›5 14, 2010
食べられる石けんfeat "casalinga"

昨年からツアーに参加いただいた方やcafepathにお越しの方のみに販売させて頂いている、標茶のcasalingaさんとのコラボ石鹸が好評いただいています。標茶の主婦の大島さんという方が、小さなお子様の子育てや家事の余裕をみて作っているものなので、たくさん仕入れて販売することはできません。それだけに素晴らしい石鹸です。今回は"ヨモギ""ヨモギミルク""白樺"の3種類です。
casalinga×shinraコラボ石鹸
新しい石鹸は
よもぎミルク
白樺
「よもぎミルクは、その名の通りよもぎにミルクを加え。保湿力がUPしてます。
白樺は白樺の樹液を採取(標茶町で)し、水の代わりに石けんに練りこみました。」
今月末に納品可能な石鹸は
よもぎ
よもぎミルク
白樺
¥700(込)〜cafepathにてお求めいただけます。
また、興味のある方は、可能な範囲でお分けいたしますので、ご連絡ください。
昨年、スタッフのもみちゃんが標茶の大島さんとのご縁から「アイヌ民族の石鹸を作ろう」という話から、このコラボが始まりました。もちろん厳密にはアイヌ民族の石鹸とは呼べません。しかし魔除けの意味があるヨモギを練り込んだり、ベカンベ(菱)の実を擦り込んだりと、文化を解釈したのではなく、祈りや思いと言った魂を解釈した商品です。
大島さんは「小さな子供の子育てをしていることもあり、全て食べられる材料のみで作りたい」といいます。「食べても大丈夫」という表現じゃなかったところに、ドキッとしたのでした。もちろん食べても美味しくないですが、それだけ体に害のあるものは一切含まれていないのです。
僕は何を隠そう化粧品好きです(笑)。女装をしているわけではないのですが、スキンケア商品にはちとうるさくて、表示成分の中の有害物質は全て把握しています。はっきり言って「毒」が入っているまやかしの化粧品が多い中、体も顔も心配なく一つの石鹸で洗えることの素晴らしさを知ってもらいたいと思います。
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›6 24, 2009
利用・コントロール・実験
Posted by Tatsuya at
16:06 /
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Eco-Eco
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知床五湖で「知床五湖利用コントロール導入実験」が行われました。僕も昨日担当する予定でしたが嵐でガイドすることができず、今日、shinraの他のガイドが担当するツアーに客として参加してきました。

ツアーは先日から来ていただいているかの有名なエコツーリズムエージェントリボーンの先住民族エコツアー。本当は1日知床周辺のチャシを巡る予定でしたが、昨日実施できなかったメニューをギュッと詰め込まなければならないこともあり、急遽先住民族ガイドの早坂さんが五湖のガイドも担当することになりました。
この制度は「ヒグマの出没」によって恒常的に閉鎖されている知床五湖奥の遊歩道を、ヒグマ対応ができる引率者のもと、限られた人数・時間でのみ楽しめるようにするという入れ込み制限です。お役所は「調整」というのですが、実際は環境省の「利用調整地区制度」や「エコツーリズム推進法」など、いくつか候補が挙がっている法の網をかけるいわば「規制」。ちなみに僕は「規制」することも、行政の意志であれば尊重するべきだという考えを持っています。しかし、お客様が「規制」と感じる必要は全くありません。そういう点で、ガイドがサービスとしておもてなしをするという発想の今回の実験に至る過程は大事にしたいと思い、この「導入実験」にも協力をしています。
この制度では、ヒグマが出没した際にヒグマの行き先を塞ぐことなく、うまくエスケープするためにある程度間隔を置いてガイドがお客様を引率し遊歩道に入っていきます。また、ヒグマ出没時の対処方法などのレクチャーを事前に行う必要もあるために、スタート前にさまざまな手続きをしました。面白いのはレクチャーを受けた人がうけとる認定証。

僕もお客さんと言う立場でしたのでこの輝かしい認定証を手にしました。

知床五湖はいつものことながら素晴らしい景色。ヒグマがでてきてくれればこの実験の趣旨にも合う(?)のですが、わずかに痕跡がある程度。そんなに出てくるものではありません。恐らくこれからも出くわす機会はほとんどないでしょう。

それよりも、今日気になったのはお客様の受け取り方。"国立公園の「利用」、利用者の「コントロール」、利用者への「実験」"・・・と、考えてみたら言葉にすると失礼なことを僕たち地域はお客様に押し付けていたのではなかったのか?と反省しています。行政がつけた実験の名前「知床五湖利用コントロール導入実験」というように、お客様を単に「利用者」「コントロールする対象」「実験をする対象」というような姿勢を見せていなかったか?ということです。

もちろん言うまでもなく、管理者サイド(行政)もガイド事業者も、地元の観光業者もお客様を大切に思う気持ちには変わりはありません。管理者は事故が無いように遊歩道を整備していますし、ガイドも限られた時間で充分知床を知ってもらおうと、おもてなしをしています。双方、事故が無いように細心の注意を払っていますし、事故が起きた際のリスクマネジメントもそれぞれの主体が切磋琢磨しているところです。
しかし今回の制度の特徴は、管理者の立場がぐっとガイド事業者の領域に入り込んできたことです。管理者はある範囲の安全管理をガイド事業者に委ねるために、ある一定の条件や仕組みを要請してきます。そんな議論の中で行政の立場は充分に理解できるのですが、残念なのは今はこれが一方的で、僕の言うようなおもてなしの領域を管理者サイドが理解するに至っていないということです。係のスタッフ達はにこやかに誠実に一生懸命やっていましたが、行政を中心とした事務局が設けた受け付けの仕方、アンケートの取り方、電機柵の貼り方一つ一つを見ても、お客様を見つめる立ち位置に大きな違いがあり、その溝は容易には埋まらないだろうなあと、ショックを受けています。そして、それをチェックしてきたつもりでしたが、全くできていなかった自分に自己嫌悪を覚えています。お客様の立場で参加して見えた現実です。猛省。
行政と民間が連携する際の、行政側の致命的なまでのホスピタリティの欠落という溝を、これから埋めていく努力をしなければなりません。先日テレビでマナー研修をやっている自治体の様子を見ましたが、同じように一から理解してもらうしか無いのでしょうか。ちょっと気が遠くなってきました。
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›6 11, 2009
自然環境保全とリスク
Posted by Tatsuya at
10:00 /
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Eco-Eco
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知床でさまざまな活動をしていると感じることが一つあります。それは「正論は聞き飽きた」ということです。
今、環境の時代に入り誰もが自然環境を大切にしようということが行動指針の一つになりました。全ての人や企業(といっても過言ではないと思います)が、自然環境に及ぼす影響を最小限に抑えようと思いながら、生活や事業を行うようになりました。
でも、知床で議論が紛糾するのはなぜか正論です。「この素晴らしい知床の自然環境を未来永劫保全しよう」とか、「知床の生態系の多様性を維持しよう」とか、いろいろな言い方はありますが、これに反対する人は誰もいません。なのに、議論は紛糾します。これは何故なのでしょう。
とても乱暴な例えかもしれませんが、「私の方が彼を愛している!」「いや、私の方が彼を愛している!」という言い争いに近いからです。そういう時間はムダ。「知床を愛してやまない人が集まりました」でその議論は終了。で、次が大事なのです。
そんなことよりも、管理者がどうしたいか、利用者がどうしたいか、第3者の利用者がどうして欲しいか、の意志のぶつけ合いが大切です。そして、各主体の意志の裏に、背負うリスクの大小を意識する必要があります。
僕は日本で自然を語る際に最も足りないのはこの部分だと思っています。自然雑誌のBe-PALが「日本人には野生力が足りない」というメッセージを出しましたが、僕も全くその通りだと思います。自然は優しくて、美しくて、僕たちを癒してくれる面もありますが、それと同じぐらい、とても厳しく、残酷で、グロテスクな面も大切です。ゲリラ豪雨なんて言うけど自然に対してゲリラはないでしょう。防衛本能をなくしている僕たちが情けないだけです。
自然保護に際して「人間は自然に対して何もしない」というのも一つの意志です。同時にそれはさまざまなリスクを背負うことも同時に腹をくくらなければならないのです。
例えば、知床の場合はヒグマが生息しています。食物連鎖の頂点にある彼らが生息しているということは、生態系が理想に近いカタチで保たれていることを意味します。僕はこの環境を維持したいと思いますし、このすごさを多くの人に知ってもらいたいという意志をもっています。この点だけいえば「何もするな」という意志も持っています。ヒグマは臆病で控えめで山菜ばかり食べている平和な動物です。「クマ出没注意!」なんていう凶暴なイメージからはかけ離れた実態を持っています。僕たちはそうした様子を多く見てきたので、共存の可能性という道を選ぶと言う意志を持っています。
一方で、やはりヒグマは猛獣です。どんなに注意していても一発のパンチで僕の内蔵はえぐりとられるでしょう。ヒグマに襲われた死体はそれはそれは惨いものです。自分の子供がそんな死に方をしたらと思うとぞっとしますが、そのリスクを背負っています。
行政も同じです。自らが管理している国有林や国立公園でヒグマによる事故が起きたら、必ず管理責任を問われます。他の地域でやっているように見つけたら射殺をしてしまえば、そのリスクを背負う必要は無くなります。しかし、知床に関わる行政はヒグマを保護する意志を持っています。ちなみに知床の多くの主体が関わり、新しい取り組みの第一歩を踏み出しました。問題は山積みですが、確実にどこかに向かって歩み始めたことは事実です。僕は強硬に反対もしてきましたが、長い視点で見れば素晴らしいことだと思っています。
ところで「自然保護」という言葉や思いには「自然からうける恩恵のイメージ」が強く作用している気がします。僕は北海道の針広混交林が「自然」だと思うし、素敵でもあり極めて危険でもある原生林を歩いた時の内面に響くスピリチュアルな雰囲気が好きです。しかし、家内のお父さんはインドネシアの田圃が「自然」だといい、その風景に癒されると言います。僕は泳いだりサーフィンしたりが好きなので、海の表層1mぐらいの自然ならよく知っていますが、ダイビングをされる方は20mの海中こそが自然だと感じているでしょう。実家に帰ると3面護岸の川でコイを釣るのが今でも楽しみです。それは僕の子供の頃の「自然体験」に他ならないのですが、そんな川は「自然」じゃないという人の方が多いでしょう。僕が幼少の頃は、実家近くの多摩ニュータウンの山という山が削られて、せっかくの遊び場が無くなったといつも泣いていましたが、知床から来たうちのチビ達が、再生された森や川で楽しそうに遊んでいます。気がついたら木は大きくなり、30年前は人工のドブにしか見えなかった川に、たくさんの水生昆虫が蘇っていました。それは、ウチのチビ達にとって「自然体験」でしょう。
冒頭でも書きましたが、どんな自然を保全したいのか?と言うことは「自然からうける恩恵のイメージ」が個人的な経験にすぎないので、話し合いで解決することではないような気がします。それよりも、特に都市部の自然環境を取り巻く課題に要求されていることは、ウカウカしているとどんどん育ってしまう子供達に、年齢に応じた今できる自然体験をさせることです。そして、決してマイナスの情報を入れないことです。僕も当時、大人が破壊した自然の記憶は鮮明に残っていますが、一方で僕なりの自然感は育っています。確かに怒りに伴う記憶も多いですが、今では自然環境に関わる仕事をする上でのパッションになっています。そういえば、小さい頃、東京都の環境週間のポスターに、多摩ニュータウン開発で見てきた破壊の様子を絵にしたら、入選し東京都から表彰されたこともありました。ニュータウン構想を推進する東京都が僕の絵を表彰してくれたことって面白いと思いませんか?どのような思惑があったにせよ、当時、僕は自分のメッセージが伝わった気がして、心の中の何かがスッと晴れた感覚を昨日のことのように覚えています。自然を破壊するのも大人、傷ついた心を救うのも大人。その両面が都市部の大人の持たなければならないリスクなのかもしれません。
