›2 15, 2010
かわいそうな国母君
Posted by shinra at
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え〜こんなことになっているの知っていましたか〜?
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2010/02/14/01.html
くだらないねえ・・・
スーツを着崩すという発想は、学校に制服(スーツ)で通っている国ぐらいにしかないのではないかなあと思います。言ってみれば、子供のおしゃれ。国母君の格好は町で見かける高校生そのもの。かっこいいと思う人がいるのは日本人ぐらいなのではないでしょうか。京都に修学旅行に行くと、他県の生徒を見かけ各県で制服の着こなしが違うことにお互い失笑をしていたものですが、それと同じことをカナダでやっているにすぎません。そう言う意味では、日本らしいといえば日本らしいのかもしれません。
スーツはサラリーマン時代に何着も持っていました。僕はおしゃれが苦手で、いつもカミサンに相談しながら服を買っていますが、ことさらスーツに関しては自信がありました。いえ、似合う似合わないは別にして、スーツのルールというか禁忌を理解していたので、比較的簡単に着こなせたのです。これは知っておくととても便利です。大人の知識かもしれません。ボーダーは反社会的なスタイルがかっこいいので、そんな大人の知識は必要ないのかもしれませんが、「ハンカチを持ちましょう」という程度の知識(?)にすぎないので、知っておいたほうが良いものです。そんなことすら教えてもらっていなかったことが、先ずもって「かわいそうだなあ」と思うのです。
ところで、僕はサラリーマンをやめたときにスーツを着ることはやめようと思いました。大学の恩師から「ネクタイはちゃんとしたビジネスマンの証」と在学中からゼミの日はスーツでの登校をしていましたが、逆に言うとネクタイさえ締めていれば誰でもちゃんと見えてしまうあやういサインでもあります。ちゃんとしたビジネスマンも、横領をしているお役人も、口利きをしている議員秘書も、ヤクザも、みんなネクタイをしています。サラリーマンをやめてからというもの、今はネクタイにはあまり良い印象を持っていません。僕は相当にTPOに気遣うクライアントや打ち合わせ先に行くときや、冠婚葬祭のときぐらいしかネクタイを締めることはなくなりました。逆に言えば普段着の僕を見て仕事をしてくれる人と仕事をすることを大切にしています。
そして、若者の反逆心はとても大切です。僕はクールビズでノーネクタイが主流になると、無性にネクタイを締めたくなります。特にお役所に行くときは、みんなが着崩しているところにネクタイを締めて上着も脱がずに訪ねます(笑)。スーツを着崩すことが反逆心を表すこととはちょっと違うんだ・・・ということも、国母君に教えてあげる人がいなくて、またまた「かわいそうだなあ」とも思いました。サッカーの中田さんなんかはとてもオシャレにスーツを着こなしていましたが、それでいて反逆心はオーラとして漂っていました。そんな、高度なテクニックを、世界を羽ばたくオリンピック選手ぐらいになったら身につけておいた方が、さらにご本人の世界が広がるのになあと思いました。あれじゃあ、日本の中高生ぐらいからしか理解を得られません。それは損です。
あ、オリンピック選手に対して偉そうなことを言っているわけですが、これはほとんど親心なのです。最近、オリンピックを見ていても「こんなに立派に育て上げたご両親を尊敬しちゃうなあ」と、もう親目線でしか見られなくなっています。国母君がウチの少年団にいたら、こんなことを言っただろうなあ・・・という、小うるさい親父の小言なのです。その程度のことなので、JOCやメディアあげてこのことを取り上げていること自体が、くだらないのです。
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›2 09, 2009
札幌での光景
Posted by Tatsuya at
22:24 /
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札幌に出張。そういえば、札幌雪祭りの期間中で、打合せまでの時間に少しだけのぞく。はじめて見ました、雪像。すごいなあ。札幌は雪祭りの観光シーズンと同時に受験シーズンらしい。
夕飯はお客さんと会食をすることが多いが、今日は一人でとんかつ屋へ。一人になると必ずトンカツだ。カウンター席に一人ですわって生ビールを飲んでいると、横のテーブルに高校生ぐらいの学生が6人ほど。あどけない表情の男の子達が、こんな時間にどうしたのかな〜と思っていたが、聞こえてくる話によると地方から札幌に受験で来ているらしい。無邪気にふざけあいながら、みんなで一心不乱にカツ丼定食をかき込んでいる。
そうかあ、ゲンを担いで「カツ」かあ・・・かわいいなあ・・・がんばれよ〜
我が家の息子が6年生になることもあり、最近どうしても受験というものを意識せずにはいられない。友人から聞く所によると、何でも実家の東京ではかなりの割合の子供が中学受験を受けるという。僕や家内は、中学受験なんてしなくていいよと話しているものの、自分の時代の判断基準を当てはめてはいけないのだろうな・・・と、情報収集だけは続けようと思う。
どう考えても、ウチの息子達が大学に進む頃にはとっくに全入時代になっているだろうし、よくいう学歴というのも、関係のない世界に入ってしまえば本当に関係がない。そんな中でセレクションがある意味は何なんだろう?と悩んでしまう。いずれにしても、あれほど勉強をする時というのも一生に何度もないわけだから、受験か卒業のどちらかのためにはちょっとぐらい頑張るのも悪くない。
それにしても、受験というものに子供や親を駆り立てるものは何なのか?競争心?これは何から生まれるのか?
