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›6 12, 2000
オーガニック
ネイチャーガイドという仕事をやっていると不思議と関心が向く事柄が2つある。福祉問題と食の問題だ。何故なんだろう。今日は食について考えた。
有機認証制度なるものが施行になった。
もちろん法が施行したばかりなので、実際に有機JASマークのついた野菜が売られるのは、まだ先のことらしい。(ウケウリ)
我が家にも毎週オーガニック野菜が届けられるが、僕がオーガニックにして良かったと思うことは、農薬云々ではない。体の中の季節感を取り戻したということ、それこそがオーガニックにした一番の収穫だ。
その季節感というものを考えているといつも思い出すのは、学生時代アルバイト先にいた中国人と一緒に行った中国での体験だ。
彼は彼が学生時代通っていた北京清華大学で気功を教えている教授に僕達を会わせてくれた。中国では「気功」が大学のカリキュラムの中にある(少なくとも彼の通っていた体育系の学科には)。僕達が行ったのは12月のそれは寒い北京だったが、「みんな気功をやっているので健康」なんだそうで、かなり偉そうな教授のオジサン達がキャンパス内の氷の張るプールを楽しそうに泳いでいた。どうやらそこで泳ぐのは日課のようになっている雰囲気だ。北京語で「元気元気!」とかなんとかいいながら、ガッツポーズを見せながらも体には鳥肌が立っていたのは結構笑えたが、「冬の『気』を体の中にいれているので大丈夫」なのだそうだ。
ところで、気功の先生は「気功というのはその季節季節の自然界の『気』を体内にとりこむことだ。」と例の太極拳みたいなエクササイズをしてくれた。『気』ってなんですか?と質問したが、答えをよく覚えていない。でも、感覚として体の中に今でも残っている。少なくとも「『気』で敵を倒す」とか「おっ!『気』が出てる出てる!」っていうノリのものではない。僕はどちらかというと気功のエクササイズは「祈り」に近い印象を受けた。
また、先生はこんなことも言っていた「自然界の動植物はみなその季節季節の『気』をたっぷり取り込んでいる。だから季節季節の食べ物を食べなさい。」と。
正直その当時は「季節の食べ物」と言われてもピンと来なかった。はっきり言ってどれがどの季節の食べ物なのか、僕にはさっぱりわからなかったのだ。それをはっきりさせてくれたのが、オーガニックでの生活だ。
僕が入っているオーガニックのグループでは、商品のパンフレットと同時に今の畑の様子や、旬の食べ物の料理法など、「食」に関するちょっとした読み物も送られてくる。ちなみに最近の流行りは「梅」。梅干の漬け方から、梅のある生活みたいなものを提案してくれている。提案というか、何十年か昔に、あたりまえのようにあった風景を紹介しているだけなのかもしれない。そう、梅とあわせて梅の「季節」を売っているのだ。こうなると「季節」を感じさせない食べ物をわざわざ食べる理由が見つからなくなってくるのである。そんなものを食べても、食の楽しみが半減だ。
オーガニックへの取り組みというものは言ってみれば、「どうってことないこと」だ。かつての日本人の食卓を取り戻すことに過ぎない。野菜と一緒に送られてきたニュースにこんなことが書いてあった。「有機農業が本来目指すのは、私達があらゆる繋がりの中で生きていくことを深く感謝し、人々や生き物、自然をできるだけ損なわずに、ゆったりとしたおおらかな心と社会に向かうこと。」
上段から構えて「自然保護」って言う人は僕は嫌いだ。ごく当たり前のことを地道に語りつづけてきたオーガニックの推進者達を僕らも見習いたい。