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›8 18, 2003

世界遺産

Posted by Tatsuya at 23:36 / Category: Sipetru / 5 Comments

各方面からコメントを求められ、まとめたものをアップします。
(8月9日付朝日新聞「OPINION」に掲載されたものの原稿です。)

 環境省の推薦候補地リストに知床が残り、世界遺産登録に向けてほぼ確実なレールが敷かれた。私は知床でエコツーリズムのNPOを経営し、まちづくりなどに関わる地元の協議会等の事務局を務めている関係で、さまざまなメディアからコメントを求められる。明らかに喜びの声を期待されているのだが、それほど単純なものではない。世界遺産という華々しいブランドの陰で、本質の議論が置いてけぼりになっている気がするからだ。自然環境の保護と利用について深く考えている地域であればあるほど、世界遺産のような"上からの"規制には疑問を感じる人は多い。人と自然との関りは、地域の数だけ多様であってしかるべきだからである。
 それぞれの地域には、隣接する自然と密接した文化が存在する。それは、外部から見ると自然をそれほど意識していないように映ったとしても、自然との関係の中でゆっくりと育まれた地域文化であるはずだ。しかし、"Think Globaly,Act Localy(地球規模で考え、地域から活動する)"などと言って、挙句の果てには「世界のために地元の人は我慢しろ」と言わんばかりに、地域の生態環境には全くそぐわない論理を持ちこむ人も少なくない。地域発信型の環境保全を訴えるあるNPOの代表は、"Think Localy,Act Globaly(地域から考え、地球規模で活動する)"なんて言っている。私も地域の多様な生態環境から生まれる小さな自然保護管理活動が集まって、曼荼羅のような地球規模の大きな自然保護管理の思想として出来上がってくることが大切だと考えている。“Shinra”という会社名にもそういう思いを込めている。
 以前、講師に招かれ訪れた白神山地のある町で、その地域で最も伝統あると言われるマタギの方にお会いした。白神山地の世界遺産登録に尽力した彼であったが、今では世界遺産がかえって邪魔になったと仰っていた。「マタギ」とは単なるクマ射ちの呼称ではなく、東北地方の自然の神々との交感を大切にしながら生きる「生活様式」であり、「哲学」であり、場合によっては「信仰」である。日本の自然と共生する象徴と言ってもよい。彼は、動物の狩猟や山菜の採集という生活を続けているので、命の糧ともいえる白神山地を開発することに対して猛烈に反対していた。その反対運動の延長線に世界遺産があったわけで、今でも世界遺産の哲学をを歓迎しつつも複雑な心情を吐露していた。
 彼は世界遺産になれば、自分が入る山の開発が永久にストップし、自然の恵みを受けるマタギの生活様式が永久に守られると信じていた。しかし、世界遺産登録になった後の管理計画では、「山に入るときは犬を連れていくな、山菜を採るな・・・」とマタギの文化を完全に否定する案を突きつけられた。「以前は世界遺産は救世主のように思ったが、今は逆かもしれない。」と彼は言っている。「自然との共生」などという言葉が氾濫している中、マタギやアイヌ民族などから学ぶべきことは数しれない。それなのに、そんな文化を否定する「遺産」とは一体何なんだろうか、と考えさせられてしまった。
 「森をイメージしてください」と言うと、ほとんどの人はそこに人間の姿を描かない。"良い自然"とは人がいないもの、という暗黙の了解があるのかもしれない。しかし、人間が無理なく自然と付き合っていける社会が本当の意味での「自然との共生」だ。地域文化に優劣はあるわけではない。胸を張って「私たちはこういう風にして自然と関っている。」ということを発信できる世界遺産にしたいと思っている。

コメント

テストも兼ねて自らコメント挿入します。朝日新聞の記事にいただいた感想です。

(女性:観光関係シンクタンク)

さて、話は変わりまして、新聞読ませていただきました。
呼んで真っ先に思い出したのは、大学2年生の観光の世界遺産についての講義です。
「ただきれいなだけの世界遺産を知りたければTBSを観ればいい。」という先生の
言葉はなぜか鮮明に覚えています。

当時の講義のプリントを見ると、白神山地の秋田県側と青森県側の話、マタギの話
や、
白川郷での問題などの話を2回に分けてしてくださっていました。
メモでも「地域文化を否定した規制はしないべき」とあったり、
「自然保護は自然の中で生きる人間の可能性の問題でもある」という学識者の言葉が
あったり…。改めて考えさせられます。
「住んでいる人の心が世界遺産」との白川郷関係者の言葉もありました。

「世界遺産」というと、グレードが上がったように感じますが、それにより起こる問
題を考えなくてはいけません。
生活により培われてきた地域文化とその周辺環境を世界遺産として認めてもらうとい
うのはすばらしいことですが、
それにより手直しできないという規制や「守らなくてはいけない」というプレッ
シャーなど、
それまでの生活にはなかったものが生れてしまうんですね。
うまく言えませんが、何か矛盾のようなものも感じます。

そこに行く観光客の問題も忘れてはいけません。白川郷のごみ問題や渋滞などもその
一つです。
先日の知床五湖でも感じましたが、あまりにも身近で「メジャー」な場所になってし
まうと、
その地域を感じようという気持ちが薄れてしまうのかもしれません。悲しいことで
す。
本来は五感で感じるものが観光だとは言いますが…。
「地域の生活を生かした観光振興」も、外の人が入ってくると「来る人のための観光
振興」になってしまうことがあるのではないかと感じます。
来る人を気持ち良く迎えるための誇りを地域が持ち、その誇りに対して敬意を払うこ
ともこれからは大事にしなくてはいけませんね。