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›2 23, 2009
「ムダ」と「無駄」
Posted by Tatsuya at
13:03 /
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結局、先日の低気圧は強い吹雪をもたらしました。珍しく、大きな雄ジカが我が家のそばに避難してくるほど。
僕も阿寒に用事があり出かける予定でしたが、通行止め区間が多く出発の時間を大幅に遅らせて家を出ました。何より、車を掘り出すのと、重機で道路を開け、家から出られるようになるのに随分と時間がかかりました。

全く雪かきは不経済な仕事です。右にある雪を左に動かしているだけ。それを延々冬の間続けるために、人の労力と時間や重機の費用を費やしています。春になったら融けてなくなるものを、コストをかけて右から左に・・・。しかし、この作業は、考えたらダメです。不経済だとか、効率よく・・・とか余計なことは考えないことが大事なのです。思えば北海道の暮らしはこんなことだらけです。
我が家は薪を冬の暖房に使っています。油代がかからず、しかもムダに伐られた(そればかりではないですが)木をせめて自分たちの暮らしに役立たさせてもらおうなんて言う、エセエコな発想ではじめたのですが、薪を集めにいくトラックの調達や油代、薪を割る労力と時間は確かに計算していくと燃焼カロリー換算で言えば、灯油だろうが薪だろうが同じになるように感じます。
それから、北海道の車社会。車の移動時間のコスト換算はひどいものだと思います。それも、こちらの企業では勤務時間に組み込まれているでしょうから、都市部での労働者の生産量とは比べ物にならないほどのロスを生み出しているはずです。
これらを「ムダ」とか「ヒヨウタイコウカ」で片付けるフシが、特に政治家や官僚の言動でしばしば見られます。行政の事業のうち地域性によるこうしたムダを全国一律で換算すると、確かに吹雪の無い東京に比べれば余計に税金が投入されているでしょう。しかし、民間の手法を学んでいただくことも大切ですが、まさに行政で賄うべきコストまで民間ふうにコストカットをすることは筋違いです。その地域の特性にあった人の暮らしがあり、独自のコストがかかります。それを経済活動に照らし合わしさえしなければ、決してムダという意味あいのものではないはずです。
経済的な発想法に浸りきっている僕たちの思考回路は、雪かきの虚しさをコスト換算してしまいがち。でも、雪の大変さを町中で共有したり、薪集めのコミュニティができたりとコストでは代えられない、人間らしい潤いが地方の暮らしにはあります。そして、それこそが都市部が取り戻そうとしていることではないかしら。
そういえば「無駄」は駄賃が無いと書きますね。確かに自分の家の前の雪かきをしてお金をもらおうとは思いません。1時間の打合せのために往復2時間車で移動することもありますが、その打合せからは生産性の高いアイデアが生まれることだってあります。駄賃がもらえないからやらなくても良い、ムダと言っていては、北海道では死んでしまいます。右から左に雪を動かしていると書きましたが、地球規模で見れば北半球と南半球で半年ごとに水分を貯蔵し、大気中の水分量を調節しているわけで、地球から見てもやはりムダではありません。「無駄」を徹底的に追及してみることも、敢えて今の世の中には大切なような気がしています。
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›2 19, 2009
「自然環境と調和する」っていうけど
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11:17 /
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いつものポイントが凄いことに。波乗りをするようなサイズの波が「氷泥」と呼ばれる氷のシャーベットで割れていました。氷泥でサーフィンできないかな〜としばらく見ていると、いつも流れている強いカレント(海流)が、個体として不気味に流れているのを見ると、こりゃいくら何でも無理だ・・・と諦めました。
程よい氷のばらつきの中、流氷と一緒に波乗りをするのが夢。でも、普通の海でも波が立ち、それを整える微風が吹き、しかも自分のスケジュールと体調のすべてが揃うのは奇跡に近い条件。それに加えて、危険じゃない程度の氷が程よく浮かぶ・・・なんて状態には、恐らく一生かかっても出会えないかもしれません。しかし、そのThe Dayに備えることを考え、自分の暮らし向きを見直すことは「自然と共に生きる」ことを考える上でとても有効です。
それにしても、沖に流氷がある時は波は立たないものなのですが、これだけ波があるのも珍しいですね。

午後は近くのスキー場で打合せ。先のエントリーにも書きましたが、北海道のスキー場は、どこも存続の危機に立たされています。財政難に加え、温暖化による(?)気候変動で雪が極端に少ないのです。そういえば、先日も強い冬型の気圧配置になり、北風が吹きましたが、ほとんど雪が降りませんでした。普通ならこの風向きなら雪が降るだろう・・・という予想が全くはずれます。大気中にある水蒸気量が地球規模で偏っている気がするのは僕だけでしょうか?
雪が降らない北海道、乾燥し大規模な山火事が発生するオーストラリア、そして局地的な集中豪雨・・・これらは、全て同じ現象のような気がしてなりません。
打合せの中で、長年圧雪車のオペレーターをやっていらっしゃる方からは「技術的に雪をしっかりと残す余地はまだまだいくらでもある」と伺いました。「温暖化だ」「不景気だ」といって諦めてしまっている雰囲気は、僕もとても気になるところです。そんな中、やれることをやる、という程度のささやかな取り組みを来年度から行う予定です。しがらみにとらわれず、多くの人が関わるという枠組みが作れそうな予感がしています。気候の変化に合わせて、人の取り組みも考え方も切り替えていかなければなりません。温暖化を防ぐことを考えると同時に・・・。スキー場での取り組みについては、具体的になりましたらまたお知らせします。
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›11 18, 2005
Featスターリングエンジン
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22:26 /
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スターリングエンジン!古くて、ハッピーなエコ発電システム。もう少しで日の目を浴びるのか!?
スターリングエンジンを知ったのは3年ほど前。大きな大きな風船が1日の寒暖の差で、膨張と収縮を繰り返すエネルギーを使うというもの(うる憶え)で、あまりにおおらかでハッピーな感じがいたく気に入っている。ずいぶんと古いアイデアだそうだが、実現させるには課題が多すぎるのだそうだ。
それがここに来て日の目を浴びつつある(!?)。カリフォルニアの電力会社がこのシステムを導入した大規模な発電施設を建設するというのだ。
→Hotwired
ハッピーすぎるぜ!
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›7 12, 2005
先住民族エコツーリズム〜モデルツアー
モデルツアー当日、前の晩OKIさんのライブの打ち上げで全員飲みすぎみんなが起きられるか心配したが、さすが今日は気合の入り方が違う。僕もポンペさんに頼まれた伝統的なハーブティーを煎れ、資料をコピーしてから集合場所の酋長の家に駆けつけた。
心配していた空模様もちょうど良い程度の曇り空で、絶好のモデルツアー日和。参加者は東京から6人、地元標津から2人、網走から1人、札幌から1人で定員一杯、それと同じぐらいの数の関係者と報道陣というアットホームな雰囲気。僕の方からスケジュールのご案内と注意事項などの事務連絡、そして代表である梅沢さんの挨拶、皆さんの簡単な自己紹介を終えて、早々にポンペさんにバトンタッチ。
さっそく、「今日一日の無事を祈ってお守りを作りましょう」とポンペさんが予め用意してくれていたヤナギで作ったミニチュアのイナウのようなものと、中空の茎、麻ひもを各自に渡し、かわいいネックレスを作った。ステキ。
車に分乗して先ずはチャシのあとに向かう。チャシから少し離れたところがスタート。ここから見ると海岸線にあるチャシの特徴がよくわかる。そして、振り返ると、海岸線には多くのチャシがあることも一目瞭然だ。
これから向かうチャシの上はとても狭そうに見えるが、20分ぐらいいたつもりが1時間もたってしまうような何だか時間軸がズレているような不思議な場所。戦争にも使っていたような砦のあとでもあるので、登るには少し苦労がいる。登ってまもなく黒曜石の矢じりを見つけた。あまりのGoodタイミングに「仕込んであったんじゃないの〜?」という冗談が出るほど。違うって〜!
登りはかなり急なので、前日中に西原君がザイルを張ってくれた。でも参加者からは、「登りにくいなら登りにくいでいいじゃない。ザイルとかはなくてもいいよ。」という意見と「と〜っても助かった!」という両方の意見。いずれにしても登るのにはちょっと無理がある。
登りはじめにポンペさんはそこらへんにたくさん生えているイタドリを切って、ひとりひとりに笛を作ってくれた。「クマが来ないように、みんなで吹きながら登りましょう。」切った長さによって音が違うので、ピーとかポーとか鳴らしながらがけをよじ登る集団はとっても異様で笑える。加えて、ときどきポンペさんがエゾニュウで作ったディジュリドゥで「ヴウォーッ!」とやるので、笑いが止まらない。すでにポンペワールド。
登りきるとそこには下から見上げたのでは想像もつかないぐらいの広い森が広がっている。高度にしてだいたい55mぐらい。100mは登ってきたような気分だ。ポンペさんは、これから先祖の家々に土足で入り込むわけだから、そのお詫びと道中の無事をお願いする意味でオンカムイ(祈り)をしましょうと、その所作を全員に指導する。いつも思うけど、この動作って本当に北海道の自然にぴったり。僕は、何かと個人的にもオンカムイの所作をするが、ホント涙が出るほどステキな動きだ。
チャシには竪穴式住居のあとがたくさん残っている。深いものだと2m近く掘り下げてある。その穴の真ん中には必ず石が複数置かれていて、ポンペさんは「かまどのあとだと思う」と言っていた。きちんと玄関があった場所から、5人ずつが順番に住居跡に入る。関係者は報道陣は入らなかった。周りから眺めていると5人の輪でポンペさんが何を話しているのかは全く聞こえなかった。でも、何だかそれぞれのグループごとの秘密のようで、ちょっとうらやましい。何の話をしていたの?
ツアー中盤、ポンペさんが「かつては恐らく広場にしていた…」という場所で、アイヌ民族に伝わるハーブティーでティータイム。シソ科の植物を乾燥させたものを煎じて、渋み付けにキハダの皮を少し入れただけの簡単なもの。冷たいのと暖かいのを両方用意して飲み比べてもらう。ん〜どちらも美味!
そのあとは余興のようにポンペさんの楽器演奏や(トンコリや太鼓持参…というところがお茶目)質問コーナー。とても深い話までできて楽しかった。
昼食をはさみ、午後はワークショップ。ポンペさんは、流木でトンコリを作ろうと初日に木を海岸で拾ってきた。そして、何と酋長の家の梅沢さんの奥さんもアイヌキルトを教えてくれることになった。ハワイアンキルトの人気が高いこともあり、女性から「アイヌ刺繍がやりたい」という要望をよく聞いていた。梅沢さんもずっとやりたいと思っていたとのことで、ちょうど材料が全てそろっていたところで、とても喜んでやってくれた。ポンペさんのアイデアで酋長の家の前でやっていると、案の定、見物人がたくさんやってくる。参加者はちょっと優越感。出来上がった作品は素晴らしく、特にトンコリは壊さないように空港でも持ち込み荷物にしていたが、それを手にしている姿がとてもかわいかった。ウチのツアーでもしばしばやるリースを持ち帰るときのよう。ステキなお土産。
かくして、3日間のイベントは無事に終了。同時にアンケートが集まってきているが、いろいろな課題も持ち上がってきている。これから、徐々に作り上げていくこと、そしてそれ以前に多くの先住民族と課題をシェアすること、そして祈りをささげることの全てに取り組んでいかなければならない。
ご意見お待ちしております!
