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›11 08, 2006
アシリ・レラ(新しい・風)
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アシリレラさんのことを簡潔に紹介するのは、彼女を主人公にした映画でも作らない限り多分ムリだと思います。すごい人なんだけどすごくなくて、すごくないところがすごくて・・・。レラさんの偉大さを説明するのは、自分の母親の偉大さを説明することに似ている気がします。
彼女のことは作家の田口ランディさんやオフィステンの天川彩さんから紹介されていたのですが、なかなかタイミングが合わず・・・というかどこか心の中で「まだお会いするタイミングじゃない」みたいなことを感じていて、会うことを控えていたことを覚えています。
レラさんはとてもスピリチュアルな方です。今、テレビで消費されているような「スピリチュアル」とは違った"リアルなスピリチュアル"とでも言うべき、アイヌ民族が大切にしてきた世界をしっかりと生きてきてきた人にしか備わっていない雰囲気を持った方です。人と人とのつながりにおいても、誰でも受け入れてくれる広い心をもっていながら、ある面ではきちんとした必然性を追求されている印象を持ちます。だから、単なるミーハーで会いにいくことはしたくなかったのです。
「何故、私があなたと話しをしなければならないのか?」
「あなたは、和人とアイヌ民族との関係にどれだけ深く思慮し、コミットし、その上で何をしなければならない使命を背負っているのか?」
といったことを、朗らかな表情とは裏腹に心の奥底にずどんと直球で投げかけてきます。気分でいうと、お墓参りで先祖の前で自分の気持ちをウソ偽りなくさらけ出さなければならないような、そんなパワーを醸し出している方なのです。だからこちらは準備万端にし、スピリチュアルな力も蓄えて(?)機が熟すのを待ち続けなければならないのです。(と、少なくとも僕は思っていました。)
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レラさん(ホームページ)のことをご存知ではない方も多いと思いますが、レラさんはアイヌ民族に数少なくなったシャーマンの一人で、日高地方の二風谷(にぶたに)というアイヌコタンに暮らしています。アイヌ民族活動家であり、自然保護活動家であり、祭司であり、と実にさまざまな活動をされてきていますが、僕のごくごく勝手なくくりをさせてもらうと「母」の一言につきます。全ての活動の柱に「母」の目線を感じるのです。それは運動といった社会的なことに限らず、日々の暮らしにおいてもきちんとした「母」の目が行き届いていて、今年の冬からガイドのお手伝いをしてもらっているムカルとハリーというレラさんのところでアイヌ民族として暮らす青年2人がいるのですが、若いのに感心するほどの自然の知識を持ち、職場での礼儀作法から台所仕事まで見事にこなす男に、レラさんは育て上げていました。昨今のいじめだとか自殺の問題を解決していく答えが、レラさんのコミュニティにはあるような気がします。レラさんはアイヌだとか和人だとかいう以前に「母」という太い柱で多くの人を結びつけているのです。
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そしてレラさんと会うときはいつも不思議です。初めて会ったときは二風谷に別の用事で出かけたのですが、何となく「レラさんに会わなければいけない!」と妙な焦燥感にかられました。
「もしかしたらレラさんが毎年主催している『1万年祭』の会場準備をしているかも知れない」ということで西原くんの言う「その場所」に向かいました。しかし、教えてもらった地図も「だいたい、ここら辺」というだけで、まったく見当もつきません。準備が始まったばかりの会場の入り口には何の目印もなく、途方に暮れていました。
ところが不思議なもので「呼ばれている」という感覚がする方角に車を走らせて行くと、一筋の煙が上っているではないですか。車を止めその煙の方に歩いて行くと、何とレラさんたちが何やらせっせと焚き火をしていました。聞けば、1万年祭の会場に多くの産廃が不法に捨てられていて、数日かけてそれを全て手で拾い集めていたところだったそうです。僕もゴミ集めを手伝いながら煙をたよりにやってきたことをレラさんに話すと、
「ガハハハ、狼煙(のろし)じゃないんだからさ。いくらアタシでもそんな暮らしはしちゃいないわよ(笑)。けど、アンタ何かに導かれてやってきたんだね。」と言いました。
ゴミ拾いをしながら僕の思いをレラさんに話したところ、
「わかった。私に知床でカムイノミ(祈り)してもらいたいんでしょ。」と言いました。
僕は、レラさんがカムイノミをすることは知っていましたが、女性が祭司をやることへの違和感を結城さんや早坂さんから聞いていたので、それまでは正直、レラさんにカムイノミをお願いするつもりはありませんでした。しかし、実にさまざまな人のつながりや偶然が重なり彼女と出会ってきた今までの経緯を考えると、「レラさんに知床に来てもらうこと」はむしろ自然な感じがしました。今でも不思議なのですが「お願いします。」と即答したのを覚えています。
それから、彼女とは関係が深まっていったのですが、いつも僕はレラさんに「呼ばれる」立場です。今回もフィールドツアーの前にカムイノミを行ったのですが、
「ト゚ゥキ(祭事用の杯)が一つ余っているから今に誰か来るよ。」
