家族ぐるみでお付き合いしているその子のママから、「もうジイちゃんが定年で、せりの風景も見られなくなるヨ。一緒にどお?」と誘ってもらい、網走の漁港へでかけた。
港へ行けばどこでも威勢の良いせりが見られると思っている人が多いが、市場が併設されている港というのは、実はそれほど多くないのだ。実際、ウトロの港にせりの市場は無い。水揚げは見ることができるのだが、テレビで見るようなせり人と仲買人のやり取りは、知り合いがいない限りめったに見ることは無い。
ちょっとどきどきしながら待っていると、遠くから「花〜♪(孫の名前)」と遠くから呼ぶでれでれの、おじいちゃんがやってきた。「おお来てたのか〜♪これ、俺の孫だ。将来は宝塚だ!(旦那が関西出身なのでいつもこう言って紹介するらしい)」と、馴染みの仲買人に紹介して歩いている。「ジイちゃん今からやるからな。もう見ることできねえんだぞ。」とチビに声をかけると、「おう、孫たちに注目されて、やりづれえんじゃねえのか!」と冷やかされながら、仲買人の人込みを抜けて黒板の前の一段高いところに登った。
ゴンっ!ともっていた棒を床に叩きつけ、「ハイッ!」と腹に響くような声でせりをはじめると、その場の空気がぴんと張り詰めた。何でもたった5分で2,000万円ぐらいの取引があるのだそうで、やはりみんな真剣勝負だ。とてもさっきまでの、親バカなジイちゃんと同一人物とは思えない。それでも、せりはあっという間に終わり、また「花〜♪」とでれでれで孫のところにもどってきた。「ジイちゃん、今日はメンメ食べたい!」「おう、ジイちゃんがおいし〜い魚料理作ってやるからな♪」とせりをやる前の、ただの孫とジイちゃんに戻っていた。
手にもっている棒は、先にフックのような鍵がついていて、つえのように彼の体にとても馴染んだ様子だった。しげしげと眺めていると、「私は、『鍵取り』といって、せりをしきる唯一の人間だ。この鍵は誰でも持てるというわけではない。1日で1億ぐらいの取引を何10年もずっと続けてきた。でも私は引退だ。」とだけいって、孫の肩を抱き寄せながら歩いていった。「自分が1億で買ってるわけじゃないんだけどね。」とそのママは肩をすくめて笑った。
それにしてもビジネスの世界で、この人間味…。
漁のないときは、仲買人に泣いてもらって何とか買ってもらったり、逆に大漁の時は値崩れしないように気を配ったりと、よほどの人格者でなければ務まらない仕事だろう。でも、この“人の心”がこの場にある限り、ここで捕られた鮭たちの魂も浮かばれるだろう。この人間味が末端の消費者まで届けばなあと考える。
せりの時の迫力には「長老」という言葉が頭に浮かんだ。やはりビジネスにおいてもコミュニティにおいても、こうやって人間味を吹きこむ「長老」の復活が必要なんじゃないかと、真剣に考える今日この頃。
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