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›7 07, 2005
先住民族エコツーリズム〜“魔”
小野先生を中標津空港で迎え、シンポジウムの会場である知床グランドホテルに到着すると、大学の軽音楽部のような大音響が駐車場に響いていた。そういえば、結城さんたちの車にアンプがいくつも積まれていたけど、今日使うやつだったのか〜
リハの会場ではすでに結城さんたちはハイテンション。打ち合わせに打ち合わせを重ねたワリに、当日やることが何なのだかさっぱり把握できていない。どうやら、シンポジウムのときにライブやポエトリーリーディングをやりたいとのことだった。小野先生もすっかりノリノリで、もうすでに操縦不可能な状態に。そのままの勢いで記者発表を終え、シンポジウムへと突入した。
結城さんは数日前に、
「あとから決まったんだけどさ〜2日の日に函館でカムイノミに呼ばれちゃってさ〜1日のシンポジウムは最後までいられないんだよ〜」とまたまたドタキャンすれすれ。カムイノミは一度やったら死ぬまでやめられないのだそうだ。
「もちろんそれも大切だけど、シレトコも大切だから、夜行で帰るよ。どこかまで送ってくれない?」
夜中じゅうドライブをして、その日の夜にまた夜行で帰るなんて…タフというか何というか…。結城さんはいろいろなカムイに引っ張りだこなので、いつも何かをやるときはこんな感じだ。美幌の夜行バスに結城さんを乗せるまで気が抜けない。恐いな〜こういうスケジュール。事故が起きないように…。
不思議な話しだけど、こういった魂のこもったイベントをやるときは、いつも直前に小さな事故が起きたり、あとからいくつものスケジュールが詰め込まれたり…と神様が何かといたずらをする。そういう状況になると「イベントやめようかな…。」と弱気に思うのだが、結城さんがアメリカインディアンのリーダーから聞いた話によると、こういったスピリチュアルな取り組みに対して神様はそれに関わる人たちの腹を確認するためにこういったいたずらをするのだそうだ。それでやめてしまうならそれまでのこと。今回も直前に梅沢さんや結城さんがお釜を掘られたり、いろいろなことがあった。「でも、それでもやるぞ!」という気迫がSIPETRUの面々にみなぎっていた。それぐらいのパワーがないと余計な魔をはねつけることはできないのかもしれない。
会場には60人以上のお客さんが来てくれた。結城さんたちのパフォーマンス、小野先生のポエトリーリーディング、ポンペさんの歌、トークセッション…どれもアットホームだけど、熱い思いがあふれ出ていた。「バンド形式でのパフォーマンスが一番やっていて楽しい。」と早坂さんが言っていたが、楽しんでやっていることが一番パワフルだ。
結城さんは何度も「歴史的な一歩」ということを言っていた。今までこういったことをやりたくてもやれなかった、アイヌコミュニティの事情を聞けば聞くほど、確かに画期的な出来事かもしれない。この「画期的感」を共有する人にとっては興奮のイベント初日だ。
イベントのタイムキープが素晴らしく、結城さんは余裕を持って美幌から夜行バスに乗ることができた。でも、踊りのときに脱いだ靴が会場に残っていた(笑)。「裸足で函館に行ったんじゃないの?」とみんなで笑っていると、OKIさんたちが到着。そのまま翌日のコンサートの前夜祭に突入。明日のライブは僕が考えているほど集客が伸びずちょっと心配…。つづく…
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›7 05, 2005
先住民族エコツーリズム〜彩雲
ちょっと盛りだくさんで頭がパンク状態。楽しい3日間でした〜
→共同通信(その1)
→共同通信(その2)
→毎日新聞
一気に書くにはちょいとパワーがいるので何回かに分けて書きます。
7月1日、
早朝に結城さんたちアイヌアートプロジェクトが到着。到着したことで先ず西原君と喜びを分かち合う。というのも以前、一緒にバンクーバーに行くはずが、前の晩にパスポートを無くしドタキャンされる事態を経験していて(笑)、「結城さんが来た時点で、今回のイベントは60%成功だね〜」なんて話していたのだ。案の定、直前までさまざまな変更や調整が相次ぎ、受け入れ側はすでにパンク。僕を含め、結城さん小野先生と全員がアバウトなこの集団は、エコツーリズムや先住民族云々よりも基本的なマネジメントが一番の課題だ(涙)。そんな中で西原君がよくがんばってくれた。
梅沢さんの酋長の家に駆けつけると、AAPの面々とポンペさんはホッケの焼き魚をおいしそうに食べていた。「おいおい!初日の朝食なんて予約してないよ〜。」梅沢さんも「食うなら食うと電話しろよ〜」と、2人で軽〜くキレる(笑)。ま、これもAAPの良いところなんだけど…。
その日は西原から、Shinraのツアーに参加することを薦められていたらしいが、大切な3日間を無事に終えるために、知床の先祖に軽く挨拶をしておきたい…と結城さんが言いだした。そこで、みんなで今回のモデルツアーでも使うチャシに簡単なお祈りをしにいこうということになった。
何かをやるときに先輩方に挨拶をするのはとても大切なことだ。アイヌ民族やマタギは山に入るとき、山で野営をするとき、獲物をとるとき、とったとき、山を去るとき…に毎回お祈りをする。狩猟採集を営む民族に共通した儀礼だ。
結城さんは言った。
「チャシはさ、生活していた場所でもあるけど、自分たちの猟場・漁場を荒らされないために、他部族との戦争のための砦でもあったじゃない。こうやって、札幌のアイヌが知床のチャシにやってくるということはその当時だったら戦争を意味していたよ。それに、和人に土地を奪われていく過程では、チャシは確実に悲壮な戦場だったはずでしょ。そこに、和人とアイヌが一緒に来るんだから…。お祈りしてさ、『こうやって、違う土地のアイヌと和人がこのチャシに入りますが、争うために来たのではありません。これから何をやっていけばよいのか共に考えるアイヌでありシサム(隣人)です。どうか僕たちのやることを信じて、心静かにお見守りください。』ってさ、先祖に伝えないと、この土地の神々がビックリしちゃうでしょ。」
コンビニでお祈りに使うお酒などもろもろを買い込みチャシに向かう。今まで見たこともないようなきれいな彩雲が浮かんでいた。見ているうちに色がどんどん濃くなり横に広がっていった。誰もがカムイを疑わなかったけど、ポンペさんは「あ〜2、3日後には雨だな〜」なんて意外とクールだ。
不思議とそのあとの記憶がない…
何だかはっきり覚えていないのだ。でも、僕もトノト(お神酒)をいただいたことは覚えている。和人がお祈りの中に入ることはまずない。そういう意味では、このお祈りは正式ではないのかな〜とうっすらと考えていた。
そんなブチ切れた状態で怒涛のような3日間が始まった…。つづく。
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›6 30, 2005
世界遺産と先住民族とスピリット
明日7月1日から3日まで、世界遺産記念3日間連続イベント「世界遺産と先住民族とスピリット」を開催します。みなさま奮ってご参加ください!
→北海道新聞さんが取り上げてくれました
7月1日(金)
シンポジウム「シレトコのレラ(風)を聴く〜先住民族のエコツーリズム」
〜アイヌ民族自らてがける先住民族エコツーリズムをご紹介します
■場所:知床グランドホテル 大会議室「オホーツク」
■日時:2005年7月1日 20:00〜21:30
■ゲスト:
小野 有五(北海道大学教授)
石井ポンペ(社団法人北海道ウタリ協会札幌支部札幌ウポポ保存会副会長)
結城幸司(アイヌアートプロジェクト代表)
■内容:
・トンコリ・ムックリ演奏 (石井ポンペ)
・アイヌ民族の伝統的カヌー復元プロジェクト
〜ハワイでの取り組みのスライドショー
(アイヌアートプロジェクト結城氏)
・知床での先住民族ツーリズムの可能性トークセッション
(小野有五・結城氏)
■主催:NPO SHINRA・シレトコ先住民族エコツーリズム研究会(SIPETRU)
■協賛:日本経団連自然保護基金 東オホーツクシーニックバイウェイ連携会議
■後援:北海道開発局網走開発建設部
7月2日(土)
OKI TONKORI TOUR DUB AINU BAND
オキ/ニューアルバム“トンコリ”リリースツアー2005
〜樺太アイヌの伝統的な楽器「トンコリ」の第一人者でアイヌ民族の
OKIによるコンサート
■場所:斜里公民館 ゆめホール知床
■日時:2005年7月2日(土) 会場18:30 開演19:00
■料金:大人 前売り¥2,000/当日¥2,500
小中高生 前売り¥1,000/当日¥1,500
■主催:sastro
■企画制作:sastro, ChikarStudio
■共催:Radio Kisar, Tam Tam Lonloke
7月3日(日)
聖地巡礼〜アイヌ民族と歩くモニターツアー
〜先住民族の遺跡「チャシ」を中心にアイヌ民族のガイドと一緒に森歩き
■場所:シレトコの森 (集合場所:ウトロ温泉・酋長の家)
■日時:2005年7月3日(日) 9:00〜15:00
■料金:大 人 ¥2,000(モニター価格※)
子 供 ¥1,000(モニター価格※)
※先着10名様
※ご参加された皆様にはアンケート等にお答えいただきます
■主催:SIPETRU NPO SHINRA
■協賛:日本経団連自然保護基金
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›6 24, 2005
シレトコ先住民族エコツーリズム研究会
プレスリリース
世界自然遺産知床〜先住民族がエコツーリズムを開始します
記者説明会を開催します
日時:7月1日 17:00〜 場所:知床グランドホテル
SIPETRU/シレトコ先住民族エコツーリズム研究会は7月1日、世界自然遺産としての登録が目前となっている知床・斜里町で、アイヌ民族によるエコツーリズムの可能性を探るシンポジウムを開催します。アイヌ民族の伝統的な歌や踊りの紹介をはじめ、ハワイでの先住民族によるエコツーリズムへの取り組みなどをスライドを交え紹介するとともに、北海道大学院の小野有五教授とアイヌアートプロジェクト代表の結城幸司氏によるトークセッションも行います。
知床半島はIUCNの勧告を受け世界自然遺産に登録される見通しですが、IUCNの評価書の中には管理体制へのアイヌ民族の関与の必要性についても触れられています。SIPETRUでは5月、他のアイヌ民族のグループと共に環境省やIUCNなどに対して、知床世界遺産管理におけるアイヌ民族の関与の重要性を訴える意見書を提出しており、IUCNの評価書はそれらの意見書を反映したかたちとなりました。さらにSIPETRUの調査によると知床には「チャシ」と呼ばれる先住民族の遺跡が多数現存しており、樺太アイヌや北海道アイヌといったいくつかの民族が、それらを聖地のように語り継いでいることも明らかとなってきております。そんな中SIPETRUでは多くのアイヌ民族のグループと協力し合いながら、現代を生きる先住民族文化を、エコツーリズムを通して広く情報発信していきたいと考えています。 この取り組みは去る6月23日、環境省知床エコツーリズム推進協議会においても発表され、知床でのエコツーリズム推進にあたり先住民族の自然観や知恵を参考にしていくことが確認されております。
なお、翌2日はアイヌ民族で樺太アイヌの伝統的な楽器「トンコリ」の第一人者OKIによるライブコンサートが同じくゆめホール知床で開催されます。また、3日には札幌のアイヌ民族によるモデルエコツアーも実施され、世界遺産地域での先住民族の活動の機運を高めます。詳細は下記事務局までお問い合わせください。
1.取り組みに関するお問い合わせ(事務局)
SIPETRU/シレトコ先住民族エコツーリズム研究会
Shiretoko Indigenous People Eco Tourism Research Union
(“シペル”=アイヌ語で「大きい・川・道」)
北海道斜里郡斜里町ウトロ東284 NPO SHINRA内
SIPETRU事務局 藤崎・西原
TEL:01522−2−5522
FAX:01522−2−5524
