›10 20, 2010
技術論のクマ管理
Posted by shinra at
10:00 /
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Nature
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2 Comments
書きたくないのですが、書こうと思いました。
ネットやテレビで見る市街地内を歩く2頭のヒグマの画像を見て、みなさんはどのように思われたのでしょう?
メディアでは「ヒグマが市街地に出た!」という画像として紹介されていますが、実際には職員が森に返そうと追い払いをしている最中の画像です。そして普段からヒグマを目にしている僕たちからすると、彼女らはどうしてよいかわからず、相当にパニックになっている表情が読み取れます。感情的な話を持ち出すな、とはよく言われるのですが、我が子や知り合いの子供が街中でパニックになっているのを、黙ってみていられないのと同じで、とても気の毒でなりません。我が子ならとにかく走っていって、抱きしめ、まずは気持ちを落ち着かせよう、という状況。僕がみるとそんな画像でした。
今回の件は、いろいろな点で考えさせられるケースでした。先ず、ヒグマが市街地に出た!と言うのですが、Googleマップなどで確認していただければわかると思いますが、最初に発見された学校は、海岸線に続く広大な防風林の端に位置しています。「防風林」とは言っても、中に入ればわかると思いますがそこは豊かな「森」。ヒグマが普通に暮らしていても不思議ではありません。
同じ斜里町内でも観光地などでのヒグマの目撃はよくあることです。森の中で"どこかからどこかへ"移動しようとしていたり、普通にエサを食べているときなどに"遭遇"はおきます。でも言ってみれば、ヒグマの住処に我々が入っているのですから当たり前のこと。今回の件も、小学校から見える森にクマが出てきたことは、ごく自然なことでしょう。しかし、住処である森を離れるには何かのきっかけがあったのだろうと思います。それも、たまたまキノコ採りの人とはち合わせになって慌てたとか、今は時期ではありませんがしつこいオスの求愛を逃れるためとか、他愛のないことだったと思います。今年の森はエサとなるドングリも豊富ですし、山奥で乱開発されているわけでもありませんので、生息場所も充分あります。では、何で?と言いたくなりますが、とにかくちょっとしたきっかけに過ぎなかっった、というのが僕の想像です。それで、このような結果に終わったのは「事故」としか言いようがありません。
事実関係を確認したかったので担当課に電話をしました。その方がいうには学校から連絡が入ったあと、役場で緊急の対策会議をしていてふと窓の外を見ると、学校から市街地側に離れた場所にあるその役場の裏にひょっこりと顔を出したと言います。もうその時点で彼女たちは相当にパニックになっていたのでしょう。そんな状況でいったい何ができただろう?と思います。「殺すことはなかったじゃないか」という声はもっともですが、状況を聞くにつけよくまあケガ人が出なかったなあと思います。射殺は正しかったと思います。
斜里町でのクマ管理は他の地域とは全く違います。基本的な姿勢として「保護」のためにさまざまな取り組みをしていると言っても過言ではありません。これはいろいろありますが、斜里町民の誇りでもあります。その中で、最終的な「射殺」の意味は、他地域とは相当に意味合いが違うのです。斜里町では、普段からヒグマを見かけても即射殺という手段にはなりません。恐らく日本一ヒグマが目撃されている地域でしょうが、射殺されることはほとんどないのが事実です。国立公園内では、さらには、そのクマの"危険と共存する観光"を私たちガイドや観光業者が行政と一体となって検討を進めています。斜里の市街地よりもヒグマを見かける機会の多い僕たちウトロの住民に至っては、見かけても危なくないようであれば「通報すらしない」人も大勢います。そんな僕たちですが、危ない状況や待ったナシの状況の場合、射殺することを咎める人はいません(と思う)。今回はそのケースでした。
・・・ここまでは、実は知床の町〜斜里町では一般論にすぎません。この段階での議論は、いたずらに時間を費やすだけで不毛だと思います。斜里町ではヒグマの管理はいわば技術論で語られます。知床五湖で導入されるガイドシステムについても、技術的な話として私たちは検討に加わってきました。こういう地域は他にはありません。そのためニュアンスがうまく伝わらないことを覚悟の上で申し上げますが、今回の事態では次の点での検証が必要と思いました。
・観光地で捕獲された個体とのことですが、"人慣れ"や"追い払い慣れ"と今回の事態の因果関係はないのだろうか?
