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›9 24, 2009
ボブ・サム
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Sipetru
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cafe pathのこけら落としイベントに、何とボブ・サムさんが来てくれました。いろいろなご縁とはいえ、何だか現実感がなく不思議な感じでした。
ボブさんはチャシコツプロジェクトの一環としていらっしゃったのですが、結城さんがボブを呼んだのには、僕たち和人には図りしれない深い意味があるようです。星野道夫さんの描かれているスピリチュアルな面以前に、アラスカの先住民族が保護政策のもとアイデンティティを見失い、ドラッグやお酒に溺れるコミュニティを救った男、それがボブさんなのです。結城さんはそのボブさんを呼びたかったようでした。僕は結城さん達の側からボブさんと接していたこともあり、力強い活動家としての面がとても印象的でした。

イベントでは、数人にしか声かけしていないにもかかわらず、たくさんのお客様でcafe pathが一杯になりました。いやあ、もっと広く呼びかけたかったのですが、cafe pathには60〜70人がやっとなので、程よい参集範囲だったかな〜と思っています。
ボブ・サムさんは今でも神話の世界で生きている人です。そして、ボブさんはその神話の数少ないストーリーテラーのお1人です。日本だって神話の延長に設計された国家なのですが、だいぶ"左右の方々"や権力に歪められてしましました。一方、トゥリンギット達は、皆この神話に宿るスピリットを大切にし、畏れ、日々の営みに反映させて暮らしています。だから神話を語り継ぐことは、僕たちが想像する以上に重い意味を持ちます。通訳は専用の冊子が渡され、イベントが終わったら必ず捨てるように言われているといいます。神話は口承伝承のみ。言葉に魂を宿し、語り手や聞き手それぞれの人の魂と共鳴し、神の世界(この世)においてよりよい振る舞いをするようにしむけるものなのです。だから、文字として残すわけにはいかないというのです。それだけみなさんは集中してボブさんの言葉と向き合うことになりました。とても素敵な夜でした。
翌日、結城さん達と再びcafe pathを訪れてくれ、旅の疲れを癒していました。やはり彼ほどのビッグネームになると、あちこちに引っ張りだこになりスケジュールがタイトなようです。今回はチャシコツプロジェクトと結城さん達アイヌの若いコミュニティとの交流のために訪れたのですが、「ボブが来ているらしい」という情報は勝手に一人歩きし、彼にとっては不本意なイベントが盛り込まれていったようです。その内容を聞くにつけ、活動家としてのボブ、リーダーとしてのボブは、この日本ではあまり理解されていないような気がしました。神話のすごさは分かるのですが、ボブは語りの前に「コレは僕の話じゃない」とはっきりと言い、多くの先祖の名前を出し「彼らの話だ」と言っています。僕がすごいんじゃない、神話がすごいんだと。ボブの神秘性に光を当てることも良いですが、そんな神秘的な価値を中心に据え生活をしているネイティブたちの現実の方にも光を当てなければ、ボブさんに対して失礼だと思います。そして、それよりももっと厳しい状況がアイヌ民族の間にあることも・・・。
僕もいろいろと相談に乗ってもらいました。
「世の中、殆どの人がfollower〜人についていくタイプの人で、ほんの一握りがleaderだ。君は好むと好まざるとリーダーだ。生まれついてのリーダーだ。」
「辛いときは"息"を意識しなさい。辛くなってくると、胸が閉じてくる。しっかり胸を開きなさい。そして、声帯ではなくここ(胸)で話しなさい。はっきりとした、わかりやすい言葉で、話すことです。君は僕と同じ声を持っている。大丈夫だ。」
ボブさんの神話の中に、この世を作ったワタリガラスに魂の火を届ける鷹の話が出てきました。誰も火をもつ持つがおらず、ワタリガラスが探し歩いていた時にたまたま鷹が請け負い、燃え盛る炎のついた枝をくちばしにくわえ飛び続けるのです。熱くて熱くて、顔に火が移っても泣きながら飛び続けます。泣きながら泣きながら・・・。
それでも諦めるな、勇気を出せ。
燃え尽きることを恐れている自分に気がつきました。僕のあだ名はFIRE(笑)。燃え続けようと思いました。

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›9 18, 2009
cafe path 明日プレOPEN!
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CAFE PATH
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2009.9.19〜22日 4日間のお披露目です。
飲み物とケーキのみのご提供ですが、気持ちの良い空間と、峰浜の景観をお楽しみください。
料理のご提供を始めるグランドオープンは11月。あわせてお見知りおきを!
cafe path
ここがしれとこのはじまりです

