« 世代とスタイル | メイン | 北海道新聞の一面で・・・ »
›2 06, 2007
岩手県田野畑村のエコツーリズム
昨年から、陸中海岸国立公園の田野畑村という小さな村のエコツーリズム立ち上げのお手伝いをしています。
![]()
この村での取り組みのことについてはなかなかBLOGで書く気にはなれませんでした。この村の素晴らしさを限られたスペースではとても書ききれない、というのが本当の気持ちだからです。それを人々に伝えていくという、ある意味"運動としての"エコツーリズムを表現し尽くすには、やはり村から託された3年ぐらいの時間をかけなければ不可能だ・・・ということが根底にありました。

PHOTO : ARITO
この村には、奇跡的ともいえる日本の漁村風景が残っています。その名も「机浜番屋群」。田野畑村の観光地と言えば有名な北山崎がありますが、初めてこの村を訪れたときから、僕はこの番屋群にしか関心が向きませんでした。
ここの番屋は"生きた番屋"です。北海道のように機能的で大規模ではありませんが、田野畑村の家族単位の小さな漁業を象徴するかのような小さな番屋が、寒風の中にそれこそ身を寄せあうように佇んでいます。建物は古くなっていますが明らかに廃屋ではありません。今でも使われている「現役」にしか出せない逞しさが、そこを見る人の内面に飛び込んできます。それが何ともいえない魅力として光っているのでした。
![]()
その"光"は田野畑村の人や暮らしにもあてはまります。田野畑村の人達は、本当にのんびりとしていて、景色の中にスッと溶け込むような優しさを持っている人ばかりです。自然と対峙している・・・という印象は全く受けません。それは、険しい崖や深い谷、そして海といった自然環境と折り合いをつけざるを得ない三陸の厳しさが、自然と彼らをそうさせているような気がします。当初、村が話していたような「体験型観光で雇用を創出したい。ついてはガイド事業を定着させたい。」というだけで終わらせるのではなく、こういった地域の風景や人が醸し出している、何ともいえない魅力そのものを損なわないように観光を通して経済効果を生みつつ、地域の人達がムリを感じず長続きさせられるような程よい高揚感を地道に醸成していくことを同時に行うこと・・・僕はここにコンセプトの根っこを据えました。その魂が「机浜番屋群」なのです。

PHOTO : ARITO
僕は、全てのツアーのメインコンセプトを「番屋」に据え、このプロジェクトのタイトルを「番屋エコツーリズム」として既存のツアープログラムを整理しました。それは田野畑村の人達にとって予想外のことだったようです。実は僕がこのプロジェクトに関わる以前から、田野畑村では有志の方がガイドを行っていました。ご本人たちは高齢であったり、方言が強かったり対応が洗練されていないことを非常にコンプレックスに感じておられて、知床のガイド屋さんがそれを改善しにやってきたと思っていらっしゃったようです。しかし、現実はコンプレックスどころか、田野畑村の魅力をそのまま醸し出している素晴らしいガイドさんばかりで、月並みな言葉でいえば「ほのぼのとした」「味のある」ツアーをすでに実践されていたのです。
![]()
僕はこの「味」がそのまま魅力だと思ったし、僕の感じていた「番屋エコツーリズム」のコンセプトにピッタリとはまっていたので、極力それぞれの個性を消したくないと思っていました。そこで、自信をどうしても持てないご本人たちにサブガイドが同行し、そのサブガイドがお客様の立場に立って質問し語りを引き出すなど、田野畑独自のスタイルを採用する試行錯誤を加えています。他にも、ビジターセンターの展示整備や番屋でのちょっとした料理をツアーで提供したりするなどの味付けをはじめ、村が経営する第3セクターの宿泊施設と連携をとりながらの営業体制の強化、そのための営業ツールの作成等々さまざまなサポートを行っています。
![]()
そして、もう一つ大切なことはこの番屋を守っていこうと活動をしている地元のグループの存在です。日本中に番屋は存在しますが、陸中海岸の険しい崖と海という生活環境が生んだこの地の「番屋」は実はそれだけで「文化」なのです。そんな文化を"ハンモウド(海・浜の民)文化"と呼び、その文化の継承のために机浜番屋群の所有者や自治会などが中心となって、「郷友クラブ」という市民グループを立ち上げました。「番屋エコツーリズム」はいわば彼らの思いをツーリズム(Tour=旅、ism=主義, 思想, 学説, 理論, 様式)という運動論に置き換えた一つのカタチと言っても過言ではありません。
彼らが貴重だと思っている文化とはどんなものでしょうか。例えばこんなことがありました。先日、このプロジェクトのワークショップにアドバイザーに出かけときのことです。僕が現地に出かけるという直前に「『口開け』が近づいているので、もしかしたらワークショップ自体が開催されないかもしれない。」との連絡をもらったのです。こんなドタキャンは普段あまり出会う機会はありませんが、「口開け」とはそれほど特別なものなのです。
「口開け」とは、田野畑村の漁師たちが資源を根絶やしにしないように漁の日を決めるという自主的なルールです。こう書くとどこの地域にでもありそうですが、自給自足に近い小さな漁業を営んでいる人にとっては、この年に数回の「口開け」はとても重要な収入源なのです。特に「口開け」の中でも「アワビの口開け」はさらに特別なものです。値段も高価なアワビは密漁も絶えず、かつて資源が枯渇していっていました。それを村や漁協が自主的に管理するようになり、年に数回に限り小舟で獲ることがでることにしたのです。