http://www.shinra.or.jp/sipetru(7月1日公開予定)
sipetru@shinra.or.jp
2.世界遺産記念3日間連続イベント
「世界遺産と先住民族とスピリット」のご紹介
7月1日(金)
シンポジウム「シレトコのレラ(風)を聴く〜先住民族のエコツーリズム」
〜アイヌ民族自らてがける先住民族エコツーリズムをご紹介します
■場所:知床グランドホテル 大会議室「オホーツク」
■日時:2005年7月1日 20:00〜21:30
■ゲスト:
小野 有五(北海道大学教授)
石井ポンペ(社団法人北海道ウタリ協会札幌支部札幌ウポポ保存会副会長)
結城幸司(アイヌアートプロジェクト代表)
■内容:
・トンコリ・ムックリ演奏 (石井ポンペ)
・アイヌ民族の伝統的カヌー復元プロジェクト
〜ハワイでの取り組みのスライドショー
(アイヌアートプロジェクト結城氏)
・知床での先住民族ツーリズムの可能性トークセッション
(小野有五・結城氏)
■主催:NPO SHINRA・シレトコ先住民族エコツーリズム研究会(SIPETRU)
■協賛:日本経団連自然保護基金 東オホーツクシーニックバイウェイ連携会議
■後援:北海道開発局網走開発建設部
7月2日(土)
OKI TONKORI TOUR DUB AINU BAND
オキ/ニューアルバム“トンコリ”リリースツアー2005
〜樺太アイヌの伝統的な楽器「トンコリ」の第一人者でアイヌ民族の
OKIによるコンサート
■場所:斜里公民館 ゆめホール知床
■日時:2005年7月2日(土) 会場18:30 開演19:00
■料金:大人 前売り¥2,000/当日¥2,500
小中高生 前売り¥1,000/当日¥1,500
■主催:sastro
■企画制作:sastro, ChikarStudio
■共催:Radio Kisar, Tam Tam Lonloke
7月3日(日)
聖地巡礼〜アイヌ民族と歩くモニターツアー
〜先住民族の遺跡「チャシ」を中心にアイヌ民族のガイドと一緒に森歩き
■場所:シレトコの森 (集合場所:ウトロ温泉・酋長の家)
■日時:2005年7月3日(日) 9:00〜15:00
■料金:大 人 ¥2,000(モニター価格※)
子 供 ¥1,000(モニター価格※)
※先着10名様
※ご参加された皆様にはアンケート等にお答えいただきます
■主催:SIPETRU NPO SHINRA
■協賛:日本経団連自然保護基金
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›6 23, 2005
雷と雨
ウタリ協会斜里支部長の梅沢さんが静かに発言し始めたとき、突然、雷が鳴り土砂降りの雨が降り始めた。アイヌ民族の間で雷は「カムイフム=神の音」、シャーマンに聞いた話によると、このように議論のときに鳴るのは「そ〜れ、お前たち、しっかり議論しろ!」という神様の号令だそうだ。雨も神様が歓迎している証拠らしい。梅沢さんの口調はいつも力強く惚れ惚れとするのだが、今日は一段とかっこよかったな〜
→読売新聞の記事
僕たちは4月にシレトコ先住民族エコツーリズム研究会というものを立ち上げた。小さなアイヌのグループでもできないし、大きすぎる団体でもできないことを、地元のアイヌの有志が中心にできるように作った新しい枠組みがこの研究会だ。今日は環境省の知床エコツーリズム推進協議会の会議の場で、ウタリ協会の地元代表として参加している斜里支部長の梅沢さんと羅臼支部長の大木さんから、趣旨説明と知床のエコツーリズム推進に当たってのアイヌ文化の重要性を発表していただく日だったので、そのために資料を作ったり、環境省や座長に事前に調整をして臨んだ。
会議の終盤、梅沢さんにマイクが渡り、静かに話し始めると同時に雷が鳴りはじめ、大粒の雨が降り始めた。西原君と「ああ、カムイが来てくれているね〜」と話し、梅沢さんの発言に聞き入る。カムイの反応で僕たちも一安心。そして、まったりとした会議の中でとても神聖でしまった瞬間だった。外の雨の音を聞きながら涙が出てきた。
会議の後、僕は別件で多くの人を相手に一人で話をしていた。「お前が上級官庁に意見をしたせいで、みんなが迷惑をこうむる…」と。全て真意を説明し納得してもらうが、とても情けない気持ちでいっぱいだ。そんな気持ちで家でビールを飲んでいると、梅沢さんから電話が来た。
「あんな大勢のなかで、アイヌのことについて正々堂々と話せたのは、藤崎君のおかげだよ。ま、昔からよく言うじゃないか『出る杭は打たれる』って。藤崎君もさ、これからもいろいろあると思うけど(笑)、でもさあ、気にせずやろうよ!うん、やりましょうよ!!」久々に腹のすわったかっこいい大人を見たような気がした。
雷と雨の話しも梅沢さんにした。梅沢さんもビックリしたといっていた。「いやあ、カムイが来たって、年寄りのアイヌなら言ったよね!」 何だか凹んだ気持ちが、とっても豊かに満たされた気がした。
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›5 01, 2005
小鳥と移住とお菓子とエレクトロニカ
森の中に建てた家。昨年はきっとビックリしたのだろうか、鳥がほとんど来なかった。でも、今年はすごい集まりよう。息子が作った巣箱を細いトドマツに据え付けたが、スズメやカラ科の鳥が夫婦で様子をのぞきに来るので楽しい。でも、窓にぶつかる鳥が多いので対策が必要だ…
冬の間、カラや小さなキツツキの仲間は違う種の鳥同志で「混群」という群れを作る。今の時期はまだ混群での行動と、さえずりをする繁殖期独特の行動とが半々ぐらい。大きな混群がやってくると2〜3匹が軽く窓にぶつかる。餌を探しながらの小刻みな移動のときは、それほど強い衝撃ではないので、ぶつかっても近くの枝まで慌てて飛んでいき、「なになに!?今何があったの???」としきりにきょろきょろするだけだ。でも、さえずりをするような暖かい日は、ガラスに映る自分の姿をライバルのオスだと思い猛突進するので間違いなく死んでしまう。先日も目の前でヒガラがガラスに激突した。ちょっと我が家の存在に鳥が慣れてきたようだ。
今日はとりあえず良くぶつかってくる大窓の前に、子供の木馬や大きなぬいぐるみを置いた(笑)。明らかに寄ってこなくなったが、これにもすぐに慣れてしまうだろう。小鳥の嫌う猛禽類の形をしたシールもあるが、いずれにしてもすぐに慣れるだろう。何かいい方法はないかなあ。
もはや伝説となってきた北海道のカントリーライフマガジン『East Side』の伊藤さんから、僕の文章が載った見本誌が送られてくる。今回の特集は「移住する普通の人々」。もはや、「移住者」という感覚をなくしていた僕だったが、いろいろと考えさせられた。みんな、一生懸命移住したんだなあ…。僕も大変だったし、今思えばかなり思いつめていたところがあったが、最終的にはかなり楽観的でおバカな決断で「移住」した。でもね、前にも書いたけど、本当に「移住」という感覚にはどうしても違和感がある。だから、正直言って『East Side』に書かれていたような「移住者」の話はどれもまったく他人事だった。でも、これはあくまで僕の感覚。苦労の感じ方は人それぞれだ。
見本誌と一緒に、標茶の「ポロニ」のクッキーやケーキをいただく。シンプルだけど、この素材ではこの味以外はありえない!という、しっかりした味がベースにある。こういう基本に忠実なお菓子を作ってくれるお店がもっと増えたらなあ。
…あ、風が吹いてきた…外に出してある子供たちの自転車を片付けないと…。
スピーカーから聞こえてくる細野晴臣のエレクトロニカ、かっこいいなあ。知床の暮らしにむちゃくちゃマッチするのはなぜだろう?
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›4 30, 2005
先住民族ツーリズム
先日、梅沢さんを代表に、中標津の戸田さん、標津の小川さんの各ウタリ支部長と結城さん、石井ポンペさん、小野有五先生と僕とで先住民族ツーリズムの研究会を立ち上げた。(→共同通信)
とても微妙な関係の上に成り立つアイヌ民族の人の間で、こうした新しいことをやるのはとても大変なことだ。
立ち上げの前にはそれはそれはいろいろな人と話をした。多くの人が望むカタチを作ることは、必ずしも既存の組織の枠の中でやることではないときもある。特にアイヌ民族の事情はこのことが顕著だ。いろいろな政治や利害に巻き込まれたり、それによって誤解されたり…。これからも、いろいろとあるだろうけど、対応しうる体制が築けた。何より、梅沢さんや周辺支部長の意志が固いことが、お手伝いする僕たちにも心強いことだ。
こういう話を進める中で、「知床にはアイヌはいない。よそから連れてきてツアーをやることは反対だ。」という意見を、ある人からウチの担当スタッフが言われたそうだ。「知床にアイヌはいない」ということはもちろん正しくない。実際に少ないことは少ないが、少なくなってしまった理由、敢えてアイヌを口にしない事情、知床を離れた方々が何を思っているか…そういったもろもろの事情は知っておいたほうが良い。地元でガイドまでできるアイヌ民族の人はいないので、若い方がお手伝いをすることは当然だ。梅沢さんたちもそれを望んでいるし、地元のアイヌ民族の中から「俺たちがアイヌとしてツアーをやるんだ」というムーブメントがおきればそれは僕たちの本望だ。だいたい、アイヌ民族は引っ越しちゃいけないとでも言うのかい?(笑)
もちろん、アイヌ文化とひとくくりにはできず、その土地土地の様式はあるので、ツアーと平行してそこらへんの基礎調査も進めている。すでにさまざまな調査結果が上がってきていて、いずれしかるべき機会に、しかるべき発表や提言を行いたいと思っている。それにしても、こういう感覚の人がいるんだなあとガッカリする。
7月1日に先住民族ツーリズムを考えるシンポジウムを企画中。翌日7月2日は斜里でOKIさんのライブの受け入れをする。その数日前にはライトダウンイベントを知床グランドホテルとコラボレーション。スローとかオーガニックとかエコとか、人と自然とのつながりの上に立つライフスタイルのオルタナティブを考える、そんな夏至前後の予定です。
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›3 08, 2005
(エコ)アンリミテッド
自称カリスマ・エコDJ
やまだひさし初の単行本は
ツアー本?グルメ本?
「やまだひさしの日本縦断(エコ)アンリミテッド」
2005年3月10日(木)発売
四六判変型 定価1,890円
ソニー・マガジンズ
あの、やまだひさしが日本全国選り抜きのエコ・スポット11ヶ所へ出かけ、飲み、食い、そして人々と語りながら環境に思いを馳せてゆく。
もともとアウトドアが苦手のやまちゃんがカラダを張って登山、スノー・トレッキング、カヌー、農作業などに挑戦!そうした「エンターテイメント」や「食」を通して身近な視点から環境について考えた一冊。
最終章の沖縄ではGLAYのTAKUROとのダイビング&エコ対談を収録。森のこと、川のこと、海のこと、そして人々のくらしのこと。やまだひさしの暖かい、時に熱い思いがいっぱい詰まっています。
あなたもきっと出かけてみたくなるはず!
そしてちょっとだけ環境のことを考えてしまうかも?
しかも単行本では初の、全編に森林育成に寄与する間伐材紙(間伐材パルプ10%古紙再生紙90%)を使用しています。
<主な内容>
知床流氷ウォーク、伊賀モクモクファーム、四万十川カヌーくだり、屋久島トレッキング、水俣エコタウン、白神山地の銘酒、唐桑の牡蠣養殖、練馬の野菜など
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›2 28, 2005
流氷ウォーク
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今年も「流氷ウォーク」好評開催中です。ご参加いただいた方ありがとうございました。これからご参加いただく方、今年の氷はとても勢力が弱いですが3月に入ってもやれそうです。先日北風が吹き、沖から氷が押され、きれいなアイスブルーの流氷山脈ができました。みなさまのお越しを心よりお待ち申し上げております!
