03, 2004

›2 25, 2004

›2 21, 2004

›2 20, 2004

›2 18, 2004

›2 17, 2004

›2 16, 2004

›2 15, 2004

›1 31, 2004

ジビエ

Posted by Tatsuya at 23:03 / Category: Organic / 0 Comments / 0 TrackBack

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 札幌に出かけたついでに、CSPTの東村さんたちとお食事。宮の森の『ラ・サンテ』シカ肉のパイ包み焼き・・・おいしかった。
 (PHOTO:高橋毅さん。HP『ようこそさっぽろ』より借用)

›12 26, 2003

自然保護保全運動の世代交代と人材不足

Posted by Tatsuya at 01:17 / Category: Business , Community , Eco-Eco , NPO , Organic , Slow Life / 0 Comments / 0 TrackBack

 先日、エコロジーオンラインの代表上岡さんに会った。環境NPO系で彼ほどセンスがありスマートな人に会ったことがない。同世代の彼は栃木県の佐野市で暮らし、時折東京に出てきて打ち合わせをこなすという、僕と近いライフスタイルにまず共感を覚え、さらに同世代でありながらひょうひょうと多くの難題に取り組んでいる姿に刺激を受けた。

›10 21, 2003

鍵取り

Posted by Tatsuya at 02:05 / Category: Business , Community , Organic , Slow Life / 0 Comments / 0 TrackBack

 6歳になる息子の同級生のオジイちゃんが、網走の港でせりを取り仕切る「鍵取り」という仕事を引退するそうだ。

›9 13, 2003

エコツーリズムの課題

Posted by Tatsuya at 23:16 / Category: Business , Community , Eco-Eco , NPO , Organic , Sipetru , Slow Life / 0 Comments / 0 TrackBack

 今年の春に講師に招かれた青森県鰺ヶ沢町でのレポートの公開です(Word/38k)。現地の方々が案内するエコツアーに参加し久々にお客様の立場でツアーを見ていると、エコツーリズムのさまざまな課題が垣間見られました。なお、Creative Commonsよろしくね。

›11 15, 2001

オレ達はムカついている…

Posted by Tatsuya at 23:52 / Category: Organic / 0 Comments

映画『ファイトクラブ』より
(日本の端っこで、しかもシーズンオフにしか映画をチェックできないので、話題が古いことは御容赦。感動は1年遅れてやってくる!)

「素晴らしい体力と知力に恵まれた君たち・・・
伸びるべき可能性が潰されている。

職業といえばガソリンスタンドかレストラン、しがないサラリーマン・・・
宣伝文句に煽られて、
要りもしない車や服を買わされている。
歴史のはざ間で生きる目標がない。
世界大戦もなく、大恐慌もない。
おれたちの戦争は魂の戦い。
毎日の生活が大恐慌だ。

テレビは言う、
“君も明日は億万長者かスーパースター”
大嘘だ。

その現実を知って、
おれたちはムカついている。」

・・・
世の中の人たちはどれぐらい、日々ムカついているのだろうか?
僕は毎日毎日ムカついてムカついて仕方がない。頑固オヤジのように、新聞を読んでは悪態をつき、ニュースを見てはTVに向かって罵っている。

映画ファイトクラブでは、ムカついたクラブの面々は、様々な社会的行動を起こしていく。その行動はあまりにもバカげていて映画の中でのひとつの爆笑シーンだが、バカなりにも、何もやらないよりはマシじゃないか・・・というメッセージが込められている。

現在、僕達が必要としている行動はファイトクラブのように必ずしも理屈にかなったことではないのかもしれない。
例えば遺伝子組換え食品をはじめ、理屈ではなく生理的に「それはちょっと・・・」というものに、僕は理屈で言い返す気すら起きない。
データなんて揃えるまでもないことだ。気持ち悪いものは気持ち悪い。
満員電車だって窮屈なものは窮屈だ。
「嫌なことは嫌だとはっきり言いなさい」と子供の頃から教わってきたが、ブラピの言う“魂の戦い”はこのことかもしれない。そしてそれは、もしかしたらムチャクチャカッコ悪い、トホホな戦いなのかもしれない。それゆえ、きっと根源的なのだ。
映画でも、最後のシーンで、資本主義の象徴のようなビルの爆破テロ(と呼べるほどの志がないところが爆笑)の様子を、主人公がパンツ一丁のボロボロ姿で、退廃的な女と手をつなぎながら、何とも情けない後姿でボーっと眺めている。

