だって、イナカから東京にいく人は大勢いるけど、彼らのことを「移住」とは呼ばない。だけど、僕のように東京からこちらにきた人のことは「移住」なんていう呼びかたをする。「移住」なんて言われると、かえってこちらの方が戸惑ってしまう。何だか“わけあり”じゃないといけないみたいな気になってしまう。だけれども、僕たちは東京で部屋を探す延長線上のように知床で暮らすことを決めたのだ。
いろいろな人から、「なぜ移住したのですか」と聞かれてうまく答えられないのは、こういった思いつめたニュアンスが「移住」という言葉に込められているからだ。僕は思いつめていないのに、なんだか思いつめたように語らなきゃいけないかな…なんて変なサービス精神を出すのがいけないんだな。
こちらに住んでから、何人もの方から「私も移住したいのですが…」という相談を受ける。その誰もが、どこか思いつめたものを持っている。僕には、移住についての事務的なお手伝いはできるかもしれないけれど、問題の根源である「思いつめている部分」については、全く責任をとることができない。だから、このようなご相談には丁寧に「やめたほうが良い…」というお返事をしている。さぞかし冷たいやつと思われているだろうなあ。でも、今の会社を辞めて、例えばウトロのホテルに入社したところで、何の問題解決にもならない。自然の中にいようがどこにいようが、その人の業はいつまでもついて回る。どこで暮らしていたって、大変さは同じことだ。
でも、「思いつめていない移住」は大賛成だ。むしろかっこいい(!?)。インターネットや携帯電話が発達した今、場所に縛られているのはナンセンスだ。「移住」なんて大げさなことを言わずに、若い人たちが気に入った部屋(地方)を見つけ、そこで都会集約型ではないビジネスを生み出す…そんなスタイルがかっこいいと思う…。そういう「移住マインド」をもっている若者と仕事がしたいな。
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