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›9 22, 2003
メディアの裏側にあるもの
Posted by Tatsuya at
12:37 /
Category:
Education
,
NPO
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今日からNHKの取材を受けている。世界遺産に絡んだ話で、今日は僕達のツアーの様子の撮影やインタビューなどを受けた。特にテレビは膨大な取材の時間のわりに、実際に使うのは本当にごく一部だ。以前勤めていた会社で商品VTRの製作などに携わっていたときに聞いた話だが、テレビでは伝えたいことの10%も伝われば良い方だそうだ。でも、その僅かな部分にどれだけ自分たちの思いをエッセンスとして注ぎこむかに全神経を集中するので、メディアの対応はいつもへとへとだ。そういう点では、こういったインターネットでのパーソナル・パブリッシングは作業量は多いけれど、伝えたいことのほんとに細かなニュアンスまで伝えることができるのでとても有効だ。特に、世界遺産のような政治的な話題になったとき、「自分の言葉」で語ることができるメディアを持つことは、とても大切なことだと思う。そんな『インターネットと市民』について僕のお友達の浜田忠久さん・小野田美都江さんが本を出した。
まだ読んでいないのでこのテーマについてコメントすることは気が引けるが、浜田さんたちが書いていることは、もう読まずともシェアしているつもりだ。(違っていたらゴメンナサイ!今度ちゃんと買います)。マスメディアで流される情報について、多くの人が何の疑いもなく受け入れている。それは世界中どこでも同じ状況なのだろうし、メディアも視聴者が理解しやすいようなプレゼンテーションのノウハウを積み上げ、そして技術も進歩させている。僕はそれ自体は悪いことではないと思う。だけれども、情報を受ける側にどれだけ“メディアの裏側にあるもの”を想像する力を持っているかについてはいささか不安がある。
インターネットは確実にそれを補完する能力を持っている。先のイラク戦争でも、僕はCNNを見ながらアルジャジーラのホームページを見、現地から送られてくるおびただしい数のメールを読んだ。どれが正しくてどれが間違っているかなんて僕には関係ない。どちらの見方でもない「僕」がその情報を、どのように咀嚼し、どのように行動するかが大切なのだ。
でも、「マス(大量の)メディア」というだけあって、圧倒的な情報の洪水は人々を動かす大きな力になる。僕達は“繰り返し”やインパクトの強い“演出”に弱いから、いつの間にかマスメディアに躍らされる。そのとき、自分がどれだけ自立しているかを試されるのだ。しっかりと自立した個人が、真の意味で民主的な社会の中で生きていられれば、インターネットの真価が試されるのだろうが、現代においてはちょっと厳しいなという印象を受けている。日本においても、メディアリテラシーの考え方にもとづいた教育が根付くことがたいせつだ。その先駆をNPOで進めているのが浜田さんたちだ。Respect!
浜田さんたちも一度知床に遊びに来てくれたことがあった。虫嫌いの小野田さんが「雪虫」に興味を持ってくれたのが面白かった。知床もそろそろ雪虫が舞う季節。久しぶりに、NPOの先駆達とゆっくり語り合いたい。
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