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›9 20, 2003
マイタケ(その2)
Posted by Tatsuya at
21:53 /
Category:
Slow Life
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まずい。キノコ採りにハマリつつある…。昨日雨が降り、今日はいい感じの湿度と気温の晴天だ。まち作りなど真面目な話をしていても、ぐんぐん伸びていくマイタケの妖精が僕を山へと誘うのだ(笑)。長老の誘いに二つ返事でのっかって、山へと出かけたのは、もうお昼も過ぎたころだった。
キノコ狩りは、究極の運試しのような気がする。ご存知の通りキノコは菌だ。キノコは朽ちた木などを分解し、無機質に戻すと同時に、自らのエネルギーに変えているhttp://www.nara-edu.ac.jp/ECNE/mushroom/nyuumon/。分解をするには、湿度(空気中・土壌)や日照時間、それらを条件づける立地、そしてその年の気象状態の累積といった、さまざまな条件が重なって始めてキノコは大きく育つのだ。いちばん良い条件のときに自分自身に時間を作る余裕があるかどうか、そして歩いている尾根に既に他の人が採りに入っていないか、そもそも今歩いている尾根が先述の条件にピッタリとマッチしているのかどうか、何より見落とさないようにしっかり観察しているか…もう、こうなると、キノコは採るというより「出会う」に近いものになってしまうのだ。実際、キノコを見つけたときは「おお、そんなところにいたのか」という感慨が沸き起こる(笑)。
だから、採集するとき、家に帰って丁寧に泥と虫を落とすとき、いろいろな料理法で食べるとき、全ての時点において山への感謝の気持ちで一杯だ。偶然性が重ならなければお目にかかれないという点で、春の山菜よりもその気持ちは強いような気がする。多めに採ってしまったときに、お裾分けする相手も自ずと大切に食べてくれる人をピックアップしてしまう。
もうキノコ専用になってしまった、安物のザックに入りきらないほどのマイタケと、おまけの鹿の落角を背負いながら沢を下りていると、山の向こうにもの凄い勢いで成長している入道雲がオレンジの西日を浴びて光っていた。足元のツタウルシの葉は、すでに赤く紅葉し始めている。気が付いたら白い息を吐いている自分に気が付いた。もう秋も深まってきたようだ。
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