Shinraの流氷ウォークのページ
http://www.shinra.or.jp/ryuhyo.htm
›12 04, 2004
『エコ』という妙なブランド
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11:17 /
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とある企業のとあるイベントで中嶋朋子さんとご一緒した。
ご本人には失礼かもしれないが、中嶋朋子さんといえば「北の国から」の蛍ちゃん。ありえないことだが、ほとんど同世代ということもあり、何だか一緒に大きくなったような感覚がしている。しかも、彼女を北海道で育った人と思い込んでいるところがある。しかし、彼女は新宿生まれの新宿育ち。都会と厳しい自然の両方をバランスよく体験しながら育ってきたのだ。そんな生い立ちを持つ中嶋さんの、6歳のお子さんを育てる母として、そして女優としてのライフスタイルはかなりかっこよかった。
イベント自体は、今ひとつ僕が参加しなければならない意図がよくわからなかった。NPO的なことCSR的なことをファッショナブルに伝えると言う点ではすばらしいものだったが、主催者の語る「NPO」や「ボランティア」そして「エコ」という言葉が妙に安易すぎる点が気になった。
中嶋さんは北海道でのロケを通して、どうしようもない自然の力というものに触れたという。そして、その厳しさをスタッフ全員が共有したとき、どうしようもない嵐の前でひれ伏し回復を待つ時間を惜しまなかったとき、表面的には映し出されていなくても、ある種の凄みがその作品に吹き込まれるのだと言う。自然の中で過ごせば、自然に対する畏怖や畏敬の念は誰の中にも宿る。「私は自然の厳しさを誰よりも知っている。」みたいな言い方をしない中嶋さんのようなナチュラリストを、心からかっこいいと思う。
コアな自然の厳しさを知る中嶋さんは都会にも自然がたくさんあるという。土のにおいや雨が降る前の風の匂いは東京にも流れている。保育所の送り迎えで目にする野草や虫を、お子さんと一緒に図鑑で調べたりする。そこから、その子の自然に対する科学の目が育まれる。あるいは大好きなお茶を魔法瓶に入れていつも持ち歩いているので、結果としてペットボトルや使い捨てのコップなんかを使わない。主催者がそれを「エコ」だといったときに、中嶋さんは穏やかにこう話した。
「『エコ』という妙なブランドが先行しているけど、私は生活の一コマ一コマを素敵にしたいだけ。誰だって、環境のためとか何かのためという入り口は長続きしないでしょ。私も北海道にいたときもそうだし6歳の息子もそうだけど、子供たちの『楽しい』という入り口がもっともサスティナブルだと思う。自分の子供にはそんなちょっとした興味にしっかり付き合ってあげたいと思います。」
理想的な子育てを考えると、いろいろと見えてくる社会がある。超都会と超自然。それをつなぐ言葉は「エコ」ではなく「生活」だ。
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›11 28, 2004
キリキリと地元の会議
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22:27 /
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とある会議に出席。ほとんど僕以外は行政側につく人ばかりで、四面楚歌。
自然を利用するには何かのルールが必要なことは当然と思うが、それと行政の枠組みにはまることとは全く別の問題だ。
知床で展開されている自然や環境に関する活動は、官民ともに実に多彩で厚みのあるものだと思う。でも、世論を訴求しているイメージは昔からの薄っぺらいステレオタイプのものばかり…。地元の町内会から委託され地道にロビイングをしていたり、主婦が自然食を通して知床の生活の安全性に思いが至ることは、知床の自然のための活動としては認識されていない。実際にはそれらのさまざまな活動が絡み合って、知床を愛するコミュニティに厚みが生まれている。これは知床を大切にする上でかけがえのないものだと思う。
ましてや実際に地元にいると、いつもTVで見るような行政主導の活動だけではどうにもなっていないことは明白だ。意識的無意識的に知床の自然とともにある地元の僕たちは、もっと胸を張って環境行政に注文をつけることができるはずだ。自分たちがやってきたことだって、立派なエコだよ!それでも、TVで放映されるような中途半端なイメージにあやかろうとする人も多い。情けない。自分ではすりよっているつもりはなくても、大事な意思決定を完全に行政に操られてしまっていることに気がついていない。一緒に会を作るのはいいケド、勝手に僕たちを売らないでね!
もちろん、そのような場で闘い続けてきた人は、ここぞという妥協できないポイントを心得ている。そんな僕たちが指摘していることの意味をわかっていない人を責めるつもりは全くない。わかっているくせに、わからないフリをしている人は絶対に信用しない。それがどの人だか、知りたいとは思わないけど…。
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›9 28, 2004
東オホーツクシーニックバイウェイ連携会議
昨日、東オホーツクシーニックバイウェイ連携会議が知床周辺の7市町村で立ち上がった。これでようやく東オホーツク地域として正式にシーニックバイウェイにエントリーすることになる。いつもどちらかというと行政とけんかしている僕が、進んで行政の枠組みに入ることはないのだが、今回ばかりは全く逆だ。
シーニックバイウェイ制度は北海道開発局が全国に先駆けて北海道に導入を進める道路を軸とした市民活動・コミュニティビジネスの創出プログラムだ。しかも各活動団体の自発的な活動がはじめにありきなので、市民サイドからの働きかけがない限り行政は動き出さない。"そういう顔"をしている事業はたくさんあるが、このシーニックバイウェイに関してはウソがない。全てお膳立てができている事業なら、この連携会議ももっと早くに立ち上がっていただろう。
連携会議の立ち上げまでにはいろいろな苦労があった。
シーニックバイウェイに参加したところで、基本的に予算はつかない。しかし、とかく行政頼みに慣れている北海道の人たちは、すぐにお金のことを言う人が多い。お金が下りないことを知るとさっさと去っていく人も多く見かけた。
また、シーニックバイウェイの当事者になろうと思うと、非常に想像力を要する。"Sceanic"は「絵になる」みたいな意味、"Byway"は「わき道」という意味、そして制度自体はソフト事業だ。国道を中心としてきらりと光るまちづくりをサポートするものだが、「一体、何をやったらいいのかわからない…。」という人が多いのだ。花を植えることから、エコツアーの開催まで、まちづくりに関する取り組みは枚挙に暇がない。個人的には何だって良いと思うが、自分のやっていることを改めてまちづくりなのかどうかなんて意識することは普通ない。逆にそんな取り組みを引き出すこともまちづくりの一つなので、シーニックバイウェイの意義は大きい。
加えて、「この制度ははっきり言って"ノリ"だ。」というのは、僕がお世話になっているウトロのオピニオン主婦談。「何だかよくわからんけど、オラのやってることもシーニックだべさ。」と軽いフットワークで、しかも頼まなくても自分から乗り込んでいく人に向いている制度だ。「道」を軸とするために自ずとネットワークを意識せざるを得ない。自分だけ良い思いをしようと、全てを抱え込む従来型のビジネスモデルは必然的に排除される。低成長時代のパラダイムとなるであろうネットワーク型の事業と迅速な意思決定を鍛えるには良い場だと思う。
っと僕が書くと何だか敷居が高く感じられてしまう。最近、みんなから指摘されているが、「藤崎は難しいことを言う!」というのが最近の僕の悩みだ。あまり難しく考えずに、東オホーツクの皆さんお気軽にご連絡ください。
東オホーツクシーニックバイウェイ連携会議
代表 高谷弘志
副代表 藤崎達也 fuji@shinra.or.jp
-事務局-
女満別町役場内
産業振興課商工観光室長 山本勝栄
� 01527−4−2111内線302番
fax01527−4−3643
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›9 03, 2004
ネットカフェでつれづれに…
RadioKisarの打ち合わせで1泊の帰京。EOLの上岡さん、スタマックの永田さんさん、ZEPP東京の藤井さんをはじめウェブデザイナーのagちゃん、プランナーの森末さん、HAJの佐藤さんと、普通じゃ考えられない豪華な顔ぶれでの会議。でもエコ、自然、環境…というテーマで非営利なビジネスが、クールになってきたんだなあと実感。まだまだ、これからだろうけど、こういう場所に居合わせようと思ったら、それ以前の地道な積み重ねが大切だ。企業においても行政においても、「持続可能な経済」の時代に好スタートを切りたければ、こういったオルタナティブにどれだけコミットしてきたかが重要になってくるだろう。
実家に帰ると、母がちょうど旅行から帰ってきたところだった。富山県八尾町の「おわら風の盆」を見学してきたという。
「いや〜一度見てみたいと思っていたのよね〜」
「それにしても、あれねえ、本来静かな祭りなのに、あんなに観光客が押し寄せたら、あの祭り本来の良さが失われるわね〜。いや〜人が多すぎだわ。」って、アンタもその混雑を作っている張本人でしょ。
ホームページによると八尾町のこのお祭りは、元来地元の静かな祭りだったそうだ。それがTVなどで紹介されるようになってから火がつき、今では小さな町に1日で23万人の人が訪れるようになったという。それでも地元では昔ながらのしきたりで祭りを進めていて、見学者にとっては決して快適な状態ではなかったという。祭りは本来地元の人たちのものだからそれでいいのだが、観光客の中には「もっと見学しやすくしてくれ。」という声も多いという。
こういう状況にはセーフガードが必要だ。八尾町はどのようなセーフガードを敷いているのか分からないが、パンフレットなどを見ると基金を作ったり協賛企業を募ったりと、入れ込みが増える分、地元への還元を上手にやっている印象を受けた。もちろん賛否両論あるだろうが。一方、母は帰りに白川郷も寄ってきたというが(それにしてもすごい行程…)、白川郷のほうは世界遺産といいながら、痛々しい「むき出し」の印象を受けたという。
Shinraも民間のセーフガードということを意識してきたがNPO的な領域はまだまだ広い。ちなみに、RadioKisarの目指すところは知床の"リブランディング"。次の世代に向け、本来の知床を感じてもらうための音楽をはじめとした文化的なアプローチだ。他の課題にもいろいろなアプローチを仕掛けるさまざまなNPOが増えてくるといいなあと思う今日この頃。
おっこんな時間。そろそろ空港に行くか…。
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›8 17, 2004
懐古っていうわけではないが…
Posted by Tatsuya at
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Eco-Eco
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最近は空いた時間を使ってコツコツと冬用の薪を割っている。今からやらなければ冬に間に合わないのだ・・・。薪ストーブのことをしっかりまとめて書こうと思っていたが、Hotwired誌で環境エネルギー政策研究所の飯田哲也さんの文章が紹介されている。日本のエネルギー政策のお粗末さ、バランスの良い「伝統とモダンの融合」、「暖」にみる生活の豊かさへの思考…。それにしても、北欧の先駆ぶりには感心させられる。
飯田哲也の
「エネルギー・デモクラシー」
›6 04, 2004
Radio Kisar
"Kisar"というインターネット放送局を来月に立ち上げます。多くの方のご意見を伺いたいと思います。(→読売新聞に取り上げられました)
例えば、ハワイと言えばハワイアン音楽。移住者達が作り上げた音楽ですが、先住民族のAloha Spiritにあふれたハワイの大地と風にマッチした音楽です。
