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›8 07, 2009
登山の適齢期
子供達と約束していた斜里岳に登ってきました。
斜里岳は1500m位の山で、しかも中腹ぐらいからの取っ付きなので羅臼岳ほどのキツさはありません。一昨年、羅臼岳を登頂している息子達は「大丈夫!」といいつつも、下山の辛さもだいたい予想しており、半ば覚悟が決まったような顔をしていました。ですので、今回は息子達の友達のフォローを中心にしながら無事登頂しました。天気も素晴らしく気持ちのよい山行でした。

ところで登山は知床に住むようになってから少しだけ楽しむようになった程度です。ガイド業をはじめた頃は体力だけは自信があったので、無謀にも羅臼岳登山のガイドをしていて、1日おきに2ヶ月間登り続ける・・・みたいなことをしていたこともありました。100回以上の羅臼岳の登山回数は、ちょっとした自慢でもあります。でも、今でも登山は趣味ですらありません。なので偉そうなことを言えませんが、いつも山に行くと考えることがあります。それは「何で若い人がいないの?」ということです。
山に行くといわゆる中高年の方々ばかりです。昨日も20ぐらいのパーティ50人ぐらいの中、20〜30代の方は数人でした。聞くところによると、今の中高年の方々は若い頃(60年代)に登山にとても親しんでいたと聞いています。知り合いになった中高年の方々で、登山をやっていなかった方の方が少ないぐらいです。何でも、全共闘に参加することと登山をすることが、当時のカッコいい人の姿だった(笑)と聞いています。
それはさておき、なぜ僕たちの世代、あるいはもっと若い人達は山に行かないのでしょう?ちょっと大げさかもしれませんが、このままでは、日本の登山の文化は途絶える気さえします。一方で、例えば僕たちバブル世代は全員がスキーをやっています。その中からコアなバックカントリースキー愛好家になっていっている人もいます。今までの概念とは違ったカタチで、夏山を通り越して冬山登山を楽しんでいる人は確実に増えています。そのような入り口から、登山の人口が今のようになっていくのかもしれません。
また、道具も含め山の技術は広がっているのかもしれません。が、やはり昔からの流れで言うところの「登山」をしている人は少ないと思います。自分自身や回りの人を安全快適にする道具の吟味と準備、心身ともに鍛錬される点など、登山のもつ哲学的な部分はしっかりと継承していきたいものです。ちなみに、今の中高年の登山が盛んなのは、単にアウトドア産業のマーケティングの偏りに原因があると思っています。儲かるのはわかりますが、もうちょっと次の世代を育てる意味でも、世代を縦断したマーケティングをしていただきたいものです。
さて、我が家の子供達は「あの山に登ってみたい」という単純な衝動を通して、登山の楽しさを知ることが出来ました。昨日も、他のパーティでガイドのもと登山を楽しんでいる小学生が良い笑顔をしていました。大人の役割はとても重要です。無理無く山に親しませてあげることです。しかし、僕の周りにもいるのですが、あまりに小さなうちから山に連れていこうとする親を時々見かけます。何事も段階がありますが、特に子供の発達段階を無視してムリをさせることは、子供にとってイヤな記憶や中途半端な感想は残っても良いことはありません。水泳でも水慣れに始まり、水慣れに終わると言われていますが、登山に行く前にどれだけ自然の中で遊んで、アウトドアに慣れているかが大切になります。「虫が顔に来る」「靴が水にぬれた」「擦り傷ができた」というのを「そんなことでぐずぐず言うな!」と親は頭ごなしで言ってしまいがちです。しかし、それを登山の当日に言っても始まりません。そもそも、このことが理解できるようになるには一定の年齢に達しなければ仕方が無い、ということも理解しなければなりません。怪我をしたときのことなどを考えても、文字通り「右」も「左」もおぼつかない子供を山奥に連れていくことは相当のリスクがあります。ちなみに、安全に子供も楽しく登山出来るのは、経験上、小学校2〜3年生からだと思います。その前に「どうしても登りたい!」という子もいるでしょう。でもそこは「あの山はお兄ちゃんになってから・・・。」と、大きくなることへの楽しみにつなげてあげても良いと思います。それまでは、近くの海や川や森、場合によっては低山で心ゆくまで遊ばせることです。