・追い払おうとした方向とは意図しない方角に移動し始めたが、そもそも「追い払い」技術は確立していない。公園内でも森の中から現れたヒグマの後ろから、追い払いの人が出てくるなんていうケースが何度かありました。他にも方法があるのであれば検討した方がよいのではないか?
・大切なポイントですが、「ヒグマ専門チーム」と言われて町が組織していますが(1)今回の事態は町民などに説明を要するケースだと思います。(2)また、彼らの"専門性"に立脚してさまざまな施策が検討されてきたが、その"専門性"について今一度確認をする必要があると思いますがいかがなものでしょうか?
今回のケースは、クマにとっても、住民にとっても不幸な事故だったと思います。でも交通事故も、事故がなくなるように徹底的な検証がなされるわけですから、今回のケースを機に行政として行っている「ヒグマの管理」については議論をしていきたいと思います。私たち住民レベルには何ら科学的な裏付けはありません。感情的な話をするなとも言われます。しかし、科学的に記録はしていないかもしれないけど長年の経験をもっている人は大勢います。僕たちガイドのヒグマ遭遇の回数も恐らくヒグマチームの人たちの比ではありません。僕たちの方が圧倒的に遭遇・回避の経験が多いのです。科学的ではないでしょうが、聞く耳を持った方がより高度な施策が行えると思います。否、最近はよく聞いてくれるようになりました。が、最終的な施策を行政側で決めてしまうというクセを治していただけないかと思います。
メディアで伝えるようなステレオタイプの"クマ出没"という扱いを、誰もが脱しなければならない時期に来ていると思います。「カムイが何かを言いたがっている」僕もそう思いますが、せっかく技術的な話ができる斜里町なわけですから、他県にも参考になるような対応を発信してもらいたいと思います。
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›5 14, 2010
食べられる石けんfeat "casalinga"

昨年からツアーに参加いただいた方やcafepathにお越しの方のみに販売させて頂いている、標茶のcasalingaさんとのコラボ石鹸が好評いただいています。標茶の主婦の大島さんという方が、小さなお子様の子育てや家事の余裕をみて作っているものなので、たくさん仕入れて販売することはできません。それだけに素晴らしい石鹸です。今回は"ヨモギ""ヨモギミルク""白樺"の3種類です。
casalinga×shinraコラボ石鹸
新しい石鹸は
よもぎミルク
白樺
「よもぎミルクは、その名の通りよもぎにミルクを加え。保湿力がUPしてます。
白樺は白樺の樹液を採取(標茶町で)し、水の代わりに石けんに練りこみました。」
今月末に納品可能な石鹸は
よもぎ
よもぎミルク
白樺
¥700(込)〜cafepathにてお求めいただけます。
また、興味のある方は、可能な範囲でお分けいたしますので、ご連絡ください。
昨年、スタッフのもみちゃんが標茶の大島さんとのご縁から「アイヌ民族の石鹸を作ろう」という話から、このコラボが始まりました。もちろん厳密にはアイヌ民族の石鹸とは呼べません。しかし魔除けの意味があるヨモギを練り込んだり、ベカンベ(菱)の実を擦り込んだりと、文化を解釈したのではなく、祈りや思いと言った魂を解釈した商品です。
大島さんは「小さな子供の子育てをしていることもあり、全て食べられる材料のみで作りたい」といいます。「食べても大丈夫」という表現じゃなかったところに、ドキッとしたのでした。もちろん食べても美味しくないですが、それだけ体に害のあるものは一切含まれていないのです。
僕は何を隠そう化粧品好きです(笑)。女装をしているわけではないのですが、スキンケア商品にはちとうるさくて、表示成分の中の有害物質は全て把握しています。はっきり言って「毒」が入っているまやかしの化粧品が多い中、体も顔も心配なく一つの石鹸で洗えることの素晴らしさを知ってもらいたいと思います。
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›8 07, 2009
登山の適齢期
Posted by Tatsuya at
11:09 /
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Nature
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子供達と約束していた斜里岳に登ってきました。