知床を含む環オホーツクは、先住民族たちが海洋資源と深い森に根ざした歴史的に独特のエコ文化を築き上げてきた地域です。オホーツクの自然のスピリットとともにあるサウンドを作ったとしたらどんなだろう?音楽が好きな僕はいつもそんなことを考えていました。
また、Aloha Spirtがハワイのホスピタリティの隅々まで行き渡っているように、知床周辺にも、Aloha Spiritならぬ“知床スピリット”が根付いたら、オホーツクの観光スタイルももう少しマシなものになるのではないか。ハワイがあれだけ俗化しても魂を失わないように、自然をこのまま消費しつづけるような観光プロモーションに一石を投じたいと思います。
「Kisar(キサラ)」はアイヌ語で「耳」という意味だそうです。ラジオと関係の深い「耳」という本来の意味と同時に、自然のスピリットからのメッセージに心の「耳」を傾けることを大切にしてきた先住民族たちの世界観・自然観に改めてRespectするとともに、これからのエコライフ時代に向けて自然からのメッセージに今一度謙虚に「耳」を傾け、音楽など僕たちのセンスでそのメッセージをリスナーの「耳」にお届けしたい、という願いを込めた放送局名でもあります。
今後、さまざまなアーチストからの協力を得ながら、そんな「オホーツクの音」を探すコンテストを開催したいと思っています。ハワイアンのようにオホーツク独自の音楽が生まれることを夢見ております。我こそはオホーツクサウンドと思っていらっしゃる方、またはこんな音がオホーツクにはあってるんじゃないの?とお心当たりのある方は、是非とも情報をお寄せ下さい。
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›3 22, 2004
オーストラリアと知床と天王洲アイル
Posted by Tatsuya at
00:52 /
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Eco-Eco
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オーストラリアの世界遺産の一つ、フレーザー島のキングフィッシャーベイリゾート立ち上げからエコプロデュースに携わっている、小林寛子ささんとJALビルでミーティングした。その前にJATAのシンポに参加いただいていて、メール以外では実に6年ぶりの再開だ。エコツーリズムという概念を日本に広めた第一人者に改めてRespectすると同時に「世界遺産と観光」というあまりにもHotな話題に、引き合わせてくれた日航財団の中島さんそっちのけで話し込んでしまった。中島さんスミマセン…。中島さんも共通の友人がいたりと、とても縁を感じる人。こういった不思議なネットワークが生まれるときは何か楽しいことが始まりそうな予感がする。
›3 17, 2004
エコツーリズム
Posted by Tatsuya at
00:15 /
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Eco-Eco
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JATA主催のエコツーリズムのシンポジウムでパネラーをつとめる。JTBFの小林英俊さんをコーディネータに、三重・紀南振興プロデューサーの橋川史宏さん、南信州観光公社の高橋充さん、ピッキオの南正人さんというそうそうたるメンバーの中に、僕のような弱小NPOが混ざって何だか場違いなところにきてしまったような気持ちだった。エコツーリズムはまだまだ定着しているとはいえないものの、観光業に携わる地域も旅行業者も、旅の原点に帰るというムーブメントの中にすでに入っているという点で、いつの間にか運業界内の種まきが終わり、芽を出しつつあるんだな、という印象を受けた。エコツーリズムという言葉が出てきたときには考えられなかったことだが、とても熱心な参加者が200人も集まってのシンポジウムだった。
以前にも書いたが、僕なりのエコツーリズムの定義は「地域地域の自然や経済にマッチした持続可能な観光振興を“行おう!”とする、さまざまな取り組み。」だ。エコツアーは地域の自然や文化を、ありのまま楽しもうとする旅行だ。したがって、きちんとした仲介役がないとディスティネーションへの負担が増すばかりか、地域の魅力をかもし出す素朴さや豪快さが消費され、結果地域の疲弊をもたらしてしまう。それを最小限にくいとめつつ、持続的に事業を行っていくことはとても大変で、ある意味生来のセンスを要する。
でも今日集まった面々はそういったことをクリアしつつある地域ガイドであり、プロデューサーであり、ランドオペレーターだ。こんな動きは恐らくここ2〜3年の動きだろう。僕は驚くと同時に、自分が大切にしてきたまちづくりを基本としたプログラム開発という方向性に改めて自信をもつことができた。もちろん同時に、僕たちにまだまだ足りない点を学ぶことができた。
今年は仕事面でもプライベートでも、さまざまな展開をしていこうと思っている。そんな中、久しぶりに"自己啓発"な1日だった。
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›3 13, 2004
講演
Posted by Tatsuya at
16:49 /
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今月は怒涛のように講演やらパネラーを頼まれ、全国を行脚している。予定は下記の通り。お近くの方は是非。
■3月10日 岩手県田野畑村(陸中海岸国立公園)‐済んでしまいました。いいところだったなあ〜。
■3月15日 山形県最上総合支庁 ‐Closedのようです。
■3月16日 JATA/日本旅行業協会 ‐Open。そうそうたるメンバーです。詳しくはこちら→ http://www.jata-net.or.jp/osusume/eco/eco_semi.htm
■3月22日 女満別町教育委員会 ‐Open?お問い合わせは 女満別町生涯学習課 藤井さん 01527-4-2111
■3月23日 NHK北見 ‐詳細はこれから
(写真のエントリーを、左側だけに表示されるようにいじりました。気が向いた時に携帯から写真を送ります。僕がどこにいるか想像して下さい(笑)。言語をPHP化させると、幅が広がるなあ…)
›3 04, 2004
エコ
Posted by Tatsuya at
19:58 /
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東京FMでDJをされているやまだひさしさんと、ソニーマガジン『Lingkaran』の取材でご一緒した。他のスタッフ含め、久しぶりにいろいろと考えている同世代に会えて、とても楽しい時間を過ごせた。
やまださんは「自称カリスマエコDJ」(“自称”というのもはずせないそうだ<笑>)だそうで、面白いことにエコカーで全国縦断の旅をしたり、オーガニックな食生活をきちんと追求したりと、あらゆる面で同じ言葉を持つ人だった。アーチストからの人望も厚く、さまざまなエコプロジェクトのお手伝いをしているそうだ。
彼を紹介してくれたEOLの上岡さんや、彼と一緒に仕事をしているソニーマガジンの面々も、全国のエコ事情に詳しくてとても勉強になった。
僕はあまり「エコ」という言葉を使わない。なぜかというと、「エコ」という言葉になんだかネガティブな印象を受けることと、排他的な純粋培養みたいな絶対主義を感じるからだ。でも、やまださんや上岡さんの“エコ”にはそういった悲壮感が漂っていない。僕も自分の事業を通して伝えたいこと − 「ああ、俺もこの地球に住んでいていいんだ・・・。」みたいな実感を、彼らのメッセージに感じる。人間がいないほうが自然が守られるんだという極端でストイックなエコ思想がはびこる中、彼らのような活動にはある種の救いさえ感じる。で、実際、そうでなければSustinableとは言えない。
今回は取材をかねながらも、いろいろな楽しい企てを打ち合わせる場でもあった。いずれその中味は追々…
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›3 03, 2004
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›2 18, 2004
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›2 16, 2004
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›2 15, 2004
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›2 06, 2004
僕の寄稿です
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機関紙『SQUARE』に寄稿した「人と自然とスピリット」がアップされました。担当の早嶋さんから連絡がありました。
http://www.net-ric.com/square/index.html
›2 03, 2004
エコツーリズムの実践
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岩手県の田野畑村、山形県、JATA(日本旅行業協会)から立て続けに講演の依頼をいただいた。ありがたいことだが、実際には僕がお話できることなんて何もないような気がする。
エコツーリズムは「地域地域の自然や経済にマッチした持続可能な観光振興を“行おう!”とする、さまざまな取り組み。」と僕は定義づけている。その地域地域の事情(裏も表も)や、暮らしている人たちの気質、ひいては自治体・民間・協働におけるそれぞれのやる気と、それに見合った予算的な裏付けは(地方財政はほとんど破綻している)、やっぱりそこに住んでいる人しかわからない。僕が「漁業体験がいい」とか「農業体験がいい」なんて言ったところで、一般の漁師や農家がどういう風に感じるか…
ツアー業者としてではなく、一住人としてそういった地元の感覚を共有する人がオペレーションやプロモーションに、本当に意味あるかたちで、できればビジネスとして関れる仕組み作りが大切だ。
おっと、講演のエッセンスをもう書いてしまった(苦笑)。そして、その課題解決に向けての正解を示すことはできない。でもプロセスを共有することはできる。シェア(共有)すること、それがまさに「…イズム」から見たエコツーリズムの永遠のテーマのような気がする。
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›1 26, 2004
クリーンエネルギー
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先日、斜里町新エネルギービジョン策定委員の視察で北檜山町、瀬棚町の風力発電、江別のバイオガスエネルギープラントなどを訪ねてきた。
風車はいつ見てもシュールな建造物だ。現実感のないその姿に象徴されるように、実際の運用にも壁が多すぎる。それは、企業努力とか自治体のやる気とかの問題ではなく、国のエネルギー安全保障の問題だ。
風力発電など、自発的に作り出した電力を効率良く一般に利用しようとしたら、電線や変電所などの既存のインフラを利用することがもっとも効率的だ。その際には、その風力発電を行う事業主とインフラの持ち主である電力会社との電気の売買が発生する。だが、そこでの価格決定や制度には疑問なところが多すぎる。購入原価をとにかく低く抑えたい電力会社と、原子力発電などの推進をしている国の利害が一致して、クリーンエネルギー発電の振興をわざわざ抑制するような制度が日本には存在するらしい(→RPS法)。だったら大手の電力会社が大きな投資をしてクリーンエネルギーを増やしてくれればよいが、国は原子力開発という軍需産業に近いエネルギー開発の方が大切で、それを脅かすクリーンエネルギーはむしろ"邪魔"と考えているのだろうか。
ドイツやスウェーデン、デンマークといった環境先進国では、クリーンエネルギーの具体的な導入目標を掲げて、実際に効果を挙げている。そして、その関連企業の隆盛は目覚しい。ヨーロッパ〜北欧にかけての最近の勢いのひとつの原動力と言っても過言ではないだろう。そういう国策はイケてないのだろうか?
しかも、クリーンエネルギーの事業者が、大手電力会社に売電できるかできないかは「抽選」で決めるそうだ。はぁ???
