カメラマン兼記者の阿部さんも自然関係で言えば相当にコアな現場を体験してこられている方です。彼は何と南極観測隊のフィールドアシスタントのお仕事で南極大陸での数ヶ月ごとのテント生活を、観測隊の安全確保のために3年連続でなさっていたそうです。そんな彼の投げかけはとても心地よく核心を突いてきてくれました。
知床五湖の利用システムは以前にも書きましたが、平たく言うと新しくできた誰でも自由に利用できるバリアフリーの木道に対して、ガイド付の利用者のみに認められる従来の地上歩道との2つに利用エリアが分けられる環境省の「利用調整地区制度」導入のことです。実現すれば国内では2例目という新しい制度。新しい制度ゆえ、また地域によって自然の特質が違うゆえ、全国レベルの国の制度とするには随分と課題や問題の多い印象は否めません。国境もいらないと思っているぐらいの僕は、そもそも自然の中に行政の網をかけることに、当初猛烈に反対をしてきました。100歩譲って行政の網はかかっていても良いけど、自然の中は「自由」でしょ!という思いが今でも強くあります。そして「自由」を担保するのは自己責任であって、自分を律するために刻苦研鑽するのが自然と向き合うときの姿勢だというのが僕の考えです。
一方で、知床は観光地でもあります。「自然と向き合う」とまではいかない利用者の方がほとんどですから、そんな精神論みたいなことを言い続けていても意味がないと思っています。今までの自然保護は言ってみれば、精神論にすぎなかったというのも僕の考えです。その結果、今、山に若者はいません。山にいる中高年のみなさまも、若い頃は随分と無茶をしたはずですが、自然は知れば知るほど用心深くなりますから、それを後世に親切で語り続けているうちに、いつの間にか自然は近寄り難い、随分と敷居の高いものになってしまいました。僕は、これも以前にも書きましたが、自然破壊ももちろんですが、こういった「人々の中に自然が無くなっていくこと」にはとても脅威を感じています。
知床は優しくもあり厳しい自然です。取っ付きやすいですが、森にはヒグマ、海にはシャチというどうしようもなく強力なパワーを持つ野生生物が暮らし、命の「危険」と隣り合わせでもあります。その上、最近は遊歩道などの周辺は、倒木などがないようにと、枯れたり、大きくなりすぎた枝が自重で折れて「危険」がないようにと、営林署などが手入れをしています。「危険」といえばそりゃあ「危険」なことが自然の中にはたくさん転がっています。
僕は国家などがこの「危険」というものを担保に全ての制度設計をしていっている今の風潮に疑問を感じています。さまざまな会議では「人の命を取るのか、この制度案を受け入れるのか」といったたぐいの脅しを受けることも多くなっているような気がします。恐らく行政の担当者ご本人たちにとっては、脅しなんていうつもりは全くないのでしょうが、この理屈はテロリストの恐怖を煽るブッシュの論理にているなあと感じます。思考停止の論理。こんな議論に最近は少々嫌気がさしてきています。「危険」と隣り合わせで初めてその懐の深さや、神秘さが私たちの心を打つのだと思います。「危険」で当たり前じゃないか。そしてその危険回避を、行政が担保してやる必要なんて、本来はないのだと思います。しかしナンセンスなのですが、確かに、国立公園などの制度をひもといてみると、なるほど行政が何らかを担保していきたくなるのも、理解できなくはないのも現実です。今に、日本国民は森遊びも海遊びもできない人間になっちまうのが、私たちの自然を取り巻く法体系なのです。とってもトホホなんですよ。
僕は知床(北海道)以外はどこの森を歩いても心から楽しめません。それはヒグマがいないからです。クマがいない森はどんなに豊かであっても、どこか物足りない印象があるのです。シャチがいたり、冷たい真冬の海で命の危険を感じながらのサーフィンを心から愛しています。これはコトバではうまく言い表せませんが、知床を訪れた多くの方々が深く感動して下さることにも関係しているような気がします。みんな潜在的な恐怖を自然の魅力に結びつけている・・・。それを体験できる知床で、そのちょっとしたきっかけを作ってあげたいと、ガイド事業を15年前からはじめたのでした。僕がお客様にお伝えしたいのは「危険」を内包した自然のスピリット。しかし、行政の制度の中でインフラのように位置づけられていくに連れ、何だか誰のために「危険」回避をしているのかがわからなくなってきます。これは、僕のやりたかったこととは全く違います。まあ、そうは言っても地域で合意しながら進めている事業。もう僕も10年以上会議に出席してきましたが、いろいろあってもやってみることも大切だと思っています。協力は惜しみません。
阿部さんの最後の質問はとても印象的でした。
「知床五湖の利用はどのようなかたちが理想ですか?」
全ての人が自然の良さも怖さも理解して、自分の時間で、自由に楽しんでもらうこと
です。
ガイドが関わることによって、これに近づくことになるのでしょうか?現時点では疑問です。が、まあ、やってみるしかないっしょ。
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おそらくご存じかと思いますが、青森の奥入瀬渓谷の国立公園遊歩道で枯れ枝が上から落ちてきて大けがをした女性が国と県を相手取った訴訟は最高裁まで行って国と県の敗訴。19000万円強の賠償金を支払うことになりました。仮に私が行政側担当者でも、この判決が確定している以上、知床五湖周辺の遊歩道の安全性はディズニーランド級にしようと考えるでしょうね。
こういう問題って、行政がバカとかそういう単純な仕組みじゃなくて、そういう振るまいを行政がするようになるに当たっては、市民のエートスのありようが非常に大きく影響しているんだろうと思います。
投稿者 かとう : 2010年06月27日 22:33