斜里岳は1500m位の山で、しかも中腹ぐらいからの取っ付きなので羅臼岳ほどのキツさはありません。一昨年、羅臼岳を登頂している息子達は「大丈夫!」といいつつも、下山の辛さもだいたい予想しており、半ば覚悟が決まったような顔をしていました。ですので、今回は息子達の友達のフォローを中心にしながら無事登頂しました。天気も素晴らしく気持ちのよい山行でした。

ところで登山は知床に住むようになってから少しだけ楽しむようになった程度です。ガイド業をはじめた頃は体力だけは自信があったので、無謀にも羅臼岳登山のガイドをしていて、1日おきに2ヶ月間登り続ける・・・みたいなことをしていたこともありました。100回以上の羅臼岳の登山回数は、ちょっとした自慢でもあります。でも、今でも登山は趣味ですらありません。なので偉そうなことを言えませんが、いつも山に行くと考えることがあります。それは「何で若い人がいないの?」ということです。
山に行くといわゆる中高年の方々ばかりです。昨日も20ぐらいのパーティ50人ぐらいの中、20〜30代の方は数人でした。聞くところによると、今の中高年の方々は若い頃(60年代)に登山にとても親しんでいたと聞いています。知り合いになった中高年の方々で、登山をやっていなかった方の方が少ないぐらいです。何でも、全共闘に参加することと登山をすることが、当時のカッコいい人の姿だった(笑)と聞いています。
それはさておき、なぜ僕たちの世代、あるいはもっと若い人達は山に行かないのでしょう?ちょっと大げさかもしれませんが、このままでは、日本の登山の文化は途絶える気さえします。一方で、例えば僕たちバブル世代は全員がスキーをやっています。その中からコアなバックカントリースキー愛好家になっていっている人もいます。今までの概念とは違ったカタチで、夏山を通り越して冬山登山を楽しんでいる人は確実に増えています。そのような入り口から、登山の人口が今のようになっていくのかもしれません。
また、道具も含め山の技術は広がっているのかもしれません。が、やはり昔からの流れで言うところの「登山」をしている人は少ないと思います。自分自身や回りの人を安全快適にする道具の吟味と準備、心身ともに鍛錬される点など、登山のもつ哲学的な部分はしっかりと継承していきたいものです。ちなみに、今の中高年の登山が盛んなのは、単にアウトドア産業のマーケティングの偏りに原因があると思っています。儲かるのはわかりますが、もうちょっと次の世代を育てる意味でも、世代を縦断したマーケティングをしていただきたいものです。
さて、我が家の子供達は「あの山に登ってみたい」という単純な衝動を通して、登山の楽しさを知ることが出来ました。昨日も、他のパーティでガイドのもと登山を楽しんでいる小学生が良い笑顔をしていました。大人の役割はとても重要です。無理無く山に親しませてあげることです。しかし、僕の周りにもいるのですが、あまりに小さなうちから山に連れていこうとする親を時々見かけます。何事も段階がありますが、特に子供の発達段階を無視してムリをさせることは、子供にとってイヤな記憶や中途半端な感想は残っても良いことはありません。水泳でも水慣れに始まり、水慣れに終わると言われていますが、登山に行く前にどれだけ自然の中で遊んで、アウトドアに慣れているかが大切になります。「虫が顔に来る」「靴が水にぬれた」「擦り傷ができた」というのを「そんなことでぐずぐず言うな!」と親は頭ごなしで言ってしまいがちです。しかし、それを登山の当日に言っても始まりません。そもそも、このことが理解できるようになるには一定の年齢に達しなければ仕方が無い、ということも理解しなければなりません。怪我をしたときのことなどを考えても、文字通り「右」も「左」もおぼつかない子供を山奥に連れていくことは相当のリスクがあります。ちなみに、安全に子供も楽しく登山出来るのは、経験上、小学校2〜3年生からだと思います。その前に「どうしても登りたい!」という子もいるでしょう。でもそこは「あの山はお兄ちゃんになってから・・・。」と、大きくなることへの楽しみにつなげてあげても良いと思います。それまでは、近くの海や川や森、場合によっては低山で心ゆくまで遊ばせることです。
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›4 11, 2009
空気感の共鳴
Posted by Tatsuya at
20:53 /
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Nature
