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›9 08, 2003
エコツーリズム
僕たちはよく「エコツアーのガイドをしています」という言い方をしているが、実はこの「エコツアー」という言葉をあまり使いたくないのだ。そもそも人間が自然の中に入っているのに「エコ」というのもおかしいし、何よりこの「エコ」という言葉に、相手の考える隙を与えない不思議な力を感じるからだ。僕は、そういう力がちょっと気持ち悪い。
自然保護のためなら何でも通用する最近の風潮に、最近、少し嫌悪感をおぼえている。「そこのけそこのけ自然保護が通る…」という印籠ができてやしないだろうか。この「エコ」という言葉にもそういった思考停止を強いる力を感じているのだ。「エコ」で何でも通用してしまう社会は、ファシズムと何ら変わらない気がする。だから、自然保護と利用を考える上でのエコツアー万能論のような風潮に、僕はエコツアー事業者でありながら異論を持っている。
よく、「エコツアーによって地域経済に貢献し、自然保護への協力をえる。」みたいなことを耳にする。一見、もっとものような意見だし、例えば何もないところの「村おこし」的に活用するには、大きな効果をえることができるだろう。しかし、良くも悪くも完成された知床の観光地のような場所では、本当の意味で「エコツアー」で地域への経済効果を生もうと思ったら、それはそれは至難の技だ。
僕たちの調べでは、小人数単位の自然体験型プログラムに参加し、しかも2泊以上の長期の滞在をする“いわゆるエコツアー”客は全体の1割に満たない。ウトロの年間の宿泊者数が約60万人だから、約6万人弱。このような小さなパイで、ウトロの経済を支えることは現状では無理だ。
しかし、「エコツアー」に対してのニーズはますます増加している。今後、やりようによっては、「エコツアー」だけで知床の観光産業が成り立つ可能性もある。そして、その時に重要になってくるのが、実はガイドプログラムそのものよりも、地域のおもてなしの転換だ。現在は大きなホテルから小さな商店に至るまで、“一見(いちげん)さん”に偏ったおもてなしが定着している。僕たちのお客様もよくいうことだが、滞在には決して適した街作りがなされているとはとても言えないが現状だ。地域全体が滞在に適したまちになったとき、20万人でも今の経済規模を維持できる観光スタイルを確立することができる。
多くの学者さんがもっともらしくこんなことをいう…。
「自然保護は地域の協力あってこそ。自然保護で地元に経済効果を。」
でも、実際問題としてそれを実現できているところを僕は聞いたことがない。もちろんそれは当然のことかもしれない。学者はその答えまで導き出すことはしてくれないのだから。それをやるのは地域以外の誰でもない。そしてそのノウハウは生活そのものの中にこそ見出すものだ。だから誰にもそのノウハウはないのだ。地域は学者なんかに遠慮せず、もっと胸を張って自然体の自然との関りを発信していったら良いのだ。「エコツーリズム」に適した地域のおもてなし…僕の最大の関心事だ。
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