›11 07, 2000
死、祈り、環境教育
しばらく前、ウトロの海岸にクジラが打ち上げられたことがあった。クジラが座礁していることは知床では珍しいことでもなんでもなく、そのクジラをヒグマをはじめ野生動物達がきれいに平らげる、といった光景はよくあることだ。このクジラは死んで間もないものなのだろう、触るとまだ温かく、目をとじている様子を見ているとただ寝ているだけのようだった。
僕がそのクジラの話を聞いたのは、カミさんと子供たちが幼児サークルから帰ってくる途中、友達から「もう肉もらった?早くしないとなくなっちゃうよ。」と声をかけられたのを聞いてからだった。実際、現場に行ってみるとすでに半身はきれいに切り取られており、ブルドーザーでひっくり返しているところだった。僕達は大きなビニール袋と、アウトドアナイフを持って波打際でびしょびしょになりながら20cm四方ほどの皮を頂戴し、隣で手際良くさばいていた元漁師のオジサンに1kgほどの肉のかたまりを切り取ってもらった。肉はまだ温かいが、昔ならそのまま海水につけておいて冷やしたのだそうだ。
イルカのような可愛らしいツチクジラの目はどこまでも安らかに見え、体の表面にはその人生を物語るようないくつもの傷が刻まれている。波打際では息子たちがやはり親と一緒に来ていた近所の子供たちとキャッキャと遊んでいる。
僕達は確実にそのクジラの死に向き合っていた。目をそむけることもなく、いたずらに面白がることもなく、そこに集まっている人たちはみな無言で作業をしている。秋のやわらかな日差しの中、とても静かな時間が流れている。何10年か昔にはあたりまえだった光景なのだろう。どこか厳かな気がしていたのも僕だけではなかっただろう。
クジラの皮は子供の頃、よくおでんに入っていたのを食べた思い出がある。僕達は隣に住んでいる漁師から「美味しい」塩をたっぷりもらい、その中にクジラの皮を入れた。2ヶ月ぐらいしっかり塩をしておいておかなければならないのだそうだ。正月が楽しみだなあ。そして肉のほうはその日の夜に少しだけ食べることにした。そのものの味を味わいたかったので、塩コショウと若干の醤油でステーキにした。
3歳の息子はあんなにかわいい顔をしていたクジラを食べてしまうということが少し腑に落ちなかったらしいが、その美味しさの前にすでに言葉を失って黙々と食べている。僕は息子と、かわいかったクジラの目やその無残な姿、切り刻んでいる大人達の嬉しそうな表情と粛々とした作業風景、その日の雰囲気みたいなものを語りながら、感慨深く食事をした。自分で言うのも何だが、それは僕達なりの祈りだ。
昔はウサギやニワトリをどんな家でも飼っていて、子供たちが大事に育て大きくなったら殺して食べた。とっても仲良しだったペットが、ある日、食卓に並ぶことに子供たちはショックを受けながらも、その美味しさにそのことを自然と受け入れた。
酪農関係の大学に通っていたNPO SHINRAの岩山は、かつて精肉場に送られるという牛をトラックに押し込むことを手伝ったことがあるそうだ。その牛はいつも聞き分けの良い牛なのに、その日はいくら引っぱってもびくとも動かないのだそうだ。こちらも後ろめたい気持ちがあるのでついつい力がゆるんでしまう。でも実習で働いている彼が、足手間どいになるわけにはいかず、精肉場の人と泣きながら蹴っ飛ばしたりしていたそうだ。すると牛は、突然あきらめたように自分からそのトラックに乗りこんだ。その様子に驚いていると、牧場のはるか遠くにいた他の牛30頭ぐらいがいっせいに柵のそばまで走ってきて、一斉にその連れられていく牛に向かってモーモーと鳴き始めたそうである。岩山はその鳴き声が殺されていく牛に向かっているのか、自分達人間を責めているのだかわからなかったそうである。
僕達人間はとても多くの矛盾を抱えながら生きている。その矛盾に正面から向き合うことはとても大切なことだと思う。人間も自然の営みの中に暮らし、「自然」が無ければ人間は生きていけない。当たり前のことかもしれないけれど、でも、どれだけの人がこのことを実感して生活しているだろうか?
幸いうちの子供たちは、魚は誰かが命をかけて捕まえてきてくれていることを知っているし、何となく生きていた余韻も感じることができる。チビの大好物のイクラはサケの死によって彼のものになることも知っている。生きていくということは文字通り「命がけ」なのである。
しかし、都市部に生活する子供たち、否、親たちにでさえこの実感は全く無いだろう。子供による凄惨な事件が続いているのも、何となく理解できるような気がする。
僕達は自然の営みを何の飾り立てもせず感じてもらうことを仕事としている。誰もが僕達のツアーで1日森の中で過ごしたら、自然の大きなサイクルを感じずに入られないだろう。でも、僕達が今悩んでいることは、その自然との繋がりを都市の中でいかに感じつづけながら、生活し続けるかということである。僕はその答えのひとつに「祈り」があると思っている。
もちろんこれは変な新興宗教でもなんでもなく、日本で大昔から伝わってきた土着の祭りや習慣をもう一度見直すということだ。土着の祭りは季節の節目などに護国豊穣を願うものだった。それは自然との繋がりを見つめなおす儀式であったと思うし、きっと地域にとっても楽しいイベントであったはずだ。僕はいつか時間ができたら、いろいろな土地の祭りを掘り起こす作業をしていきたいと思う。それは地域の人々の血から沸き起こってくるような、魂のこもった共同作業だろう。「環境教育」という言葉はあまり好きではないが、地域の祭りは楽しくもディープな「環境教育」なのではないだろうか。