そうだ。人間はとりたててカッコイイ生き物というわけではない。やはり命がけでこの地球上に生きている。僕はカッコ悪くても自分の魂に忠実に生きていこうと思う。そして、ムカつくことをクールに解消していくことを生涯の仕事にしよう。

›11 20, 2000

クール宅急便

Posted by Tatsuya at 23:49 / Category: Organic / 0 Comments

昨日、従兄弟からメールが届いた。先日、送ったサケへのお礼のメールだ。

この季節、サケやマスの遡上が終わりに近くなるにつれ、地元の漁師たちの1年の仕事も終わりに近づく。これからの季節は魚もとれなくなるし、何より海が時化て沖に出られるような状況ではなくなる。彼らには、出稼ぎや地元でのアルバイト、あるいは失業保険での生活といった現実が目前に迫っていながら、「切り上げ」のこの時期はお世話になっている人達に美味しい魚を振舞うのだ。もちろん普段から、魚をいただくことはあるのだが、その「気持ち」がとても嬉しい晩秋の風物詩だ。

漁師たちは「実家の両親にも一番美味い“ところ”(=ちょうどよい時期の魚)を贈ってやれ」と、惜しげもなく何匹もわけてくれる。どれも銀ピカのメジカばかりだ。サケは成長が進むと、体表の銀色がくすみ、鼻が伸びてくる。鼻先から目までが近い「メジカ」は、まだ若く油がのっているのでとても美味しいのだ。誰に贈るか顔を思い浮かべながら、1尾づつ箱詰めをしていく。漁師の「気持ち」をそのまま僕達の「気持ち」としてパッキングしていく。このように季節の贈り物というのは、昔から自然のサイクル、命がけで生きている人間や動物の魂、それをつなぐ言葉や「熨斗(のし)」などの装飾が必然的に結びついていたのだろう。昔からの伝統には「気持ち」の鮮度も保つ機能もあったのではないだろうか。

さて、今回サケを贈った従兄弟は僕の父親方の長女の次男だが、僕とは確か10才ぐらい年が離れている従兄弟とは言ってもオジサンみたいな人だ。実は特別親しくしていたというわけではないのだが、何故か今年は贈ってあげたくなった。幸い喜んでもらえたようで、メールにはサケを開くのに悪戦苦闘した様子が、大きなサケに対する興奮とともに綴られていた。そして、後半には

>おかげで、様々な迷いも少し消え、
>大阪にマンションを買う気になりました。今日、契約の
>合意をしました。どうも優柔不断で、今迄買えなかった俺。

とあった。

実は彼は去年事故で亡くした(僕は自殺だと思っている)兄のあとを引き継いで、ボケのひどい彼の母親=僕の叔母の世話をしている。彼の喜び様を実家の母に電話で話したところ、孤軍奮闘している彼は最近、精神的にかなり疲れているらしいことを知った。僕はそういった話を一切聞かずに彼に送ることを決めたのだが、言葉ではうまく言い表すことの出来ないある確信を持っていた。「絶対に何かの役に立つだろう」と。結果として少し元気な気持ちが分けられたのなら、本当によかったと思う。家族の血というのはこういうときに発揮されるのだ。僕にサケを分けてくれた漁師も、彼のおかげでマンションの購入を決心した人がいるなんて思いもしないだろう。でも、宅急便でも「思い」を伝えることができるということは、人間の経済システムも捨てたものじゃない。

メス鹿のグループがゆっくりと森の際を移動していくのが家の窓から見える。きれいに生え変わった冬毛は雪のレフ板からの反射光を受け美しいつやを見せている。
素晴らしい自然を眺めているときと、遠くの縁者を思うときの気持ち、世界の紛争の解決を願うとき…なぜか僕の心の状態はどこか似ているような気がする。こんな、平穏な心を全世界で共有できたらと思う。

›11 07, 2000

死、祈り、環境教育

Posted by Tatsuya at 23:54 / Category: Organic / 0 Comments

しばらく前、ウトロの海岸にクジラが打ち上げられたことがあった。クジラが座礁していることは知床では珍しいことでもなんでもなく、そのクジラをヒグマをはじめ野生動物達がきれいに平らげる、といった光景はよくあることだ。このクジラは死んで間もないものなのだろう、触るとまだ温かく、目をとじている様子を見ているとただ寝ているだけのようだった。

