7月1日、
早朝に結城さんたちアイヌアートプロジェクトが到着。到着したことで先ず西原君と喜びを分かち合う。というのも以前、一緒にバンクーバーに行くはずが、前の晩にパスポートを無くしドタキャンされる事態を経験していて(笑)、「結城さんが来た時点で、今回のイベントは60%成功だね〜」なんて話していたのだ。案の定、直前までさまざまな変更や調整が相次ぎ、受け入れ側はすでにパンク。僕を含め、結城さん小野先生と全員がアバウトなこの集団は、エコツーリズムや先住民族云々よりも基本的なマネジメントが一番の課題だ(涙)。そんな中で西原君がよくがんばってくれた。
梅沢さんの酋長の家に駆けつけると、AAPの面々とポンペさんはホッケの焼き魚をおいしそうに食べていた。「おいおい!初日の朝食なんて予約してないよ〜。」梅沢さんも「食うなら食うと電話しろよ〜」と、2人で軽〜くキレる(笑)。ま、これもAAPの良いところなんだけど…。
その日は西原から、Shinraのツアーに参加することを薦められていたらしいが、大切な3日間を無事に終えるために、知床の先祖に軽く挨拶をしておきたい…と結城さんが言いだした。そこで、みんなで今回のモデルツアーでも使うチャシに簡単なお祈りをしにいこうということになった。
何かをやるときに先輩方に挨拶をするのはとても大切なことだ。アイヌ民族やマタギは山に入るとき、山で野営をするとき、獲物をとるとき、とったとき、山を去るとき…に毎回お祈りをする。狩猟採集を営む民族に共通した儀礼だ。
結城さんは言った。
「チャシはさ、生活していた場所でもあるけど、自分たちの猟場・漁場を荒らされないために、他部族との戦争のための砦でもあったじゃない。こうやって、札幌のアイヌが知床のチャシにやってくるということはその当時だったら戦争を意味していたよ。それに、和人に土地を奪われていく過程では、チャシは確実に悲壮な戦場だったはずでしょ。そこに、和人とアイヌが一緒に来るんだから…。お祈りしてさ、『こうやって、違う土地のアイヌと和人がこのチャシに入りますが、争うために来たのではありません。これから何をやっていけばよいのか共に考えるアイヌでありシサム(隣人)です。どうか僕たちのやることを信じて、心静かにお見守りください。』ってさ、先祖に伝えないと、この土地の神々がビックリしちゃうでしょ。」
コンビニでお祈りに使うお酒などもろもろを買い込みチャシに向かう。今まで見たこともないようなきれいな彩雲が浮かんでいた。見ているうちに色がどんどん濃くなり横に広がっていった。誰もがカムイを疑わなかったけど、ポンペさんは「あ〜2、3日後には雨だな〜」なんて意外とクールだ。
不思議とそのあとの記憶がない…
何だかはっきり覚えていないのだ。でも、僕もトノト(お神酒)をいただいたことは覚えている。和人がお祈りの中に入ることはまずない。そういう意味では、このお祈りは正式ではないのかな〜とうっすらと考えていた。
そんなブチ切れた状態で怒涛のような3日間が始まった…。つづく。
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