一方で「No1ではなくOnly1」なんていう競争社会に対するアンチテーゼも見られるが、「みんなが一等賞」なんていう運動会もあるようで、それも「どーかなー??」と疑問に感じる。水泳やスキーレーシングで頑張っている息子達を見ていると、こんなに競争心を通して強い体や向上心を育めるのも子供のうちだけだ。大人はこんなにあからさまに競争はしない。
恐らく受験における序列化と、それに煽られた子供達の競争心は、会社としての大学同士の競争を映し出した光景だ。それは企業として、また教育という社会的な機能を担う場としては慎むべき態度だと思う。大学が生き残りをかけるというのは、教育が生き残りをかけている構図と一緒だ。誰もが受けたい教育を受けらるようになってほしいと願う。
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›3 24, 2005
人と自然と世界遺産
3月22日、アイヌアートプロジェクトの結城さんと、石井ポンペさんとでミーティング。その後、小野先生の講演も一緒に聴いた。
シンポジウムは人と自然とのつながりがテーマだが、その先に先住民族の自然保護地域管理というものを軽〜く見据えた、小野先生らしいアレンジが素晴らしかった。先住民族が中心テーマではなかったのだが、講演後のパーティの直前、突然ポンペさんが「パフォーマンスをするから、ちょっと司会に話し通しておいてよ。」と、どこにしまっていたのかドラムとムックリを準備し始める。結城さんも驚きながら「オレは、何にも持ってきてないよ〜」と半ば呆れて笑っている。
小野先生に話をつないでもらい会の半ばでポンペさんたちが紹介された。ポンペさんはドンドンと太鼓をたたきながらステージに上がり、全く打ち合わせも何もないのに堂々と、しかもユーモアたっぷりに先住民族として海外からのお客さんに歓迎の挨拶をする。さすが、国連でもパフォーマンスをしてきた人だ。
ポンペさんはムックリの名手でもある。アイヌの世界では女性の楽器であるムックリを自在に操り、観客をすっかり魅了していた。パフォーマンスを終えるとポンペさんの周りには人の輪ができていた。「これだけでクロスカルチャーだね。」小野先生の研究室を卒業し、4月からShinraにスタッフとして加わる西原君とそのシチュエーションを楽しんだ。
斜里からの帰り道、車の中でポンペさんはこんなことを言っていた。「オレの話なんて誰も聞いてくれなかった。本当に何10年と活動を続けてきたが、いきなり話をしても誰も聞いてくれない。でも、あるエカシ(長老)が面白おかしく和人の悪口を歌にして歌っていると、多くの日本人が大喜びでそれを聴いていたんだ。オレはこれだと思ったよ。歌は人と人とをつなげる。今日だって、歌う前はオレの周りには誰も来なかったけど、歌ったあとはよばれなくても人がオレの周りに集まってきた。そこではじめて『話』ができるんだ。」。そして、かつてエカシが歌っていたという曲を歌ってくれた。
土地を奪われ、鮭を奪われ、文化を奪われ、名前を奪われ…なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
僕たちは4月から地元のアイヌが中心となった取り組みをお手伝いする。僕たちに課せられた課題は『話』のきっかけ作りだ。
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›3 08, 2005
(エコ)アンリミテッド
自称カリスマ・エコDJ
やまだひさし初の単行本は
ツアー本?グルメ本?