僕がそのクジラの話を聞いたのは、カミさんと子供たちが幼児サークルから帰ってくる途中、友達から「もう肉もらった?早くしないとなくなっちゃうよ。」と声をかけられたのを聞いてからだった。実際、現場に行ってみるとすでに半身はきれいに切り取られており、ブルドーザーでひっくり返しているところだった。僕達は大きなビニール袋と、アウトドアナイフを持って波打際でびしょびしょになりながら20cm四方ほどの皮を頂戴し、隣で手際良くさばいていた元漁師のオジサンに1kgほどの肉のかたまりを切り取ってもらった。肉はまだ温かいが、昔ならそのまま海水につけておいて冷やしたのだそうだ。

イルカのような可愛らしいツチクジラの目はどこまでも安らかに見え、体の表面にはその人生を物語るようないくつもの傷が刻まれている。波打際では息子たちがやはり親と一緒に来ていた近所の子供たちとキャッキャと遊んでいる。

僕達は確実にそのクジラの死に向き合っていた。目をそむけることもなく、いたずらに面白がることもなく、そこに集まっている人たちはみな無言で作業をしている。秋のやわらかな日差しの中、とても静かな時間が流れている。何10年か昔にはあたりまえだった光景なのだろう。どこか厳かな気がしていたのも僕だけではなかっただろう。

クジラの皮は子供の頃、よくおでんに入っていたのを食べた思い出がある。僕達は隣に住んでいる漁師から「美味しい」塩をたっぷりもらい、その中にクジラの皮を入れた。2ヶ月ぐらいしっかり塩をしておいておかなければならないのだそうだ。正月が楽しみだなあ。そして肉のほうはその日の夜に少しだけ食べることにした。そのものの味を味わいたかったので、塩コショウと若干の醤油でステーキにした。

3歳の息子はあんなにかわいい顔をしていたクジラを食べてしまうということが少し腑に落ちなかったらしいが、その美味しさの前にすでに言葉を失って黙々と食べている。僕は息子と、かわいかったクジラの目やその無残な姿、切り刻んでいる大人達の嬉しそうな表情と粛々とした作業風景、その日の雰囲気みたいなものを語りながら、感慨深く食事をした。自分で言うのも何だが、それは僕達なりの祈りだ。

昔はウサギやニワトリをどんな家でも飼っていて、子供たちが大事に育て大きくなったら殺して食べた。とっても仲良しだったペットが、ある日、食卓に並ぶことに子供たちはショックを受けながらも、その美味しさにそのことを自然と受け入れた。

酪農関係の大学に通っていたNPO SHINRAの岩山は、かつて精肉場に送られるという牛をトラックに押し込むことを手伝ったことがあるそうだ。その牛はいつも聞き分けの良い牛なのに、その日はいくら引っぱってもびくとも動かないのだそうだ。こちらも後ろめたい気持ちがあるのでついつい力がゆるんでしまう。でも実習で働いている彼が、足手間どいになるわけにはいかず、精肉場の人と泣きながら蹴っ飛ばしたりしていたそうだ。すると牛は、突然あきらめたように自分からそのトラックに乗りこんだ。その様子に驚いていると、牧場のはるか遠くにいた他の牛30頭ぐらいがいっせいに柵のそばまで走ってきて、一斉にその連れられていく牛に向かってモーモーと鳴き始めたそうである。岩山はその鳴き声が殺されていく牛に向かっているのか、自分達人間を責めているのだかわからなかったそうである。

僕達人間はとても多くの矛盾を抱えながら生きている。その矛盾に正面から向き合うことはとても大切なことだと思う。人間も自然の営みの中に暮らし、「自然」が無ければ人間は生きていけない。当たり前のことかもしれないけれど、でも、どれだけの人がこのことを実感して生活しているだろうか?

幸いうちの子供たちは、魚は誰かが命をかけて捕まえてきてくれていることを知っているし、何となく生きていた余韻も感じることができる。チビの大好物のイクラはサケの死によって彼のものになることも知っている。生きていくということは文字通り「命がけ」なのである。

しかし、都市部に生活する子供たち、否、親たちにでさえこの実感は全く無いだろう。子供による凄惨な事件が続いているのも、何となく理解できるような気がする。

僕達は自然の営みを何の飾り立てもせず感じてもらうことを仕事としている。誰もが僕達のツアーで1日森の中で過ごしたら、自然の大きなサイクルを感じずに入られないだろう。でも、僕達が今悩んでいることは、その自然との繋がりを都市の中でいかに感じつづけながら、生活し続けるかということである。僕はその答えのひとつに「祈り」があると思っている。