峰浜海岸は刻々と表情が移り変わります

自分の時間でオホーツクの空気を感じたい、と僕は常々思っていました。
›9 10, 2009
知床バリアフリー旅行情報センター
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Barrier-free
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ー以下プレスリリースー
NPO法人知床斜里町観光協会は、障がい者や高齢者などが知床観光を検討する際の情報収集の手助けとして、「知床バリアフリー観光情報センター」をホームページ上に開設しました。
当センターは、健常者向けとなっていた観光の間口を広げて「どんな人でも」来てもらえる観光地づくりへの取り組みで、昨年度、主に発達障がい児向けの療育観光定着に向けての取り組みを進めた「知床の福祉観光を考える新連携事業委員」ら有志の事業者が中心となり、北海道観光推進機構が支援する「地域観光商品開発促進事業」の一環として取り組むこととなりました。
ホームページでは知床周辺の観光施設のバリアフリー情報や、発達障がい児やその介護者が温泉などで息抜きが出来る「レスパイトサービス」の問い合わせなどの情報が盛り込まれています。情報収集には、実際に障がい者自身が調査に参加するなど、顧客となる人の目線に配慮しました。
また、閲覧者が自由にコメントを加えられるようにするなど、今後、より使いやすいホームページにするような工夫が施されています。事務局は同協会が担当し、問い合わせに応じて斜里町内の福祉団体や旅館・ホテルなどと連携し、旅行者の要望に応えていきます。
なお、同協会ではホームページ開設の他に、サービス介助士の配置などを行い、街をあげてバリアフリー旅行への取り組みを進めています。
知床バリアフリー旅行情報センター
http://www.respite.jp/
shinraの設立当初からの念願がようやく実を結びはじめました。以下は「具体的な動きをしてからBLOGに書こう」と思い、公開をせずに保存していた昨年11月のエントリーです。
神社でバリアフリーな日本の旅
伊勢志摩などでバリアフリー観光を視察してきた。
伊勢志摩は日本の観光産業発祥の地と言われている。確かに300年以上前から全国のお伊勢参りの観光客をもてなしてきた。Wikiで調べてみると日本の全人口が3千万人たらずの時でさえ、伊勢志摩への入り込みは300万人を超えたといい、人口が1億人で知床に150万人が訪れていることを考えると、古来からのダントツな人気を伺うことができる。
僕が出かけた日も多くの人が参拝に訪れていた。中にお年寄りや車いすの参拝者が多いことが目につく。それに応じて、バリアフリーの取り組みが増えているというのだ。時代とともにさまざまにサービスの変遷をとげる。それも、北海道観光のようなたかだか30年の歴史ではない。うまく言えないが、客人への愛の深さと言うか、長年連れ添った夫婦のようにお客様と接する、おもてなしというより「情」で考えるメンタリティというものを感じる視察だった。
バリアフリーについては以前も書かせてもらったが、はっきり言ってショーガイの数だけバリアの種類はあるし、そもそも何を持ってショーガイとするかは考えれば考えるほど曖昧になってくる。例えば誰もがバリアフリーの部屋というと段差が全くない平らな部屋を思い浮かべるであろうが、今回訪れた伊勢のホテルのバリアフリールームはむしろ普通の小上がりよりも高い段差のある和室がついていた。平らな部屋は脳梗塞のリハビリ中の方のような半身不自由で足が高く上がらない方や視覚障害者には使いやすいが、車いすを使い移動をする人にとっては、座り替えのときなどかえってしんどいのだ。この部屋を作る時には、様々な障がい者を集めディスカッションをしてもらったそうだ。結局、誰にとってのバリアフリーとするかを意志判断するのは、サービスを提供する企業次第。そうなると、結局はマーケティングの理論では多数の健常者向けのサービスとなってしまいがちだし、高額なハードへの設備投資が壁で、バリアフリーの考察をやめてしまう例を多々見かける。
しかし、前にも書いた通りサポートする人の数をショーガイの程度に合わせて増減するだけでよいのだということを改めて確認できた。手助けしてさしあげようという「情」なのだ。伊勢志摩は全体的に施設は古いが、空気感からそうした「情」を感じることができた。施設はバリアフルでも心がバリアフリーなのだ。
そして、ショーガイ者のお客様にはありのままの情報を見ていただき、ご自身で判断してもらうことに尽きる。(そう言えば「情報」は「情に報いる」って書くなあ。語源は違うようだが・・・。)その際、今の日本では誰でも「歓迎」の一文字が旅行を躊躇しているショーガイ者の人たちの心のハードルを一つ下げるだろう。
Shinraでは昨年からこうしたバリアフリー情報(バリアフルであっても「歓迎」の意思表示をする取り組み)を集めている。こうした情報はショーガイ者と一緒にショーガイ者自身の視点か、介護する人の視線でリサーチしていくことが大切だ。今までの、特に行政が作る情報はバリアフリーのトイレやスロープが「あるかないか」だけの情報であることが多く、昨年調査したところでは、例えば車いすでホノルルマラソンを完走するような屈強な「障害者」でも登りきるのはつらいスロープがあったりする。そのスロープは勾配や幅員など条例や仕様書通りに作られているのであろうが、いくら何でも距離が長いために自走ではムリ。つまり情報としては「押す人がいれば問題無い」という一言がほしいのである。他にも、誰もが無理だと思っていた砂利道の遊歩道が、もっとも重いショーガイを持つ方の電動ベンチレータであればむしろ難なく通過できたりする。でも、ベンチレーターの操作の修練度によっても行ける行けないが変わってくるので、情報としては「電動車いすなら踏破可能。ただし細かな操作が必要。詳細は問い合わせてください。」なのである。(やっぱり「情報」の語源は「情に報いる」の方が素敵な気がする。)
そして、例えば、車いすの方と視覚障害の方とでは相反するニーズが生まれる場合がある。そう、結局「ショーガイ」という言葉でひとくくりにするな!ということだ。「バリアフリー」という言葉もくせ者だ。しかしそんな議論に終始している間に、旅行に行きたい人は旅行に出かけて、受け入れる気のある人が受け入れた方が話は早いのだ。そんなことで知床では、知床グランドホテル、斜里バス、Shinraそして介護NPOの知床みさきの風を中心に受け入れ態勢を整えるプロジェクトが胎動している。旅行はどのような人にとっても短い人生の中での数少ない体験だ。早く!早く!
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