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アドベンチャーバケーションネットワーク(AVN)の総会で広島へ。全国のネイチャーガイドと作ったこのネットワーク、毎年総会を各地のフィールドで行うことが恒例となっている。今回のホストはパドルパークの久保田さん。シーカヤックでの厳島神社参詣はとても素敵な体験でした。

今回、僕にとっては初めて広島。メンバーの一人リトルトリーの大野君がこんなことを言っていました。
「初めての土地に頼れるガイドがいるだけで、本当にその場所が居心地の良い場所になるのだなぁ」
僕も本当にそう思います。シーカヤックやトレッキングなど、総会に集まってくる人達はその道のエキスパートばかりなのですが、"その地を知らない"ということがどれだけ心細いものか・・・ということを毎年の総会の度に感じます。旅行者にとってガイドは心強いサポーターなのだということを改めて実感しました。
それは単純に、観光名所を効率よく回るということだけの意味ではありません。その土地を味わう時の最適な空気感みたいなものまで提供してくれることのありがたさです。それは、その人の振る舞いや雰囲気が作り出すものでしょうが、Shinraのガイド達は果たしてこんな空気感でお客様を包んであげているのだろうか?自戒を込めて、フィードバックをしようと思っています。

空気感はこちら(お客さま)側も持っているものだと思います。それを、瞬時に読み取って共鳴し素晴らしい旅として仕上げる、しかも他のお客様の空気との関係性や相乗効果も汲み取りながらなので、もううまく行く時はほとんど神ワザです。
ちょっと話はそれますが、この感じをうまく表しているのが「アロハスピリット」です。「Aloha」という先住民族のこの言葉、(以下引用)“Alo”は「共有する、今というこの瞬間に心をおく」というような意味で、“oha”は「幸せ、喜び、楽しみ」、“ha”は「息、エネルギー」”を意味しますがこの場合は命、または魂を表すそうです。つまり、“Aloha”は「今ここでこの瞬間にある喜びを共に分かち合う」という意味になるというのです。(以上引用)観光のホスピタリティの合い言葉としては、ぴったりの言葉だと思いませんか?
さて、広島は祈りの土地です。厳島神社でブラブラし、お好み焼きを食べ、モミジまんじゅうや牡蠣の焼きたてを店先で頬ばる楽しみも充分に堪能しましたが、やはり原爆投下の現実がいつもどこかに引っかかる旅でもあります。時間を作ってドームだけでも見学をしようと思っていましたが、スケジュールが詰まっていて諦めかけていた僕に「祈るなら早朝がいいよ。そのホテルからなら朝早くならタクシーで5分ぐらい。飛行機にも余裕だよ。」とアドバイスをもらいました。おかげで心静かに平和を祈る朝の散策ができました。土地勘と僕の心の持ちようを察してくれての的確なアドバイス。感動しました。

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›2 03, 2009
ブログを再開しようと思います
Posted by Tatsuya at
16:28 /
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全く更新していなかったブログを再開しようと思います。折りをみてデザインも切り替えたいと思っています。

ブログの黎明期から続けてきたこのHP。最近SNSやBLOGのネットにおける位置づけが変わってきた!それに向けて何をすべきか?なんて考えていたら考えすぎて何もできなくなってきていました。そんなことで更新もままならなかったのですが、あまり難しいことを考えないで再チャレンジ(古)します。
さて私事、今年は前厄です。そんな僕をご先祖様が気遣ってくれたのか、昨年から不思議な縁で、知床から遠くはなれた大きな神社を仕事で訪れることができたり、「お守りお守り」と騒いでいると、子供がミサンガを編んでくれたり、婆ちゃんが使っていた手数珠をもらったり、思いのほかお守りが集まってきました。そして正月、実家のそばにある高幡不動尊で厄よけをして、今年の厄に対しては完璧な武装ができた感じです。あ、健康診断忘れてた・・・。

厄年という風習はどのように生まれたのかわかりませんが、確かに体の変調とリンクしているように感じます。ここ数年、子供の指導につきあっているうちに、3000mぐらいの泳ぎ込みを週に4回プールで続けていますが、確実に疲れがとれにくくなってきています。関節の柔軟性がみるみる衰えてきて、昨年、生まれてはじめてマッサージを受けました。今ではなくてはならない存在となりました(オヤジくさ!)。