「やまだひさしの日本縦断(エコ)アンリミテッド」
2005年3月10日(木)発売
四六判変型 定価1,890円
ソニー・マガジンズ
あの、やまだひさしが日本全国選り抜きのエコ・スポット11ヶ所へ出かけ、飲み、食い、そして人々と語りながら環境に思いを馳せてゆく。
もともとアウトドアが苦手のやまちゃんがカラダを張って登山、スノー・トレッキング、カヌー、農作業などに挑戦!そうした「エンターテイメント」や「食」を通して身近な視点から環境について考えた一冊。
最終章の沖縄ではGLAYのTAKUROとのダイビング&エコ対談を収録。森のこと、川のこと、海のこと、そして人々のくらしのこと。やまだひさしの暖かい、時に熱い思いがいっぱい詰まっています。
あなたもきっと出かけてみたくなるはず!
そしてちょっとだけ環境のことを考えてしまうかも?
しかも単行本では初の、全編に森林育成に寄与する間伐材紙(間伐材パルプ10%古紙再生紙90%)を使用しています。
<主な内容>
知床流氷ウォーク、伊賀モクモクファーム、四万十川カヌーくだり、屋久島トレッキング、水俣エコタウン、白神山地の銘酒、唐桑の牡蠣養殖、練馬の野菜など
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›2 21, 2005
小論文自動採点システム
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池田先生のホームページで「日本語小論文評価採点システム」というのが紹介されていた。
http://coca.rd.dnc.ac.jp/jess/index.html
しっかし、面白いなあ。
自分で設問を作って自分で回答する。面白いそうなので、このBLOGでのエコライフイベントについての書き込みを使って評価してみた。ちなみに設問は、
「昨今『エコ』と言う言葉が氾濫しているが、どのような問題点があると思われるか。実例を上げ答えよ。」
果たして結果はいかに??
—結果—
修辞 4.5 ( 5 )
漢字の使用がやや少ないように見受けられます。
長くて難しい語がやや少ないように見受けられます。
論理 2.0 ( 2 )
内容 2.2 ( 3 )
分量過少による減点 0
最終得点 8.7 ( 10 )
ウ〜ム
この得点、どう考えたらよいのだろう???
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›9 11, 2004
子供とメディアと自然保護
Posted by Tatsuya at
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息子が「今日も学校でヒグマレクチャーだったよ!」と言っていた。いやあ、レクチャーはいいんだけどさあ、やるたんびにマスコミを連れてくるっていうのはどうなのかねえ?
「今日なんか電車のレールみたいなのにカメラを載せて録っていたさ!」…おいおい、映画じゃないんだからさ。いやあ、いいんだけどさあ…子供をダシに使うのはやめてもらいたいなあ。私立学校ならまだしも、町立学校でさあ、一体どうなってるのよ?
