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›6 08, 2010
正社員と非正規社員
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亀井さんが、郵政の非正規社員を正社員にすると言っているそうです。それに対して、賞賛の声も聞きますが、「正社員」「非正規社員」というコトバに僕たちはずいぶんとごまかされているような気がします。そして、渦中にいる方々はごまかされているかどうかに対して無批判なのと、「自分がどういう暮らしをしたいのか」を見失っているように見受けられるところが気になるのです。「自分がどういう暮らしをしたいのか」がイコール「取りあえず正社員になりたい」では無いはずですが、そのように迷っている人を、政治家はもてあそび過ぎです。
正社員と非正規社員の違いは、雇用契約の際、契約書の中の「契約期間」の欄を"空白"にするか期間を記入するかの違いにすぎません。そして"空白"が「終身雇用」を約束する暗黙の了解ですが、そんなの、どっちにしろ曖昧な約束にすぎません。会社が倒産すれば失業です。法で言う「正社員」になりたいのでしょうか?「暗黙の了解で"たぶん"終身雇用してもらう」ことを望んでいるのでしょうか?恐らく違うのだと思います。
また、「正社員の方が非正規社員より福利厚生や社会保障が充実している。」という論調があります。非正規社員にだって同様の福利厚生をつけている企業だってたくさんあるし、反対に我が社のように正社員なのに大した保証も無いところもあります。その"論調"に無批判で幻想を描いている人は多くないでしょうか?
多くの人が「セイシャイン」に望んでいることは、とどのつまりは「社会保障」の話なのだと思います。「仕事が無い=収入も無いので死ぬしかない・・・というのは勘弁してくれ」ということなのです。収入ゼロでも死なないで済む社会に暮らしたいと思っているのです。病気になっても、取りあえず診てもらえる医療を望んでいるのです。失業しても子供の学業に心配が無い世の中を夢見ているのです。これは共産主義の話ではありません。社会保障で実現している資本主義の国はいくらでもあります。
別の話をするとすれば、日本は労働者の権利はずいぶんと語られる国ですが、経営者には人権が無いのではないかと思うほど、本当に保証がありません。資金繰りのために自分にかけている生命保険を活用する(=自殺する)。業績は好調なのに、社員のための社会保険が原因で資金繰りが悪化する。税金を払うために借金をする。経営者に失業保険が無い。経営の失敗は社会的な失敗・・・数え上げたらキリがありません。一時期、起業を煽る社会風潮がありましたが、こうした現実を若い人たちはよく見抜いています。そんな、取り返しのつかないリスクまで背負って、起業をすることのバカバカしさをよく理解しているのです。ならば、すこしでも企業努力で支えてくれる企業に属しようと思うのは当然です。結果、妙なシガラミやプライドみたいなものばかりが溜め込まれた、"ハウルの動く城"のような巨大企業のみがあいかわらず日本を席巻し、勢いがあるようで世界的に診ればじわじわと衰退しています。そんな、日本の姿に私たちは嫌気がさしているのですが、取りあえず死なないで済む道として、ハウルの城に乗せてもらうことに必死になるのです。
健康保険や雇用保険、労災などの社会保険は国として定められて当然ですが、それらの手続きを日本では企業が行うことが義務づけられています。それはそれは大変な作業で、はっきり言ってこれのためだけに人を雇う必要があります。本来は国の仕事を、企業が自ら負担をして行っているのです。「それは経営者として当然だろ!」ということは理解していますが、得てしてそのようなことを言う人は、昔ながらの労使関係に基づいた運動をしている人です。すなわち「経営者は労働者を搾取しているはずだ」という前提に立った、前時代的な運動です。こうした運動論が、ここ最近で蒸し返してきていることが気がかりです。「自分がどういう暮らしをしたいのか」を見失っている若い労働者が、古い活動家に煽られて、論点のズレた議論をここ数年続けているような気がしてならないのです。
労働者にとっても経営者にとっても社会保障なのです。これには、はっきり言って社民党にとても期待していました。「フランスのような社会資本主義を目指しているんだ」と、かつて土井さんは仰っていました。僕は社会主義者ではありませんが、土井さんはすごいなあ・・・と思って聞いていた記憶があります。死ななくてもいい・・・それをやりきるだけで、今の社会不安のかなりの部分は解消されたはずなのに。
だから、社会保障の話を「セイシャイン」「ヒセイキシャイン」という問題に矮小化してしまうのは相当にヤバい問題のすり替えだと思っています。社会保障の本質的な議論を完全に葬り去ってしまう危険性を秘めていると危惧しています。もちろん、亀井さんやマスコミにも悪気は無いのでしょうが、そんな話を遥かに凌駕するようなスケールの大きな社会保障の議論を多いにしていただきたいと願っています。
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