今、エコエネルギーの発電会社を興し売電するという事業は、運動的にやることは別として、まったくナンセンスなものとなってしまった。なぜこれをやればやるだけナンセンスになってしまうのか…先進的に取り組んでおられる事業者や自治体の苦労を見ていると、そういったやるせなさを感じずにはいられない視察だった。エネルギーの問題は、もう少し掘り下げてみたいと思う。
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›1 11, 2004
北欧的なるもの
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『ボウリング・フォー・コロンバイン』をようやく見た。そう、近所にレンタルビデオ屋さん、もちろん映画館もない我が家は、だいたい1年遅れで話題作をチェックしている(笑)。アメリカの、想像していた以上のダメダメな病理を肌で感じることができた。はっきり言って、最近のアメリカはかっこわる過ぎ…。
それにひきかえ、音楽やアート、社会構造に至るまで、今、時代は断然北欧だ。最近、北欧系のエレクトロニカにはまっているせいもあり、ひいき目が多分にあるとしても「北欧的なるもの」を据えていくことは、今年の僕の行動軸の一つだ。アメリカと何が違うのか、アジアと何が違うのか、南欧と何が違うのか…そこに、北の国=北海道にとってのヒントが散りばめられていないだろうか、と考える今日この頃。
›12 26, 2003
自然保護保全運動の世代交代と人材不足
先日、エコロジーオンラインの代表上岡さんに会った。環境NPO系で彼ほどセンスがありスマートな人に会ったことがない。同世代の彼は栃木県の佐野市で暮らし、時折東京に出てきて打ち合わせをこなすという、僕と近いライフスタイルにまず共感を覚え、さらに同世代でありながらひょうひょうと多くの難題に取り組んでいる姿に刺激を受けた。
以前「究極の自然観と対処療法」という僕のBlog で、自然保護保全運動の世代交代と人材不足ということを書いたが、最近特にこのことを感じる。書き始めると愚痴になりそうなので控えるが、世代間のディスカッションはいつの時代にも存在する。とことん議論を戦わせていくことが「交代」への一番の近道だ。それにしてもそのストレスのどれほど多い事か…。
上岡さんのエコロジーオンラインはYahoo!のクールサイトマークが付くほどの素晴らしい情報量とデザインで、参加されている方の顔ぶれも実に多彩だ。活動には幅と奥行きがあり、自然環境という森羅万象のさまざまな関係性から成り立つ問題に立ち向かうには、完璧と思えるほどのネットワークを築いている。同世代なのに「すごいな〜」と感心してしまう。
彼はメーリングリストで世界中の人とコミュニケートしている。メーリングリストだけでなくきちんと会って話をすることも大切にしている。また、行政の縦割り、それにぶら下がる民間の縦割りを、縦横無尽に飛び回っている。そんな"オンオフのバランス感"…それが僕たちの世代の特徴であり強みのような気がする。
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›12 23, 2003
インプットの旅
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例年、年末年始の知床ウトロ温泉は地元のお客様の忘年会や新年会、家族旅行などで部屋が埋まるので、僕たちネイチャーガイドの出番は全くといってよいほどなくなる。以前は正月プランのツアーなども企画していたが、ここ数年はいっそのこと12月中旬〜1月中旬まで休業にして、スタッフたちが各地のエコツアーを勉強しに出かけたりする機会にしている。僕も普段会えない人と会ったり、東京の実家に戻り離れて暮らすジジババに孫の顔を見せたりと、この年末年始の休みを有意義に使っている。いろいろな人から「いいですね〜」と羨ましがられるが、それ以外の労働状態を聞いてから言ってくれ〜(涙)。流氷がやってきてから、春、夏、秋と休みという休みは取れない。以前岩山と2人で経営していたときなんかは5月から9月で休日がたったの1日という状態が数年続いた。いつもこんな状態だから、この時期ぐらいはまとめて休んでおかないと、健康上そして精神衛生上体が持たない。
そして何より、ガイドの仕事はそれ自体が「仕事」になってしまうと、実はプロとしての「仕事」ができなくなるのだ。これは僕たちにとって実は深刻な問題であり、ものすごいジレンマなのだ。
どういうことかというと、僕たちはお客様を安全かつ楽しくガイディングすることが「仕事」だが、自分の中に語るべき事柄、自分の中の感動が無くなった時点で、そのガイドはマニュアル化されたテープレコーダーと化してしまう。自分の中に感動がなければ、お客様は感動しない。多くのインプットがあって、はじめて深みのあるアウトプットが生まれる。僕たちは時間のない中、常にそういったインプットを渇望し、ガイドの合間の数10分を夕日を見に出かけたり、自宅に帰る直前に夜の森でシマフクロウの声に耳を澄ませたり…努めてそういった機会を作るようにしているが、ハイシーズンはそれすらままならないので、比較的余裕のある今の時期、それぞれのガイドはそれぞれのインプットの旅に出かけている。ちなみに今年はスタッフたちはボルネオのエコツアーに出かけていった。
僕はというと、家族持ちで海外においそれといけるわけもなく、また休みを計画していても結局は世間の仕事納めまで何だかんだ予定が埋められていく(勝手に!)。それでも、故郷である東京にいるだけでも、僕にとってはインプットの旅だ。東京に住んでいたときには気がつかなかったことが、久しぶりに帰ってくると思い出されたり、僕が子供のころ心の中に抑圧していたことに気付いたり、自分が今なぜ知床でこういったことをやることになったのか、そんな原点を思い起こさせてくれる旅なのだ。
子供の頃から慣れ親しんできたところに自ずと足が向かうのだが、東京郊外の自然破壊はあいも変わらずひどいものだ。ちょくちょく出かけていた霊峰/高尾山を貫く圏央道予定地に立派な橋脚が完成していた。僕がMTBで走り回っていた林道という林道もきれいに舗装されている。トンネルが次々とでき、あれほど別世界だった山のこっちと向こうが、いとも簡単につながっている。先日仕事の打ち合わせで渋谷の街に立った。学生時代よく遊んだこの街はさらにパワーアップしていた。
街自体が意思を持ち、好むと好まざると誰にも止められない生き物になっている。僕はこの"どうしようもなさ"が嫌いではないのだ。この"どうしようもなさ"を何か違った方向に向かわせることができないのか…。それが僕のすべての原点。改めてそんなことを見つめなおしている今日この頃。
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›12 02, 2003
オフラインと黒電話
Posted by Tatsuya at
23:01 /
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引越しの影響で、1週間ほど満足に電話をつなげない状態になった。僕は、OFFICEよりも自宅で仕事をしていることが多いので、自宅の電話が使えないということは、実質上メールでの仕事ができない“オフライン状態”になるということだ。片付けの合間をぬって前の家でメールチェックをし、その場で返せるものはすぐに返事を書く。でも持ちかえると返事は結局翌日に。不便といえば不便だが、これでも充分やっていける。コミュニケーションのスピードは落ちるけれど、スピードを要しない仕事であればこれで充分だ。
いつからか、インターネットなしの生活なんて考えられなくなっている。ちょっとした資料を作るにしても、以前なら国会図書館に通って作り上げたような資料でも、コピーアンドペーストでわずか数分で終えてしまう。企画書に対する個人的な自己満足は減ったものの、信憑性はかつての数10倍の精度になっているはずだ。他にも、例えば今年大掛かりなマーケティング調査を行ったが、Exelがなかった時代の集計作業の労力を想像するとゾッとする。パソコンが広げてくれた世界は明らかに革命的だが、それに引き換えアナログでオーガニックな人間の時の流れを自分の中で保つことが、いかに難しいことか。Slowを標榜している自分が、いかにFastだったことか…。今回の引越しでいまさらながらに気付かされた。
でも、これからもFastな生活なんだろうなあ…
人との関係性の中で生きていく以上、自分のペースで生きつづけることは不可能だ。でもせめて、自分の中の時計だけは大切にしておこうと思う。
実家で大切に使っていたという黒電話を、カミさんがデジタル回線につなげた。ジリリリリン!という激しい音はウチのチビ達を驚かせていたが、かつて文明の象徴のようにいわれた黒電話が、今はデジタルを緩衝してくれるガードのようになっていて何だか心強い。
できるだけシンプルな暮らしを…という思いで建てた家と、ISDNルータの横に佇むその黒電話は妙なハーモニーを奏でている。
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›11 01, 2003
究極の自然観と対処療法
Posted by Tatsuya at
01:21 /
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写真家の伊藤健次さんと久しぶりに一杯飲む。いつ会っても、いい人だ。
伊藤さんは自然を撮りつづけている写真家だ。プロに対して失礼かもしれないが、彼の写真には自然の中にどこか人間臭さ、否、「生(せい)」の生臭さ、可笑しさ、“トホホさ”を感じるのだ。彼は生態学的にも民俗・民族学的にも科学的なアプローチをしていながら、科学の限界みたいなものを常に写真に表現している。自然全体の因縁が産み出すかけがえのなさ、不思議さ、繊細さをとても丁寧に表現している人だ。
自然を語る上での彼なりのキーワードは、知床で今起きている世界遺産や国立公園の問題を考える上での、示唆に富むものばかりだ。
‐“対処療法”
‐自然の中での人間存在の可能性
‐法律や科学
‐自然保護保全運動の世代交代と人材不足
これらは、そのままこのあとのBlogのテーマに一つづつとりあげようと思う。それほど、深く、しかも本質を突いているキーワードだ。
エゴイスティックとも思えるほどに科学を振りかざす研究者、そしてそれを受けて立つだけの自信を持てない地域、法律でしか動けない行政…それぞれを別々に捉えると、知床のさらなるブラッシュアップにはとても大変な道のりのような気がするけど、しょせん完璧にはなり得ない人間の存在、そしてその人間と自然との関係性というところをシェアしていれば、実は以外とシンプルな答えは見つかるような気がする。
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›10 29, 2003
世界遺産
Posted by Tatsuya at
23:24 /
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まったく、寝ても覚めても「世界遺産」。一体どうなってるんだ?あまり知られていないが、世界遺産は最終的には国内法で自然保護管理をしていく。今あるエリアを踏襲するだけに近いものなのに、何なのだこの騒ぎは。
先日、環境省主催の会議に出席した。先ず驚いたのは報道陣の数。馴染みの記者さんばかりだったが、質問を受けても逆に僕が聞き返してしまうぐらい、僕自身今だに「世界遺産」というものが何を意味するのか理解していない気がする。僕の理解が悪いのか、それとも僕が感じている通り単なる「ブランド」の意味合いが強いのか…
きちんと管理計画を立て、きちんとやっていれば世界遺産なんていう冠は必要ない。それは多くの人が指摘することだ。でも、おそらく行政サイドからすれば「世界遺産」ということで、予算化の口実を作りやすい事業がたくさんあるのだろう。ホテルや第一次産業にとっても、付加価値がつくことは良いことだ。全体的にはわかりやすいブランドがつくということは良いことなのだと思う。でも、こうやって、ごくごく一般人が報道陣に囲まれる状態というのは、普通ではない。
知床ではかつて原生林伐採問題というのが世間を騒がせた。ウトロの人たちに言わせると、この問題がまちをバラバラにしたそうだ。当時、知床の木が伐られるというので、都会からいろいろな自然保護活動家や思想家がウトロにやってきた。ある人は、チェーンソーを前に木に抱き付いて伐採を阻止したりという運動が繰り広げられたそうだ。僕は当時をよく知らないが、間違いないのはウトロの人たちがその時から自然保護保全に関して口を閉ざすようになったということだ。当時のことを何とか話してくれるのを聞いても、みな一様に口が重いことが気になる。誰が主流派で誰が打算的か…誰を味方につけて誰をおとしいれるか・・・さながら60年代の学生運動が終焉に向かっているころの話でも聞いてるかのような、正直言ってちょっと不快な話が多いことに僕は驚いた。それをヒートアップさせた要因の一つがメディアだ。そのころから、知床では自然保護の話しがタブーになってしまったと言う人もいる。僕たちはいろいろな活動を通して、それを少しずつほどいている作業をしているようなものだ。この世界遺産の動きにおいても、あまりヒートアップしすぎることに懸念を抱いている。
環境の時代になった今でも、やっぱりイデオロギーでなければ自然を守れないのだろうか…それがもっとも効果的なのだろうか…
そう言う意味では、知床は日本で最後に「プロジェクトX」に紹介される自然保護活動のような気がする。僕には馴染まない運動論だが、次の運動論につなげることに意識を集中したい。最近の動きの中で、改めてそんなことを考えた。
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›9 18, 2003
人と自然のスピリットがクロスオーバーする場所
はじめに言っておこう。僕は強硬な自然保護論者でもなければ、開発支持者でもない。ヒッピーな活動家でもなければ、学術的な研究者でもない。社会人としてサスティナブルディベロップメント(持続的な経済発展)を考えているだけだ。
そこに必要な哲学は、自然のスピリットとの交感を大切にしようとする先住民族の知恵の中にあるというのが僕の考えだ。いや、先住民族というか、そういった人間臭く、それでいて自然の魑魅魍魎(ちみもうりょう)と共にいようとする覚悟とノウハウが残っているのは、もう先住民族のコミュニティだけなのではないかと思っているのだ。科学的ではないかもしれないけれど、連綿と続く人々の営みの中に、ごくごく普通で、曖昧で、それ故に普遍的な生活様式やシステムを見出せるのではないかと考えているのだ。もちろん、先住民族が彼らのアイデンティティのままに暮らしていたときとは、地球上の人口や自然の状態、資源量などが大きく違っているかもしれない。でも、敢えてこういった世界観と経済の融合というテーマに取り組んでみたい。それはある意味絶望的かもしれない。だけど、僕は厳しければ厳しいほどチャレンジ意欲がわいてくる性質なのだ。
有限の地球資源の中で人口がこのまま増えつづけると、人々のストレスは増大し、いわゆる“癒す”必要がある人はますます増えていくだろう。そして、さまざまな心理療法や治療機会が改善され、確実に癒されていく人も増える一方で、やはりどうしても癒されず社会への順応が困難な人々も増えるだろう。僕はシャーマニックな世界にこそ本質的・根源的な救いがあり、逆にいえばそのノウハウをとり入れない限り人々は永遠に癒されないような気がする。なぜならその世界観は、地球上の自然と完全にマッチしようとする願いであり、祈りだからだ。
僕は、こういったことを学術的に研究したわけでもなければ、数多くの体験をしたわけでもない。だからと言って、これから研究を続ける時間もないし、数多くの体験だけが、その世界を知る手がかりになるとも思わない。そんな体験は、とても個人的で、非科学的で、どちらかと言うと“感覚”として僕の体の中に宿っている。僕はそんな“感覚”で自らの自然の中での、感じたことや、考えたことを、自分なりに咀嚼し、そのメッセージをいろいろな人に伝えていく“えせシャーマン”でありつづけたいと思う。それが僕の仕事だ。そして、それは僕だけではなく、多くの人が、さまざまな手段で行っていくことが理想だとも考えている。
僕は宗教家ではない、思想家でもない、活動家でもない、どちらかといえば事業家でありたい。オカルトも嫌いだ。感じたことを行動に移し、そしてそれを 持続的に続けていくこと に価値を感じる。
持続的に…。
現代で言えば、経済システムの中に、いかに存在するか…なのだろうか?