子供に教えることは大切なことだが、メディアを入れる必要がどこにあるのだろうか?1年生が下校途中につかまえられてインタビューを受けるなんて、ちょっとイジョーだよ。学校側にもメディア側にも、もう少しデリカシーが欲しいなあ。
そしてそういうのはいつも「ヒグマ」に関する特集だ。知床のヒグマ問題は大切な岐路にさしかかっている。ここは議論を避けてはいけないところだが、痛いところに目を向けず、それをこうした子供を使ってのイメージ作戦で覆い隠そうとしているように感じる。そんなに周りの目が気になるのかねえ。
折りしもエゾシカが過保護の結果増えすぎて、今、知床の森を壊しはじめている。農作物などへの被害も深刻だ。これをどうするか…。同じことが、ヒグマでも起こりつつあるのである。ヒグマを怒らせる人間だけがが悪いわけではない。過密、「追い払い」と言いながら人馴れしたクマを作ってしまった現実、そして情報の閉鎖性も問題なのだ。でも、「駆除」とか「人命」というセンセーショナルな言葉の影に、冷静な現状把握がすっかりないがしろにされている。そして何だかよくわからないイメージだけが先行している。
「あとは人間の側の問題です。」もっともらしく研究者は言うが、それってほとんど何も考えていないに等しい。単に人間の存在を否定しているに過ぎない。
「自然保護の問題は、人間の存在可能性の問題だ。」
と、ある教授が発言していたが、人間の存在を否定しての「自然保護」なんてありえない。
自然を語るときの難しくも根源的なテーマで、こうした素敵な議論をできるなんて、ある意味とても恵まれた機会だ。このような世界で生きてきているひとは、これほどまでの醍醐味を感じることは、後にも先にもないだろう。メディアでイメージアップを図る前に、しっかり地域で議論しようぜ。
※何度も書いていまずが、僕は「自然保護」と言う言葉を普段は使いません。→記事
※先日、学校に申し入れをしてきました。親として(笑)。ヒグマの保護管理云々ではなくメディアリテラシーの観点から。
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›8 24, 2004
…そんな瞬間
Posted by Tatsuya at
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先日、中学時代の恩師の池田先生から不意に電話があった。
1月ほど前、出張先の札幌のホテルでTVをつけたら池田先生が出演していてびっくりした。彼は、国語の授業にディベートを取り入れた第一人者で、そのNHKの番組もディベートを取り入れたいわば"国語ワークショップ"みたいな授業の紹介だった。TVの他にも教職員向けの著作なども多数で、今では方々から講演の依頼などで引っ張りだこだそうだ。電話が来た日も新潟に講師に呼ばれていたとのこと。すごいなあ。
池田先生は、受験だけではなく「大人になるということ」を、何だかとても切なく、熱く、教えてくれた人だ。多感な時期なので印象に残っているというだけではない。きっと、当時からいろいろな手法を取り入れ、多角的に国語を教え、そして国語を勉強する意義をしっかりと僕たちの時間に刻んでくれていたのだ。彼が話してくれた中で、僕が大好きなこんな話がある。
「何もかもが輝いて見え、世の中すべてのものに感謝したい気持ちになる瞬間が、必ず来る。」
細かな言い回しは忘れたが、そのときから僕は自分自身の人生において、この「何もかもが輝いて見え、世の中すべてのものに感謝したい気持ちになる瞬間」を求めて、ずっと歩んでいるような気がする。修行が足りないのかなあ、僕はそんな瞬間を未だ体験したことはない。
池田先生はホームページを立ち上げている。僕もこのBlogで触れた「メディアリテラシー」についても授業で取り上げていることを知った。
池田修 中学校国語科・学級経営のページ
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›4 07, 2004
入学式〜管理教育
Posted by Tatsuya at
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今日は息子の入学式だった。親子共々はじめての体験に、とびきりのおしゃれをしてでかけてきた。
先ず感じたのは、管理の厳しさ。僕達が小学校、中学校の頃というのは、「校内暴力」なんていうのが終息しかけていた頃だった。ひどい荒れ様に、教師たちは管理を厳しくしていく方向ばかりを示してきていたのを、よく覚えている。恐らく「管理教育」なんて言葉が市民権を得たのも、この頃からだったと思う。そして、僕達はこの「管理」に抗った最後の世代かもしれない。
僕の通っていた中学校は公立にも関らず、校則も制服もないところで、都内ではそのユニークさでとても評判の学校だった。もちろん先生や父兄のバックアップが素晴らしかったのだろうが、僕達はとても「自由」を感じていた。でも「自由」という言葉を安易に使う生徒は少なかった。「自由」を勝ち取るためには「自主規制」や教師達からある程度「自立」していなければならないことを、みんなが共通認識としてもっていたからで、そこには大変な苦労が待ち受けていることを知っていた。