スポーツに限らず、以前の体のキレや経験で自分をコントロールしようとすると、怪我をしたり、間違いをおかしたりするのがこの厄年なのでしょう。スポーツを続けてきていたのでその変化を図らずも感じ取っていたのですが、何とも理にかなっています。人間の生体としてのリズムとリンクしている日本の習俗。ちょっと改めて関心が出てきました。

さて自分の関心がこんなだからか、気のせいか年末年始は神社や神道にまつわるテレビ番組が多かった気がします。これまた気のせいか、東京の実家に帰った時に立ち寄ったデパートには「パワーストーン」と呼ばれる石を売るショップがとても繁盛していましたが、街にはこのてのお店が増えているような気がします。僕も水晶のブレスレットを自分で作って(ビーズ細工のようで結構楽しい)、その霊験にあやかろうとしていますが未だよくわかりません。気をつけて見ていると、こんなブレスレットをしている人は意外と多いですね。確かに世の中、みんなで厄払いするしかないような雰囲気ですもんね。ネイチャーガイドという僕たちの仕事は、自然の神々の声に耳を傾け、多くの人にそんな声を届けるインタープリターと言われていますが、神様への頼み事は残念ながら請け負えないんですよね〜。こんな時代、知床という神々のお膝元にいながら、何とも歯がゆい気がします。とりあえず、早く流氷が接岸しますように!あ、思い通りにならないんだった・・・

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›9 15, 2006
輪廻転生とワイン
Posted by Tatsuya at
09:51 /
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今年もマイタケの季節がやってきました。今年は冬の寒さ、そして夏の暑さも長く続いたためか、秋への移ろいがずれ込んでいるような気がします。キノコの動きも遅れ気味です。
それでも、太陽が日に日に傾いてくるにつれ、冷たい北の大気が下りてくるのを感じます。夜と昼の寒暖の差もキノコが成長する大切な要因の一つ。早起きして山に入ると、びっしょりと朝露に濡れるようになりました。
さて、毎年マイタケがのび始める前から下見をするのですが、そんなときに見る菌糸の状態のキノコに出会うにつけ、つくづくキノコって不思議な生き物だなあと思います。白い菌糸のときはただのカビのよう。それがこれほど大きなキノコに成長するとはとても思えません。また、大きくなるスピードは目を見張るものがあります。キノコを採るときは成長具合を見て、まだ小さなものは置いて帰り数日後に再び採りにきます。でも、ちょっと条件が良かったりすると、1日でもすっかり開ききってドロドロに溶けていたり・・・なんてこともしばしば。あるいは採取したときと、家に持ち帰ってから見るときとでは開き具合がずいぶん違っていたりもします。ホントにその変身ぶりが、森の生物のわりには時間の流れが速すぎなのです。

そういえば「キノコ(菌)は森の分解者」ということを子供の頃に習いました。「これがないと地球上は死んだ生き物で埋め尽くされてしまう。」ときいて、想像して恐くなっていました。でもこのスピードで分解していないと、いずれにしても森の中がすごいことになるわけですから、やっぱり改めて恐くなります。そして「いや〜キノコさん、頑張ってくださいね〜」と妙に応援したくなったりもします(余計な心配ですね。笑。)
以前はあまり意識をしませんでしたが、森の中では至る所で先住民族の暮らしの跡に出会います。こんな山奥で・・・と思うようなところでも、狩猟用の夏小屋を建てていたのでしょうか、もはやその本当のところを知るすべもありませんが、そこかしこに遺跡があるのです。森を歩いているとき、そこに満たされる生命(文字通り"生きている命"ですね)は誰もが容易に感じますが、そんな遺跡に出会うと多くの"死んだ命"の上を自分が歩いていることを意識させられます。地球が生まれてから何億年もの"死んだ命"の上で僕たちは生きている・・・。そう思うと何だかとても雄大な心持ちになってきます。

なんて言いながら、キノコはやっぱりバターがよく合います。天ぷらも抜群です。このタマゴダケはチーズのような香りがしてワインにもぴったりです。カラフトマスの時期が終わりアキアジ(さけ)の漁が始まった知床・・・。相変わらずダイエットできない今日この頃です。
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›11 30, 2004
夜の雪雲
Posted by Tatsuya at
23:55 /
