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›8 10, 2000

カマキリ

Posted by Tatsuya at 23:55 / Category: Business / 0 Comments

先日、学生時代の友人からメールが届いた。製薬会社で働いている彼は、横浜勤務から盛岡勤務を会社から告げられたそうだ。盛岡といえば「わんこそば、肉もうまかったなあ、そうそう八幡平は素晴らしいところだよな…」などと下世話なことを考え、思わず「よかったねぇ」なんて口走った後、すぐに言わなければ良かったと後悔した。旅行に行くのとは違うんだもんなア。
つくづく自分達は好き勝手に生きているような気がした。自分のすみたいところを自分で決めて、好んでここに暮らしている。僕らのように自分の住みかを自分で決めている人って世の中に意外と少ないんだろうなあ。もっとも、僕の場合どこに転勤を命ぜられても、ウキウキしながら赴くだろうが…。そんなバカみたいな単純な脳が、しばしば人を傷つけてしまう。ゴメンネ敏史。反省。

以前、単身赴任を命ぜられて、会社を訴えた人がいたという話を聞いたことがある。彼は長い単身赴任から帰ってくると、小さかった子供がすっかり大きくなっていて、寂しいことにすでに一人暮らしをはじめていたそうだ(詳細はよく知らない)。そんなことは転勤する前から予想できただろうに、浦島太郎が竜宮城から帰ってきてはじめて現実を突きつけられたように、彼は長い単身赴任の時間をとても空虚なもののように感じたのだろう。でも、もし仮に彼に取締役の座が用意されていたとしたら、彼は訴訟など起こしただろうか。「現実」なんていくらでも歪められてしまう。

生活とビジネスはもっと近付けないものだろうか。
僕はビジネスの世界が男社会なのはあたりまえだと思っている。種をつけて用のなくなったオスが勝手に自分達の存在意義を誇示する場として、ビジネスというものを作り上げたと思っているからだ。そうそう、ちょうど交尾の後メスに食べられてしまうはずの雄カマキリがムキになっているのだ。そういう僕も逃げ延びたカマキリのようにムキになって働くのが好きなクチだけれども…。
大昔、妻子のために狩猟に出かけていた頃の男の役割の延長で考えると、ビジネスは本来、子孫を残すための手段であるはずだ。しかし、いつしかビジネスそのものが価値を持ってしまった。子供の頃「昔のお金は金(きん)と引き換えることによって価値があった」と教わったとき、とても興奮したのを覚えている。じゃあ今のお金は何なんだ…?誰が価値というものを決めているんだ?

全てがバーチャルなカマキリ社会をもう少し実態あるものに引き戻してくれるのが、インターネットだと思っている。バーチャルな部分を本当にバーチャルにしてしまえば、例えば美味しいパンを焼いて売るという本質的な経済が輝きを取り戻さないだろうか。そんな考え方はあまりに単純で短絡的すぎるって?仕方ないよ、カマキリだもん。

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