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›10 08, 2003
森の大地とイマジネーション
Posted by Tatsuya at
23:26 /
Category:
Sipetru
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先日、女満別での講演の帰り道、いつも車を止める町外れの丘に立った。知床連山から斜里岳そして雄阿寒岳までが一望できる、とても素晴らしい丘だ。以前は誰からも気にも止められない場所だったが、今ではちょっとした観光名所になっている。僕はそこに立つと清々しい気持ちと、胸がちくちく痛む思いとの両方にかられる。色々な意味での「北海道」がここには存在するのだ。
車のエンジンを止めると、花を落としたヒマワリ畑を抜けるかすかな風の音しか聞こえない。半月を少し過ぎた宵月が遠くの山々を黒く映し出している。とても心洗われる田園風景だが、これは同時に広大な自然破壊の痕でもある。
北海道は開拓の手が入るまで、北海道中が静かな森の大地だった。歩いても歩いても続く森には縦横に獣道が走り、その中で先住民族が狩猟採集の生活を送っていた。それは、いつまでも続くと疑わなかった厳しくも深遠な静寂の世界だったろう。
しかし、恐ろしいほどのスピードで開拓が進んだ。つい100年〜150年前のことだ。先住民族や彼らが共存していた動物のすみかもどんどんと追いやられていった。昨日まで住んでいた村を壊され、昨日まで森だったところが更地になり、彼らは住居を追われながらも、「この『開拓』と言いながらやってきた人達はどうやって生きていくつもりだろう」と疑問に思ったことだろう。森を壊さないことによって、自分たちも持続的に生きていくことを大切にしてきたのが、彼らの道徳であり生活様式だったのだから。そして、その心配が今まさに現実のものとなってきつつある。
この女満別の丘は、畑が広がる中にも防風林がひしめく様子から、この土地が森だったころを彷彿とさせる。それだけに、ここの景色はいつも何とも複雑な思いで眺めることが多い。
いわゆる「北海道」のパンフレットが、いつもこの広大な自然破壊の姿であるということが残念でならない。確かに、この広大な風景は誰が見ても爽快なことには変わりはない。でも、この女満別の丘は北海道が森の大地だったころ、きっと遠くに山があるなんて想像もできなかった場所なのだろう。空は頭上の僅かな空間だけ。でもそれが延々と続く風景…その風景も僕は見てみたいと思う。
その場所では、いつもしばしそんなことを考える。森の奥をシカが横断していく様子を想像する。旅行者にも、そんなちょっとしたイマジネーションを与える機会を作ってあげられたら…と思う。
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