「口開け」の日程は、毎年、持ち回りで担当者が決めるそうなのですが、晴れていて海底までよく見渡せる凪の日を選ぶのだそうです。11月の下旬から1月の下旬の間に4回ほどしかないため、その時期の田野畑村の漁村はどこかそわそわした雰囲気となります。そして「明日は口開けだ!」となると村中に放送が流れ、家族の中で休める人は普段の仕事を休んでこの「口開け」に臨むのです。
![]()
「口開け」はまさに文化なのです。普段はサラリーマンだけど、「口開け」の日だけ漁師という人に何人も出会いました。田野畑村の自然が作り出したこの地域独自の働き方なのです。「自然と共生」なんて言いますが、本当の意味で自然のリズムに合わせた暮らしをしていくのであれば、こういった柔軟な生き方が重要となってきます。ちなみに僕も自分の事業や暮らしを自然と同調させたいと思っていますが、さまざまな人や環境との関係の中で育まれる事業において、それを実現させることは現実には難しいと言わざるを得ません。一方で、やはり「エコの時代」などと叫ばれているなか、自然の持つ不確実性や不安定性を自分たちの生活様式の中に反映させることが見直されてきています。「LOHAS」なんていうエコライフスタイルが意識され始めたのも、そのためでしょう。田野畑村はそんな近い将来のエコなコミュニティのあり方を示しているような気がします。暮らしている本人たちは気がついていないのですが、実はすごい事例のような気がします。旅行会社が気にする「旅行業法」上では、こんな不確定な要素を商品に盛り込むことは一切許されません。しかし、こうした不確実性が認められないことによって、自然の条件に合致した観光が日本には根付かないと言わざるを得ません。現状では代替プログラムを用意するという体制をとっていますが、僕は年に数回しかない「口開け」の機会に対面できることのかけがえのなさを、堂々と来訪者に伝えることができるようになることが、田野畑村のガイドの姿のゴールなのかなと思っています。お客様の急な日程変更を特別なものとして演出するガイドの技術・・・。これは、Shinraで気象条件が悪いときなどに適用していますが、ガイディング技術の中ではかなり高度な技術であり、おもてなしの心としてはある意味究極の姿でもありますので、かなり先の道のりは長いと思いますが、僕たちはその下地作りをしています。
番屋群は何も僕が取り立てて話題にするまでもなく、今までもカメラマンや画家、そしてさまざまな研究者が取り上げ、その価値はひろく認められているところでした。折しも農水省が「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」として机浜番屋群を選び、保全に向けた機運もさらに高まってきました。しかし、そうは言っても、人が造ったものですから放っておくだけでは壊れていってしまいます。ましてや、すでに使わなくなって放置している大家さんもいれば、今なお現役で使用し、屋根を葺きなおすのにどんな素材や色でやるべきか、と気にかけてくれる持ち主もいます。そこで、机浜の地域の人達が中心となって保全していくときの不都合や、行政への希望をヒヤリングし、保全対策の協議会を作っていくことで調整がはじまりました。こうした動きが生まれてきたことは、とても喜ばしいことだと思っています。また、充分な調理設備が無いために実際の番屋では浜料理を出すことは難しいため、遊休レストランを活用した取り組みが始まるなど「番屋エコツーリズム」の波及効果が生まれてきています。現場のスタッフや役場の職員が走り回ってくれたおかげで、旅行会社も関心を持ちはじめ、年々契約が増えていっています。おおよその上限の人数はすでに設定しているので、将来は景観条例や地域の申し合わせを使いながら、やんわりとした人数制限ができるようにしておくような道筋だけは残しておきたいなあと思っています。
結局、先日田野畑村に行ったときの仕事はキャンセルになってしまいました。この日はアワビではなく「ショイの口」と呼ぶものでした。「ショイ」の意味を聞いてみると「磯や浜」みたいな意味で、岸の岩などに張り付いた海苔やフノリをとっても良い日だったようです。「ショイの口」はアワビのときのような殺気立った雰囲気はありませんが、大勢の人が解禁の9時から潮の様子を見ながら、フノリなどを獲っていました。キャンセルになった時間を使って、そんな田野畑の風景を取材していると、一人のおじいちゃんが声をかけてくれました。「オレは漁業権がないから様子を見に来ただけ。でも、これは季節もんだからね〜。来ないと気がすまないんだ。」と笑っていました。
「ショイの口」の田野畑村の浜はとても穏やかで、それぞれの漁師たちは静かに作業を続けていまいした。その作業や準備はとても大変なのでしょう。でも、岩と松で象られた磯の風景は、やっぱり「日本の漁村の原風景」というのがぴったりです。この時間に身を置いたときの心持ち、その心穏やかな心境で物事を考えること、ちょっとだけエコのこととか、経済のこととかを考えてみちゃうことは、旅人にとって悪いことではないと思います。そんなきっかけを「番屋エコツーリズム」が作れればなあ・・・と思っています。みなさん、知床ばかりでなく岩手県の田野畑村にも是非足を運んでみてください。