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雪雲って本当にきれい。特に冬至に近づくこの頃、低い角度から太陽に照らされる雪雲は本当に筆舌に尽くしがたい美しさと迫力に満ちている。昨日ははじめて、夜の雪雲を見ることができた。
夜の会議で暗闇の中、女満別まで車を走らせる。小清水の丘からふと空を見上げると満天の星空。でも地平線は、夜空よりもさらに黒い層がぶあつく沈殿しているように見える。畑の真ん中に車を止め、エンジンを切り、車から降りてしばらくその景色と空気感を楽しむ。
夜の雪雲。はじめてみた。
雲の向こうに満月を過ぎた月が上ろうとしていて、雲の上辺をオレンジ色に、そして雲の上の空を不思議な乳白色に照らしている。月が雲の上に出たかと思うと、雲がものすごい勢いで成長し、また月を隠す。また月が出たかと思うと、また雲が隠す。そんなことを繰り返しているうちに、小清水から知床方面に振り返って見える雪雲は、みるみる分厚く成長していった。
あの雪雲の中はきっとものすごい吹雪。効果音をつけるとしたら「ゴーッ」って感じだけど、僕の立っている収穫の終わったビート畑はシンと静まり返っていた。人工衛星が北から南にまっすぐ進んでいく。しし座のあたりからしきりに流れ星が流れていた。
時折、どこかの沼で羽を休めているハクチョウの鳴き声が、遠くからかすかに聞こえてくる。夜間に渡りをすることのあるハクチョウも、あの雪雲の様子をみたら今晩は取りやめるに違いない。誰もがみな、何もかもやめる。
どうしようもない力を自然が見せ付けるとき、表現のしようのない美しさを感じる。僕にとって雪雲は自然への畏敬と畏怖そのもので、それだけ清々しい気持ちになれる。やっぱり知床での生活は、心豊かだ。
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›11 01, 2004
鱒浦の月
Posted by Tatsuya at
01:57 /
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R244を網走から知床方面に走り始めるとすぐのところに「鱒浦(ますうら)」という小さな漁港がある。僕はそこから見る月が大好きだ。今日も知床沖に並ぶサンマ漁船の漁火と、満月を過ぎた"居待月"のコラボがとてもきれいだった。鱒浦は僕にとっての月の名所だ。
網走から知床に帰るのには1時間30分もかかるので、暗くなってからのドライブはいつも気持ちが急いている。でも、鱒浦から北浜にかけての海岸線を走っていると、知床半島から上る月のあまりの美しさに目を奪われることがある。ここからの月は本当にきれいなのだ。海岸に降りて波の音を聞きながら月を眺めることもしばしば。でも、今まで他に月を見ている人なんて見かけたことはない。
朝日や夕日はじっくり見ることはあっても、月の出や月の入りを見る人は少ない。月はとかく太陽と比較され、陰と陽でいえば陰の代名詞のように扱われる。でも、僕は月を見ていると全ての世界がバランスで成り立っていることを考えさせられる。そんな瞬間が妙に心地いい。
月はさまざまな自然現象に影響を及ぼしているといわれている。ご存知、潮の満ち干は月の引力が海の水位を変化させている。他にも、例えばウチでもお世話になった産婦人科の看護婦さんは、ごく普通に「もうすぐ満月だから忙しくなるわ〜」なんて言っていた。サンゴの産卵もそうだけれど、人間の出産もどうやら月と関係していることは、ほぼ間違いないらしい。そもそも女性の月経の周期は月の周期とまったく一致している。そう、つい最近までは月を基本とした暦だった。人はつい最近まで深い月との関係性を意識していた。そのころは自然の見え方もまた違って見えたんだろうなあ。
さまざまな自然との関係性の復活が問われる今、個人的には月をFEATしている。
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›10 20, 2004
イナウ
結城さんたちと、札幌のあるアイヌのグループと一緒にルシャに行ってきた。
結城さんとは、知床での先住民族文化を知るエコツアーをやろうと言うことで話をしている。ある日、彼が突然「あるグループとルシャに行くことになったから、ガイドを頼むよ。」と電話がかかってきた。
「ガイドっつったって車さえあれば一本道だよ。それより、だいたいなんでルシャなの?」
「え、もしかしてなんかやばい?」
「ルシャってすっごく良いところだけど、妙に政治的でオレは嫌なんだよ。」
「やっぱりなあ…。」
結城さんは、闘うアイヌなので、そういった微妙なネタにはとても敏感だ。一緒に来ることになった「あるグループ」はいろいろと政治的に巧みな人たちらしい。何か企みがあるのかもしれないし、全く純粋な思いだけで来るのかもしれない。