とレラさんが言っていたところに現れたのが僕らしく、ムカルが大笑いをしていました。僕も前の日からこのカムイノミのことがとても気になっていて、朝、気になる方角に歩いていったらレラさんたちがカムイノミの準備を終えて、誰かがくるのを待っていた・・・という状態だったのです。こういうことをオカルトとして一蹴してしまうのは簡単ですが、レラさんはまったくその価値観を中心に据えて暮らしをしてきているわけで、彼女にとっては不思議なことでもなんでもないのです。僕の場合はいろいろなチャンネルを切り替えてこの世で暮らしていますが(笑)、レラさんと共有する世界からしか測れないものというものが、こんなにもあるのか・・・と驚かされます。
それは、そのままアイヌ文化を捉えるときも同じことのような気もします(ものすごく乱暴な言い方ですが)。今回もカムイノミの途中に1匹のスズメバチがしつこくト゚ゥキの中のお酒に寄ってきました。ハチはお酒の臭いが好きなので寄ってくるものです。でも、あまりよい気持ちはしないので僕たちは恐がっていたのですが「ハチはアイヌ民族の文様にもあるようにアイウシ=刺だ。カムイノミにハチが来てくれるのは魔よけの意味があって、縁起の良いことなんだよ。」と、そのままにしてやるように指示をされました。そう聞くとハチ一匹に対する僕たちの気持ちは途端に180°変わってしまいます。「手で払ったりしなければ、ハチは何もしない。」と言われるのと、「ハチが来てくれるのは縁起が良いことなので、そっとしておいてやってくれ。」と言われるのとでは、結果として「追い払わない」ことに結びつくわけで、誰も悪者にせず自然を眺めるレラさんの優しい視点にハッとします。そうした世界観を生活様式や所作やアートとして発展させてきたアイヌ民族の文化をもっと学びたい、学ぶべきと思います。その機会づくりとしてSipetruがこれからも機能していけば良いなあと思います。自分自身の小さな物差しではかるには、自然は深遠すぎるのです。
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そんなすごい人なのでいつもレラさんと何かやるときは、こちらはとても緊張して万全の態勢で臨みたいと思うのですが、これがまあ、まったくと言ってよいほど事前の打ち合わせは不可能・・・というのがレラさんとの関係の特徴でもあります。これはホトホト困り果てているのですが(苦笑)、レラさんにいわせると神様とタイミングをはかるのはどうやらそんなものらしくて、これに付き合えないようでは本当のアイヌ文化に触れることはできないのだろうなあと思います。とても大切なカムイノミの祈りにしても出席者や段取りなんかまるでありません。しかし考えてみたら、カナダの先住民族を訪れたときも、NZのマオリを訪ねたときも、ウトロのお祭りにしても、式典には段取りなどなく、けど参加者全員の意思がギュッと集中することによって、乗り越える良さみたいなものがありますよね。神事とは本来そんなものだろうと思います。そうは言ってもお客様がいる場合などは、その間に挟まれる僕たちは正直たまったものではないのですが、逆にこういった間に入るインタープリターが不在だったことに、アイヌ文化や世界観が広がっていかなかった原因の一つがあると思います。そういう点では、この苦労こそがSipetruの仕事なのだなあ、と割り切っています。
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急に仕立てたバスは、結局シンポジウムの途中にかなり遅れて到着し、レラさんは、切らした息を整えながらステージに立ち、静かにこんなことを語りはじめました。
「みなさん、今日ここにいる結城幸司のお父さん=結城庄司と私はかつてともにアイヌ民族運動を闘ってきました。特に結城庄司の運動は力強く印象に残っていますが、彼は若くしてこの世から命を絶ってしまいました。道東はそんな結城庄司がさまざまな祭典を復活させた神聖な場所でもあります。北海道中のアイヌにとって、とても大切な土地なのです。しかし、時代とともに運動も陰りを見せ、私も年を取り昔のようには頑張れなくなりました。結城庄司がせっかく復活させてくれた祈りをきちんと受け継いでいくことが難しくなっていたのです。でもこうやって彼の息子が道東で頑張っている姿を見て、私ももう一度頑張ろうと思いました。」
レラさんはこのことを言うためにわざわざ二風谷からバスをチャーターしてやってきてくれたのです。アシリレラさんがグループのみんなを連れてきてくれたこと、結城幸司さんにこのようなエールを送ったこと、そして人知れず野付半島や帰り道に知床の弁財チャシなどでカムイノミを行ってくれたことの、ものすごい意義をお客様のほとんどがその真の意味まで理解できなかったかもしれませんが、これはものすごい瞬間に立ち会ってしまったと武者震いがしました。そして、このとき、いろいろなことを進めていく上で、スピリチュアルな面での準備が全て整ったような、何かの力がグッと入れ替わったような気がしました。
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コメント
かとうさん
コメントありがとうございます。
今回作る小さなカヌーは
個人的にはタイガーに捧げたいと思っています。
だから、行けたら船を何とか運んで「例のカヌー」を迎えにいきますよ。
投稿者 藤崎です : 2006年11月10日 16:26
それは素敵なことですね。横浜出迎えでしたら私も手伝いますよ。
今日のウェブログにこの記事を引用させていただきました。
ttp://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/41904039.html
投稿者 かとう : 2006年11月10日 17:50
なんだか凄いことが起こってしまったようですね。そういう土地まで例の航海カヌーが行かないのは非常に残念です。
投稿者 かとう : 2006年11月09日 20:16