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›1 19, 2004
マタギ
Posted by Tatsuya at
01:20 /
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ずいぶん家を留守にしていたので、1ヶ月近く前の郵便物を整理する。以前、電話取材を受けた東北の新聞社/河北新報の片桐さんから、僕のコメントが掲載された新聞が届けられていた。記事はマタギ文化と自然保護・世界遺産についてだ。
「昔から求めてきたものを、ここ(白神山地世界遺産地域)に求めているだけなのに。マタギ文化がこれでなくなる」…世界遺産地域を鳥獣保護区に指定し、全ての狩猟を禁止する会議での吉川さんの発言が記事に載っていた。
以前、講演を頼まれて青森県鰺ヶ沢町を訪れたときに、「行政にとって一番"うるさがた"人を紹介してください。」とお願いして紹介されたのが、赤石マタギの吉川さんだ。吉川さんは、赤石川のマタギの中でも「シカリ」というコミュニティでの頭領的な存在だった。シカリは誰でもなれるわけではなく、その家系が存在するという。マタギは数人のグループではじめて成り立つので、後継者がいない今は「オレはもうマタギではない。」と吉川さんはいう。でも、彼はシカリにしか伝承が許されていない門外不出の祈りや、様式、掟を今なお守りつづけている。そこには、僕たちの想像をはるかに超越する古来からの自然との共存のノウハウが詰まっているのだろう。
しかし、環境省の現地事務所は「マタギで生計を立てている人がどれだけいるのか。それは守るべき文化なのだろうか。国民の圧倒的な総意は、白神を手付かずで保存することにある。」と、まったくとりあわないのだそうだ。
勘違いしている人が多いが、マタギは単なる「クマ射ち」ではない。鳥獣保護法の範疇でいえば、確かに鳥獣を殺す人と捉えられるかもしれないが、それは間違った認識だ。それではマタギ文化のもっとも大切なところを落としてしまっている。鳥獣や山菜を根絶やしにしてしまっては、彼らの生活そのものも成り立たなくなるわけなので、微妙なバランスをとりながらマタギはサスティナブルな生活を送ってきた。自らも生態系の中に組み込み、自然と共にあることをストイックに追求したエコシステムがマタギの文化なのだ。その、営みが「自然保護の名のもとに」無くなってしまうことに、僕は得も言えぬ危機感を感じる。
そうは言っても、行政サイドが指摘するようにレジャーハンターや釣り人などの無秩序な利用の規制も、緊急な課題なのだろう。例えば、吉川さんのような人を民間レンジャーとして位置づけ、よそからのレジャー利用者などの対応を行ったり、マタギ文化の本当に大切なエコシステムを体験学習できるような支援を、行政の枠組に組み込むことができないものだろうか。
上記の吉川さんの発言は、記事によると「傍聴席」からだったそうだ。「自然との共存」ということを本気で考えるのであれば、学ぶべき点の多いマタギの文化が「自然保護」の議論の中で蚊帳の外に追いやられていることに、どうしても違和感を感じずにはいられない。知床では地域が何らかのカタチで、世界遺産管理の枠組の中に入りこめるかたちを作り上げたい。
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