
全く雪かきは不経済な仕事です。右にある雪を左に動かしているだけ。それを延々冬の間続けるために、人の労力と時間や重機の費用を費やしています。春になったら融けてなくなるものを、コストをかけて右から左に・・・。しかし、この作業は、考えたらダメです。不経済だとか、効率よく・・・とか余計なことは考えないことが大事なのです。思えば北海道の暮らしはこんなことだらけです。
我が家は薪を冬の暖房に使っています。油代がかからず、しかもムダに伐られた(そればかりではないですが)木をせめて自分たちの暮らしに役立たさせてもらおうなんて言う、エセエコな発想ではじめたのですが、薪を集めにいくトラックの調達や油代、薪を割る労力と時間は確かに計算していくと燃焼カロリー換算で言えば、灯油だろうが薪だろうが同じになるように感じます。
それから、北海道の車社会。車の移動時間のコスト換算はひどいものだと思います。それも、こちらの企業では勤務時間に組み込まれているでしょうから、都市部での労働者の生産量とは比べ物にならないほどのロスを生み出しているはずです。
これらを「ムダ」とか「ヒヨウタイコウカ」で片付けるフシが、特に政治家や官僚の言動でしばしば見られます。行政の事業のうち地域性によるこうしたムダを全国一律で換算すると、確かに吹雪の無い東京に比べれば余計に税金が投入されているでしょう。しかし、民間の手法を学んでいただくことも大切ですが、まさに行政で賄うべきコストまで民間ふうにコストカットをすることは筋違いです。その地域の特性にあった人の暮らしがあり、独自のコストがかかります。それを経済活動に照らし合わしさえしなければ、決してムダという意味あいのものではないはずです。
経済的な発想法に浸りきっている僕たちの思考回路は、雪かきの虚しさをコスト換算してしまいがち。でも、雪の大変さを町中で共有したり、薪集めのコミュニティができたりとコストでは代えられない、人間らしい潤いが地方の暮らしにはあります。そして、それこそが都市部が取り戻そうとしていることではないかしら。
そういえば「無駄」は駄賃が無いと書きますね。確かに自分の家の前の雪かきをしてお金をもらおうとは思いません。1時間の打合せのために往復2時間車で移動することもありますが、その打合せからは生産性の高いアイデアが生まれることだってあります。駄賃がもらえないからやらなくても良い、ムダと言っていては、北海道では死んでしまいます。右から左に雪を動かしていると書きましたが、地球規模で見れば北半球と南半球で半年ごとに水分を貯蔵し、大気中の水分量を調節しているわけで、地球から見てもやはりムダではありません。「無駄」を徹底的に追及してみることも、敢えて今の世の中には大切なような気がしています。
≪続きを隠す