そんな中、僕たちが合言葉のように大切にしていた言葉が「自主性」だ。本当にことあるごとに「自主性、自主性」と言っていたように思う。悪いことをしていても、教師からではなく、先に同級生や先輩から指摘を受けた。「そんなことをやっていたら、教師達に足元を見られて自主性が揺らぐぞ!」という具合に…。それは恐怖政治ではなく、本当にその「自主性」というものに、みんなが誇りをもっていたのだ。実際、文化祭や体育祭、朝礼に至るまで、教師が少しでも関与することを最大の恥としていた。生徒主催の総会やイベントがたくさんあって、教師にとってはそこに出てくるか出てこないかが、一種の踏絵のようになっていた。サポート役に徹し、敢えて表に出ようとしない人が、個人的にはポイントの高い教師像だった。
それでも、当時はウチの学校でもご多分に漏れず管理教育をすすめる動きが目に見えて活発になってきた。当時でも子供ながらに愚かな方向性だと思っていたが、今はそれが脈々と受け継がれているんだなあと実感。良くも悪くもお行儀の良い子供達、「君が代」「日の丸」…。ああ、あの頃もう少しがんばっていれば…とかつて生徒として「管理」に抗ってきた思いがフツフツと沸いてくるが、「子供を人質にとられているのよ。」というカミさんの言葉にグーの音も出ない。僕の頃とはくらべものにならない管理教育に我が子を送り出すことを、正直、「かわいそう…」と思うのだが、できるだけポジティブに送り出してあげたいと思う。
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›3 03, 2004
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›2 15, 2004
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›9 22, 2003
メディアの裏側にあるもの
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今日からNHKの取材を受けている。世界遺産に絡んだ話で、今日は僕達のツアーの様子の撮影やインタビューなどを受けた。特にテレビは膨大な取材の時間のわりに、実際に使うのは本当にごく一部だ。以前勤めていた会社で商品VTRの製作などに携わっていたときに聞いた話だが、テレビでは伝えたいことの10%も伝われば良い方だそうだ。でも、その僅かな部分にどれだけ自分たちの思いをエッセンスとして注ぎこむかに全神経を集中するので、メディアの対応はいつもへとへとだ。そういう点では、こういったインターネットでのパーソナル・パブリッシングは作業量は多いけれど、伝えたいことのほんとに細かなニュアンスまで伝えることができるのでとても有効だ。特に、世界遺産のような政治的な話題になったとき、「自分の言葉」で語ることができるメディアを持つことは、とても大切なことだと思う。そんな『インターネットと市民』について僕のお友達の浜田忠久さん・小野田美都江さんが本を出した。
まだ読んでいないのでこのテーマについてコメントすることは気が引けるが、浜田さんたちが書いていることは、もう読まずともシェアしているつもりだ。(違っていたらゴメンナサイ!今度ちゃんと買います)。マスメディアで流される情報について、多くの人が何の疑いもなく受け入れている。それは世界中どこでも同じ状況なのだろうし、メディアも視聴者が理解しやすいようなプレゼンテーションのノウハウを積み上げ、そして技術も進歩させている。僕はそれ自体は悪いことではないと思う。だけれども、情報を受ける側にどれだけ“メディアの裏側にあるもの”を想像する力を持っているかについてはいささか不安がある。
インターネットは確実にそれを補完する能力を持っている。先のイラク戦争でも、僕はCNNを見ながらアルジャジーラのホームページを見、現地から送られてくるおびただしい数のメールを読んだ。どれが正しくてどれが間違っているかなんて僕には関係ない。どちらの見方でもない「僕」がその情報を、どのように咀嚼し、どのように行動するかが大切なのだ。
でも、「マス(大量の)メディア」というだけあって、圧倒的な情報の洪水は人々を動かす大きな力になる。僕達は“繰り返し”やインパクトの強い“演出”に弱いから、いつの間にかマスメディアに躍らされる。そのとき、自分がどれだけ自立しているかを試されるのだ。しっかりと自立した個人が、真の意味で民主的な社会の中で生きていられれば、インターネットの真価が試されるのだろうが、現代においてはちょっと厳しいなという印象を受けている。日本においても、メディアリテラシーの考え方にもとづいた教育が根付くことがたいせつだ。その先駆をNPOで進めているのが浜田さんたちだ。Respect!
浜田さんたちも一度知床に遊びに来てくれたことがあった。虫嫌いの小野田さんが「雪虫」に興味を持ってくれたのが面白かった。知床もそろそろ雪虫が舞う季節。久しぶりに、NPOの先駆達とゆっくり語り合いたい。
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