「やる前から探っていたって始まらない。ま、行くだけ行ってみようよ。」と、いつもの互いの軽いノリで出かけていった。
春のような柔らかな南風の吹くルシャの河口はとても穏やかだった。孵化場跡で若いヒグマがサケを追い回している。
知床半島は、「手付かずの自然」なんていうが、開拓の歴史のはるか以前から先住民族は森の中や海岸線で狩猟採集の生活を営んでいた。ルシャをはじめ、知床半島の「原始林」と思われているここかしこに、住居跡や聖地が点在しているのだ。今回は、ルシャ、レッパンベツ、ポンベツの遺跡を確認すること、先祖供養や久しくおこなっていないカムイノミ(自然の神々への祈り)を知床の大地で執り行うことが主な目的だ。
僕はネイチャーガイドサービスを続けていて、ひとつだけ心残りだったことがあった。それは、この大地への挨拶をアイヌプリ(アイヌ民族の様式)でやっておきたいということだった。ついでに個人的にルーツを感じるこの大地の地霊に、一言挨拶がしたかった。我流ではやれても、古くから伝わるアイヌ民族の様式でやったことはない。神社やお寺のやり方よりも、アイヌ民族の様式はこの北海道の大地に一番マッチした儀礼なのだから、思いを伝えたいならアイヌ式がもっとも適しているのだ。
今日は、まずレッパンベツの河口でオンカムイ(先祖供養)を行った。そしてルシャではきちんとしたヌサ(祭壇)をこしらえ、本格的なカムイノミを行った。神々の領域ということで、儀式の最中はヌサの向こう側は立ち入り禁止なのだが、今日は若いヒグマが川の中に飛び込み、オジロワシが多くのカラスを引き連れて飛んでいた。「今日は本当にヌサの向こうが神々の場所になったね〜」と誰かがボソッと言った。アイヌ語の祝詞が静かに響き、清らかで、それでいて深いディープな時間がゆっくりと流れる。当初の心配は全く晴れて、政治も欲望も全く関係のない、とてもスピリチュアルな儀式だった。
こうした儀式で重要な道具に、イナウと呼ばれるヤナギの木で作った御幣がある。ヤナギの木の皮を薄く削ると、くるくるとらせん状に剥がされ、それを一周やるとちょうど神社のお払いで使う御幣と同じようなものが出来上がる。(御幣のルーツはこのイナウだと言われている)。それは、自然の神々や先祖と人間の間を取り持つ仲介役を果たしているそうで、これがあることによって僕たちの意思も神々に伝わるし、逆に悪いパワーまでもらわないで済むという安全装置の役割もあるという。
結城さんがポツっと言った。「僕とか藤崎さんって、イナウみたいな存在かもね。人と自然、都会とイナカ、アイヌと和人…そんな間を取り持つ役割を担って、この世に生まれてきたのかもしれない。」僕はその言葉を聞いて涙が出そうになった。
ルシャを離れ、最後にポンベツという場所に寄る。夕暮れせまるその小さな川で、結城さんが2本のイナウを添えてささやかなオンカムイをした。住居跡に立つと、昼ごろから吹いていた冷たい風が全く当たらない。一瞬そこで遊ぶ息子たちの声が響いてくる。目の前の海岸では打ち上げられた鯨を、わいわいとさばく大人たちの姿がフラッシュバックする。自然の中だけで生きていくリアリティを、今日ほど感じられる日はなかった。住居跡の脇にあった岩に添えた、あの2本のイナウを通して、はるか祖先とつながったのかもしれない。
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イナウ
結城さんたちと、札幌のあるアイヌのグループと一緒にルシャに行ってきた。
結城さんとは、知床での先住民族文化を知るエコツアーをやろうと言うことで話をしている。ある日、彼が突然「あるグループとルシャに行くことになったから、ガイドを頼むよ。」と電話がかかってきた。
「ガイドっつったって車さえあれば一本道だよ。それより、だいたいなんでルシャなの?」
「え、もしかしてなんかやばい?」
「ルシャってすっごく良いところだけど、妙に政治的でオレは嫌なんだよ。」
「やっぱりなあ…。」
結城さんは、闘うアイヌなので、そういった微妙なネタにはとても敏感だ。一緒に来ることになった「あるグループ」はいろいろと政治的に巧みな人たちらしい。何か企みがあるのかもしれないし、全く純粋な思いだけで来るのかもしれない。
「やる前から探っていたって始まらない。ま、行くだけ行ってみようよ。」と、いつもの互いの軽いノリで出かけていった。
春のような柔らかな南風の吹くルシャの河口はとても穏やかだった。孵化場跡で若いヒグマがサケを追い回している。
