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›10 29, 2003
世界遺産
Posted by Tatsuya at
23:24 /
Category:
Eco-Eco
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まったく、寝ても覚めても「世界遺産」。一体どうなってるんだ?あまり知られていないが、世界遺産は最終的には国内法で自然保護管理をしていく。今あるエリアを踏襲するだけに近いものなのに、何なのだこの騒ぎは。
先日、環境省主催の会議に出席した。先ず驚いたのは報道陣の数。馴染みの記者さんばかりだったが、質問を受けても逆に僕が聞き返してしまうぐらい、僕自身今だに「世界遺産」というものが何を意味するのか理解していない気がする。僕の理解が悪いのか、それとも僕が感じている通り単なる「ブランド」の意味合いが強いのか…
きちんと管理計画を立て、きちんとやっていれば世界遺産なんていう冠は必要ない。それは多くの人が指摘することだ。でも、おそらく行政サイドからすれば「世界遺産」ということで、予算化の口実を作りやすい事業がたくさんあるのだろう。ホテルや第一次産業にとっても、付加価値がつくことは良いことだ。全体的にはわかりやすいブランドがつくということは良いことなのだと思う。でも、こうやって、ごくごく一般人が報道陣に囲まれる状態というのは、普通ではない。
知床ではかつて原生林伐採問題というのが世間を騒がせた。ウトロの人たちに言わせると、この問題がまちをバラバラにしたそうだ。当時、知床の木が伐られるというので、都会からいろいろな自然保護活動家や思想家がウトロにやってきた。ある人は、チェーンソーを前に木に抱き付いて伐採を阻止したりという運動が繰り広げられたそうだ。僕は当時をよく知らないが、間違いないのはウトロの人たちがその時から自然保護保全に関して口を閉ざすようになったということだ。当時のことを何とか話してくれるのを聞いても、みな一様に口が重いことが気になる。誰が主流派で誰が打算的か…誰を味方につけて誰をおとしいれるか・・・さながら60年代の学生運動が終焉に向かっているころの話でも聞いてるかのような、正直言ってちょっと不快な話が多いことに僕は驚いた。それをヒートアップさせた要因の一つがメディアだ。そのころから、知床では自然保護の話しがタブーになってしまったと言う人もいる。僕たちはいろいろな活動を通して、それを少しずつほどいている作業をしているようなものだ。この世界遺産の動きにおいても、あまりヒートアップしすぎることに懸念を抱いている。
環境の時代になった今でも、やっぱりイデオロギーでなければ自然を守れないのだろうか…それがもっとも効果的なのだろうか…
そう言う意味では、知床は日本で最後に「プロジェクトX」に紹介される自然保護活動のような気がする。僕には馴染まない運動論だが、次の運動論につなげることに意識を集中したい。最近の動きの中で、改めてそんなことを考えた。
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