なんて、長々と偉そうなことを書いてしまいました。スミマセン。

藤崎さんの記事は勉強になりましたし、自分自身、考える機会を持つことができまし
た。ありがとうございました。

投稿者 Tatsuya : 2003年08月19日 00:29

(男性・自然ガイド・元環境省レンジャー)

先日の朝日新聞の「私の視点」拝読いたしました。
私も藤ヵさんの「視点」に大賛成です。
昨年初めて白神山地に行く機会があり、そこの入山禁止論争は自然と人間の関係の根本問題として関心がありました。○○(国立公園・藤崎加筆)でも小さいながらも同様の問題があり、ガイドの間で議論がされています。私も自然と関係を持つことが、自然を残すおおきな意味だと考えております。

投稿者 Tatsuya : 2003年08月19日 00:33

(男性・フリーカメラマン)

藤崎さん、朝日新聞の記事読みました。preservation と conservation の微妙なバ
ランスの中にさらに地元の生活・経済という要素を加えると本当に一輪車で綱渡りを
しながらジャグリングをしているような感じですね。お疲れ様です。

投稿者 Tatsuya : 2003年08月19日 00:34

(男性・旅行会社企画担当者)


藤崎殿

まず感じた事。
自然遺産は文化遺産と違ってその土地ではぐくまれてきたものが題材になっているか
といえば、人間が中心につくり上げた文化が殆ど存在していない、『自然』が主役に
なってしまい、そこにささやかに上手く共生している『人間と自然』を無視してしま
いがちだということだ。
共生こそにその遺産の存在意義(後世に指針を与えてくれる)があるのに、
主役の自然をただただ守らねば、という発想になり、結果、国立公園による規制と同
様に「保護保護」の掛け声へといってしまう。
だから、㈰地域が主役になって
     ㈪文化が主役になって、      自然との共生モデルを構築していか
なければいけない。     全く同感である。
この落とし穴にはまれば、とんでもないところで、
               『遺産そのものを失う負の世界遺産化』してしまう
認定    であったりするからだ。


一方で、貴殿が指摘している「中央からの規制」と裏腹なのは、白神、屋久島ともマス
ツーリズムによる持続しないライトな破壊型観光が押し寄せているということ。屋久
島はさすがに島だけあって来島に限度があるのと、○○などのようなネイチャー組織から末端の数多くのネイチャー組織までが存在していたのでライトなマ
スツーリズム客が怒涛のように押しかけはしていないものの、白神はどうやらくちゃ
くちゃである。世界遺産の名称だけがひとり歩きし俗な観光が入り口でじたばたして
いる両者はまだいい方で、心配なのは、両者は自然遺産指定地域そのものはマスツー
リズムと結局関わらないような離れた場所だが、
知床はどうだろうか? 余りにも通常の観光との接点になりそうなところが近すぎて
結局様々なトラブルにはならないだろうか?

 また、(これが最も重要と考えるのだが)超マイナーな白神と違い、島で隔離され
た屋久島とも違い、
現在もマスマーケットに洗われている知床は上記の客とエコツアーや意識を持つ客と
が大混雑トラブル化する場所ではないか?ということだ。

遺産指定を前に
㈰マスツーリズム        遺産資源とのかかわり  現在の問題点
㈪エコツーリズム        遺産資源とのかかわり  今後の問題点
㈫アルタナティブツーリズム  遺産資源とのかかわり  新しいモデルにおいて想
定される問題点

㈫はマスでもなく㈪でもない知床ならではの観光スタイルがどのようなカタチを構築
できるか?ということである。
そのためには㈰にもどこか制限をくわえなくてはいけないのか?(賛否両論あると思
うが、だって国からの規制に反発している地元と同じ事だから)
         ㈪は少し敷居を高く置いた方がいいのでは?     といった
両側からの動きがあってできるように思う。

主役である地元の文化を生かしつつ、まさしく文化の典型である『言語』を使ってイ
ンタープリターが自然と人間を結ぶのである。
貴殿の役割は重大である。

また、他地域とは違いすでに多くの観光客がきている地域としてどのように日本のモ
デルになっていくか、今後の観光、ツアー形態、傾向、業界の大きな変化に合わせて
どのような読みをしていくか、これも難しい問題である。半年過ぎるごとに、多分私
の考え方も変わっていく程、業界は刻々と変化をし続けている。今のパターンが続く
はずがないんだから。

移り変わりの激動の時に、今後の日本における(いや世界の)自然を尊ぶ観光の良き
モデルになるべく模索を考える立場にいる自分たちの役割を痛感しました。

投稿者 Tatsuya : 2003年08月19日 00:36

(ある村の役場職員・エコツーリズムの推進をしている方)

藤崎様

○○村の□□です。お知らせメールありがとうございます。
先ほど「私の視点」を拝見いたしました。
世界遺産登録については、○○○○も候補に上りました。
遺産登録への運動も一時ヒートアップしました。このとき、漁師の生活はどうなる
のだろう。
環境保護などに対する住民の意識や取り組みも高まらないうちに、運動だけが一人
歩きして良いのだろうかという疑問がありました。
やはり、地域生活や文化、経済を守っていくためにも住民主体の管理活動を充実し
ていく取り組みが必要と再認識しました。
情報提供ありがとうございます。また、よろしくお願いします。

  あ〜あ、藤崎さんのようなコーディネーターがいないかなあ〜

投稿者 Tatsuya : 2003年08月20日 01:22

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