知床半島は、「手付かずの自然」なんていうが、開拓の歴史のはるか以前から先住民族は森の中や海岸線で狩猟採集の生活を営んでいた。ルシャをはじめ、知床半島の「原始林」と思われているここかしこに、住居跡や聖地が点在しているのだ。今回は、ルシャ、レッパンベツ、ポンベツの遺跡を確認すること、先祖供養や久しくおこなっていないカムイノミ(自然の神々への祈り)を知床の大地で執り行うことが主な目的だ。
僕はネイチャーガイドサービスを続けていて、ひとつだけ心残りだったことがあった。それは、この大地への挨拶をアイヌプリ(アイヌ民族の様式)でやっておきたいということだった。ついでに個人的にルーツを感じるこの大地の地霊に、一言挨拶がしたかった。我流ではやれても、古くから伝わるアイヌ民族の様式でやったことはない。神社やお寺のやり方よりも、アイヌ民族の様式はこの北海道の大地に一番マッチした儀礼なのだから、思いを伝えたいならアイヌ式がもっとも適しているのだ。
今日は、まずレッパンベツの河口でオンカムイ(先祖供養)を行った。そしてルシャではきちんとしたヌサ(祭壇)をこしらえ、本格的なカムイノミを行った。神々の領域ということで、儀式の最中はヌサの向こう側は立ち入り禁止なのだが、今日は若いヒグマが川の中に飛び込み、オジロワシが多くのカラスを引き連れて飛んでいた。「今日は本当にヌサの向こうが神々の場所になったね〜」と誰かがボソッと言った。アイヌ語の祝詞が静かに響き、清らかで、それでいて深いディープな時間がゆっくりと流れる。当初の心配は全く晴れて、政治も欲望も全く関係のない、とてもスピリチュアルな儀式だった。
こうした儀式で重要な道具に、イナウと呼ばれるヤナギの木で作った御幣がある。ヤナギの木の皮を薄く削ると、くるくるとらせん状に剥がされ、それを一周やるとちょうど神社のお払いで使う御幣と同じようなものが出来上がる。(御幣のルーツはこのイナウだと言われている)。それは、自然の神々や先祖と人間の間を取り持つ仲介役を果たしているそうで、これがあることによって僕たちの意思も神々に伝わるし、逆に悪いパワーまでもらわないで済むという安全装置の役割もあるという。
結城さんがポツっと言った。「僕とか藤崎さんって、イナウみたいな存在かもね。人と自然、都会とイナカ、アイヌと和人…そんな間を取り持つ役割を担って、この世に生まれてきたのかもしれない。」僕はその言葉を聞いて涙が出そうになった。
ルシャを離れ、最後にポンベツという場所に寄る。夕暮れせまるその小さな川で、結城さんが2本のイナウを添えてささやかなオンカムイをした。住居跡に立つと、昼ごろから吹いていた冷たい風が全く当たらない。一瞬そこで遊ぶ息子たちの声が響いてくる。目の前の海岸では打ち上げられた鯨を、わいわいとさばく大人たちの姿がフラッシュバックする。自然の中だけで生きていくリアリティを、今日ほど感じられる日はなかった。住居跡の脇にあった岩に添えた、あの2本のイナウを通して、はるか祖先とつながったのかもしれない。
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›6 21, 2004
キムンカムイの朝
Posted by Tatsuya at
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AirDoの機内誌の表紙撮影撮影で、夏至の朝2:30に出発。素晴らしい夜明けの写真が撮れ大満足。背後の崖の上をエゾシカを追いかけるヒグマ=キムンカムイ(アイヌ語で山の神様)も見かけた。早朝はやっぱり何だか得をした気分だ。それにしても長〜い1日だった…。
台風がきたら帰れなくなるということで、奇跡的に晴れた午前中を利用して、峠の撮影と神の子池での撮影をこなして、午後いちの便でカメラマンたちは東京に帰った。そういえば空港につく前によった中標津町の牧舎は、いつの間にか「ふしぎ飛行機」の飯島さんがオーナーになっていた。昨年、Shinraで保育所の子達を対象にした紙飛行機ワークショップ以来の再会だ。久しぶり&ビックリ!その足でWEBデザイナーのagちゃんを迎え、Radio Kisarの打ち合わせ。アイヌ文様をモチーフにした素敵なラフが出来上がった。夜にはDECの田邊さんもまじって会食。
どんなにフラフラに疲れていてもキムンカムイの朝から始まった今日は、全て新鮮で輝いていた。明日は台風?まだ、雨も風もない嵐の前の静けさ…。
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›3 03, 2004
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