お正月は、いつも実家で過ごしています。が、今年の実家の様子は随分と変わりました。まず、両親は30年間暮らした団地から、これまたたいして建築年数の変わらない団地へと引っ越しをしました。しかも、生活圏が大して変わらない、車で10分ほどの場所に…なのです。でも、それが両親に心なしかすっきりした表情をもたらしていました。我が両親ながら「爽やか」の一言が似合う転身ぶりなのです。
実は数年前から、オヤジの調子が良くないことが気になっていました。検査に行けと言っても行かない本人、「大丈夫なんじゃないの?」と呑気なオカン。それでも昨年末は放置しておくと大変なことになりそうな予感がして、「何だったらオレが北海道から出てきて、手を引いてでも医者に連れて行くか?」と言うと、しぶしぶ精密検査を受けに行きました。それでも、その中で僕が最も肝心だと思っている検査については「予約がいっぱいだから半月後に。」なんていう、これまた呑気な医者の指示を鵜呑みにして帰ってきました。
「も〜う、よその医者に明日にでも行って来なよ!」
「そうは言っても、医者が半月後でいいって言っているんだから…」
「そんなこと言っている間に、ぶっ倒れるかもしれないよ!」
「まあ、大丈夫なんじゃないの?」
「も〜う、全く呑気だな〜」
なんていうやりとりを暮れ前にしました。案の定、検査を受けてみるとかなり大変な状態で、「こんな状態で普通に生活しているのが不思議だ。これは神様がくれた命だ。」なんてその医者は言ったそうです。全く医者も患者も無茶苦茶です。
そんなわけで幸か不幸か、父は薬とリハビリのような治療をこれから続けていくことになりそうですが、老後に向けての道筋が見えただけでも何だかホッとします。本人も薬の具合が合うのか、以前から心の症状も緩和されたようで、結婚の挨拶にやってきた従兄弟たちと、久しぶりに心穏やかな正月を過ごしました。

そんなこんなのドタバタの間に、両親は引っ越しを決心したのです。べらぼうに家賃の高い前の家を早く引き払うべきだということは、随分と前から親族みんなが言っていたことなのですが、年を取ってから引っ越しをする大変さを考えると、なかなか踏ん切りがつかずズルズルと年月が過ぎていました。それを両親が決心できたのは、オカンが祖父の介護を終えたことと、オヤジの症状が目に見えて悪かったこと、そしてオヤジが突如1年間のスクーリングをし、念願の学芸員の資格を取得したことで、どこかスッキリしたのだと思います。
京都の芸大で漆を専攻していたオヤジは、かねてから18世紀の日本画の研究をしたいと思っていたそうです。そこで、わざわざ学芸員の資格を取得し、職員とは行かずとも美術館での"学芸員としてのボランティア"を老後の楽しみにしたいそうです。本人のやりたいことと、社会がその人に求めていることとでは大きな隔たりがあるのでしょうが、少なくとも本人のやりたいことについては一応の道筋がついたように思えます。人はスッキリとすると、次へのステップが軽やかになるものですが、長年決心がつかなかった引っ越しということを、両親はいともあっけなく昨年整理を付けました。僕はその行動力に清々しささえ感じました。

例年挨拶に行っている叔父から、年頭にあたり1年のテーマとなるような言葉をいただきました。数年前から自然発生的に始まったこの恒例。今年の言葉はははからずも「爽やか」でした。やはり、身近な人の生や死や老いは、血のつながりのある親類に共時性をもたらすようです。そんなことを再確認できる「盆暮れ正月」はつくづく大切なものだ…と思います。
「爽やか」
旧年じゅう動き回りさまざまな整理がついた今、両親を見習って爽やかに振る舞いたいと思います。年頭に当たり、ご挨拶でした。
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こちらに帰っておられたのですか。私は今年は実家に戻らなかったのですぐ近くで年越ししてました。
投稿者 かとう : 2007年01月06日 17:16