人と自然のスピリットがクロスオーバーする場所を僕は追求したい。でもそれは一生かかっても見つからない場所なのかもしれない。だから、少しでもわかったところを社会や経済に還元していく…そんなことが事業を通してできないかなと思っている。
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›9 13, 2003
エコツーリズムの課題
今年の春に講師に招かれた青森県鰺ヶ沢町でのレポートの公開です(Word/38k)。現地の方々が案内するエコツアーに参加し久々にお客様の立場でツアーを見ていると、エコツーリズムのさまざまな課題が垣間見られました。なお、Creative Commonsよろしくね。
›9 08, 2003
エコツーリズム
僕たちはよく「エコツアーのガイドをしています」という言い方をしているが、実はこの「エコツアー」という言葉をあまり使いたくないのだ。そもそも人間が自然の中に入っているのに「エコ」というのもおかしいし、何よりこの「エコ」という言葉に、相手の考える隙を与えない不思議な力を感じるからだ。僕は、そういう力がちょっと気持ち悪い。
自然保護のためなら何でも通用する最近の風潮に、最近、少し嫌悪感をおぼえている。「そこのけそこのけ自然保護が通る…」という印籠ができてやしないだろうか。この「エコ」という言葉にもそういった思考停止を強いる力を感じているのだ。「エコ」で何でも通用してしまう社会は、ファシズムと何ら変わらない気がする。だから、自然保護と利用を考える上でのエコツアー万能論のような風潮に、僕はエコツアー事業者でありながら異論を持っている。
よく、「エコツアーによって地域経済に貢献し、自然保護への協力をえる。」みたいなことを耳にする。一見、もっとものような意見だし、例えば何もないところの「村おこし」的に活用するには、大きな効果をえることができるだろう。しかし、良くも悪くも完成された知床の観光地のような場所では、本当の意味で「エコツアー」で地域への経済効果を生もうと思ったら、それはそれは至難の技だ。
僕たちの調べでは、小人数単位の自然体験型プログラムに参加し、しかも2泊以上の長期の滞在をする“いわゆるエコツアー”客は全体の1割に満たない。ウトロの年間の宿泊者数が約60万人だから、約6万人弱。このような小さなパイで、ウトロの経済を支えることは現状では無理だ。
しかし、「エコツアー」に対してのニーズはますます増加している。今後、やりようによっては、「エコツアー」だけで知床の観光産業が成り立つ可能性もある。そして、その時に重要になってくるのが、実はガイドプログラムそのものよりも、地域のおもてなしの転換だ。現在は大きなホテルから小さな商店に至るまで、“一見(いちげん)さん”に偏ったおもてなしが定着している。僕たちのお客様もよくいうことだが、滞在には決して適した街作りがなされているとはとても言えないが現状だ。地域全体が滞在に適したまちになったとき、20万人でも今の経済規模を維持できる観光スタイルを確立することができる。
多くの学者さんがもっともらしくこんなことをいう…。
「自然保護は地域の協力あってこそ。自然保護で地元に経済効果を。」
でも、実際問題としてそれを実現できているところを僕は聞いたことがない。もちろんそれは当然のことかもしれない。学者はその答えまで導き出すことはしてくれないのだから。それをやるのは地域以外の誰でもない。そしてそのノウハウは生活そのものの中にこそ見出すものだ。だから誰にもそのノウハウはないのだ。地域は学者なんかに遠慮せず、もっと胸を張って自然体の自然との関りを発信していったら良いのだ。「エコツーリズム」に適した地域のおもてなし…僕の最大の関心事だ。
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›9 03, 2003
増えすぎた野性動物
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北海道では野性のエゾシカの数がここ数年激増している。
ここ知床も例外ではない。原因としては、よく言われるように天敵となるオオカミが生息しないこと、いわゆる地球の温暖化で、かなりの数が自然淘汰される冬の寒さが厳しくなくなったこと、狩猟をする人が少なくなったこと、自然愛護の浸透…などなど、それらが複合的に作用していると考えられる。
あまり知られていないことかもしれないが、「有害鳥獣駆除」という仕組みがあって、例えば農作物被害や人に危害を加える可能性がある場合は、役場の許可により駆除をすることができる。知床ではヒグマもエゾシカも極力この「駆除」という選択肢を選ばないという行政の方針があるため、駆除以外の方策ー例えば市街地には柵を張り巡らすといった方法をとってきていた。
しかし、それも限界がきている。柵の向こう側では、保護されている動物が増えつづける一方だし、人との接触機会が増えるに従って人に対して決して望ましいとは思えない慣れ方をしているヒグマやエゾシカが増えているのが現実だ。僕達は、動物達との距離感を今一度確認しておく時期にきているような気がする。
僕達は昨年から市街地にあふれかえるエゾシカの対応について行政等をまじえ話し合いを続けている。当然、そこには「駆除」という選択肢も存在する。誰が見ても「めんこい」エゾシカは、ウトロの住民にとっても人気者でもある。人気者というより、昔からあたりまえに共存している家族のようなものだ。殺すなんて決断は誰もが避けて通りたい。でも一方で、雄ジカの角で威嚇される児童がいたり、農作物の被害、さらには一般家庭の植木や庭への入りこみ等の被害も我慢の限界だ。「何とかして欲しい」という住民からの声を受けて、ウトロの自治会や、その自治会から協議の諮問を受けている地域協議会(僕が事務局を務めている)、そして斜里町が立ち上がったカタチだ。
僕達(ウトロ自治会・ウトロ地域自然保護と利用に関する協議会・町)は、昨年このエゾシカ対策の議論の中で、ウトロ地域として敢えて「駆除」という決断を下した。僕達は神様ではない。誰かの命を左右するような決断を下す資格なんて一切ない。でも、敢えてこの決断を下した。それは地域として、何かの覚悟を決めるきっかけになると考えたからだ。
野性動物の保護管理については、先ずは壊れてしまった生態系をもとにもどすことが必要だという考えかたが一般的である。アメリカの国立公園などでは、アラスカやカナダから連れてきたオオカミを再度公園内に放し、やはり増えすぎたシカ等の数をコントロールしようという試みがなされている。日本でもそのようにした方が良いという議論もある。しかし、アメリカとは違い日本でその方法をとりいれるには、あまりにも障壁が多すぎる。もちろんその障壁をひとつづつ取り除いていくのも僕たちの仕事でもあるのだが、そうこうしている間に、エゾシカの樹皮食いで知床の森が丸裸になってしまうだろう。「生態系を壊したのは人間だ。人間が悪いんだ。」という話はもっともだが、そこには“で、どうする?”という具体的な行動が見えてこない。自然哲学を語っている間に、エゾシカが木を殺し裸地が広がった森から大量の土砂が川に流れこみ、災害や漁業被害が広がるかもしれない。野性動物の保護管理を「イメージ」だけで捉えていると、とり返しのつかない失敗をする可能性を秘めているのだ。
上記の知床でのエゾシカの駆除という決断は、「観光地としてイメージが悪い」という一部の人の反対で実施には至らなかった。僕はそれならそれで良いとも思う。それからの現実に対して、どう覚悟を決めるかというだけのことだからだ。でも、「イメージが悪い」といった人は、丸裸の知床の森をイメージしているだろうか。それに対しての覚悟も、腹に据えているのだろうか。神のような決断を下さなければならないときに、どれだけの覚悟と責任を背負うつもりでいるのかは、正直疑問である。いずれにしても、僕立ちが神のような決断を下さなくても良いようにならないかなあ・・・
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›8 19, 2003
エネルギー
Posted by Tatsuya at
22:23 /
Category:
Eco-Eco
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北米で大規模な停電。改めて現代の脆弱性を感じる。
折りしも、斜里町地域新エネルギービジョン策定委員会の第1回会合に出席した。
新しいエネルギー源の模索や未利用エネルギーの活用の可能性を探るものだ。
「新エネルギー」というとすぐに思い浮かぶのが、風力発電や太陽光発電などだ。
他にも雪を保存しておいて夏の冷房に利用することや、
特に第一次産業の盛んな北海道では農漁業廃棄物等を利用した
バイオマスのエネルギー賦存量が大きい。
しかし、例えば林業で生まれる間伐材を利用したペリットという燃料は
それを作り出すことは簡単でも、そのペリットを使った暖房器具等が普及しておらず、
現実的とはいえないのが現状だという。
新エネルギーの開発と利用は現状では「技術」の世界だ。
しかし、“卵が先か…”ではないが、市場をきちんと築き上げれば、
相乗的に加速度的に新エネルギーへの移行が進むのではないだろうか。
例が悪いかもしれないが、
上記の、めらめらと美しい炎を上げるペリットストーブを、
知床のホテルの各部屋に装備していたら、
もしかしたらお客様は暖炉のような安らぎを感じてもらえるかもしれないし、
知床の風物詩になるかもしれない。
そんな市場を作り上げるにはどうすれば良いか、
そんなお客様へのおもてなしはどのようなものが適しているのか、
そもそも、その炎を良しとしてくれるのかどうか…
行政の仕事は、どちらかというとトップダウン方式で、
「良い物は良いんだから!」といささか乱暴であるときが多い。
市場形成という概念はない、というか行政の仕事ではないのかもしれない。
しかし、民間の世界では、
「“Product Out”ではなく“Market In”の発想で」というのが常識だ。
どこにマーケットがあるのか?
ないならどうやって作るのか?
やるなら、そこまで考えようよ…ということを今日は発言してきた。
農業や漁業がますます盛況になってくれば、ますますバイオマスの賦存量も増えていく。
エネルギーの可能性が増えるということだ。
そこで「技術的に無理だから」「市場がないから」ということで諦めるのではなく、
どのようにすればこれらが循環するのか、緻密なマーケティングと経済の理論が求められる。
こうなってくると、委員の一人が言っていたようにエネルギーの問題は
「単にエネルギーの問題ではなく地域産業の問題」だ。
町としてどのような産業振興戦略を考えていくのか。
その中で、どのようなエネルギービジョンを描くのか…
お気楽に考えていた委員会だが、やっぱり考えなければならないことは山積みだ。
エネルギー問題について詳しい方、是非お知恵をお貸しください。