もちろんこれは変な新興宗教でもなんでもなく、日本で大昔から伝わってきた土着の祭りや習慣をもう一度見直すということだ。土着の祭りは季節の節目などに護国豊穣を願うものだった。それは自然との繋がりを見つめなおす儀式であったと思うし、きっと地域にとっても楽しいイベントであったはずだ。僕はいつか時間ができたら、いろいろな土地の祭りを掘り起こす作業をしていきたいと思う。それは地域の人々の血から沸き起こってくるような、魂のこもった共同作業だろう。「環境教育」という言葉はあまり好きではないが、地域の祭りは楽しくもディープな「環境教育」なのではないだろうか。

›6 12, 2000

オーガニック

Posted by Tatsuya at 23:59 / Category: Organic / 0 Comments

ネイチャーガイドという仕事をやっていると不思議と関心が向く事柄が2つある。福祉問題と食の問題だ。何故なんだろう。今日は食について考えた。

有機認証制度なるものが施行になった。
もちろん法が施行したばかりなので、実際に有機JASマークのついた野菜が売られるのは、まだ先のことらしい。(ウケウリ)
我が家にも毎週オーガニック野菜が届けられるが、僕がオーガニックにして良かったと思うことは、農薬云々ではない。体の中の季節感を取り戻したということ、それこそがオーガニックにした一番の収穫だ。
その季節感というものを考えているといつも思い出すのは、学生時代アルバイト先にいた中国人と一緒に行った中国での体験だ。
彼は彼が学生時代通っていた北京清華大学で気功を教えている教授に僕達を会わせてくれた。中国では「気功」が大学のカリキュラムの中にある(少なくとも彼の通っていた体育系の学科には)。僕達が行ったのは12月のそれは寒い北京だったが、「みんな気功をやっているので健康」なんだそうで、かなり偉そうな教授のオジサン達がキャンパス内の氷の張るプールを楽しそうに泳いでいた。どうやらそこで泳ぐのは日課のようになっている雰囲気だ。北京語で「元気元気!」とかなんとかいいながら、ガッツポーズを見せながらも体には鳥肌が立っていたのは結構笑えたが、「冬の『気』を体の中にいれているので大丈夫」なのだそうだ。
ところで、気功の先生は「気功というのはその季節季節の自然界の『気』を体内にとりこむことだ。」と例の太極拳みたいなエクササイズをしてくれた。『気』ってなんですか?と質問したが、答えをよく覚えていない。でも、感覚として体の中に今でも残っている。少なくとも「『気』で敵を倒す」とか「おっ!『気』が出てる出てる!」っていうノリのものではない。僕はどちらかというと気功のエクササイズは「祈り」に近い印象を受けた。
また、先生はこんなことも言っていた「自然界の動植物はみなその季節季節の『気』をたっぷり取り込んでいる。だから季節季節の食べ物を食べなさい。」と。
正直その当時は「季節の食べ物」と言われてもピンと来なかった。はっきり言ってどれがどの季節の食べ物なのか、僕にはさっぱりわからなかったのだ。それをはっきりさせてくれたのが、オーガニックでの生活だ。
僕が入っているオーガニックのグループでは、商品のパンフレットと同時に今の畑の様子や、旬の食べ物の料理法など、「食」に関するちょっとした読み物も送られてくる。ちなみに最近の流行りは「梅」。梅干の漬け方から、梅のある生活みたいなものを提案してくれている。提案というか、何十年か昔に、あたりまえのようにあった風景を紹介しているだけなのかもしれない。そう、梅とあわせて梅の「季節」を売っているのだ。こうなると「季節」を感じさせない食べ物をわざわざ食べる理由が見つからなくなってくるのである。そんなものを食べても、食の楽しみが半減だ。
オーガニックへの取り組みというものは言ってみれば、「どうってことないこと」だ。かつての日本人の食卓を取り戻すことに過ぎない。野菜と一緒に送られてきたニュースにこんなことが書いてあった。「有機農業が本来目指すのは、私達があらゆる繋がりの中で生きていくことを深く感謝し、人々や生き物、自然をできるだけ損なわずに、ゆったりとしたおおらかな心と社会に向かうこと。」
上段から構えて「自然保護」って言う人は僕は嫌いだ。ごく当たり前のことを地道に語りつづけてきたオーガニックの推進者達を僕らも見習いたい。